クエスト
パンドラの箱庭というゲームの特徴は、資金を稼ぐためにクエストをクリアする必要があるという事だ。
ドロップアイテムなどを売ることも出来るし、場合によってはクエストなどよりもはるかに稼げる場合もある。
ゲーム内とはいえ、プレイヤーたちの間には確かに経済というものが存在していた。それを利用する事で大金を稼ぐプレイヤーも多い。
だが、初心者に毛の生えた程度のプレイヤーであるポン助たちには、やはり資金稼ぎというのはクエストであった。
その日も、マリエラの食材確保のためにポン助、アルフィー、マリエラの三人で冒険者ギルドに顔を出す。
受付に表示されたクエストの内容を確認して、三人が顔を見合わせていた。
「普通に達成可能なクエスト狙いで、堅実に行こうよ」
見た目オークで毛皮のベストを着ている蛮族が、一番無難な稼ぎ方を提案している。
対して、マリエラの方は、
「いえ、ここは簡単なクエストを何度も受けて回数をこなすのよ。手慣れてくれば絶対に沢山稼げるわ」
簡単なクエストを何度も繰り返す方法を提案してくる。
アルフィーが肩をすくめていた。
「小銭を何度も稼ぐより、大きく一回で済ませればいいのです。ついでに同じ事を何度もすると飽きます。私は嫌です。それに私たちは冒険者……冒険しましょうよ」
何を言っているんだ、おまえら? みたいな態度でアルフィーが首を横に振っている。
ポン助が難易度の高いクエストを確認した。
「けどこれって成功するか微妙じゃない? 三人だけなんだから、堅実に稼ごうよ。負けたらデメリットも大きいんだけど?」
ポン助としては、二人の意見の間を取って堅実に稼ぐ方法を提案していた。
だが、二人が納得しない。
マリエラがアルフィーに文句を言う。
「あのさぁ、こっちは装備のメンテとか色々とあるの! 難しいクエストを受けるなら準備もいるし、アンタと違って強力な装備なんか持ってないんだからね」
アルフィーが笑っている。
「羨ましいのなら課金をすればいいのです。武器一つにしても数百円ですよ」
ここで問題が一つ。
(その数百円の武器、ログインを二回から三回もすれば壊れちゃうけどね)
そう、課金装備は整備が出来ずに破壊されるまで使用できるだけ、である。
普通の装備のように使い続け、整備をすれば大丈夫とは言えなかった。
つまり、使い続けようと思えば毎回のように課金を必要とする。
一週間ならまだいい。
それが一ヶ月なら?
毎日ログインスすれば?
課金装備を複数持てば?
下手をすると万単位のお金が発生してしまうのだ。
マリエラがアルフィーを見て悔しそうにする。
「毎回使えるわけがないでしょ! それより、どうするのよ、ポン助?」
「……え?」
アルフィーもポン助を見る。
「そうです。私の意見に賛同して難易度の高いクエストに挑みましょう、ポン助」
「えぇ……」
二人に詰め寄られ、嫌そうな顔をするポン助は結局自分の意見を採用するのだった。
◇
現実世界。
放課後、明人は陸とファミレスに来ていた。
机を挟んで向かい合う形で、ドリンクバーのジュースを飲みながら互いにゲームのことで話をしている。
明人は思った。
(最近、ゲームの話ばかりだな。なんだか生活の一部になって来ているな)
一日に二時間しかログインは出来ないが、その二時間を引き延ばしてゲーム内では二日間という時間を体感するのだ。
最新技術の凄さに明人も最初は驚いた。
「資金稼ぎか」
陸の方はジュースを飲みながら、序盤で有効な資金稼ぎについて思い出していた。
もっとも、大型アップデートを挟んでから、希望の都には足を運ぶ機会もなかったのか使えるかどうか悩んでいる。
「俺の時は手頃なクエストがあったから、最初にそれで肩慣らしをしつつ資金稼ぎをしていたかな? 今もあのクエストあるかな?」
明人も資金を稼いではいるが、消耗品や装備のメンテで資金が飛んでいく。
強くなれば装備もそれなりの物が手に入るようになり、それらを使うと今までよりも資金が必要になってくる。
資金稼ぎは、プレイヤーにとって悩みの一つだった。
「リアルマネーで解決する人たちの気持ちが少しは分かったよ」
明人がそうやって落ち込みながら言うと、陸は渋い表情になる。
「課金アイテムを売り払うとかならまだいいけど、違法なトレードはするなよ。バレたらすぐにアカウントが削除されるからな」
リアルマネーでの取引。
現実世界側で、現金を使用してゲーム内のアイテムや資金を得る方法だ。これは運営も厳しく取り締まっているらしいが、一向になくなる気配がないらしい。
リアルマネーで取引が行われるほどに、人気のあるゲームという証拠でもあった。
「それに最近だとアルフィーさんとマリエラさん、なんか対抗意識じゃないけど軽い喧嘩が増えたんだよね。こういうゲームってもっと上品な感じだと思っていたのにさ」
明人が自分のパーティーの愚痴をこぼすと、陸が小さく笑っていた。
「馬鹿、仲良くなってきた証拠じゃないか。俺とお前でも冗談とか言うし、そういうノリみたいなのあるだろ? 体感ゲームだからそういうのが出やすいらしいぞ。どこかのネットニュースで専門家の記事が載っていたな」
記事――それを聞いて、明人は思い出した。
持っていたコップをテーブルに置くと、中身がなくなっており氷が音を立てる。
「記事で思い出したけど、パンドラの箱庭って規制が入るって本当かな?」
VRゲームにとどまらず、ゲーム関係にはこれまでも規制が入る事が多かった。
海外で有名なのは、FPSタイプのVRゲームが規制の対象になっている事だ。生々しい銃の感触をプレイヤーが覚え、そしてゲーム内で扱いまで覚えてしまったケースがあった。
乱射事件を起こしてしまい、そのために海外では銃器の出るゲームは販売もサービスも禁止されている。
ただし、違法な手段でゲームをプレイすることは今も続いているようだ。
陸がつまらなそうにジュースをチビチビ飲んでいた。
「……聞いたよ。二時間から一時間にログイン時間を規制する、っていう奴だろ? 他にもゲーム内でモンスターと戦うのはいけないとかいう馬鹿もいたな。凶暴性が増すから、とかなんとか言っているみたいだけど」
社会現象にまでなっている事を考えれば、規制などと言う言葉が出てくるのも当然だったのかも知れない。
しかし、どこかで陸は落ち着いていた。
「ま、でも大丈夫だろう。規制は入らないよ」
明人は少し違和感を覚える。
(なんだ? どうして言い切れるんだ?)
そこまで言い切る陸に、なにか根拠があるのか気になった。ただの学生である陸が、かなりの情報通とも思えない。
「随分な自信だね。なにか理由でもあるの?」
陸は目を閉じて口だけが笑っていた。
「そういうちゃんとした話じゃない。なんていうのかな……勘?」
その答えに明人が肩を落とした。
「なんだ。当てにもならないや」
「悪かったな。そこまでいうなら稼げる方法を教えてやらないぞ」
陸が強気の態度に出ると、明人が平謝りをする。友達同士の軽いノリだった。
「そればかりはご勘弁を!」
「まぁ、それならいいか。俺が受けていたクエストじゃないんだけど――」
◇
次の日。
ログインしたポン助はアルフィーとマリエラと合流すると、稼げると言われたクエストに関して二人に話すのだった。
マリエラがクエストの内容を聞いて悩む。
「クエスト自体のお金が良いのも分かるけど、貰えるアイテムにもそれなりの需要がある、ね……それ、昔の情報でしょ?」
オンラインゲームの特徴として、いつまでも同じように破格に稼げるという事はない。運営がチェックをして調整をする場合もあれば、手に入るアイテム自体が大型アップデートで価値を大きく落とす事もある。
そのため、古い情報というのは当てにならないのだ。
アルフィーが残念そうに地面に落ちていた小石を蹴った。
「私もせっかく楽しそうなクエストを調べてきたというのに……」
マリエラがアルフィーを冷たい目で見ていた。
「そのクエスト、って何よ? 一応は聞いてあげるわ」
アルフィーが両手でジェスチャーを加えながら説明を始めた。
「ワイヴァーン退治です! 私たち三人では時間はかかるかも知れませんが、報酬は高額でドロップアイテムも凄くてですね――」
ポン助とマリエラが、そんなアルフィーの意見に反対する。二人同時に首を振り、なんだか仲よさそうだった。
「はい、無理。戦ったら死んで終わりじゃない?」
「ない。絶対にない。あんた、もっと現実的な提案をしなさいよ」
二人に反対され、ショックを受けていた。
ワイヴァーン……希望の都のある世界でも、ドラゴンに次いで厄介なモンスターである。今のポン助たちが倒せる相手ではなかった。
ポン助が手を叩く。
「じゃあ、意見がないなら【恋の秘薬】のクエストを受けましょうか。あぁ、大丈夫ですよ。ちゃんと今でもそれなりに稼げるクエストだって、調べてきましたから」
マリエラが頭の後ろで手を組む。
「なら安心かな。アルフィーの提案よりマシだし」
アルフィーが肩を落としながら二人についてく。
「二人とも待ってくださいよ。最近、私の扱いが酷いですよ。泣いちゃいますよ」
なんともポンコツ臭を出し始めたアルフィーを連れ、ポン助たちはクエストを受けるために冒険者ギルドへと向かうのだった。
◇
【恋の秘薬】というクエスト。
これは依頼人がいて、恋の秘薬を作りたいので是非ともつがいを探して求愛中のモンスターを倒して素材を持ち帰って欲しい、というクエストだ。
先にネタバレをするのなら、この依頼人はクエストの達成をギルドに知らせに行ったときには既に失恋しており秘薬の素材は要らないとギルドに告げている。
報酬は貰える上に、恋の秘薬の素材が手に入るクエストだ。
そして、その恋の秘薬はNPCが経営している特定の店に持って行くと、それなりの値段で買い取ってくれる。
その経営している店が酒場であり、いったい何に利用している設定なのかと一部のプレイヤーの間で有名な話だった。
ポン助たちは指定された場所まで移動し、途中出てくるモンスターを倒しながら目的地へと到着した。
そこにはつがい――オスとメスの魔物が互いに寄り添っている姿が見られた。
草原には鳥のようなモンスターが二体いて、そして時折鳴き、互いの体を寄り添わせ幸せそうにしていた。
そんな姿を見たポン助は、草むらに巨体を潜ませながらチラリとマリエラやアルフィーに視線を向けた。
二人もポン助をチラチラと見てくる。
アルフィーが口を開いた。
「普段見ないモンスターですね」
マリエラが受けたクエストを確認すると、モンスターの情報が詳細に載っていた。普段は一部やほとんどの情報が隠されているのに、こういう時だけ事細かに説明が入っている。
「……温厚な鳥形のモンスター。好奇心旺盛で近付いても攻撃しない。人が寄ってくると自ら近付いてくるが、攻撃はしない」
ポン助は心の中で思った。
(攻撃はしない、って部分をやたら強調してくるな)
マリエラが続ける。
「その愛くるしさもさることながら、ドロップするアイテムの毛皮や肉は高値で取引され今では絶滅危惧種に……」
マリエラが読むのを止めた。
少し涙目でポン助を見てくる。
その仕草にドキッとしたポン助は、自分を落ち着ける。
(静まれ、僕! マリエラさんは男! 男だから!)
アルフィーもなんとも言い難そうな表情で、モンスターを見ていた。
「可愛らしいモンスターですね。私にはちょっと……」
自分は無理だと言うのをアピールしてくるアルフィーに、マリエラも頷いていた。
ゲームだからと割り切ればいいのだが、体感型のゲームである。
目の前には仲良さげで幸せそうな可愛らしいモンスターが二体。寄り添ってつがいになろうとしていた。
それを邪魔して攻撃する自分たちを想像したポン助は、首を横に振る。
「……リタイヤで」
クエストの途中放棄を決めたポン助に、マリエラは明るい笑顔になりアルフィーは本当に安心しきった顔をしていた。
その二人の様子を見て、ポン助は思った。
(まぁ、うん……良いか)
その場から去ろうとすると、マリエラとアルフィーが先に下がった。
ポン助も離れるために移動しようとして、最後にモンスターたちを見た。すると、二体がポン助の方を見ていた。
(見つかった! あ、でも大丈夫か)
すると、二体のモンスターはペコリとお辞儀をしてその場から離れて行く。
離れた場所には小さく綺麗な石が落ちていた。
草むらから顔を出し、ポン助はその石を見る。
「……拾って良いのか?」
モンスターたちがいた場所に近付き、そして石を拾い上げた。
手に入れるとアイテム名は【優しき心】と書かれている。だが、アイテムとしてどのような効果があるのか調べてみると、特に何もなかった。
これを使えばパワーアップ、する訳でもない。
武器の強化に使えば特殊効果が! という訳でもない。
ただのゴミアイテムと思えばそれまでだが、ポン助はソレを見てなんとなくアイテムボックスにしまい込むのだった。
◇
冒険者ギルドの受付。
そこでポン助はクエストのリタイヤを告げようとしたが、受付嬢はお辞儀をしてクエストのクリアを口にした。
アルフィーが首を傾げた。
「クエストは失敗ではないのか?」
受付嬢は首を横に振る。
「いえ、クリアです。依頼者様からは、材料が必要なくなった、と。どうやら恋の秘薬を使用する前に恋が実られたようですよ」
受付嬢が微笑んでいるのを見て、マリエラがポン助を見た。
「あれ? これって恋が失敗する話じゃなかった?」
ポン助も首を傾げる。
「その筈なんだけどなぁ……」
すると受付嬢が、微笑みながら報酬を渡してくる。
「それでは報酬をお受け取りください。依頼者様からは、引き受けてくださった冒険者たちに是非とも報酬を、という事で多めに手渡されましたので」
アルフィーが手を叩く。
「実はこのクエスト、私たちの行動が正しかったのではないか? そうする事でより多くの報酬が受け取れるという事では?」
なる程、そう思ったポン助が再びクエストを受けようと考えた。
そう考えれば、このクエストはかなりお得なクエストである。
だが、受付嬢が報酬を渡した後も話を続けてきた。
「これにて恋の秘薬のクエストは終了です。お疲れ様でした」
ポン助がクエストを再び受けようとすると、恋の秘薬のクエストはなくなっていた。