失敗する募集
「……何故だ」
項垂れるポン助たちギルドメンバー。
募集をかけてからやってきたのは、冷やかしのプレイヤーや自分たちの方針を抗議するプレイヤーたちだった。
冷やかしが来るのは覚悟していた。
何しろ、オンラインゲームだ。
現実世界ではないからと、好き勝手に振る舞うプレイヤーは一定数いる。
ライターは、そろりが編集した動画を見ていた。
動画は二つある。
「これが流出したのが問題だね」
一つはいかにも取り繕った動画だ。
みんなで楽しそうな感じで撮影しているが、ぎこちなさが出ている。もっとも、これでもマシな部類。
他のギルドの中にはもっと酷い募集動画もある。
ブレイズが両手で顔を押さえていた。
「……目が死んでいるって書き込みが沢山」
募集のチラシ、取り繕った動画……そしてもう一つは、身内向けの動画だった。
そろりが縄で縛られ転がされている。
マリエラとアルフィーが鞭を持ち、そろりを踏みつけていた。
「言いたい事はあるのかしら、そろり?」
マリエラがそろりを踏みつけているのは、動画を流出させたのがそろり本人だからだ。
「ち、違うんだ。編集作業で疲れて。それで、みんなで見た奴を間違って掲示板にアップロードしただけなんだ! 他意はないんだよ!」
床に鞭が部屋に響く音を立ててぶつかる。
アルフィーが片目を大きく開き、苛立っているのが分かる。
「この動画のおかげで、私の評判はガタガタですよ」
ポン助は、そろりが流出させてしまったプロモーションビデオを見ていた。
(いや、アルフィーもマリエラも、前から評価は微妙だったし……でも、流石にこれは笑えないな)
身内で見るなら笑えたのだ。
動画では、可愛らしい種族のノーム――ライターが高笑いをしてアイテムに囲まれている。
『もっとだ! もっとアイテムを集めるんだ! え? これ以上は無理? はぁ……だったらノルマを増やせば良いじゃないか』
次のシーンはブレイズが椅子に座ってインタビューを受けていた。
ゲームなのにアバターの目が死んでいる。
『楽しいか、ですか? 人間、どんな環境も楽しもうと思う事が大事ですから。それより、もういいですか? 早く行かないと今日のノルマが終わらないんです』
次のシーンでは、オークたちをアルフィーが鞭で叩き伏せている。
『おらっ、鳴けよ豚共!』
『ブヒィィィ!!』
嬉しそうに鳴くオークたちの映像は、本当に地獄である。
マリエラが画面の隅でオークをネチネチ踏みつけていた。
『おい、どうだ? これが欲しかったんだろ?』
『は、はい! 欲しかったであります!』
ニヤニヤくらい笑みを浮かべているマリエラの顔がアップされていた。
次のシーンは、ナナコ、シエラ、グルグルの三人が可愛らしく募集動画の撮影をしている近くで――。
『フランちゃんの泥棒猫! 課金アイテムを貢いだってどういう事よ!』
『貢いでいない。アレはプレゼントだ』
『ふ、二人とも、撮影中ですよ』
ノインとフランが言い争っているのを、イナホが止めようとしていた。
撮影中の三人が、笑顔でギルドのアピールをしている。
ナナコが本当に笑顔で。
『うちのギルドはみなさん仲良しですよ』
シエラもニコニコしていた。
『問題なんか何もありません』
グルグルは女の子らしい恰好に顔を赤くしながら。
『ちょ、ちょっと変わっているけど楽しいギルドだぜ。違った、です。だった』
そんな後ろでノインがフランに掴みかかった。
『嘘吐き! だって顔が赤かったもん! あんな顔、フランちゃんリアルでもしないじゃない! 私の初恋を応援してくれるって言ったのに!』
イナホが二人に挟まれるのだが、大きな胸に挟まれていた。
『だから二人とも撮影中ですから!』
ノインがフランの髪を掴む。
フランも髪や胸を掴んで喧嘩を始めた。
『誰も応援すると言っていないだろうが! 初恋と言っても、六回目だろうが! それに私は――』
『何よ、今まで男に興味がないって言った癖に! 親友の狙っている男を取るなんて最低よ!』
『お前の方が最低だろうが! 私のパ――彼に何をしたか言ってみろ!』
イナホが吹き飛ばされ、女同士で喧嘩が始まると周囲のメンバーたちが二人の喧嘩を止めに入った。
笑顔で撮影している横で、女のドロドロした日常が繰り広げられているシーンだ。
そして最後。
『今日こそお前に勝ってやるからな! ジョブもスキルセットも、今の段階で考え得る最強セットだ。今度こそお前に――』
ポン助が現状考えうる最強装備で挑んでいたのは、草を食べている自分よりもかなり小さいロバだった。
しかし、本気で斬りかかるポン助に、ロバは後ろ足で立ち上がると前足でポン助をボコボコにする。
それはもう、ある種の芸術のような攻撃。
ポン助は一撃も与えられないまま草原に転がり、ロバに唾を吐きかけられていた。
「……僕の秘密を撮影していたのはともかく、これを掲示板にアップロードしたとか」
ポン助は頭を抱えた。
掲示板ではお祭り騒ぎだ。
『パン助と愉快な仲間たちヤベェェェ! 色んな意味でヤベェって』
『イケメンの目が死んでいたけど、友達の社畜があんな感じだった』
『社畜が友達? おい、さっさと救ってやれよ』
『マジかよ。女王様、マジで女王様? アレ、絶対に演技じゃないって』
『オッパイさんの目もマジだったな。ゾクゾクしてきた』
『お前らノームに何か言ってやれよ。アレ、最近荒稼ぎしている奴だろ?』
『あそこ、質も良いしよく利用していたけど、まさかその裏でこんな事をしていたなんて……最低だな』
『女王様にビシビシやられるか、オッパイさんにネチネチやられるか……俺、ちょっとギルドに行ってくる!』
『どう考えても変態しか集まらないな』
『それより、まともな方の募集動画? あの裏でこんなドロドロしたやり取りがあったとか思いもしなかった』
『対比が酷いよな。良いところしか見せないとか最低だぜ。やっぱギルド“オアシス”が無難じゃない?』
『おい、誰が他のギルドの宣伝をしろ、って言ったよ』
『オアシス最低だな。ポン助の次に最低だよ』
『それよりポン助……』
『ロバに負けるとかどういう事だよ』
『ポン助が弱いのか、ロバが強いのか』
書き込みはまだ続いており、リアルでも話題にされると思うとポン助は恥ずかしかった。
(……絶対ルークにからかわれる)
ライターが机に小さな拳を振り下ろした。
「とにかくだ! なんとしても後、十人集めるんだ」
それでも、新人と言うより全員の知り合いを集めて数を増やしていた。
ポン助に色々と教えて貰ったプレイヤーも、事情を聞くと同情してギルドに入ってくれている。
そのため、もう少しでギルドクエストに挑める人数になるのだ。
全員が暗い表情で俯いている。
「これ以上は無理だって」
「だって、この動画の後で来る奴ってみんな……」
全員が動画を楽しそうに見ているオークたちを見ていた。
八人から十人に増えている。
新人たちが目を輝かせ、先輩であるオークたちはいかにアルフィーやマリエラが素晴らしいかを話していた。
「容赦のない責め……女王様、たまんないっす!」
「そうだろう、そうだろう。君も分かっているね」
「お、俺はもっとマリエラさんにネチネチと……」
「苛立っているときに声をかけることだ。そうすれば、ネチネチ痛めつけてくれるからね」
ポン助は両手で顔を覆う。
「……増えちゃった」
イナホは中学時代の友人たちと会っていた。
「やっほ~、久しぶり」
手を振るイナホを見て、友人たちは少し呆れた顔をしている。
全員、外見には変化があった。
言われなければ、かつての友人たちだと分からない。
「あんた、まさか身体データそのまま? 馬鹿じゃないの。リアルバレとか結構あるんだからね」
友人たちが心配してくれることに嬉しく思いつつも、今更外見を大きく変えるのも面倒だった。
「だ、大丈夫だってそれなりに弄ってあるから」
「まぁ、元気そうで安心したけどさ。それより、なんで呼び出したの?」
友人たちにリアルで連絡を取り、ゲーム内で落ち合ったのには訳がある。
「実は、ギルドの勧誘をしていて」
イナホが事情を話すと、友人たちが更に呆れてしまう。
「よりにもよって、あそこ?」
「あんた、入るギルドは選んだ方が良いよ」
「あそこはないって。見ている分には面白いけどさ」
イナホが慌てて説明する。
「だ、大丈夫だって。動画は悪のりした部分もあるし、それに喧嘩をしていた二人も仲直りしたから。みんないい人たちだよ」
友人たちは言う。
「あんた、目を覚ましなよ。それに、私たちログイン時間が違うから無理だって」
イナホは疑問に思っていたので聞いてみる。
彼女たちは、ログインしているプレイヤーが少ない時間帯。
つまり、ポン助たちが活動している時間にプレイしているはずだった。
「そう言えば連絡取れなかったね。なんで時間を変えたの?」
イナホの質問に、友人たちは少し困った顔をしていた。
「言う?」
「でも、あんまり広めても」
「イナホなら大丈夫じゃない?」
三人がイナホに告げる。
「イナホ、あんたモッドって知っている?」
慈愛の都、観光エリア。
イナホはログアウトした友人たちを見送り、項垂れてしまっていた。
「……あの子たちとは方針が違うから無理だよね」
少し見ない内に、みんなが遠いところに行ってしまったようにイナホは感じる。
自分だけ中学のままで、周りは女子高生という感じだった。
ベンチに座っているイナホに声をかけてきたのは、初日に出会ったリリィだった。
「あなた……もしかし、イナホ?」
「へ? あ、リリィさんだ!」
イナホは立ち上がってリリィに近付く。
相手は少し驚いていたが、笑顔でイナホに対応してくれていた。
「それにしても、リリィさんがここにいるなんて驚きました」
リリィは肩をすくめて見せた。
「観光エリアが分散してね。楽しいけど、換金が面倒で大変よ」
聞けば、観光エリアを楽しむのが面倒になっているらしい。それでも、パンドラを経験したプレイヤーが、今更他のゲームでは満足出来ない。
リアルマネーが使えないなら、ゲーム内の課金アイテムを購入して売り払えば良いという結論に達していた。
「……勿体ないですよ」
「そうは言っても、稼ぐにしてもゲームのことは詳しくないからね。でも、効率が悪いからどうにかしたいのよ」
リリィの話を聞いて、イナホは思った。
(観光エリアのプレイヤーさんも大変だな)
イナホはこの時、善意から口を開く。
「なら、稼げるようになりますか? ゲーム自体は別に難しくありませんし、教えるのが上手な人がいますから連絡しますね」
リリィは戸惑う。
「そ、そう? でも、ゲームを楽しむ人たちからすれば、私なんて邪魔じゃない?」
イナホはポン助のことを自慢するのだった。
「そんな事ありませんよ。僕もお世話になっていますけど、凄く優しくて頼りになるんですから。親切丁寧! 基本から応用まで色々と教えてくれますよ」
ポン助に連絡をすると、明日に合流する事になった。
◇
ポン助――明人は自室で目を覚ます。
ヘッドセットを外すと、部屋の中ではエアコンが動いていた。
おかげで暑くはない。
「……なんとか人数は集まった」
ログインしている間に、知り合いやら新人を積極的に勧誘。
そして、新人育成で戦力にするために動き回った。
どうにか、リアルで数日後にはギルドイベントに挑めそうだ。
起き上がって背伸びをすると、カレンダーを見る。
日付はもうすぐ七月になろうとしていた。
「そう言えばもう一年以上もパンドラをプレイしているのか」
考えてみれば色々とあった。
すると、明人のスマホに着信音が鳴る。
手に取ると、それは情報屋からだった。
『ポン助君、実はまずい事になった』
「え?」
『いや、君たちに直接影響もない。そして手を借りることにもならないが、伝えておくべきだと思ってね』
情報屋の声は真剣そのものだ。
『海外のVRゲームのほとんどが何かしら日本政府と同じように実験を行っていた。規模の大小はあってもこれが事実さ』
日本だけがやっていたとは思わない。
しかし、まさか世界規模で実験していたとは明人も思わなかった。
「な、何か大変な事になるんですか?」
『いや、流石にこれからはリアルで解決していくよ。少々粗っぽい事になるけどね』
買収、引き抜き、あらゆる手段で解決すると情報屋は言う。
「あ、あの――」
『気になると想ったから伝えたんだ。それよりポン助君……どうして人はこうも愚かなんだろうね』
(きっと、VRゲームを実験場にしていることを言っているんだよな?)
「僕には分かりませんけど……あの、頑張ってください」
『ありがとう。一応、ルーク君にも電話をしておこうかな。一緒に戦った仲間だからね』
電話が切れてしまった。
執務室。
情報屋はスマホを見る。
「……どうして君はそんなに愚かなんだろうね。いや、多くのプレイヤーたちが愚かなんだけどさ」
椅子から立ち上がった情報屋は、大事な相手に連絡を入れるのだった。
「あぁ、どうも。言われた通りにポン助君にはしっかり連絡をしたよ。……そうかい。まぁ、こっちの事は任せて欲しいね」
情報屋は通話を終えると呟く。
「お優しいことで」




