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ギルドメンバー募集

 六月も半ば。


 一学期の試験も迫っている中、明人はアルバイト先で真面目に仕事をしていた。


 去年の春に入ってから一年が過ぎ、仕事の方はもう慣れた。


 勤務態度に出勤率も好評価を受けている。


 大学に進学する際も、就職する際もこのまま行けば一定の評価を得られるだろう。


 金を稼ぐと同時に、これも社会学習の一環だった。


「先輩、倉庫の方の確認終わりましたよ」


 八雲が笑っていた。


「仕事が出来る相棒がいると楽ができて良いわね」


 現在高校三年生の八雲だが、これまでの成績と評価から推薦枠を手に入れられるらしい。


 受験生として気も抜けないが、他の受験生よりも随分と余裕が見える。


「先輩、受験のために色々としないんですか?」


「夏は病院にも行くし、冬とかも抜けることが多いと思うわよ。そうなったら、明人は新しい相棒が出来るかもね」


 明人は同じシフトに入る後輩が誰かは知らないが、問題がない人が良いと思った。


 同意に。


(前からすると先輩も落ち着いて来たな。オフ会の時は大変だったし、これから落ち着いてくれるならいいけど)


 ゲーム内で過ごす時間が“六日から八日”に増えたが、特に影響は感じられない。


 目が覚めると今日何をすれば良いのか無理して思い出すこともなく、明人が危機感を覚えるほどの事にはなっていなかった。


 八雲は笑いながら明人に話を振る。


「そう言えば、いつも男子大学生の二人が交代で来るじゃない?」


「はい。でも、なんか最近は見かけませんね。忙しいんでしょうか?」


 少し前に遅刻を頻繁に行っていたが、それでもアルバイトだからと注意を受けて済まされていた。


 ただ、あまりに酷いので次はないと脅しもかけられているらしい。


「なんかプログラミング言語の習得だって。わざわざ指導している教室にも通っているみたいよ。何かに目覚めたのかもね」


「プログラム? あの二人、大学は文系だったような……」


 何気ない会話を楽しみつつ、客が来ると口を閉じて仕事に専念する。


 嫌な上司もいない。次のシフトのアルバイトが来るまで心配もしない。


 職場は明人にとって安定してきていた。


 そうして話はパンドラのことになる。


「そう言えば、イナホちゃんだけど。なんだか明人の後ろをついて回っているわよね」


「そうですか?」


 以前の祭の際にフランと仲良くなったが、イナホはノリも良く最初から仲が良かった。


 だが、気にかけてみると最近は八雲に言われる通りだった。


「そうよ。レベル上げとか、クエストとかほとんど一緒じゃない。アルフィーの奴、闇討ちしようか本当に考えているみたいよ」


 流石にそれは同じギルドメンバーとしてどうなのか?


 明人はアルフィーに注意することにした。


(明日にでも注意しておくか)


 顔を合わせて注意をすれば、ゲーム内で他の人に聞かれることもない。


(委員長……まだ落ち着かないのかな?)






「闇討ち? それは誤解ですよ。マリエラじゃあるまいし」


「え?」


 学園の放課後。


 摩耶と二人で机を挟んで向き合う明人は、生徒会役員の仕事を手伝っていた。


 少し薄ぐらい教室には、部活動に励む生徒たちの声が聞こえてくる。


 以前より活気が出ているように感じたのは、部活動が増えたからだろう。


 少し離れた県から、特待生を連れて来たと話題になっている。


 その子が有望で、特待生として拾い上げた学園の関係者は鼻が高いのだとか。


 名前は――奏帆と明人は聞いていた。


「最近ずっと明人と一緒だから、少しは他の人とも遊んだ方がいいんじゃない、って言っただけ。闇討ち云々は出鱈目よ」


(なんだ。そうか。先輩が少し誇張して言ったんだな)


 明人は安心する。


「むしろマリエラの方が心配よ。なんかイライラしているし、街中で狙撃でもしそうな勢いだったからね」


「……なんで?」


「さぁ? 明人が取られると思ったのかもね」


(先輩に確認しようかな? でも、何かの間違いとか……う~ん)


 明人が困っていると、一つ思い出した。


「そ、そう言えば……女子って父性に飢えているのかな?」


「なんで?」


 明人はフランの事を話さないように、ぼかしつつ話をした。


 友達が相談してきたんだ、という感じで、だ。


「どうだろう? 人によるとしか言えないわね」


「そ、そう」


「時期にもよるけど、毛嫌いする女子は多いわよ。何か問題を抱えているとか、父親を知らないとか……まぁ、憧れているんじゃない。それにしても、その友達って年上? ゲームで父親に思われるなんておじさんみたいな発言が多いのかな?」


(そうではないと思いたいけど)


 明人も今更自分の事とは言えなかった。


「でも、女性アバターでも中身は男性かも知れないのよね? なら、小さな男の子がパパって甘えているだけかもね」


 フランのような大人な女性が、中身が小学生くらいの男子? そう思って明人は考えるのを止めた。


 摩耶が立ち上がる。


「あら、連絡しても書類が送られてこないわ」


「声をかけに行こうか?」


「いいわ。これで終わるから、明人は帰って。また明日ね」


 笑顔で去って行く摩耶の背中は、ゲームとは違いお淑やかなお嬢様だった。






 奏帆は部活動を終えると、顧問のところに向かうため職員室へ向かっていた。


「はぁ~、今日も良い感じ」


 地元にいるときよりも調子が良かった。


「これなら良い成績も出せそうな気が……」


 すると、職員室から一人の女子――先輩が出てくる。


 綺麗で、そして品のある感じだった。


(あんな人もいるんだ)


 一瞬、アルフィーの顔が浮んだのだが、奏帆はすぐに忘れる事にした。


「あら、もしかして伊刈さん?」


「は、はい!」


 背筋を伸ばして挨拶をすると、相手は微笑んで「かしこまらないで」などと言って話しかけてくる。


「凄い逸材だって聞いたから名前を知っていたの。頑張ってね」


「頑張ります!」


 二年生の先輩が去って行くと、まるで本物のお嬢様――ゲームでも滅多に見ないような人だと思った。


(そう言えば、最初に助けてくれたリリィさんも雰囲気あったな)


 よく考えると、周囲のプレイヤーは何かしら凄く感じる。


 遊んでいるようで強いマリエラやアルフィーもそうだが、ライターなどゲーム内で荒稼ぎしている。


 ブレイズもポン助以上にギルドをまとめ、ライターの鬼畜ノルマを達成させ大きくなったギルドを維持していた。


 ノインも歌が上手く、フランもなんでも出来る。


 そろりやオークたちは……奏帆は首を横に振った。


(……私も頑張ろう。じゃないと)



 ギルドメンバーが集まった酒場。


 大きなテーブルを囲む面々は、慈愛の都で大きなクエストに挑もうとしていた。


 ライターは。


「ギルドクエストは報酬も多いから良いよね」


 報酬やレアアイテム狙いである。


 他の面子からすれば、大きなクエストをクリアするのはゲームの醍醐味だ。


 オマケに、ギルドアイテムも手に入る。


 ブレイズもワクワクしていた。


「もう、同じクエストやモンスターを倒し続けないで良いと思うと……」


「ブレイズ、落ち着け。落ち着くんだ! 休みだよ。今日は休みだから!」


 仲間に声をかけられ「そ、そうだった」と言っているブレイズを見て、ポン助は気持ちが分かるのだった。


(僕もなんかあんな感じだったな)


 ポン助のギルドは規模が大きくない。


 ないのだが、規模以上の事をしているので無理が出ている。


 もっとも、そういったギルドは少なくない。


 ポン助たち以上に無理をしている、もしくは無理をさせているプレイヤーたちは多いのだ。


 ライターたち職人集団もウキウキしている。


 ポン助が口を開いた。


「ギルドクエスト“海賊島の宝探し”は、船での戦闘になります」


 海賊たちの島に、冒険者たちが乗り込んで宝を奪うのが目的だ。


 戦うのは人型モンスターの海賊たち。


 島には賞金首である強い海賊たちがいて、そいつらの持つ鍵を全て奪えば宝をゲット出来る。


 島に着く前に海賊たちの襲撃も有り、対策が求められるギルドクエストだ。


「まぁ、人数制限は余裕でクリア……あ、あれ?」


 ポン助はクエスト情報を見て、すぐに自分たちのギルドの情報を見た。


 ライターが急かす。


「どうしたのさ。早く続きを頼むよ。人数制限は二百人以下だよね? なら、絶対に問題ないよ」


 小柄なノーム種族のライターを、アルフィーが持ち上げて黙らせる。


「ライター、ポン助の邪魔をしないでくださいね」


「そんな怖い顔で笑わないでよ。これだから私がどれだけ心配して……」


 ブツブツと文句を言うライターだが、ポン助の言葉に驚いた。


「すみません。なんか、大型アップデート後に百人以上で挑むようにと追加で条件が増えています」


 大型アップデート前にはなかった条件だった。






「プロモーションビデオだ」


 そろりが全員の視線を集める。


 足りないギルドメンバーを確保するため、色々と考えていると立ち上がったそろりが自信満々に言う。


 ノインがテーブルの上に体を乗せており、大きな胸をクッションのようにしていた。


「プロモーションビデオ?」


 そろりが動画データを再生する。


 そこには、大手ギルドが作ったギルドの宣伝と、加入条件を分かりやすく動画にしていた。


 中には雰囲気のある動画も有り、加工されて本当に映画のプロモーションビデオのようだった。


 プライが顎を撫でている。


「なる程、私たちもこれを作ってギルドをアピールすれば良い、と」


 ブレイズが動画をいくつか見ていた。


「パンドラの秘密を探ろう? 強さこそが正義? ……絶対正義って新撰組もこういう動画を作っていたのか」


 ライターはノリノリというか、やる気だった。


 ポン助たちのギルドは弱小ではないが、大きいとは言えない。


 そもそも、こんな条件は今までになかった。


 この先、もっとプレイヤーを確保するためにはこういった宣伝も必要である。


「ならすぐに作って編集だ! と、言いたいけどさ。この手の事に得意な人は?」


 全員が視線を逸らしている。


 ブレイズが肩をすくめていた。


「映像関係の仕事や趣味を持つ人はいないみたいだね。そうなると、出来る範囲でギルドメンバーを募集する動画を作らないと」


 どんな動画が良いのだろうか?


 みんなで意見を出し合っていると、マリエラが呟く。


「うち、そんなにギスギスしていないし、仲の良いギルドとか?」


 全員がマリエラとアルフィーを交互に見るが、本人たちは一切気にしていない。


 ポン助も笑顔で頷く。


「いいね。アットホームな感じを売りにしよう」


 アルフィーもマリエラには負けられないと意見を出す。


「では、親切丁寧に指導するとアピールしましょう。ポン助は実績もありますから安心ですね。ポン助や私の優しさを猛アピールですよ」


 イナホやノインが、アルフィーの顔をガン見していた。


「それ、ポン助さんだけですよね。アルフィーさんに教えて貰ったの、観光エリアの遊び方くらいで……」


「アルフィーちゃん、私に跳び蹴りしたよね。優しくないよね?」


 何やらライターが焦りつつ話題を変える。


「よし、やっぱりゲームでも評価が大事だからね! 君の頑張りを評価する、っていう感じで宣伝しよう。出来て当たり前、みたいなギルドの中でこれは流行るよ!」


 ブレイズも静かに手を上げて。


「なら、過酷なノルマもありません、って宣伝を……ほら、人が増えるときっとノルマも減るし。絶対に減るから!」


 ノインが手を叩く。


「あ、それなら周りと仲良くする楽しいギルド、って宣伝もしないと。ほら、なんか他のギルドの人は敵だ、みたいなところも多いから」


 次々に意見が出てくる。


 シエラやナナコ、グルグルも参加する。


「新人プレイヤーも多いギルドとか良くありません? なんか、誰でも入れる感じがします」


「初心者大歓迎も必要ですね!」


「やっぱり、効率だけじゃ駄目だと思うんだ」


 ギルドメンバーたちは熱くなってくる。


「大量採用で色んなプレイヤーを招きましょうよ! そうすれば、数だけは確保出来ますよ!」


 色々な案をまとめ、ポン助たちはまず求人広告を出すことに決めた。


 みんなで写真を撮り、そしてまとめた内容を書き込んでいく。


「よし、出来た! まずはこれを掲示板に貼ろう。さて、動画の撮影はどうしよう?」


 ライターが少し考える。


「流石に作り込めないし、日常を撮影してつなぎ合わせたらいいんじゃないかな? ほら、他と違ってアットホームなギルドだし」


 そろりが道具を用意する。


「なら、僕が撮影をしましょう。皆さんの日常を撮影しつつ、加工してギルドメンバー募集のプロモーションビデオにしますよ。流石にプロのようには出来ませんけど、ギルドを紹介するくらいは出来ますし」


 みんながやる気を見せている中、イナホは首を傾げていた。


「アットホームで親切で、評価して新人が多くて……あ、あれ?」


 イナホだけが首を傾げていた。






 希望の都。


 掲示板や都市の壁に貼られたギルドメンバー募集の公告を、プレイヤーたちが見ている。


 三人組みのプレイヤーは、どこかギルドに入ろうと考えていた。


 見ているのは、ポン助たちの募集広告だ。


「……これ、アレだよな」

「うん、アレだ」

「なんだよこの、ブラック企業の好きなワードを並べた募集広告。悪意がにじみ出ているじゃないか」


 美形の青年の目が死んでいる。


 ギスギスしていないと言いつつ、女性陣の距離感を感じる写真。


 割と有名プレイヤーであるポン助がいるし、ギルドに拠点はないがギルドアイテムも持っている。有望なギルドなのに、宣伝文句がそれらを全て打ち消している。


 三人は募集広告の紙をゴミ箱に捨てた。


「ないわ。これはない」

「俺、もっと緩いギルドがいいな」

「緩すぎてもなぁ……」


 ポン助たちの募集広告は大きく失敗するのだった。


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