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お祭り

 慈愛の都の水中都市。


 水上にある都市と違うのは、周囲にプレイヤーが少ない事だろう。


 かつて水中に沈んだ都市という設定で、壊れた箇所も多いが幻想的な雰囲気だった。


 マーメイドたちに水中に引込まれたオークたち八人は、元幹部から貰ったデータから運営の目が届かない場所に来ていた。


 大剣を担いだデュームが周囲を警戒しつつ、現場を確認するとログアウト出来ない。


 全員が水中で自由に動けるアイテムを所持しており、溺れてなどいなかった。


「……間違いない。運営はわざとシステムの穴を作っている」


 厳しい運営の目から逃れられる場所をわざと作っている事を確認すると、プライはそこで会話をするのだった。


「彼らが用意した場所で秘密の会話をするとドキドキするね」


 仲間たちは溜息を吐く。


「こういったドキドキはちょっと……」

「蔑まれた目で美少年に踏まれたい」

「あ、分かる~」


 プライが周囲を落ち着かせる。


「君たちの気持ちも分かるが、まずは話を片付けるとしよう」


 一人のオークが調べた結果を告げる。


「まず、あの元幹部の話ですが事実です。実際に研究が進められており、VR分野は世代が進むレベルの技術革新ですよ」


 見える世界が綺麗になった、触ると寄りリアルになった、などのレベルではない。


 VRはゲームの領域を大きく超えようとしていた。


 デュームは結論を急ぐ。


「つまり、危険だと? なら、これからログインをしなければどうだ? 危険だろうが、メインサーバーを破壊する手もある」


 説明しているオークが首を横に振った。


「奴らも考えています。新型炉にアクセスした際に、パンドラのサーバーを物理的に繋いでしまっていましてね。手順を間違えれば新型炉は暴走して人類滅亡です」


 新型炉は危険すぎると解体もされていない。


 月の技術者を連れてくることも出来なければ、ブラックボックスもあって危険すぎて触れないのだ。


 現状維持しかできなかった。


 それと、新運営はパンドラを繋いだ状態にしている。


 パンドラが強制的に終了させられると、新型炉が暴走するようになっている。もしくは、暴走しなくても危険な状態になる。


「厄介だね。私も自由に動けない。それに、どこに奴らの目があるのか分からないから動きようがなくてね」


 全員が腕を組む。


 会話を聞いていたオークが口を開く。


「ねぇ、ポン助君って大丈夫なの? セレクター……新運営がマークしているプレイヤーだよね?」


 それについては、詳しいオークが「現状は」と付け加えて。


「大丈夫でしょう。むしろ、リストを確認しましたけど……」


 デュームが目頭を揉んでいた。


「ほとんどのセレクターがあの事件以降、ゲームに復活している。新運営に事情を説明されたらしい」


 気になったオークが小さく手を上げた。


「ポン助君があちら側に協力していない証拠は? もしくは、今後協力する可能性は?」


 デュームが肩をすくめた。


「神のみぞ知る、だな。それに、ゲームが現実に干渉するなんて聞いてしまえば、悪い事の一つや二つ誰でも考える。好きな子と好感度を上げる。嫌いな奴に勝つために力をつける。今のパンドラならやりたい放題だ」


 プライがアゴをさすっていた。


「いずれにしろ様子見だ。だが、彼――元幹部の話からすれば、我々は彼に引き寄せられた事になる。彼の性格は知っている。何、大丈夫さ」


 全員が顔を見合わせた。


 プライは微笑む。


「私には分かる……彼も我々と同じドMだ。悪い子じゃないよ」


 全員が納得した。


「そうですね!」

「ドMなら大丈夫だ!」

「そうだ! 女王様たちを引き付けた彼なら安心だ!」


 ……ポン助は、知らない場所でまた厄介ごとに巻き込まれていた。






 慈愛の都の観光エリア。


 そこはまるで港町のような雰囲気だった。


 NPCの芸人が演奏し芸を披露する。


 大きな古い船から、ヨットに水上バイクなど遊ぶ道具が揃っていた。


 ポン助は、屋台で購入したクレープをイナホやフランに渡してベンチで一緒に食べている。


「あ~、おいしい。チョコバナナ大当たりですよ」


 イナホが幸せそうに微笑んでいた。


「良かったね。僕のイチゴも悪くないよ」


 フランは足を組んで自分のクレープを眺めていた。


 イナホが気になって首を傾げる。


「フランさん、食べないんですか?」


「ん? あぁ、食べるよ。だが、こうして観光エリアで過ごすのも久しぶりだと思ってね。以前は観光エリア中心だったんだ」


 フランはノインと同じで、ゲームに興味がなかった。


 ただ、ノインに付き合ってギルドに加入し、その後はライターの鬼とも言えるノルマを達成するために日々頑張っている。


 イナホが少し困った顔をしていた。


「そう言えば、ポン助さんと色々とあったんですよね」


「あったね」


 ポン助が頷く。


 ノインがポン助をからかい、馬鹿にしたのが出会いの始まりである。


 ポン助はフランに聞く。


「ノインさんに仕方なく付き合っているなら、ライターに話してノルマを出さないようにしましょうか?」


 フランは小さく笑った。


「そういう意味じゃないよ。昔から人付き合いが苦手のようでね。こちらはそれなりに楽しんでいるから気をつかわないで欲しい」


 確かにフランは多少遊んでもいるが、ノルマを淡々とこなしているイメージがポン助には強かった。


「何かやってみたいことはないんですか?」


 フランがクレープを食べつつ答える。


「やってみたいこと、か。思いつかないね」


 ポン助が困ってしまうと、イナホが閃いたのか笑顔になる。


「なら、子供の時の夢とかどうですか! ほら、叶えられなかった事とか!」


 大人になって、諦める夢も多いだろう。


 親に止められるなど、現実を知って諦めるなど。


 それをゲームでやってみたら、と言われてフランが考える。


「……親の期待に応えるばかりで、特に考えてこなかった」


 真剣に考え始めるフランは、周りの声が聞こえていないようだ。


 イナホがポン助の腕に触れてくる。


 そして、振り向くと顔を近づけた。


「なに?」


「フランさん、もしかしてアレじゃないですか? ほら、良くあるエリート系の病気ですよ」


 ヒソヒソと話をしているポン助は、まさかそんな事は――と思ってフランの顔を見た。


「やりたいこと……ピアノ? いや、アレは将来のために覚えろと言われたな。アイドルは……あいつの夢だったから違うな」


 本気で悩んでいた。


 エリート系の病気とは、才能が高いからと特定分野のみをさせられ精神的に駄目になってしまう病気。


 または、親が最適なレールを用意してしまい、それ以外を考えつかないようになってしまう事だ。


 才能が高いからと言って、必ず成功するわけでもない。


 だが、活躍している人たちはとにかく才能があって努力もしている。


(そう言えば、特集されていたな。親がいなくなったら何も出来なくなるとか聞いた気がする)


 言われた事しか出来ない、もしくはそれ以外の事をするのが不安というエリートが増えており、カウンセリングを受けている人も多い。


「……どうすればいいの?」


「何か興味を持つことを探しましょう。趣味ですよ、趣味!」


 イナホが趣味を持たせるべきと言ってくるが、ポン助は思うのだった。


(なんでも出来ちゃうから、委員長みたいな感じかな? そう言えば、委員長も色々と貯め込んであの性格なのかな? エリートも大変だな)


 観光エリアも楽しそうに見えない。


 オマケに、戦闘では頼りになる前衛だが……楽しんでいるようにも見えない。


 そもそも、パンドラを楽しんでいるのか疑問だった。


「何を勧めたら良いのか分からない」


「この際、なんでもやらせてみましょうよ。現実でやっていないことですよ」


 考え込むフランにポン助が聞いてみた。


「フランさん、リアルとかパンドラでまだやっていない事は何ですか? ほら、趣味になりそうなものとか」


 イナホは思いつくまま例を挙げていく。


「乗馬とかどうです? 他には料理とか、音楽とか!」


 フランは淡々と答える。


「乗馬はリアルでも経験した。料理も一通りは学んだな。音楽もいくつかやったが、趣味レベルでいいと思っている」


 聞いてみると、リアルで色々と経験していた。


(委員長も色々とやっているけど、この人たち凄いな)


 イナホもまさか、その後も出す趣味の例えに全て触れていると思っていなかったのか困ってしまっていた。


 スキューバ、ペット、写真、その他色々と言ってみるが全部駄目だった。


「……ポン助さん、僕を助けてください」


 イナホが助けを求めて来たので、ポン助がフランと話しをしようとすると……。


 慈愛の都に明るい時間から花火が上がった。


 フランがそちらを見る。


 ポン助もそちらを見ると、画面が出現した。


 手書きの宣伝は、なんとプレイヤーギルドが開催したお祭りだった。


「お祭り系ギルド? へぇ、そういうのもあるのか」


 プレイヤーたちが集まり、屋台を開いてお祭り気分を味わうらしい。


 イナホもワクワクしている。


「いいですね。行ってみます? あれ、フランさん?」


 フランは無言でその方向を見ている。


 ポン助が髪をかいた。


「……ふむ、これは普段僕たちを酷使する鬼畜共に働いて貰うとしよう」


 フランを見て、ポン助は何度も頷き連絡を入れる。


 しばらくすると、ライターたちが駆けつけて来た。






 前を歩くポン助は甚平を着用していた。


 背中には“ポン助”と達筆で書かれ、その横を歩くイナホは浴衣姿だ。


 当然、フランも浴衣を着ている。


 大きな胸がこぼれそうなのが気になる。以前浴衣を着て祭に来たのは一度だけ。着物と違いどうにも薄すぎる気がする。普段はもっと露出が多いのだが、浴衣を着ると妙に恥ずかしい。


(は、恥ずかしいな)


 ギルドの職人集団は、普段鬼とも言えるノルマを用意するが無料で装備などの作成を引き受けてくれる。


 祭に参加するから浴衣が欲しいと言うと、ライターたちがすぐに用意してくれた。


 ポン助が前を歩くと道が出来る。


 甚平姿で筋骨隆々の大男――いや、オークが歩けば誰だって怖い。


 たまに子供がポン助に蹴りを入れているが、イナホが注意をして追い払っていた。


 フランは周囲を見る。


(ソースの匂いだ)


 昔を思い出す。


 アレは父の仕事関係者の主催である祭に足を運び、子供だったフランは浴衣を着て家族で祭を体験した。


(あぁ、そう言えば綿飴を買って貰ったな)


 立ち止まると、ポン助が綿飴を三つ買ってフランにも手渡してくる。


 屋台では色んなアバターが、自慢の料理スキルを披露している。


 プレイヤー主催のこうしたお祭りは、結構な頻度で開かれているらしい。


 翼のあるバードマンが、焼き鳥を出している姿には少し考えさせられたが、昔の忘れかけていた思い出が蘇ってくる。


「楽しいですね、ポン助さん!」


「リアルだとお祭りに参加したのは中学生以来だけど、楽しいね」


 太鼓の音、徐々に暗くなり提灯の明かりが雰囲気を盛り上げている。


(そう言えば、昔もこうして後ろを歩いていたな)


 フランは前を歩く二人に両親の影を見た。


 綿飴を食べ終えたフランが。


『パパ、アレが食べたいです』


 指を差すと、母が口を出してくる。


『あんな物、食べたら駄目よ。ただの粉物とソースじゃない。おいしくないわ』


 焼きそばやたこ焼きを全否定し、オマケにフランが手を伸ばすと父が言う。


『パパ、手を――』


『ベタベタするから触るんじゃない。まったく、これだから祭は嫌なんだ。仕事関係じゃなければ来なかった』


 フランは楽しかったが、両親が不満そうにしていたので何も言わなくなった。


 呼んでくれた相手には笑顔で楽しんでいると挨拶をしていたが、綿飴を購入しただけで他は遊べなかった。


(そう言えば、射的があったような……)


 周囲を探すと、ライフルを持った顔に傷のある男がいる。


 イナホが叫ぶ。


「ポン助さん! 射的! 射的ですよ!」


「待ってよ、イナホちゃん」


 浴衣姿で走るイナホに困るポン助は、振り返ってフランに手を伸ばしてきた。


「わ、悪い。手が汚れて――」


「大丈夫です。僕もベタベタしています」


 大きなポン助に手を握られ、イナホを追うように射的の屋台へと向かう。


 ラビットガールのイナホの脚力は凄く、二人が走っても追いつけない。


 フランは握った大きな手から視線が外れない。


 頬が淡く朱に染まった。






 慈愛の都は夜になっていた。


 都の建物や街灯の光が幻想的に都市を照らしている中を、ポン助たちは祭の戦利品を持って歩いている。


 イナホは両手に沢山の戦利品を持っている。


「イナホちゃん凄いね」


 頭部にお面をつけているポン助も、仲間たちへの土産を持っていた。


 だが、片手は今もフランと手を握っている。


「お祭りのかな――えっと、お祭り娘とは私のことですよ。リアルもヴァーチャルも関係ありません。屋台を荒らしまくってやりました」


 つぎ込んだお金と、戦利品が釣り合っていない。


 屋台のプレイヤーが明らかに儲けているという意味で、だ。


「いや~、今日は楽しかったですね。フランさん、どうでした?」


 イナホは笑顔だ。


 だが、ポン助はどうにも嫌な予感がしている。


 フランが楽しそうにしていたのは見ていて分かった。


 本人も楽しいと言っていた。


 だが、だが――。


(フランさんが僕の手を離さない)


 フランが開いている手で髪をかき上げ、少し俯いていた。


「た、楽しかった。それに……パ……ポン助君がいたから安心出来た」


 パ――その続きが知りたいような、知りたくないようなポン助だった。


 イナホも笑顔だ。


「ポン助さん、男避けに最高ですね。もう、お父さんみたい! お父さん、私も腕を組んでくださいよ」


 空いている腕に自分の腕を絡め、祭のテンションそのままに元気なイナホ。


 フランも腕を絡めてくる。


「どうです、ポン助お父さん。こんな可愛い娘が二人も出来て」


 からかってくるイナホに、ポン助はなんと答えて良いのか分からない。ただ、フランが見上げてくる瞳が潤んでいた。


 冗談を言える雰囲気でもない。


「う、嬉しいです」


 フランが喜び、イナホも笑う。


「ポン助さん、実は年上ですか? 年上だったら良いのに」


 元気なイナホに苦笑いをするポン助だった。


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