海賊
慈愛の都には港がある。
湖から大海に出るルートがあるため、大型船などが出入りを繰り返していた。
マリエラが本格的な港の雰囲気に感心している。
「ここだけ潮の香りがするわね」
湖の上にある水上都市だが、そこは仮想世界。
雰囲気を出すために、港はカモメが飛んでNPCたちが忙しく働いている。
アルフィーがマップを確認した。
「ギルドで借りた船は……あ、こっちですね」
ゾロゾロと百人を超えるギルドメンバーが目指しているのは、ギルドクエストを受けた際に借りた船だ。
ギルドクエストに向いている船を借りたのだが、少しばかり気合を入れたために結構な船を借りられた。
ポン助が船を見上げる。
「大きいですね」
ライターはポン助の肩に乗っていた。
「随分とお金がかかったけどね。大事なのはギルドクエストを成功させる事だから、必要な出費かな」
もっと安い船もあるのだが、大きなクエストや海での戦いにポン助たちはなれていない。
他にも同じクエストを受けるギルドが、ポン助たちの船より小さい船に乗り込んでいた。
いくつものギルドが、同じクエストに挑もうとしている。
その中には――。
「おい、見ろよ。色物ギルドがいるぞ」
――質の悪いプレイヤーの集まりもいた。
規模で言うなら二百人はいるギルドは、随分と派手な感じだった。
「クリアするために高い金を出す金満ギルドかよ」
「金持ちは良いよな」
「ネタプレイヤーの集まりだろ。無視だ。無視」
そう言って船に乗り込んでいくプレイヤーたちを見て、新しく加入したプレイヤーたちが腹を立てている。
「腹が立つわね。嫌味なんか言って」
「あの手のプレイヤーって多いよね。この時間帯だから少ないけど」
「こっちこそ関わりたくないっての」
ライターもヤレヤレと首を横に振っていた。
「まだ、マナーの良い時間帯なのに、こういう輩が多くていけないね」
リアルでは二十一時から二時くらいが、もっとも質の悪い時間帯だろう。
プレイヤーの数も多いが、随分と雰囲気が違うらしい。
ポン助たちのログインしている時間は、比較的マナーが悪くない時間帯だ。
「二十二時くらいは酷いらしいですね。まぁ、関係ありませんが」
船に乗り込むポン助たち。
すると、NPCたちの水夫が船の上で働いていた。
船長らしきNPCが、ポン助に近付き。
「ようこそ、私の船に!」
笑顔で挨拶してきた。だが、次の瞬間真顔になる。
「オーク以外なら歓迎しますよ」
ポン助を睨み付け言ってくる。
(……嫌われているな)
相変わらずのオークの待遇に、最近では慣れて来た自分が怖くなるポン助だった。
港を出港した船が到着したのは、オークの隠れ里がある島だった。
本来目指すべきギルドクエストの発生する島ではない。
島には小舟で乗り込み、参加するオークたちだけが島の中心部へと向かう。
「なら、僕たちは行ってくるから」
砂浜には他のギルドメンバーたちがパラソルやらテントを組み立て、海水浴を楽しむ準備をしていた。
マリエラがポン助を心配している。
「私たちも行った方が良くない?」
ポン助は首を横に振る。
「どうしても駄目なら戻ってくるし、それにそこまで難しいイベントもなさそうだから」
慈愛の世界では、オークイベントはほとんど島に着いた段階で終わっている。
それまでにいくつものイベントを、ポン助たちオークはクリアしていた。
プライが、新人たちを連れて希望の都からオークの里を巡り、こうして全員で慈愛の都にあるオークの里に来られた。
「まぁ、すぐに戻って来ますので待っていてください」
アルフィーが首を横に振る。
「お前たちには聞いていないから」
プライが両手で自分を抱きしめ、膝から砂浜に崩れ落ちると震えていた。
「女王様の言葉責め……これ以上の激励はありません!」
後ろから蹴りを入れられるプライは、砂浜に顔を埋めた。
「一人だけご褒美か? この裏切り者が!」
「おら、行くぞ!」
「裏切りは許さない!」
倒れたプライがオークたちに連れて行かれるのを見て、ポン助は肩を落として後ろをついていく。
マリエラとアルフィーが、ポン助が離れたので肩を落としていた。
「……はぁ、やる気が出ない」
「せっかく、水着も購入したのに」
イナホは可愛らしい水着を着用し、ビニールのボールを持っていた。
ライターは浮き輪を持って海に走っている。
「リアルじゃ出来ない事をやるんだぁぁぁ!」
それに続くプレイヤーたち。
ノインやフランは、パラソルの下で椅子に座って寝そべっている。
それぞれが思い思いに楽しんでいた。
船から降りて海水浴を楽しんでいるギルドメンバーたち。
そんな中、新人であるリリィが随分と際どい水着を着ていた。
「リリィさん、凄い水着ですね」
イナホが近付くと、リリィは肩をすくめている。
「大人しい方よ。それにしてもみんな楽しそうね。観光エリアで遊んでも良いと思うけど?」
普段はモンスターと戦い、アイテムを手に入れる。
資金やアイテムを使用して物を作り、コツコツとスキルを上げる。
とにかく、地味に自分たちのレベルやスキルを上げている面子だ。
イナホも周囲を見る。
「時々遊ぶから楽しい、って行っていましたね。まぁ、八日もありますからね」
ログインすれば、八日も遊べる環境は素晴らしい。
リリィは現実が忙しいのか、ゲームで苦労はしたくないらしい。
「私には理解出来ないわ。だって、結局はデータじゃない。現実に戻れば無意味よ」
イナホは返答に困るが、近くにいたそろりが助けてくれた。
「別に反論しないけどね。でも、何か目的があってもいいんじゃないかな? 究極的な話をすれば、人はリアルでどれだけ頑張っても死ねば終わりって言っているのと同じだし」
リリィが肩をすくめる。
「確かにそうね。一本取られた、って言えば良いのかしら?」
そろりが首を傾げた。
「あれ? リリィさんは外国の人? そう言えば、最近増えているよね」
そんな事を言うそろりだが、片手にはカメラを持って周囲には撮影用のドローンを飛ばしている。
ギルドメンバーの様子を撮影している。だが、どうにも女性陣に多くのドローンが集まっていた。
(この人は本当に……)
イナホは、ローアングルで近づいて来たドローンを踏みつけた。
「な、なんて事をぉぉぉ! これ、作るのにどれだけお金と時間がかかったと思って……」
周囲を見れば、女性陣がそろりを囲んで手には武器を持っていた。
そろりがスキルを使用してその場から消え、そして砂浜に足跡が出来る。姿を見えなくしただけで、足跡を見るにこの場から逃げようとしていた。
「逃すな!」
「野郎、今日は許さない!」
「ぶっ殺してやる!」
そろりを追いかける水着姿の女性陣。
残っている男性陣は、砂浜で楽しそうに遊んでいた。
ポン助たちは、少しイベントに手間取って夕方に帰ってくる。
翌日。
島でテントを張って一泊したギルドメンバーは、船に乗り込むと海賊島を目指す。
目的は、海賊島の宝を見つける事だ。
イベント内容は、海賊島に到着して名のある海賊と戦い宝を手に入れるだけ。
言うのは簡単だが、海賊島は結構な広さがある。
それぞれ別行動で、本陣を決めたらそのまま四つのグループを作って海賊たちを倒さなければいけない。
あまり時間をかけると、海賊たちが戻って来てしまう。
素早く海賊たちを倒す必要があった。
船の会議室では、ポン助たち主要メンバーが会議をしている。
イナホは船内を見て回っていた。
船内はお金がかかっただけあって作りがしっかりしている船らしい。
「へぇ~、なんか雰囲気あるわね」
揺れているが、船酔いはしない。
外を見れば波が高く、曇り空になっていた。
船内の円い窓から、外を見ているとまるで仮想世界などと思えない。
「リアルだよね~」
そう言ってしばらく見ていると、プレイヤーたちがイナホに声をかけてきた。
「イナホ、上で遊ばない」
「行く!」
誘われて笑顔で外を目指すプレイヤーたち。
外に出れば、そこでは大勢のプレイヤーが楽しそうに遊んでいた。
釣りをしているプレイヤーたちもいる。
「何をするの?」
イナホが聞くと、プレイヤーたちはライフルを見せてくる。
「私、銃は扱えないよ?」
「馬鹿ね。ゲームよ。的を用意するから、それに当てるの。逆にスキルとか持っていると楽しくないからね」
ライフルを構え、プレイヤーが引き金を引くと的を外していた。
「外れた」
イナホもライフルを借りてスコープを覗き込み、引き金を引く。
だが、弾丸は水面に当たって小さな水柱を作っただけだった。
「難しいね」
「今日は波も高いし当たらないかもね」
楽しく遊んでいると、イナホはスコープを覗く。
すると、遠くに船が見えた。
「……あれ?」
的ではなくその船の方にライフルを向けて確認をすると、風にドクロマークの旗が揺れているのだった。
「か……海賊だぁぁぁ!」
イナホが叫ぶと、船内から次々にプレイヤーたちが出てくる。
麦わら帽子にティーシャツ姿のオークが、一瞬で完全武装になった。
他の面子も全員が武装をしており、外に出てくる仲間も自慢の装備に身を包んでいる。
主要メンバーの最後の方には、刺々しい鎧を着たポン助が出てくる。
存在感が周囲と違うのだが、全員の装備は海での戦いを意識した設定とデザインである。
なんというか……。
「やだ、仲間の方が海賊っぽい」
イナホも装備を変更すると、海賊のようなデザインの外見である。
ライターが爆弾を両手に持ってウキウキと海の中に放り込んだ。
職人たちが作った爆弾は、ラジコンで動いている。
「こいつを試すときが来たね! 知っているかな? 海賊って……結構貯め込んでいるんだよね」
船同士の戦いになるため、どうしても規模が大きくなる。
そのため、手に入るのはアイテムの他に財宝などもあった。
海賊船が大砲を撃ち込む前に、船が大砲を放った。
ライターたちの爆弾も海賊船に当たると水柱を上げる。海賊船は航行不能になって止まると、ポン助がカトラスのような剣を抜いて大声を出す。
船は海賊船に横付けされた。
オークたちも雄叫びを上げており、これはステータスアップのスキルだ。
「乗り込めぇぇぇ!」
「ヒャッハー!」
「お宝はどこだぁぁぁ!」
次々に海賊船に飛び込んでいくプレイヤーたち。
海賊たちが倒されていくと、職人プレイヤーたちも乗り込んで船内に入っていく。
船内にお宝が隠されているためだ。
「おい、こっちにはないぞ!」
「ちっ、外れかよ」
「レアアイテムゲットォォォ!」
通信やログは、船内で暴れ回っているライターたちの言動で埋め尽くされていた。
イナホも海賊船に飛び移ると、ピストルとカトラスを持った海賊船の船長が船から出てくる。
「野郎共、こいつらをやっちま……え?」
海賊が周囲を見渡すと、既に敵海賊……モンスターたちは討伐された後だった。
「ちっ、馬鹿野郎共が!」
引き金を引いたので、イナホは後ろに跳ぶ。跳躍距離が有り得ない距離だったが、これも脚力の強い設定であるアバターのおかげだ。
イナホを狙う船長は、そのまま引き金を引き続ける。
「ちょ、ちょっと、待って! 僕だけ狙わないでよ!」
船長がイナホを追いかけようとすると、ポン助が船長の前に出て大きな盾で殴り飛ばした。
床を転がる船長に、周囲の味方が攻撃を加えるとすぐに赤い粒子の光になって消えていく。
海賊船の旗が燃え、そして海賊が討伐されたという文字が大きく海賊船の上に表示されていた。
イナホが溜息を吐く。
「みんな、もう少し早く助けてよ」
アルフィーは課金して手に入れた豪華な銃を肩で担ぎ、イナホを見て笑っていた。
「あの程度ならすぐに死にませんよ。それに、イナホちゃんが出遅れたので、丁度いいかと譲ったんですけどね」
確かに海賊船に乗り遅れたイナホだが、海賊船のボスを残して欲しいなんて言っていない。
「というか、皆さんが好戦的すぎてドン引きです」
イナホの言葉に宝を持ってきたライターが船の中から現われた。
「違うんだ。こいつら、倒すと結構な金になるんだよ。船を借りた資金の穴埋めには足りないけど、少しでも取り戻したいじゃないか!」
黄金の王冠やら、首飾りにブレスレットを体につけて財宝を抱えているライターに言われても説得力がない。
「よし、このままレアアイテムを集めまくるぞ」
職人集団が何を作ろうか相談し始めていた。
だが、レアアイテムやらその他の財宝やら……海賊たちが意外にもおいしい存在だと気が付く一同は思った。
「このまま海賊狩りをやれば、船を借りた資金どころか大幅なプラスにも……」
職人たちの視線が、刺々しい鎧を脱いだポン助に注がれる。
ポン助は笑顔で首を横に振った。
「嫌です。ほら、さっさと海賊島に行きますよ」
ライターが小さな体でポン助に近付き抗議をするが、ポン助は聞き入れなかった。
「待ってくれ。せめて資金の回収だけでも――」
「ギルドクエストの報酬で黒字になりますから」
「違うそうじゃないんだ! ほら、拠点を持つときにお金がいるじゃない!」
「いや~、しばらく持つ気がないんで」
全員、海賊狩りで酷使されないと安堵の表情を浮かべていた。
ブレイズなど、両手を天に上げて喜んでいる。
イナホに近付くリリィ。
「私、もう少し余裕のある方が良いと思うのだけれど?」
きっと、砂浜でのことを言っているのだろう。
ゲームで無理をしすぎている、と。
「……僕も同じ意見です」
イナホは、普段のライターがどんな人間か凄く気になるのだった。
 




