プレイヤーイベント
木造立ての建物は、年季の入った印象を受ける。
まるで長年そこで酒場を運営してきたかのような雰囲気。
周囲に配置されているNPCたちも楽しく酒を飲んでいる。
イナホはコップに入ったジュースを飲みつつ、周囲の光景に視線を巡らせていた。
“ポン助と愉快な仲間たち”というふざけた名前のギルドは、多種多様な面子を揃えている。
ギルドとしては後方支援の生産職が多いが、生産職専門ギルドでもない。
いずれは中堅ギルドを目指し、攻略にも参加しようと考えているらしい。
いくつものテーブルで仲間たちが笑い、楽しんでいる。
イナホが求めていたのはこういう雰囲気だ。
隣に座る赤毛のエルフと話をする。
「観光エリア? あそこは最近雰囲気が悪いのよね。私服で行けば絡まれないわよ」
「え、そうなんですか?」
彼らはゲームを楽しむよりも、パンドラで旅行気分を楽しんでいる。
武器を持っているのを見たくないらしい。
逆に私服なら酷い扱いも受けない。
「というか、ログインしてすぐにルビンに当たるとか災難よね」
(……悪い意味で有名人だったんだ)
イナホが話をしているマリエラは、スタイルも良く少し年上の雰囲気を感じる。面倒見の良い先輩という雰囲気だ。
「そう言えば、広場で何をしていたんですか?」
ギルドメンバーが囲む複数のテーブル。
その中央ではハーフマーメイドのノインが歌っている。
吟遊詩人のジョブを持っているので、そのレベルはまるでプロのように感じた。
友人のフランや、ブレイズたちも楽器を持って演奏している。
「劇よ。学芸会レベルの演劇」
「演劇?」
マリエラが焼き鳥を食べながら、チラシを見せてくる。
イナホも料理を口に運ぶと、口の中にタレや肉汁が広がる。本当に食べているような感覚と、胃に入る感覚まで――胃が満たされていくのが分かる。
「プレイヤーイベント。演劇を録画して、それを投稿するの。最優秀賞にはギルドアイテムっていう価値のある賞品が出るのよ」
運営が用意したイベントではなく、プレイヤー主催のイベントだった。
そのためにポン助たちのギルドでは“金の斧、銀の斧”を劇にしたようだ。
ただし、配役もまだ正式には決まっていないとか。
「まだ時間もあるし、裏方がセットの準備をしているから余った連中で配役を決めようとしたんだけどね」
その配役が決まらず、色々と揉めていたらしい。
「あの人とか駄目なんですか?」
イナホが視線を向けたのはブレイズたちだ。
マリエラは首を横に振る。
「やって貰ったけど、やっぱりインパクトが足りないのよね。やっぱりポン助が木こりよ」
顔も良く演技も出来るのに主役になれないブレイズ。
そして主人公の木こりに選ばれたのは、まさかのオークであるポン助だった。
今は割と幼い外見のプレイヤーたちと話をしている。
「でも、オークが主人公っていうのも……」
イナホの素直な気持ちに、答えるのはテーブルにニュルリと現われた顔のほとんどを隠したプレイヤーだった。
名前はそろり。
「おっと、そこまでだ。木こりか女神にするかで大揉めした後なんだ。出来ればその話には触れないで欲しい」
「……え?」
オークであるポン助を木こりにするならまだしも、女神にするなど有り得なかった。
確かに優しいが、外見はリアルで見るとドン引きというか怖い。
(女神がオークよりは、木こりの方が良いのかな?)
プレイヤーイベントに向けて楽しそうにしているギルドの雰囲気を見て、イナホはどうでも良くなってくる。
自分もいつか、友人たちとこんな風に楽しみたいと思った。
「それよりマリエラさん、ギルドのPVも作成しようと思うんだ。ギルドメンバー募集のために許可が欲しい。編集は僕の方でやるから」
そろりがマリエラに許可を求めている姿を見て、イナホはマリエラが幹部か中心人物なのだろうと判断する。
マリエラの方は嫌な顔をしていた。
「嫌よ。だって、あんた盗撮が趣味でしょ」
「人聞きの悪い事を言わないでくれ。ちゃんと許可を取る盗撮なんてないからね。メンバー募集が上手くいっていないのは知っているよね?」
イナホが首を傾げた。
ポン助のギルドは五十人規模だ。これでも少ないと言うのだろうか?
「え、メンバーが足りていないんですか?」
マリエラが手で額を押さえていた。
「中堅を目指すならやっぱり足りないのよね。人数は多いけど、大半が生産職だから他と事情が違うのよ」
中堅ギルドを目指しているギルド。
「皆さんは、攻略組というか、上は目指さないんですか?」
イナホはゲーム内の事情に詳しくない。
そろりがカメラを片手に説明してくれる。
「トップグループというか、上位のギルドは廃人の集まりだからね。攻略に全力をかけているのは当たり前。実生活を犠牲にするのも当たり前、って連中だよ。リアルのついでにゲームがあるんじゃない。ゲームのためにリアルがある感じ? もう、彼らにとっての現実はこちら側だろうね」
苦笑いをするイナホは思う。
(流石にそれはちょっと……無理かも)
マリエラが笑っている。
「流石にそこまで真剣になれないからね。中堅で程よく遊ぶのがベスト、ってのいうがうちの方針なの。最近、慈愛の都までは進んだんだけど、あそこも遊ぶところが多いから楽しいのよね」
慈愛の都――水の都と呼ばれる、綺麗な都市だ。分別の都の先にある世界で、慈愛の都の次にあるのが勤勉の都。
既に傲慢の世界は解放され、大型アップデート後には【誠実の都】が解放される。
そうなれば、誠実の都が最前線となる。
「えっと……ずっと先に進んでいるギルドなんですね」
あまり分かっていないイナホに、マリエラは笑顔で頷いていた。
「そう、そんな感じで楽に考えれば良いのよ。実際、傲慢の世界を解放したから、慈愛の都まではほとんど無条件でいけるわよ」
「僕も行ってみたいです」
すると、流石に初心者のイナホには厳しいという話になり、マリエラがポン助に声をかけるのだった。
「ねぇ、ポン助。イナホちゃんが初心者用のクエスト終わらせたいって。誰か手伝わせてもいい? 私も参加するけど」
ポン助は腕にグルグルやナナコをぶら下げて遊ばせていた。
「あぁ、なら僕も行くよ。流石に木こり役はいいや。他の人に頼むし」
「なんでよ!」
マリエラが抗議をするが、ポン助は乗り気ではないようだ。
「みんな自由すぎて疲れる」
イナホが流石に迷惑になると思っていると、ポン助がパーティー申請をしてきた。
ポン助もマリエラも、レベル制限で【LV10】と表記されている。
「いいんですか? 私、ギルドメンバーじゃありませんよ」
ポン助は笑顔だ。
「構わないよ。ギルドメンバー以外のプレイヤーともパーティーを組むし、それに色々あったならこれくらいしてあげたいからね。流石に、いきなりルビンさんと組むとか可哀想で……」
同情されたらしい。
(や、優しい人なのかな?)
外見は厳ついが、オークたちは全員が紳士的だった。
観光エリアのプレイヤーとは大違いである。
次の瞬間。
「並べ豚共ぉぉぉ!」
金の鞭で床を叩き、オークたちが整列する姿を見た。
唖然としていると、ポン助が足早に金髪の少女――アルフィーのところに向かい、そのまま肩に担いで店の外に連れ出していく。
肩に担がれているアルフィーが、少し楽しそうにしていた。
オークたちのブーイングというか、本当に悔しそうにしている光景を見ているとマリエラがそっと視線を逸らした。
「……普段は良い奴らなのよ」
イナホは思った。
(私、頼る人を間違えたかも知れない)
――と。
次の日。
イナホはスピードを活かした戦い方で、モンスターを倒していた。
「良い感じだね。サポートなしでも結構動けるみたいだから、無理して格闘家とか補助系のジョブはいらないかもね」
体を動かす際に補助の入るジョブがある。
剣を振り回していなくても、剣士を獲得すれば剣を振り回せるようになるように、だ。
ポン助は盾と片手剣を持ち、イナホのサポートに回っている。
マリエラは弓を持って厄介な敵を倒していた。
「ありがとうございます。凄く戦いやすいです」
弓を背中に担ぎながら、マリエラは周囲を警戒していた。
「これくらい普通よ。それより、レベルは?」
イナホがステータス画面を確認すると、既に【六】まで上昇している。
ルビンの時とは大違いだ。
「六になりました!」
嬉しそうなイナホを見て、ポン助も笑顔である。
色々と教えてくれるし、親切で優しいポン助は教え慣れているように感じた。
「なら、神殿に向かおうか。そこでジョブの設定をすればもっと楽しくなるよ」
マリエラも懐かしんでいる。
「最初の頃はガンガン成長するから楽しいのよね。私たち、今はそこまでレベルが急激に上がらないし」
元はレベル百を超えるプレイヤーである。
レベルが毎日のように上がって強くなる実感を思い出して懐かしんでいた。
すると、ポン助がマリエラに相談する。
「それなんだけど、中堅ギルドを目指すならある程度はジョブとスキルを選び直す必要があると思うんだ。アップデート後にキャラのリセットをしない?」
マリエラは悩んでいる。
「流石にそれは……あ、でも確かにいらないジョブとかあるのよね。でも、またレベル上げとかきついから」
マリエラが笛を吹くと、どこからともなくサラブレッドが走ってきた。
ポン助が笛を吹くとロバが歩いてくる。ポン助の顔を見ると、地面にペッと唾を吐いて睨み付けている。
マリエラがイナホの手を握った。
「ほら、こいつに乗れば帰りは楽よ」
「馬も持てるんですか? 私、結構得意なんですよ」
地元にある牧場で乗り慣れているのか、サポートなしでもイナホはバランス良く乗れた。
「へぇ、上手いじゃない。私も慣れて来たから、サポートは必要ないかな? ポン助、早く戻ろう――って、何をしているのよ」
ポン助の方を見た二人は、ロバに踏みつけられている姿に驚く。
ポン助がボコボコにされていた。
「こ、この腐れ畜生が」
勝ち誇ったロバが、ポン助の頭を踏みつけていた。
しばらくして、三人で希望の都に戻るために移動を開始する。
マリエラの背中から手を回すイナホは、大きな胸の感触に羨ましくなった。
ロバに乗っているポン助だが、遅れることなく自分たちの隣を走っている。
「……ロバってこんなに速かったのかな?」
ポン助が首を傾げていた。
「さぁ? 実際に見た事がないから分からないや。それより、今日は楽しめた?」
イナホは頷く。
「凄く! あの、ポン助さん」
「ん?」
「僕もギルドに入っていいですか?」
◇
現実世界。
イナホ――奏帆は、目を覚ますと朝の七時になっていた。
仮想世界で過ごした六日間は、初日に色々とあったが残り五日を楽しく過ごせた。
背伸びをして欠伸をすると、奏帆は起きて着替えを始める。
「初日は酷かったけど、残り五日は楽しかったな。でも、流石にノインさんの女神はちょっと卑猥だった気がするかな」
男性陣が前屈みになっていたが、グルグルだけは無反応だったので中身は女の子ではないかと本気で疑う奏帆だった。
「それにしても、話をするとやっぱりみんな地元が遠いのかな?」
方言やら常識が通じないところもあり、やはり地元が違うのだと痛感する。
リアルが雪で大変で、などと言っても「そう?」みたいな反応をするプレイヤーが多い。
ただ、本当に楽しめた。
「みんなが学校で盛り上がるわけだよね。そうだ、今度みんなに教えようかな」
受験生だが、良い息抜きになったと思っていると自分のスマホにメールが着信しているのに気が付いた。
チェックをしてみると、それは特待生希望を出していた奏帆への返事だった。
「……え?」
ほとんど諦めていた特待生枠だが、一校だけ奏帆を受け入れる学校があったのだ。ただ、時期的には随分と遅い。
それに随分と地元から離れた学校だ。
悪戯ではないかと確認をすると、実在する学校でメールアドレスも間違いない。
連絡先の電話番号も一致していた。
「今更? 時期的に遅いような」
何かの間違えだろうか?
VRマシンを間違いで手に入れたばかりの奏帆は怪しみつつ内容に目を通す。
すると、今までは普通科だけの学校だったが、部活動に関しても力を入れていこうと生徒の受け入れを始めたらしい。
どうにも怪しく感じてしまう奏帆だった。




