18.もっと派手にやってもよかったかもしれません
決闘を行った翌日の昼過ぎに、ボクはベッドの上で目が覚めた。
昨夜、ミアといい感じの雰囲気になるか……と思ったところを、眠らされてしまった。
しっかり眠ったので魔力がきっちり回復したのだとわかる。
しかし……悔しい! いつもミアはおいしいとこを持っていくうう!
ボクは悔しいと思いつつも、ミアの優しさを感じて、苦笑いになった。
着替えを済ませて部屋を出ると、そこにはソフィア姫がこの世の終わりのような顔をして立っていた。
嫌な予感しかしない!
ソフィア姫はボクが部屋から出てきたのに気づいたようで声を掛けてきた。
「あの、ジルクス殿下……」
「ソフィア姫、いかがいたしましたか?」
ボクは無表情のまま返事をした。
ソフィア姫は戸惑いつつもいつものあのセリフを吐いた。
「どうかお願いです! あたくしの夫になってくださいませ!」
「へえ? まだ言うんだ?」
ボクの中のナニカがブチッと切れたように感じた。
もう、我慢しなくていいよねぇ?
ボクは目を据わらせながら言った。
「もう容赦しないからな」
そして、瞬間移動のスキルを使い、ソフィア姫を連れて玉座を目指して飛んだ。
玉座の間には、ちょうど皇帝と宰相がいて話し合いをしているようだった。
他に人がいないところを見ると、来客の前か後かといったところだろう。
「え!?」
「なぜ、ジルクス殿下がここにいるのですか?」
ソフィア姫は驚きの声を上げ、宰相からは不思議そうな声が聞こえてきた。
皇帝は何も言わなかったけど、首を傾げていた。
「それは、ボクが転生者だからだよ! ……細 氷!」
ボクは思いのまま最上級魔術を使った。
五十センチほどの細い氷が多数現れて、目的の人物の周囲に突き刺さる。突き刺さった場所から目的の人物を凍らせていく。
決闘場で使った上級魔術は皇帝を雪で固めただけだったけど、今回の魔術は足元から凍らせていくものだ。
下手をすれば凍傷により壊死してしまうだろう。
「ぐっ……転生者……だと!?」
皇帝が苦痛の声とともにそう叫んだ。
宰相は呻き、ソフィア姫は悲鳴をあげた。
その声が聞こえたため、扉の外にいた騎士たちが入り込んできた。
「何者が! ……ってジルクス殿下!?」
入ってきた騎士たちは昨日、決闘場で観戦していた者のようで、ボクの魔術を見て顔面蒼白になった。
「ボクはセリーヌ王国にいたときから、ソフィア姫の求婚を断っていました。何度も何度も断りました。ボクがパマグラニッド帝国に派遣されるときにも、不埒な真似や不適切な扱いはしないと約束しました。しかし、ソフィア姫は求婚をしてきた。ボクにはミアという婚約者がいると伝えて断った。そうしたら、今度は皇帝が強引に婚姻させようとしてきた。それについても、決闘を行ってはっきりさせただろう?」
ボクが今まであったことを順々に並べて話していくと、皇帝が痛みに耐えつつも言った。
「うぐっ……たしかにジルクス殿下は決闘で勝った。……だが、ソフィアが迫ることを止めるような取り決めは行っておらん!」
皇帝の言うとおり、ソフィア姫が迫ることを止めるような取り決めは行っていない。
だけどね? 今後帝国内におけるボクの行動に一切異議を申し立てないっていうことにはなったよねぇ。
「では、今すぐにソフィア姫がボクに求婚するのを止めろ。ボクの行動に一切異議を申し立てないのであれば、できるだろう? それができないというのであれば……」
ボクは一瞬黙り、ニヤっと笑ったあとに言った。
「帝国全土を凍らせるとしよう。ボクは転生者なんで、可能なんですよ?」
「ひぃぃっ」
騎士たちが悲鳴に近い声を出していた。
まずは、この帝国城を破壊するところから始めようかと思い、別の魔術の事前詠唱を唱えようとしたときだった。
「ジル、待って」
声は騎士たちのいるほうから聞こえる。
視線を玉座の間の入口に向けると、そこにはミアと見知らぬ女性が立っていた。
顔色の悪さや身なり、雰囲気からたぶん、見知らぬ女性は皇妃なのだろう。
「ミア? どうやって……って瞬間移動か」
「うん。そんなことよりも、ヴァネッサ様が言いたいことがあるって」
ミアがそう言うと、皇妃は毅然とした態度へと変わった。
「お話してもいいかしら?」
ボクは皇妃に対して頷くと、皇妃はにっこりと微笑み、視線を皇帝へと向けて言った。
「クレメンテ様、それからソフィア。いい加減にしなさい」
その言葉から皇妃の説教が始まった。
「ミア様とジルクス殿下は愛し合って婚約しているのです。そんな二人を引き離すような真似をするなんて、失望しました。そもそもあたくしだって、クレメンテ様に見初められる前には婚約者がおりましたのよ。その方とはとても仲が良かったこと、クレメンテ様も知っていたでしょう?」
え? 皇妃って別の人と婚約してたの!?
「クレメンテ様があたくしと婚約者を不仲にさせたこと知っていましてよ。どんなにつらかったかわかっていますの? そのときのことを思い出して……お腹の子とともに国へ帰ることもできましてよ?」
しかも、皇帝に婚約破棄させられたってこと!?
とても不運な人なんじゃ……。
皇妃は皇帝に向かって、にっこりと微笑みかけた。
目が笑っていないので、とても怖い。
その顔を見た途端、皇帝は青ざめて叫び始めた。
「ヴァネッサがいなくて私はダメなんだ! 生きている意味がなくなるのだ! 頼む、国に帰るのだけは許してくれ! 頼む……ヴァネッサがいなくては……うわあああ……ヴァネッサぁぁ……」
えっと……どうやら、皇帝はほんとうに皇妃のことを愛しているというか、依存症みたいだなぁ。
子どものように泣き始めちゃったよ。
「それから、ソフィア」
皇妃は次にソフィア姫に視線を向けた。
ソフィア姫は皇妃に視線を向けられた途端、急に背筋をピンと伸ばした。
「相手に好かれる努力もせず、ただ自分の想いをぶつけるのはやめなさい。ジルクス殿下の好みをあなたは知っていますか? 好きな食べ物は? 好きな本は? 何一つとして知らないのでしょう? ジルクス殿下の気持ちを考えたりしましたか?」
ソフィア姫は視線をウロウロさせて何も言わなくなった。
「ソフィアはもう少し周りを見なさい。他の者たちが言う言葉をすべて鵜呑みにするのではなく、どれが正しくてどれが間違っているのかきちんと考えてから行動なさい」
皇妃がそう言うと、ソフィア姫は小さく頷いた。
次くらいで6章終わりです