10.産気づいたようです
プロポーズして半年、ミアの誕生日からだと四カ月経ったころ、パマグラニッド帝国の元皇妃ヴァネッサ様からミア宛に念話が届いた。
どうやら陣痛らしきものがきたとのこと。
たぶんそろそろだと思う……という経産婦のセリフを信じて帝国へ瞬間移動すると、にこやかに笑うヴァネッサ様がいた。
「先週ぶりかしら、ミア様、ジルクス殿下」
セリーヌ王国へ戻ってからも時々、定期検診を行っていた。
その定期検診を先週行ったばかりだった。
「お加減どうですか?」
ミアの声がヴァネッサ様の私室に響く。
ボクはただの付き添い……というか、ミアが連れ去られないように監視するためについてきているので、黙っている。
「だいぶ感覚が短くなったし、そろそろだと思うの」
とヴァネッサ様が言った途端に、身を丸めて苦しみだした。
ミアはそこでヴァネッサ様の背中というか腰のあたりをさすった。
「つらいとは思いますが……このまま確認も行います……妊娠検査!」
眩い光がヴァネッサ様のお腹を包むっとあっという間に消えていった。
「これは……すぐに準備をしましょう!」
ミアの言葉を聞いた途端、侍女たちや女性騎士たちが一斉に動き始めた。
実は事前にどういった準備をしておくか、どのように動くかを決めていたのだ。
ボクは女性騎士たちに追い出されて、隣の部屋へと連れて行かれた。
しばらくすると元皇帝がおどおどした様子で現れた。
父とマイン兄と重臣たちが話し合った結果、帝国の皇帝は退位して皇妃が女帝となったのだ。
ついでにソフィア姫の皇位継承権もはく奪されている。
そのため、今、ヴァネッサ様が産もうとしている男のが次の皇帝になると確定している。
落ち着かないようで元皇帝は部屋の中をウロウロと動き回っている。
一時間くらい経ったくらいで産声が聞こえてきた。
この部屋まで聞こえてくるなら元気な子だろう。
「元気な男の子がお生まれになりました。ヴァネッサ様も無事でございます」
侍女がいそいそと部屋に入ってくるなりそう言った。
その言葉を聞いて、ボクはその場で笑みを浮かべた。
斜め前に立っていた元皇帝は、ガクンと急に床に膝をつき顔に両手を当てて泣き叫んだ。
「よ、よかった! ああ、ヴァネッサ、ヴァネッサあああぁぁぁ! うわあああぁぁぁ!!」
元皇帝の姿に若干引きつった笑いを浮かべても仕方ないよねぇ?
それからしばらくたってから、ヴァネッサ様の私室へ入ることを許された。
よろよろとした足取りの元皇帝とともに部屋に入ると、ヴァネッサ様が幸せそうに生まれたばかりの赤ちゃんを抱きかかえていた。
「ふふっ……耳の形がクレメンテ様にそっくりなんですのよ」
元皇帝はそんなヴァネッサ様の言葉を聞くとベッドの横で座り込み、声を抑えながら泣いていた。
和やかな空気の中、ミアがゆっくりとボクの隣に立ち言った。
「産後は、お腹に赤ちゃんがいたときと同じように労わってあげてください。あまり無理をさせると後々のヴァネッサ様の体に影響を与えますので」
「どうすればいいのか!?」
ミアの言葉を聞いた元皇帝が涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、鬼気迫る勢いで聞いてきた。
女帝だからといって公務を増やしすぎないことから始まり、これから寒くなるので体を冷やさないようにだとか部屋に閉じ込めるのではなく気分転換もさせるべきだとか……産後に関係あることないことなどいろいろなことを伝えると、元皇帝はすべてに頷き、ヴァネッサ様に対して優しく接すると誓った。
もともと、ヴァネッサ様を溺愛している人だから、あまり心配はしてないけどねぇ。
やるべきこと伝えるべきことが終わったので、ボクとミアはセリーヌ王国へ瞬間移動で戻ることにした。
戻る場所はボクの部屋だ。そこには見張りとして、ヘキサとテトラ、リザベラがいる。
「ねえ、ミア?」
瞬間移動する前に、ボクはミアに声を掛ける。
「なあに?」
「ボクたちもいつか子どもがほしいね」
ボクがそう言うとミアは何度も瞬きをして……その後、顔を真っ赤にしつつ言った。
「うん……三人くらいは欲しいかな。男の子も女の子もほしい……」
きっと、ミアにもボクにも似た子どもが生まれるんだろうなぁ。
後日、ヴァネッサ様が産んだ男の子の名前が決まったんだけど……ボクとミアに感謝して一文字ずつ名前に使わせていただいたと言われた。
ミアはともかく、ボクは何もしてないと思うんだけどなぁ。