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04.閑話:ソフィア姫の心

 セリーヌ王国の北東に位置するパマグラニッド帝国には、皇帝の血を引く後継者が一人しかいない。

 その者の名は、ソフィア・タルクィーニ・パマグラニッド。皇族としては少し嫁き遅れの十九歳。

 彼女は帝国唯一の後継者として、高度な教育を受け本人も次期皇帝としての自覚を持ち、覇気を持った淑女として育った。


「どこをどう間違えたのであろう」

「すべてはセリーヌ王国王太子の結婚披露宴で……でしょうな」


 パマグラニッド帝国の皇帝とその腹心の声が彼らの執務室で静かに響き渡った。

 彼らはお互いに深い深いため息をつく。

 帝国の皇帝並びに腹心、重臣たちが育て上げた後継者ソフィア姫は、ただいま絶賛家出中だ。




 一方その頃ソフィア姫は、商人バートの用意した馬車に乗り、パマグラニッド帝国からセリーヌ王国の王都へと向かっていた。


「忘れもしませんわ。あれはセリーヌ王国王太子カーマイン殿下の結婚披露宴でのことですわ」

「二年前のことですね」


 その道中、馬車を用意したという大義名分の元、バートはソフィア姫と一緒に馬車の中で話を聞いていた。と言っても、この話はもう何度も……暗唱できるほど聞かされた話なのだが、それでもバートはソフィア姫の話を笑顔で聞いていた。


「第二王子であるジルクス殿下が颯爽と現れましたの。前に見た時は可愛らしい男の子でしたのに、見違えるほど素敵な……"いけめん"になっていましたわ」


 そこでソフィア姫が言葉を区切るとバートの顔をちらりと見た。

 バートは心得ているようで、笑顔でソフィア姫の言葉に頷いた。


「言葉の使い方に間違いございません。続きを聞かせていただけますか?」


 ソフィア姫はバートの言葉に機嫌が良くなったようで、ニコニコとした笑顔で続けた。


「ジルクス殿下はあたくしの前で微笑んでくださいましたの。ほんのりと憂いを帯びた笑顔を見た途端、初めて心臓が跳ねるというものを理解しましたわ」

 

 ソフィア姫の話の口からはジルクス殿下の話が延々と出てくる。

 他の姫たちに負けじとダンスに誘ったこと、自慢の胸を擦り寄せれば身をよじって逃げたこと、目のやり場に困っているようでキョロキョロとしていたことなど。そのすべてがソフィア姫にとって新鮮で印象に残る出来事だったようだ。


「今まであたくしは帝国のために生きていましたわ。いつか女帝になり、重臣たちの選んだ伴侶を持ち帝国をよりよい国へと導いていくのだとずっと思っていましたわ」


 ソフィア姫はそこで発言を区切ると蕩けるような微笑を浮かべてバートに言った。


「でも、ジルクス殿下に出会ってしまいましたわ。あたくしはどうしても、どうしても彼が欲しいの」

「すべてはソフィア姫の思うままに」

「ジルクス殿下を手に入れるためならば、あたくしはどんなこと(・・・・・)だってする覚悟がありますわ」

「……すべてはソフィア姫の思うままに」

「ふふっ。ジルクス殿下さえ手に入れば、あたくしは死ぬまで帝国をよりよい国へ導くと約束しますわ。そのために……ねぇ、バート?」

「はい、ソフィア姫。……すべては……あなた様の思うままに」

「うふふっ……わかってくれるのは、バートだけよ」


 ソフィア姫はバートの言葉に満足すると大きく頷き、話は終わったとばかりに窓の外へ視線を向けた。

 ソフィア姫の視線が外れた途端、バートは先ほどまでとは打って変わって憎々しげな表情を浮かべこっそりとため息をついた。


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