ポン助と愉快な仲間たち
周囲から飛んでくる魔法を大盾で防ぐポン助は、後ろから来るプレイヤーを振り返ることなく地面を転がり避ける。
大きな剣鉈で近付いた剣士の剣を受け止め、大盾で殴り飛ばす。
周囲を囲まれ、ジリジリト削られていくヒットポイント。
ポン助一人を倒せない相手ギルドのプレイヤーたちは、苛立ちを見せていた。
「囲め!」
「魔法を叩き込めば良いんだよ!」
「アイテム持ってこい!」
乱暴な声が周囲から聞こえてくると、ポン助は振り向きざまに剣鉈を振るって一人のプレイヤーを光の粒子に変えた。
相手プレイヤーは驚きを隠せないのか、赤い光になって消えながら呟く。
「なんなんだよ、お前は!」
たった一人。
しかも、レベル三十代のプレイヤーに、レベル四十代が平均のギルドが勝てずに苦戦を強いられている。
だが、ポン助は経験上、このままでは持たないというのが分かっていた。
(数が多すぎる)
ポン助から見てプレイヤースキルが際立っているプレイヤーは三人。しかし、経験不足で動きが悪い。
位置取りも甘く、ギルドと言っても出来たばかりで連携も基本しか出来ていない。
それでも、この数の差は覆せない。
絶え間なく攻撃が来るため、アイテムを使用している暇がないのだ。
回復アイテムを使用したオークが、ポン助に大斧を振り下ろしてきた。
「お前は絶対にゆるさ――」
「邪魔だ!」
避けて蹴り飛ばし、ポン助は地面を駆けると次々に魔法が降り注いで爆発が起きた。
蹴り飛ばされたオークにダメージが入る。
「ふざけんな! 俺に攻撃を当てたのは誰だよ!」
「てめぇが遅いんだよ!」
「邪魔だ、退け!」
味方同士の連携もなっていない。
(レベルがあと五――いや、三でもあれば切り抜けられたな)
彼らの持っていないジョブにスキルをポン助は持っている。
プレイヤースキルに経験の差も大きい。
確立されたモンスターの倒し方しか経験せず、弱い相手を集団で囲んでいたプレイヤーたちに簡単には負けない。
ただ、相手のリーダーは分かっていた。
「落ち着け。絶対にこっちが有利だ。削っていけば必ず倒せるぞ!」
時間はかかっても、絶対に倒せる。
彼らは確信していた。
レベルの差というのは、ゲームではそれだけ大きいのだ。
五十人という集団に囲まれ、その中で戦えているポン助も分が悪かった。
ポン助の戦いを、離れた場所から見ているフランとノイン。
ノインは泣いていた。
「なんで……なんで助けてくれるのよ」
フランがノインの肩を抱き寄せる。
「先にお礼を言え。私が助けを求めたら、彼は快く引き受けてくれたぞ」
ノインが俯いてしまう。
「でも、だからって……あんなの、一方的だし」
一方的な戦いを挑んだポン助を心配している様子だった。
流石にノインも考えさせられたのか、普段の様子とは違う。
「彼には考えがあるよ。知っていたか? 彼、結構な有名人らしいよ」
そう、ポン助はパンドラのプレイヤーとして有名人。
知っている人は知っているプレイヤーだった。
すると、森の中に次々とプレイヤーが入ってくる。
特徴的な集団は、ロバに乗った八人のオークたちだった。
ポン助の仲間たちである。
「ポン助君、助けは必要かな?」
プライが駆けつけ、声をかけるとポン助が手を振る。
「みんな!」
ロバに乗ったオークたち。
装備を見ると、明らかに希望の都では見かけない物が多かった。
そして、銃声が聞こえる。
ポン助を後ろから狙おうとしたエルフが、銃弾を受けて木の枝から落ちると赤い光になって消え去った。
「な、なんだ?」
リーダー格の男が銃声の下方向を見ると、そこには金髪碧眼。青いドレスを着た女性が拳銃を向けていた。
「さぁ、狩りの時間の始まりですよ」
金銀財宝で装飾されたドレスに、課金装備のブレードを取り出すと戦場に飛び込む。
斬られたプレイヤーは、一撃で赤い光になり消えていく。
「は、はぁっ!?」
リーダー格の男が叫ぶと、魔法使いたちが消えていく。
その後ろには、短剣を両手に持った赤い髪のエルフが立っていた。
「あんたら、うちに喧嘩を売るなんて良い度胸をしているじゃない」
戦闘スタイルも装備も、希望の都では見かけないものばかり。
慌ててリーダー格の男が確認をすると、ギルドメンバーの大半がレベル九十前後。
オークたちが、大きな武器を振り回して敵プレイヤーたちを屠っていく。
「つまらないな」
「手応えがない。これってどうなの?」
「逆なら楽しかったのに」
残念そうにプレイヤーたちを倒していくオークたち。
その後ろでは、杖を持ったハーフフェアリーが魔法を放とうとしていた。
「いきますよ!」
リーダー格の男が叫ぶ。
「おい、魔法耐性の防御を――」
アイテムで魔法に耐性を持たせ、シールドを展開する。しかし、シエラの魔法はそんな耐性もシールドも貫いてプレイヤーたちにダメージを与えて行く。
「あ、あの魔法使いから潰せ!」
しかし、魔法使いの前にいるのは、プレイヤーとして平均的――無難な編成をしたパーティーだった。
「ここは通さない」
剣士がプレイヤーを二人斬ると、赤い光になった。
一方的。あまりに一方的な展開だ。
ノインが呟く。
「……凄い」
自分ではどうにもならなかったプレイヤーたちが、一方的に倒されていく。
そして、空から次々にアイテムが降り注いだ。
それらは爆発を起こし、プレイヤーたちにダメージを与えて行く。
茂みの向こうから、可愛いらしいノームのプレイヤーが出て来た。しかし、笑みが怖い。おまけに台詞が酷い。
「さて、在庫一掃セールの時間だ。使わなくなった倉庫のアイテムを全部使ってあげるよ。お代は君たちの全財産だ!」
降り注ぐアイテムが次々に爆発し、プレイヤーたちは防御の構えを取ると攻勢に出られずオークたちに蹂躙されていく。
「あははは! 彼らはこんな状況でも攻撃を止めない。まさに戦士の中の戦士だよ!」
ライターが笑っている。既に、相手の装備から持っている資産の計算に入っていた。
オークたちは、味方のアイテムが降り注ぐ中で戦っていた。
「やる気が出て来た!」
「これだ、この感覚だ!」
「もっと、もっと降り注いでくれ!」
ギルド同士の決闘では、最初に賭けるものを決める。
ギルドアイテムである場合もあれば、資金、アイテム、防具、その他諸々……そして、ギルドの全てを賭けたという事は、プレイヤーが所持している物も全て賭けたことになる。
ポン助が、何度も確認をしたのは……こういう事だ。
リーダー格の男が叫んだ。
「ふざっけんな! お前ら、こんな事が許されると思うのかよ!」
ポン助がリーダー格の男の前に立つ。
「勝負を受けたのはお前だよ」
リーダー格の男が叫ぶ。
「有り得ないだろうが! 攻略組ならあんな馬鹿女は助けない! なんでアバターを一人だけ作り直しているんだよ! お前、最初から俺たちを――」
ポン助が剣鉈を振り回す。
オークの全力の攻撃が、一回、二回、三回と続くと、オーバーキルと表示されていた。
馬鹿女と言われ、ノインは俯いて泣いてしまう。
(そうだ、私は酷いことをして……なのに)
なのに、この人たちは助けに来てくれた。
ほとんど一方的な蹂躙に終わり、ギルド戦はポン助たちの勝利に終わる。
ライターが装備を全て失い、正座をしているプレイヤーたちと話をしていた。
「え、なんだって?」
「だ、だから、武器や防具は返してください。でないと、俺たち活動出来ません」
泣いているリーダーと、その後ろには“五十人”のプレイヤーたち。
ライターはわざとらしく言うのだ。
「あれれ? おかしいな~……全財産を賭けたんだよね? そんなの聞く必要ないよね~」
ポン助一人なら簡単に倒せると思い勝負に乗ったが、負けると許して欲しいという。気持ちは分からなくもないポン助だが、このギルドは潰しておきたかった。
(また変な活動をされても困る)
ポン助の近くでは、ブレイズが困っていた。
「あれ? 五十二人? 全員で五十一人になっているよ?」
ノインは「そんなはずはない」と言う。
「本当です。五十二人で間違いありません」
ブレイズは戦闘記録を確認していた。
「記録にもこの人たちのギルドは五十一人ってなっているし……勘違いじゃないかな?」
少し離れた場所では、そろりが撮影した映像を、ナナコとグルグルが目を輝かせて見ていた。
「ポン助さん凄いですね」
「兄ちゃん恰好いいな」
シエラは溜息を吐いている。
「それより、なんでこんなに記録が残っているんですか?」
そろりは「それはね」とポーズを決めて宣言する。
「運営に報告するため、記録を残す必要があったからだよ。後で編集してデータを渡そうか?」
シエラも少し顔を赤くしながら「お願いします」と言っていた。ギルド戦で活躍したマリエラの姿を中心に編集して欲しいと頼んでいる。
ポン助は、色々と終わったと安堵する。
(これで無事に終わると良いけど)
エアポケットなどという場所があることが驚きだ。
しっかり報告して対応して貰おう。そう思っているのだが、ポン助は二人を見る。
「……離してくれない?」
アルフィーがわがままを言う。
「嫌です。このまま一緒に観光エリアで遊びましょう」
マリエラはポン助の服を摘まんでいた。
「ね、ねぇ、また一緒にパーティーを組みましょうよ。ほ、ほら、また騙されるといけないし」
ポン助が困っていると、グルグルがポン助に告げ口をする。
「兄ちゃんがいないと姉ちゃんたちの機嫌が悪いんだよ。すぐに発砲するし、鞭を振り回すんだぜ。引き取ってよ」
ポン助は二人を見た。
二人とも視線を逸らしたので、間違いなく周囲に八つ当たりをしている。
「なにをやってるんだよ」
アルフィーとマリエラが拗ねたようなポーズを取る。
「だ、だって……」
「なんかしっくりこないし」
ポン助は両手で顔を覆う。
(だからって鞭を振り回したら駄目だろ。というか、この二人を放置したのがまずかったのかな?)
ポン助は溜息を吐くと、二人とパーティーを組むと言うのだった。
「遊ぶのはレベル上げをしてからだよ」
二人が喜んでポン助に飛びつくと、ポン助は再び吹き飛ぶのだった。
ノインは、そんなポン助を見て手を伸ばして引っ込める。
フランが肩をすくめた。
「お礼だけは言っておけ」
「う、うん」
ノインが倒れたポン助に近付く。
「いたたた……もう、勘弁してよ。あれ、ノインさん?」
顔を上げるポン助に、ノインは頭を深く下げた。
「ポン助君、本当にごめんなさい!」
大きく下げた頭。
それよりも、ポン助は大きく揺れたノインの胸に視線が向かっていた。今なら、どんなことも許せる気がする。
ポン助は、ノインに笑顔を向けた。少し、鼻の下が伸びている。
「無事で良かったです。あ、いたい。二人とも痛いよ」
鼻の下を伸ばしたポン助をつまむマリエラとアルフィー。
そんな二人に立たされ、背中を押されたポン助はギルドメンバーのところへ向かうのだった。
ノインはその背を見て呟く。
「……楽しそう」
エアポケットのあった森。
一人のプレイヤーが通信を行っていた。
高い木の枝に腰掛け、遠くからポン助たちを監視しながら。
「えぇ、そうです。セレクターのポン助に邪魔をされましてね」
相手は何か喋っており、監視をしているプレイヤーも苦笑いだ。
「やっぱり引き寄せられている、って事ですかね。せっかく馬鹿なプレイヤーを煽って大きくしたギルドもこれでおわりですよ。……ここは消去? まぁ、そうなりますね」
溜息を吐いている。
「次の場所と人集めですか……まぁ、やりますけどね」
監視をしているプレイヤーは立ち上がる。
通信を終えると、ポン助たちを見て呟くのだ。
「さて、次の実験を進めるためにまた準備をしないと」
実験と呟くプレイヤーは、その場から消えるのだった。
◇
現実世界。
フィットネスクラブで汗を流すレオナは、弓を見る。
ベンチに座って溜息を吐いていた。
「お前、まだ精神的にきついのか? 病院には行ったか?」
友人を心配するレオナだが、弓の言葉に表情が固まる。
「駄目みたい。だって、恋だもの」
「……は? 誰が? 誰に?」
弓は大きな胸の前で手を組んで、少し赤くなった顔をしている。
「ポン助君」
レオナは思った。
(お前、相手の事を何も知らないのに……しかも、アバターはオークだぞ。確かに体付きは凄かったが)
思い出してみると、逞しいオークの姿はレオナ的にも有りだった。ただ、恋愛感情とは別である。
「お前、相手の事を何も知らないのに」
「これから知れば良いじゃない。きっと男の子よ。高校生くらい!」
二人の後ろを、メニューをこなした明人が通る。
「お疲れ様でした」
そんな明人に二人も返事をし、弓は真剣な顔で言うのだ。
「きっとリアルでも会えるわ。だって、私の初恋だもの。私、会えるって信じている」
レオナはキッパリ否定をする。
「お前の初恋は幼稚園の時だ。因みに、初恋云々はこれで六回目だな」
弓はレオナに反論する。
「本当の恋なの! 信じてよ、レオナちゃん!」
レオナは冷静に言い返した。
「その初恋相手に何をしたか聞かせて欲しいな。ほら、言ってごらん」
「うっ!」
弓もソレを考えると苦しいようだ。
レオナは思う。
(まぁ、こいつには良い薬になったな)
弓は頭を抱えていた。
「どうしたら。ここから巻き返す方法は……」
レオナは呟くのだった。
「始まる前に終わらせたのはお前だからな」




