13.閑話:カーマインの好きな人
私には、昔から好きな人がいる。
彼女の名は、リュミリアナ・フォン・カーディナル。カーディナル伯爵家の令嬢だ。
同い年で、時々、宮廷魔導士であるカーディナル伯爵に連れられて、王宮へ遊びに来ていた。
初めて会った時、リュミリアナは私のことを自分と同じように王宮へ遊びに来ている子供だと思っていたようだ。
普段通りの口調で話すリュミリアナは見ていて飽きなかった。
時に笑ったり、悲しんだり、怒ったり……くるくる変わるその表情に心が癒された。
お互いに何も言わなかったけれど、相思相愛だったはずだ。
出会ってから2年、ずっと身分を隠していたのだが、王立学院へ入学と同時にバレてしまった。
誰もが私のことを「殿下」と呼ぶものだから、自然とリュミリアナは離れていった。
2年半近く、リュミリアナとは会話をしていない。
ひょんなことから、弟から恋愛結婚をすすめられた。
頭に浮かんだのはリュミリアナだけだ。
これは、チャンスなのだろう。もう一度、リュミリアナと話がしたい。声が聴きたい。
すぐに代行便で彼女を呼び出した。
場所は個別談話室だ。
二人っきりになるのは、まずいと思い時間をずらして弟に来てもらうよう頼んだ。
「失礼します」
彼女の声が、個別談話室に響く。
ああ、本当に久しぶりに聞いた。高い声色は耳に心地いい。
「急に呼び出してすまない。まずは座ってくれ」
「……はい」
リュミリアナが座ると同時に隔離と閉鎖を唱えた。
「……隔離……閉鎖」
「?」
「盗聴防止だよ」
盗聴防止だけではなく、物理的にも侵入できない。逆に言えば、出ることもできないのだが、それは黙っておくべき話だ。
「君に伝えたいことがあるんだ。少し長くなるかもしれないがいいかい?」
リュミリアナは少し不安な様子のまま、こくりと頷いた。
「まずは、何から話そう……ずっと、身分を黙っていて、すまなかった」
「いいえ、ずっと気づかなかった私が悪いんです」
リュミリアナは顔を左右に振って、否定する。艶やかな銀糸のような髪が横に揺れる。
「入学してから2年半もの間、一度も声を掛けられなかった」
「いいえ、殿下は尊い方です。私のような者にお声を掛ける必要はございません」
うつむくと長い睫毛が見て取れる。
「昔のように、名前で呼んではくれないのか?」
「……」
ぷっくりとした唇は引き結んで、何かに対して耐えているようだ。
リュミリアナに線を引かれることがここまで苦しいとは思わなかった。
心臓を握られたような息苦しさを感じた。
「私も昔のように呼んではいけないのだろうか?」
「……呼んでいただけるなら……」
「ミリア?」
「……はい」
「ミリアは呼んではくれないのか?」
「……マ、イン様……」
「様はいらない」
「でも……!」
「ミリア?」
「はい……マイン」
ようやく名前を呼んでくれたことで、ほっとした。
少しは、望みがあると信じたい。
「二人だけの時だけでもいい、昔のように呼んでくれ」
「はい」
ミリアの顔がほんのり赤い。橙色の瞳は今にも泣きだしそうだ。
いてもたってもいられず、立ち上がり、ミリアの前で跪いた。
「ミリア、あなたをすべてから守るから、どうか私とともにいてほしい」
右手を差し出し、ミリアの手を掴んだ。抵抗はされなかった。
「これは命令ではない。嫌ならば拒否してもいいんだ」
掴んだ手の甲にキスを落とした。
ぽたりとあたたかなものが落ちてきた。
「ずっと、待っていたんです。マインと一緒にいた2年間を信じて、この2年半待っていたんです」
ミリアが話し出すとぽろぽろと涙がこぼれてくる。
「私もマインのそばにいたいです」
立ち上がって、座っているミリアを抱きしめた。
コンコンコン
ノックとともに弟が部屋に入ってきた。
「お邪魔しますーいいところですいません」
隔離と閉鎖を使っているのに、平気で入ってこれるのか。しかも、会話まで聞かれていたのか!?
ミリアとともに驚いていると、弟はくすっと笑った。
「会話は聞こえてませんよ。入ったら二人が抱き合ってたから、お邪魔しちゃったなーって思っただけです」
言われて気づいたのかミリアが離れようとする。
だが、離してやらない。弟の前は二人きりでいるのと同じようなものだ。
「あ、あの、えっと……殿下……」
「殿下じゃない」
「え、でも」
「でもじゃない」
「マ、マイン……離してくださいっ」
「ダメ」
弟が我慢できずにニヤニヤ笑いだした。
「マイン兄が珍しくわがまま言ってる!」
「ずっと我慢していたからな、ミリアは譲らないぞ」
「マイン兄に惚れてる女性なんかこちらからお断りですよ」
ミリアは弟の一言で顔が真っ赤になっていった。
可愛いミリアの姿が見れたことだし、入室してきたことは許そう。
「そうだ、閉鎖を使っていたのにどうして中に入れたんだ」
「どうも、ボクには魔法が効かないみたいなんですよ」
「それって、会話も聞こえてたって意味じゃないのか!」
「扉に耳を当てなきゃ、聞こえませんよ。もともとこの部屋、防音でしょ」
ミリアがほぅっと息を吐くのが聞こえた。
「そんなことより! 失礼ですが、ミリアさんのこと確認させてもらいますよ」
弟はそう言うと、ミリアのことをじっと見つめた。
弟とは言え、自分以外の男性に見つめられている姿は嫌な気持ちになる。
「はい、確認終わりました」
「ジルクス、率直に答えろ」
「え? 早く婚約してください。ほかの男に取られる前に!」
取られる可能性があるということか。それだけ、良いスキルを持っているということか。
「え……え?」
ミリアにはあとでゆっくりと伝えるとしよう。