16.いろいろな魔術を使いました
ボクが支援系の治癒術を掛け終わったころ、騎士団員たちも準備ができたようで動き始めた。
まずは様子見ということなのか、大きな盾を持った騎士団員三名がじりじりと近づいてきた。
その盾持ちの後ろを三名ずつ、計九名が続いている。
ある程度の距離まで近づいてきたところで、わっと九名が飛び出してきて、ボクたちをそれぞれ囲もうとした。
「……睡眠雲!」
ボクに向かってきた三人に向かって、中級魔術の睡眠雲を食らわす。
三人は魔防御が掛けてあったにもかかわらず、その場でふらふらと倒れこみ眠り始めた。
ヘキサに向かっていた三人は、途中でフォークが鎧を貫通して刺さり、身動きできなくなった。
ぐわぁとか声をあげているあたり、そのまま体にフォークが刺さっているのかもしれない。
「えーい!」
テトラに向かっていた三人は、気づかないうちに鎧が切られ、吹き飛ばされていた。
ボクにもよくわからなかったけど、テトラは箒を水平に持っていたから、ものすごい速度でその場を掃いたのかもしれない。
騎士団員側の治癒術師たちがさまざまな治癒術を掛けようとしているのが見えた。
「……閉鎖!」
テトラが吹き飛ばして地面に倒れている三人に対して、空間を切り離す閉鎖の生活魔法を掛ける。
見えているのにそこには存在しない状態になり、治癒が届かない。
ボクが眠らせた三人には、ボクの魔術のほうが強力すぎて、睡眠を解除する治癒術が効かない。
そして、ヘキサが串刺しにして身動きできない三人は……いくら治癒しても刺さっているフォークを抜かない限り鎧が固定されて動くことができない。
続いて弓矢が飛んできた。
「……炎壁!」
普通の弓矢だったら、燃やせば塵になって終わりだ。
と思っていたら、炎矢や炎槍といった魔術が炎壁の間から降ってきた。
それらはすべて、ボクが掛けた魔防御によって防ぐことができた。
炎壁が消えると同時に盾持ちと弓を射った者が近接武器に持ち替えて、ボクたちに向かってきた。
ボクは彼らを無視して、彼らの背後にいる治癒術師魔術師たちに魔術を使った。
「……稲妻……拡散!」
上級魔術の稲妻を拡散を使って広範囲に複数落ちるようにする。
それによって、治癒術師魔術師たちの集団は痺れたり気を失ったりして、動かなくなった。
「何をやっておる! 治癒術師たち、早く回復せよ!」
会場内に皇帝の声が響いた。
動けなくなってるって理解できないの? アホなの?
ボクが無視した元盾持ちと元弓持ちはヘキサとテトラが対応したようで、ボクの元まで来なかった。
よく見れば、ヘキサが使ってるカトラリーがフォークからナイフへと変わっている。
ナイフを投げ、動きを止め、懐に入り込んで、首をひねる。
暗殺者のような動きで次々と倒していく。
テトラは箒の先から毒素をまき散らして、向かってきた騎士団員たちを呼吸困難にさせているようだ。
ヘキサとテトラの二人はとても楽しいらしく、奇声に近い笑い声をあげていた。
「何をしている……王国のぼんくらな王子だろう! なぜ倒せぬ! 使えない騎士どもめ!」
皇帝はどうやら、球体に手を置いているのを忘れて話しているようで、ずっとグチグチと文句を言い続けている。
もうそろそろ、締めくくりでいいよねぇ。
残っているのは、第一~第三までの騎士団長たちだけだ。
騎士団長たちは、それぞれ武器や鎧に魔石がついている。
防御や攻撃に関する魔道具を持っているということだ。
……もう面倒だし、どーんっとやっちゃうか。
ボクはめいっぱい息を吸って、ゆっくりと吐き出した。
両手を天に向けて広げて叫んだ。
「……渦 嵐!」
ボクを中心に闇色の嵐が巻き起こる。
渦嵐……最上級魔術の一つで範囲内のすべてのものを吹き飛ばし無とする極悪な魔術だ。
真っ先に巻き込まれたのは騎士団長だちで、何もできずにあっという間に闇色の嵐の中へ吸い込まれていった。
会場だけでなく観覧席も範囲内として使ったから、跡形もなくなるだろう。
意識して、人命だけは刈り取らないようにしたので、思っていたよりも魔力を使う。
貴賓室の皇帝にも危害を加えずに残しておいた。
あらゆるものを吹き飛ばし終えると闇色の嵐は何事もなかったかのように止んだ。
そして、会場に立っていたのはボクとヘキサとテトラだけだった。
戦っていた騎士団員たちは全員、観覧席だっただろう場所に飛ばされていた。
ボクはじっと皇帝を見つめる。
今の皇帝は〈状態:恐怖、焦燥、激怒〉と、いろいろな感情を抱えているようだ。
「ボクの勝ちですよね?」
何もなくなった会場で、ボクの声が響いた。
皇帝にも声が届いているはずなのに、何も発言しようとしない。
唇をグッと引き結んで、苦悶の表情になっている。
圧倒的な強さを見せつけたのに、終了の合図を出さないんだ? へえ?
「……吹雪!」
ボクは無表情のまま、皇帝のいる貴賓室に向かって上級の魔術を使った。
皇帝の足元に雪が積もりだんだんと凍っていく。
徐々に身動きができなくなっていく恐怖に負けて、皇帝は悔しそうに言った。
「……騎士団の負けは認めよう」
負けは認めよう……じゃないだろう。ここははっきりと勝敗を言うべきところだ。
吹雪の魔術を止めずに睨んでいたら、皇帝は苦虫を噛み潰したような表情になりながら叫んだ。
「ぐぬうううう……ジルクス殿下の勝ちだ!」
その声を聞いてボクはすぐに吹雪の魔術を止めた。
皇帝の声が決闘場に響いても、誰も何も言わなかった。
むしろ、痛みで呻いている声が聞こえてくる。
こういうとき、ミアだったらどうするだろうか。
『騎士団員たちは巻き込まれただけで、悪いわけじゃない』
そういって、治癒術を施すだろう。
ボクはゆっくりと深呼吸をしたあとに唱えた。
「……範囲大治癒!」
決闘場内にいたすべての人を対象に、最上級治癒術である範囲大治癒を使った。
いたるところでまばゆい光が見える。
ごっそりと魔力が減って今にも倒れそうだけど、ボクは平静を装いつつ立っていた。
呻き声が消えると同時に驚きの声が上がった。
ちょっとだけスッキリしました