ギルド戦
分別の都。
貸倉庫の一角で、アルフィーとマリエラがそろりに報酬を支払っていた。
「ふっ、確かに貰ったよ」
課金アイテムを頬ずりしながら受け取るそろりは、本当に嬉しそうにしていた。これで欲しかった武器が手に入ると喜んでいる。
マリエラが更に追加の依頼をする。
「分かっているわね。邪魔者――じゃなかった。そのノインとか言う悪い女を調べて頂戴。ポン助の仕返しをするわ」
アルフィーも憤慨している。
「ポン助の気持ちを踏みにじるなんて許せませんよ。悪質プレイヤーとして垢バンものですよ」
爪を噛んで怖い笑みを浮かべているアルフィーから視線を逸らすそろりは、報酬を受け取っているので仕事をこなすことにする。
「後払いの報酬もしっかり頼むよ。まぁ、情報は掴んでいるから探すだけかな。また新しい獲物を見つけたらしいし」
マリエラの眉が動く。
額に青筋が浮んでいた。
「絶対にぶっ潰す」
そんな会話をしている場所は、貸倉庫の木箱を詰んだ一角だ。周囲からの視線を遮っており、三人が屈んで話をしている。
そろりは自信満々に立ち上がる。
「報酬分の仕事はするよ。任せてくれ。さて、今日も楽しくウォッチング~」
鼻歌を歌いながら出て行くそろり。
アルフィーとマリエラが不安に思っているが、ここまで仕事を完璧にこなしている。
「頼みますよ、そろり」
「よし、こっちも準備を――」
そんな三人を、ライターが不安そうに見ていた。
「またあいつらか」
まるで問題児たちに頭を悩ませる教師のように、ライターは疲れた表情をしていた。
夕日に染まる希望の都は、幻想的とも言える光景を見せていた。
噴水のある広場では、ポン助が知り合った新人プレイヤーと手を振って別れている。
新人三人組みを勧誘する事が出来なかった。
三人は自分たちのギルドを持ちたいと目標を持っていたから。
「でも、いいか」
フレンド登録リストは、新人プレイヤーたちの名前が追加され数を増やしている。
随分とゲーム内でも知り合いが増えていた。
それが嬉しく、画面を消すと今日はどこで食事をするか考えながら歩き出す。
綺麗な街を歩き、屋台か食堂にするかで悩んでいるとメッセージの着信音が聞こえてきた。ステータス画面が開き、そこにはフランの名前がある。
「……フランさん?」
ノインのリアル友人でもあるフランからは、あの後で謝罪のメッセージを受け取った。
最近、特にノインの悪い癖が出ていると書かれ、許して欲しいと課金アイテムを貰ったが、返している。
どこにいるのかというメッセージには、会って話がしたいと書かれていた。
「ノインさんの話かな? もう気にしなくて良いのに」
色んなプレイヤーがいるのがオンラインゲームだ。
悪い人もいれば、良い人もいる。
その当りを割り切っているポン助だったが、返事をすると随分と焦っている様子だった。
ポン助はフランと会うために、移動する。
観光エリア。
到着すると夜になっており、ポン助はフランと合流すると通りのベンチに座って事情を聞く。
ポン助の協力を得たいというのは、単純にゲーム内で知り合いがいないためだ。
二人はゲーム内でゆったりとした時間を楽しんでおり、知り合いが少ない。
頼れるプレイヤーというと限られていた。
「ノインさんと連絡が取れない? ログアウトしていませんか?」
「確認したらログイン中だ。だが、ここ最近はずっと連絡が取れない」
「イベント中とか、戦闘中という事もありますけど……数日も連絡が取れないのはおかしいですね」
数日間連絡が取れないようなボス戦にイベントなど、希望の都にはない。
「拒否されていないなら、何か問題でも……あるのかな?」
腕を組んで考え込むと、ポン助の下にメッセージが届く。
それはそろりからのメッセージで、緊急という文字が入っていた。
「あ、少し待って貰えますか」
フランに待って貰い、メッセージを確認すると丁度ノインのことが報告されていた。
「……なんでそろりさんがノインさんの事を調べていたんだ?」
気になるが、それ以上に問題なのは“エアポケット”だ。
そんな話を、ポン助は聞いたことがない。
「ノインがどこにいるか分かったのか? あいつ、また何かやらかしたのか?」
心配しているフランに、ポン助は顔を上げると告げた。
「大変な事になりました」
すぐに運営に連絡を入れるが、反応が悪い。
早急に対応して欲しいのだが、どうやら期待出来ないようだ。
(前にエアポケットなんて話題はなかったはずなのに。それにしても、ノインさんが悪質プレイヤーに捕まるなんて)
そろりから情報を受け取ったポン助は、すぐに向かうため希望の都を出る事にした。
事実なら、一生物の心の傷を負うことになる。
流石にソレは許せない。
簡単に状況をフランに説明すると、希望の都で待つように言う。
「僕が連れ戻してきます。フランさんは運営に連絡を。ここで待っていてください」
「ま、待ってくれ。私も行く。あいつを放置した私の責任だ」
ゲームだからと甘い考えを持っていたフランは、酷く後悔をしていた。
「……分かりました。でも、今度はしっかり注意をしてください」
「すまない」
頭を下げてくるフランに顔を上げさせ、すぐに走り出す二人。
「時間はかかるのか?」
フランの問いかけに、地図を見たポン助は頷く。
「少し遠いですね。馬小屋に寄りましょう。フランさんはそこで馬を借りてください」
「わ、分かった。馬もあるのか……君の巨体でも大丈夫なんだよな?」
オークのような巨体が馬に乗って大丈夫なのか?
フランのゲーム慣れしていない感覚からの疑問に、ポン助は安心させるつもりか笑顔で答えた。
「大丈夫です。俺はロバに乗りますから」
「……え?」
森の中。
檻の中でノインは土下座をしていた。
格子の前に頭を下げており、男性プレイヤーたちに頭を踏みつけられている。
「お願いします。許してください。もうしませんから」
傷だらけのボロボロで、持っていた装備は耐久値の限界を超えて破壊。
ほとんど下着のような恰好で土下座をさせられていた。
頭を強く踏みつけられ、額が地面にめり込む。
「なんだ、もう終わりか? まだ三日も経ってないんですけど~」
撮影用のアイテムを持ったプレイヤーが、ノインを見て笑っている。
「おい、次は変な踊りでも踊らせようぜ」
「動画の再生回数が凄い事になるな。お前、もしもリアル顔だったら特定されるから覚悟しておけよ」
ゲラゲラ笑っているプレイヤーたちを前に、ノインは涙を流していた。
相手は交代で暴力を振るってくる。
気絶出来ればいいのだろうが、それすら許されない。
罵声を浴びせられ、ログアウトも出来ない状況でノインは精神的な疲労が限界に達していた。
「ごめんなさい。許してください」
そんなノインの背中に、深々と剣が突き刺さった。
その痛みにのたうち回りたいが、頭を踏まれて押さえつけられた。
剣をグリグリと動かしてくる。
「痛い。止めて。本当に痛いの!」
「痛いの~、だってよ。ば~か。ゲームだから死なないんだよ」
ギリギリを見極め、ダメージがゼロになる前に回復をする。
ノインは痛みに震えていた。
「痛い。痛いよ。フランちゃん助けてよ」
ボロボロのノインを見て笑っている集団は、手加減を知らなかった。
集団でいるせいか、誰がもっと過激な事をやるか楽しんでいるようにも見える。エスカレートする行為。
そこに、苛立ったプレイヤーがやってくる。
オークだった。
檻の中に入ってくると、ノインは後ずさりをする。
「俺はお前みたいな女が嫌いなんだ。ボコボコにしてやるよ」
大きな拳でノインを殴ってくる。
ポン助とは外見が違うが、同じオークでもここまで違うのかという程に乱暴だった。
「ごめ、ごめんな――さい」
倒れると蹴られ、持ち上げられた。
「五月蝿いサンドバッグだな。こうなったらもっと――」
ノインが絶望に顔を歪めると、ポン助が駆けつける。
茂みの中から出て来たポン助は、威風堂々としていた。
周囲を睨み付け、手には武器を持っている。
プレイヤーたちがポン助を見て警戒しているのは、その雰囲気だ。
まるで歴戦の戦士という風格……しかし、そんなポン助が乗っているのはロバだった。
「……その人を離せ」
プレイヤーの一人が、ポン助の前に出る。
「は? お前、何を格好つけて出て来たの? こいつ、悪質プレイヤーなんですけど」
ノインがポン助の顔を見ると、そのまま俯く。
しかし――。
「だからどうした? お前らも十分に悪質だ」
ロバから降りるポン助。
ロバは、そのまま茂みの中に逃げていく。
「……制裁してやっているんだよ。こいつに騙されたプレイヤーがいるのを知らないのか?」
ポン助は言う。
「騙されたのは僕だ。もう許しているから問題ない。今後は改めさせる」
リーダー格の男は苛立っていた。
「お前、もしかして出会い厨? こいつを助けてヒーローにでもなるつもりか? 馬鹿じゃねーの。もういいや。おい、誰かこいつを叩きつぶせよ」
すると、檻に入っていたオークが外に出る。
「俺がやる。おい、決闘だ。ダメージレベルは最大で、もしも俺に勝てたら開放してやるよ。無理だろうけどな。俺はレベル四十五。お前は……なんだ、たったの三十かよ」
ポン助はレベル上げをしつつ、仲間の勧誘もしていた。
効率の良いレベル上げをしてきたとは言えない。
周囲のプレイヤーたちが笑っている。
「ダッサ! こいつダサいよ!」
「この女とお似合いだよな」
「その人を離せ、だってよ! おい、何分持つか賭けようぜ」
周囲のプレイヤーを無視して、ポン助とオークを中心に円状のフィールドが発生する。
他に邪魔が入らないようにする仕様だ。
スポット内でも、決闘システムは機能していた。
「ほら、来いよ。なんならこっちから――」
構えたオークは、ポン助にハンデのつもりか素手で殴りかかってきた。
ポン助も武器を手放し、素手で構える。
オークが笑いながら殴りかかる。
通常であれば、レベル差は大きな壁になる。
だが、ポン助はレベルがダウンしただけでジョブとスキル設定はそのまま。
つまり。
「遅い」
ポン助の拳は、オークの顔面にめり込む。
急所とクリティカル表示が発生し、オークは吹き飛ぶ。
たった一撃でオークのヒットポイントはゼロになり、決闘の勝者はポン助と表示された。
相手オークは、顔を押さえて泣き叫んでいた。
「痛ぇ、痛ぇよぉ! なんでだよ。なんでこんなに痛いんだよ!」
ダメージレベル最大……想像以上にリアルに近付いているようだった。
「お前、チート野郎か!」
「おい、全員で叩け!」
周囲が武器を手に取ると、ノインのところにフランがやってくる。檻が開いており、そこからノインを引きずり出した。
「フランちゃん」
泣き顔のノインを、フランは抱きしめそのまま連れ出そうとした。
「馬鹿が。だから止めろと言ったんだ」
逃げるノインを見て、リーダー格の男が動こうとした。
ポン助がリーダー格の男に向かって構えていた。
「おい、お前ら……ギルド戦を挑んでやるから全員で来い」
リーダー格の男が、ポン助を見て驚いていた。
「お前、意味が分かっているのか? ギルド戦になったら、通常ダメージだぞ」
PK行為は、ダメージがかなり減少する。
そのため、ポン助の行為は自分から不利な状況を作っているようなものだった。
「全員まとめて潰してやる。ギルドの財産全てをかけた戦いだ。僕のギルドはギルドアイテムを二つ持っている。もしも勝てば……ギルドアイテムが手に入るぞ」
その言葉に、リーダー格の男が目の色を変えた。
既にノインなど興味もない様子だった。
「いいぜ。受けてやるよ。チート野郎がいい気になりやがって」
「僕はチートを使っていない。だけど、いいんだな?」
ポン助は周囲のプレイヤーたちを見て最後の確認をする。
「本当に俺たちと戦うんだな?」
リーダー格の男は、ポン助のレベルや装備からギルドの規模を予想する。相手ギルドの情報を見れば、確かにギルドアイテムを二つ所持していた。
手に入れば、ギルドの強化が出来る。
(精々レベル三十前後の小規模ギルド。多少強いのはプレイヤースキルか? 自信があるのはやっぱりチートか? でも――)
撮影をしているプレイヤーを見る。
何かあれば、チートプレイヤーとして晒してしまえば良い。
運営に報告して対処して貰う。
「糞野郎が。その挑発に乗ってやるよ。俺たち五十二人に勝てるつもりならかかって来いよ!」
ギルド戦が承認されると、ポン助に向かってプレイヤーたちが襲いかかってくる。
――時間は少しだけ戻り、分別の都。
プレイヤーにNPCのいない通りで、オークたち八人がうつ伏せに大の字で横になっている。
何とも異様な光景だ。
プライが今後の展開を予想して幸せそうだった。
「ふふふ、この時間帯、プレイヤーやNPCが通らないのは確認済み。実に待ち遠しいな」
踏まれるために横になっているのではない。
では、何故にこんなことをしているのか?
デュームがソワソワしつつ、誰がやってくるのかを楽しみにしている。
「既に新撰組には、匿名で通報済み。やつらが来るのは確実。大穴で女王様たちが来る可能性もある」
他のオークたちも楽しそうだ。
「俺は新撰組の新人が来ると嬉しい。あの、真面目野郎に追いかけ回されて斬られるとか最高だ。あいつは手加減をしないのが良い」
「俺は冷めた目で見てくる剣士がいい。反省文を書かされるときに罵倒してくれるんだ」
プライが話をまとめた。
「誰が来ても目的は達成される。これが知略というものだ」
オークたちが人気ない道で笑っている。うつ伏せの状態で!
すると、一人がプライに聞くのだ。
「そう言えば、例の件はどうでした?」
「あぁ、色々と調べているよ。デュームにも色々と頼んでいてね」
「危険だがやり甲斐はある。だが、時間が欲しいな」
「わしの方も伝手を頼って色々と……」
オークたちがまた趣味の話しでも始めたのか、真剣に話し合っている。しかし、どうにも濁している部分が多かった。
誰が来るかソワソワ待っているオークたち。
すると、マリエラからコールがかかる。
代表してプライが出た。
「はい、プライです」
『あんたらどこ? すぐに集まって』
「それは出来ません。これから新撰組の連中と追いかけっこを楽しむので」
マリエラが低い声を出す。
『……誰がお前らの意見を聞いたの? 私が来いと言ったらすぐに来るんだよ、豚ぁ!』
プライたちが立ち上がり、背筋を伸ばすと敬礼をする。
「アイ、マム!」
デュームが顔を赤くしている。凄く嬉しそうだ。
「まずいぞ。凄く怒っていた。今日も荒ぶっておられる」
「最近鞭の扱いがうまくなったよね。もう、アレはプレイヤースキルだよ」
「ナナコちゃん……姫も鞭を持てば良いのに」
「鞭と笛は別スキルだって。はぁ、運営は分かってないよね」
オークたちがその場から離れると、通報を聞いた新撰組たちが後から来て騙されたと憤慨するのだった。




