真・主人公
観光エリアをトボトボと歩くイナホは、空を見上げる。
近くには綺麗な川が流れ、そこをボートで移動して楽しんでいるプレイヤーもいた。
プレイヤーたちの恰好はゲームで言うなら布の装備だけ。武器など持っていないのは、観光地のプレイヤーには不要だからだろう。
初心者の恰好をしているイナホに対して冷たいというか、距離を取っている。
仮想世界自体は魅力的なのに、そこにいるプレイヤーたちは冷たい。
川を見ながら歩いていると、人にぶつかった。
「ご、ごめんなさい」
すると、相手は笑顔で対応してくる。
「大丈夫ですよ。怪我はありませんか?」
ぶつかったのは自分なのに、相手はイナホの心配をしてきた。
(この人、良い人かも知れない)
「え、えっと怪我はないです」
「良かった。観光ですか?」
イナホがようやく優しそうなプレイヤーに出会ったと思っていると、周囲ではクスクス笑う声が聞こえてくる。
模倣された顔たちが自分を見て笑っている。
軽く恐怖を覚える光景だ。
だが、これが観光エリアの日常でもある。
「え? え!?」
困っているイナホに、一人のプレイヤーが言うのだ。
「そいつNPCだぜ。お前、よく会話なんかするな」
馬鹿にして笑い、去って行くプレイヤー。
NPCと言われ、イナホは驚く。
会話が成立しているのも驚きだが、その受け答えや表情など違和感がなかったのだ。
NPCは笑顔で語りかけてくる。
「ボートはいかがです? 観光エリアをご案内しますよ」
「……え、えっと、今は良いです」
「……はぁ、こんなところだと思わなかった」
操作方法に不慣れで、どうにも感覚もおかしい。
観光エリアを出ようとしているのに、まるで迷路の中にいるような気分だ。
エリアから出る事が出来ない。
ベンチに座って落ち込んでいると、声がかかる。
「貴方、さっきから下を見すぎじゃない」
顔を上げると金髪碧眼の美女がそこにいた。
見た事のある顔は、観光エリアでは珍しくもない。
(海外の女優さんを真似たのかな? 凄くバランスが良いや)
他と違うのは歪さがないことだ。
良く作り込まれていると思ったイナホだが、周囲と雰囲気が違い女性を前に俯いてしまい気持ちを口にする。
「初めてログインしたんですけど、色々とあって……思っていたより面白くないかな、って」
観光エリアに迷い込んだ自分も悪いと思うが、それにしてもプレイヤーたちの反応が悪い。
オンラインゲームのマナーではないが、やはり悪いと言うのは本当だった。
女性がイナホの隣に座った。
高身長で長い足。
ふわりとした金髪はウェーブしており輝いて見えた。
「分かるわ。私の国だと完全にアウトなところも多いのよね。でも、ここはここで楽しいわよ」
女性が楽しそうに話をする。
「どこを見ても有名人の顔ばかりだからね。声もかけられることもないし、ノンビリ過ごせるのは最高ね」
観光エリアを満喫している女性は、自己紹介をするのだった。
「私は【リリィ】よ。貴方は?」
「イナホです」
「そう。よろしく、イナホ」
握手をするとフレンド申請の画面が出てくる。
驚くイナホを見て、女性――リリィはクスクスと笑っていた。
そのままフレンド登録を行うと、リリィは立ち上がってイナホを観光エリアの外に案内する。
よく見れば、自分が何度も立ち寄った場所だった。
リリィが手を振る。
「今度は観光エリアを案内してあげるわ。貴方ももっと楽しみなさいよ」
イナホが頭を下げた。
「ありがとうございました! リリィさん、またね!」
マップの見方や基本的な事を教わったイナホは、そのまま広場を目指した。そこから冒険者ギルドへ向かうためだ。
自分が来た道を戻ると、広場はすぐに見えてくる。
大きな噴水に緑もある都市の風景は幻想的――の、はずだった。
だが、そんな大きな噴水の一部では、変な集団が遊んでいる。
「……何あれ」
イナホが驚くのも無理はなかった。
体の大きな――筋骨隆々のオークたちに加え、多くのプレイヤーたちが参加している。
一人のプレイヤーが武器を噴水に投げ込むと、水の中から白い衣装を着たオークが出て来た。
「貴方の落としたのは、この叩くと痺れる金の鞭? それとも、毒を持ったこの銀の鞭?」
武器を投げたオークが激怒している。
「なんで投げたのが斧なのに、鞭を用意しているんですか! 台本と違うじゃないですか!」
水から出てきたオークは動じない。
むしろ、笑顔だった。
「正直者のオークには、二つの鞭をプレゼントしましょう。ちゃんと他のプレイヤーにプレゼントして使って貰う様に。なるべくオークを叩くプレイヤーが好ましいでしょ――ウバラッ!」
水から出てきたオークに跳び蹴りを入れるのは、金髪碧眼の少女だ。先程の女性と違い、レトロな感じがあるドレスを着ていた。
観光エリアが現代風の衣装なら、こちらはゲームの衣装。
やはり、観光エリアを出るとゲームなのだと強く実感するのだが……。
「台本通りにしろや、この豚が!」
口悪く、そしてドスの利いた声。
目付き悪く水の中でオークをグーで殴っている光景は、先程までの観光エリアとは違った怖さがあった。
「女王様、待って。水攻めは待って!」
待ってと言うのに嬉しそうなオーク。
頭部を掴まれ、鬼気迫る顔で少女は何度も水の中にオークを沈めては顔を上げさせ――それを繰り返していた。
(女王様って……どういう意味?)
そこまで初心でもないイナホは、どういう意味かを理解しようとしている自分が嫌になった。
仲間のオークたち一人以外羨ましそうに見ていた。
「水攻めか……有りだな」
「盲点だったよ」
「そこにあるもので責める。女王様の才能は無限大だ! ……というか、そろそろ代わって欲しいな」
何が有りなのか分からない。というか、この状況を理解したくなかった。
イナホは逃げるようにその場から走り去った。
冒険者ギルド。
そして神殿を回ったイナホは、外に出るために仲間を探す事になった。
「ようやくゲームらしくなってきた」
先程の光景は頭の隅に追いやり、気持ちを新たにした。
そんなイナホに声をかけてくるのは、派手な恰好をしたサングラスをかけている男性プレイヤーだ。
「君、もしかして新人? なら、一緒に組まない。今日は相手が見つからなくて暇だったんだよね」
相手はゲームに慣れた雰囲気を出している。
「良いんですか? あの、ログインしたばかりですけど」
見下さないプレイヤーに対して、イナホは好感が持てた。
相手は笑顔だ。
「別に良いよ。俺がいれば問題ないし。それより自己紹介ね。俺、聖騎士の【ルビン】」
「イナホです! あの、ルビンさんにはお仲間はいないんですか?」
イナホの素朴な疑問に、ルビンは少し返答に困っていた。
「う~ん、いるけど基本はソロなんだよね。まぁ、呼び出される事も多いけど、普段は自分磨き中心かな。なんていうか、助っ人に呼ばれる事が多くてさ。今日はノンビリしたい気分」
オンラインゲームは仲間がいることを前提に作られている。
イナホもその事は知っており、漫画や小説、アニメのようにソロプレイヤーがいる事に驚く。
ルビンを憧れた目で見ていた。
(もしかして、実は凄い人なんじゃ……色々とあったけど、これから楽しくなりそう)
「よろしくお願いします!」
「いいよ~。ついてきて」
ルビンについていく。
その後ろで他のプレイヤーたちはヒソヒソと話をしていた。
「出たよ、ルビンマジック」
「あいつは雰囲気だけはあるからな」
「あの子可哀想。誰か教えてあげなよ」
希望の都周辺。
ルビンは次々に向かってくるモンスターたちに向かい、右手に持った剣を振るい左手で派手な魔法を放った。
「おらぁぁぁ!」
次々に倒されていくモンスターたち。
一撃でモンスターが赤い粒子の光に変わり、弾けていく光景は爽快感がある。
(この人、凄い!)
圧倒的な強さを見せつけるルビンの持つ剣は、希望の都では手に入らない物だ。
聞けば、特殊なイベントをクリアして手に入れたレア装備なのだとか。
「ルビンさん、フォローします!」
イナホもルビンの後ろをカバーしようとするが、それより先にルビンが左手に銃を持ってモンスターたちを撃ち抜いていく。
圧倒的な強さに加え、希望の都では手に入らない装備の数々。
イナホにはルビンが凄いプレイヤーに見えていた。
何しろ、イナホとルビンにはレベル差が百以上離れている。
そう、レベル差が“百”もあるのだ。
「あんまり近付くと危険だぜ」
ポーズを決め、剣も魔法も操るルビンは――確かにその場では凄く見えていた。
希望の都周辺にいるモンスターたちを、派手に倒していくルビン。
イナホはその光景をしばらく憧れてみていた。
だが――。
(あ、あれ?)
――気が付いてしまう。
戦闘が終わり、手に入れたアイテムは全てルビンに所有権があった。
おまけに、自分は経験値などが入っていない。
パーティーで経験値やアイテムが手に入ると説明で聞いたのに、だ。
「あの……私に経験値が入っていないんですけど」
ルビンは自分の愛剣を見ながら、答える。イナホの顔など見ていない。
「そう? あ、ごめん。レベル差がありすぎてパーティーが組めないや」
イナホが首を傾げる。
「レベル差?」
あまりにもレベル差が開いており、パーティーが組めなかった。
つまり、その意味するところは……。
ルビンは、初心者がモンスターと戦う場所で大人気なく無双プレイを楽しんでいた、という事である。
「え、あの……それだと私が困るんですけど」
レベルの高いルビンには、手に入るドロップアイテムもたいした価値はない。経験値にしてもほとんど手に入らないのと同じだ。
それどころか、イナホの邪魔をしているような状態だった。
「僕は困らないし。それに、やっぱり観客がいないとね」
よく見ると装備もなんだかチグハグしている。
イナホは両手で顔を覆った。
(母さん、私……駄目な人に引っかかりました)
自分の不甲斐なさに泣きたくなるイナホだった。
希望の都に戻ったイナホは、広場のベンチに腰を下ろした。
既に時刻は夕方だが、イナホにとっては時間が長く感じられる。
「……もう、ログアウトしようかな」
現実世界では一時間も過ぎていないはずなのに、ゲーム内ではようやく一日が終わろうとしている。
だが、ゲームを楽しめないイナホにとっては苦痛でしかない。
せっかく喜んでログインしたというのに、リアルの友人たちもいない状況では知らないことばかり。
イナホはゲームを楽しめていなかった。
そんなイナホを影が包み込む。
顔を上げるとそこには巨体のオークたちがいた。
自分を取り囲んでいるオークの集団――とても怖い。
「な、何!?」
驚いていると、一人のオークが話しかけてくる。
「もしかして新人さんですか?」
割と優しい口調をしている銀髪で長い髪を持つオークに、イナホは恐ろしくて頷いて返事をするだけだった。
よく見れば、昼間に広場で騒いでいた集団である。
オークたちがそれぞれ口を開く。
「いや~、ごめんね。怖いよね?」
「うちのギルドメンバー、今は片付けとか他の用事で出かけているんだよ」
「あぁ、そんなに怖がらないで」
どうやら、オーク以外のギルドメンバーが離れているらしい。
怖がられると思ったが、落ち込んでいる様子なので声をかけたのだとか。
走り去られても厄介なので取り囲んだらしい。
(怖いから止めてよ! あ、心臓がバクバクいっている)
オークたちが自己紹介をする。
「僕はポン助」
「……イナホです」
落ち込んでいるイナホを見て、馴染めていないと察したのかオークたちが声をかけてくれた。ただ、イナホはもう次にログインをするか怪しい状態だ。
「もしかして、酷い目に遭った?」
「分かるんですか?」
よく見ると人と違って醜い外見をしているオークたち。
だが、親切なので少し可愛らしくも見える。
「初日に色々とあって遊ばなくなる人は多いらしいから。それに、飽きて観光エリアに行く人も多いよ」
大勢がプレイしているパンドラでは、運が悪ければ悪質プレイヤーばかりに出会う。
逆もあって、最初に面倒見の良いプレイヤーに出会いそのまま有名プレイヤーになる人もいる。
ポン助がイナホを誘う。
「これから反省会というか宴会をやるけど参加しない? 新人プレイヤーは大歓迎だよ」
不気味な笑顔であるオークのはずが、イナホにはとても優しい笑顔に見えた。
最後に、参加してから終わってもいいと思う。
(まぁ、駄目なら途中でログアウトをすれば良いし)
「迷惑にならないなら……参加します」
ポン助は首を横に振る。
「いや、迷惑というか……むしろ、身内というか、仲間以外の目が欲しい。みんな自由すぎてさ」
どこか影のある笑みを浮かべ、疲れた顔をするポン助をイナホは首を傾げて見るのだった。




