蔵狐箱庭昆虫記 祈る預言者の恋愛模様
とある飼育ケースのなかでの出来事…
草原で祈りを捧げる。
祈る預言者、はたまた拝み虫
ぼくらはそう呼ばれる。
実際は単にご飯が近くに寄ってくるのを待っているだけなんだけどね。
僕はカマキリという種族。子供の頃はこことは違うもっと暖かいとこで沢山の兄弟たちと暮らしてたけど、今は一人暮らし。
そして、ジャングルジムの足場のあるこの部屋が今の僕の世界。小柄な僕には充分な広さだ。
この部屋の下の階には僕と同じ種族の大人のお姉さんが住んでるらしい。なんでも僕のお嫁さん候補らしいが顔は見た事ない。
なぜなら僕らは動く物を食料として見てしまう。同族であってもだ。
生まれた頃は沢山の兄弟たちと一緒だったけど、あれはキツかった。油断すれば兄弟たちのご飯になるサバイバル。僕はそのサバイバルを生き延びて今の一人暮らしを満喫している。
今は毎日、部屋の天井が開いて食料が投下される。僕はすぐさま捕まえてゆっくりご飯を堪能する生活さ。 ニート? 関係ないね。カマキリだもん。
…部屋の外が騒がしい様子を伺う。どうやら下の階のお姉さんが亡くなったらしい。原因はご飯にあたったとかそうでないとか…僕は食べ過ぎに注意しようと思う。
お嫁さん候補がいなくなり一生一人かなーなんて思ってた。僕は海の向こうから運ばれてきたコモンフラワーマンティスというカマキリ。そうそう同族が見つかる訳がない。なんて思ったら数日後に新しい女の子が下の階に入居した。ま、やっぱり顔は見た事ないけど、僕より少し若い子らしい。僕も彼女も大人じゃないからお見合いは当分先みたい。ま、今顔合わせたらサバイバル勝ち抜きになっちゃうからね。
先日、大人になれた。僕の背には緑色の羽がある。飛ぶ事だってできるさ。あの子はまだ大人になってないらしい…
ようやっとあの子が大人になったらしい…かすかに大人の薫りが下の階の部屋から漂ってくる。コーリングというやつだ。お見合いはいつになるかな…
僕は広い部屋に移った。広いなーと周囲を調べてたら氷のように冷たい視線が突き刺さる。僕は慌てて身を固め、ゆっくりと視線の主を探す。いた、僕より多少大柄な綺麗な人がこちらを見ている。あの眼は狩人の眼だ。今は動けない…。
イテテ…僕はあの後、僕から興味を無くした隙を見て後ろから彼女に抱きついた。軽いビンタとめっちゃくちゃ威嚇されたよ。あーなっちゃうともうダメ。慌てて僕は彼女の元から逃げ出した。今はいつもの部屋で一息ついたところ。彼女がお嫁さんかー。
2回目のお見合い。彼女は食事中だった。食事に夢中で僕には気がつかないはず…と思って後ろから抱きしめようとしたらまたビンタをくらって威嚇された。
彼女と添い遂げたい…そんな思いが胸いっぱいになり、今日は食事を残しちゃった…
3回目の正直。僕はギリギリまで彼女に近づき、後ろからしっかり抱きしめた。今度は拒否されなかった。
僕は彼女の背を軽く叩いて存在をアピールしてみる。彼女はちらりと後ろを向き、僕をみる。最初の氷のような視線でなく柔らかな視線…。僕は受け入れられた。
彼女は僕のお嫁さんになってくれた。僕の想いを受け入れてくれた。僕は満ち足りた気持ちで彼女を抱きしめている。それに応えるように彼女は僕の首に腕を回してきた。
幸せだなーと僕は彼女をみる…彼女の眼は想い人をみる眼ではなかった…。
しまった! 逃げられない! 誰か‼︎ 助けて‼︎‼︎
イ タ ダ キ マ ス
ーーーーーーーーーーーーーー
「あちゃー、喰われた。」
と、私、蔵狐は飼育ケースの中の惨劇を見ながらため息をついた。
カマキリは交尾後に雌が雄を食ってまう。野外でも飼育環境でもある訳だがそうならないように観察してた訳だが、引き離しタイミングを誤ったようだ。
雌にとって雄は繁殖のための遺伝子キャリアでしかなくその役目を終えたら栄養源でしかない訳だ。
次世代に続くための惨劇。助けられない以上は産卵のために彼を食った嫁さんにしっかり栄養をとってもらって無理のない産卵をして貰おうと、私は思考を切り替えるのだった…。
肉食系女子…もとい、肉食女子は恐ろしい