悪女
「ポン助君、面白~い」
ノインさんが笑顔でポン助の腕に抱きつく。
場所は観光エリア。
ログインしてすぐに呼び出されて来てみれば、遊びの誘いだった。
「え、えっと、僕はそろそろレベル上げに向かいますね」
妙に距離が近く、人懐っこい笑みを浮かべているノインをフランが呆れてみている。
ノインはポン助に言うのだ。
「なら私たちも行こうかな。ほら、やっぱり体を動かさないとね」
ポン助は少し間があってから、ノインに答えた。
「……ゲームですから意味がないですよ」
少し前なら、意味もあったかもしれないが、という声は出さない。
「もぅ、駄目だよ。ポン助君と遊びたいの。ほら、とっておきの場所を案内して。……ね?」
ノインに抱きつかれ、気分を良くしたポン助は二人を連れてレベル上げに適した場所へと案内するのだった。
夕方。
観光エリアに戻って来たノインは、フランを前にして本音を口にする。
「男の子って馬鹿だよね。こんなデータになんの意味があるのかな?」
ステータス画面に表示されているアイテムやら、資金の残額。
こんな物を必死に集めるくらいなら、現実世界で頑張った方がマシだとノインは馬鹿にしたように笑っていた。
「仮想世界で観光気分を味わうのはいいよ。けど、ゲームなんて意味がないわ」
話を聞いているフランは、無言で酒を飲んでいた。
周囲にいるプレイヤーの多くは、ノインと同じ考えを持っている人たちだ。
ゲームの本編になど興味はなく、仮想世界で観光気分を楽しんでいる。
贅沢な食事。
豪華なホテル。
優雅な一日。
現実では味わうことの出来ない物を味わえる事が、仮想世界の最大のメリットだと思っていた。
ノインもフランも、現実で実現しようと思うと時間がない。
「ポン助君の前では楽しそうにしておいて、お前と来たら……。前にホテルのトイレで驚いていたお前とは別人だな」
ホテルのトイレで、女のドロドロした部分に恐怖したのはノインだ。
「アレは駄目よ。からかって遊ぶのとは違うし、女同士はドロドロして嫌。昔から同性に嫌われるのよね」
「そんな性格だからだ。あまり酷いようなら私から話をするぞ」
ポン助に本当の事を話すというフランに、ノインはつまらなさを感じていた。
「ゲームよ? 少しくらい女に騙されてもいいと思わない? まぁ、私も飽きてきたから明日にでもポイ捨てかな。リアルだと問題だけど、ゲーム内なら安心だよね。だって、仕返しされないもの」
仕返しされても、所詮はゲーム。
ノインはそう言いきる。
「悪趣味だな。明日は一人で行け」
騙された方が悪い。
そう言ってノインはカクテルに口を付けた。
口の中に酒が入り、体が熱くなってくる。
アルコールを飲んだ感覚はリアルと同じだった。
「……最近飲めるようになったけど、お酒ってどれが美味しいのかな?」
フランは先程から次々に注文し飲んでいる。
「知らないな。ゲーム内で確かめたらいい。味の方はかなり再現されていると評判だぞ」
次の日。
ポン助は希望の都の広場で唖然としていた。
「え、売り払った?」
そこにはノインがいて、フランは来ていなかった。
ニコニコしているノインは、これまでポン助と一緒に集めたアイテムや武器や防具などを全て売り払ってしまったのだ。
その中には、ポン助がノインに送ったアイテムもある。
「そう。観光エリアで全部使ったの。一日で使い切ったけどね」
観光エリアで豪遊すれば、確かに一日で使い切れる額だろう。
三人で頑張って集めた素材で作った杖も、レアアイテムで用意したローブも「アレ、可愛くなかったわ」と言っている。
「あ、あの、あの防具は知り合いに頼んで作って貰って――」
ノインは笑顔だった。
「だから? 所詮はデータでしょ。君、もう少し現実で頑張ったら?」
ケラケラ笑うノインを前に、ポン助は酷く残念な気持ちになった。
武具を用意してくれたのは同じギルドのメンバーだ。
唖然としているポン助を見て、ノインは笑いすぎて涙が出ている。
「あ~、お腹が痛い。まぁ、良い勉強になったでしょ。私にお礼くらい言って欲しいかも」
ポン助は思う。
(流石に悪質すぎるだろ)
「そういの、良くないと思います。人をからかって楽しいですか?」
ノインは苛立ったのか、少し眉が動いた。
ただ、笑顔は崩さない。
「楽しいわよ。不細工な化け物が、必死に貢ぐ姿とか笑うのを堪えて大変だったもの」
ポン助はノインの言葉に唖然とした。
(……僕が説教をしても聞いてくれないだろうな)
ポン助は、最後にノインへ忠告をする。
「もう止めた方が良いですよ。仕返しを甘く見ない方が良いです。仮想世界だからって――」
ノインは興味もないのか振り返らず去って行く。
「そういうのいいから。さようなら、間抜けな豚さん」
ノインがいなくなると、ポン助は肩を落とした。
悔しい気持ちが強い。
理由は、ギルドメンバーがせっかく用意してくれた武具を売られたのがショックだった。
近くにあったベンチに座る。
「……はぁ」
すると、そろりが隣に腰掛けてきた。
「やぁ」
「ひゃっ! って、そろりさん! 脅かさないでください」
あまりに見事な隠行スキルに驚きつつも感心をしていると、そろりは離れて行くノインを見ていた。
「また、とんでもないプレイヤーだったね。これは今から報告するのが楽しみだよ」
「見ていたの? というか、報告って誰に?」
「ソレは言えない。雇い主の情報は君にも漏らせないね」
どうでもいいと思いつつ、ポン助は今日の事を考えた。
「まぁ、いいですけどね。マナー違反でないなら文句は言いません」
そろりは若干気まずそうにしていた。
「う、うん。ダイジョウブだよ」
ポン助は視線を彷徨わせているそろりに不安を覚えるのだった。
ノインはイライラしている。
「何よ、あの糞豚。私に説教とか……もっと怒るとか、色々と反応があるでしょうに」
ポン助の冷静な対応に腹を立てていた。
年齢的に自分より下だと思っていた。
だから、もっと感情的に言い返してきたところをあしらいたかったのだ。
それが失敗した事で、ノインは苛立っている。
「あ~あ、つまらない」
観光エリアと違い、希望の都では顔も種族も様々だ。
同じ顔は少なくないが、観光エリアの不気味さがないのは好ましい。
皆がお気に入りの武具を装備して街を歩いている姿は、ノインからすれば馬鹿馬鹿しかった。
(はぁ、どこかにからかえる子はいないかな。おっさんでもいいけど)
外見からでは判断がつかない。
絶世の美女でも、中身はおっさんだった――そんな事が有り得るのがこの世界だ。
ポン助のように時間をかけて、高校生くらいだと判断するしかない。
流石に一目で見抜くほどに、ノインも仮想世界になれていなかった。
「さて、次は――」
すると、一人で歩いているノインに声がかかる。
「すいません。もしかして一人ですか?」
笑顔の眩しい好青年のアバターで声をかけられ、振り返ると四人以上――ギルドで行動しているプレイヤーたちがいた。
「う~ん、今は一人だよ」
「なら、良かったら俺たちと外に行きませんか? ギルドを立ち上げたんですけど、まだ仲間も少なくて」
レベルは四十前後のプレイヤーたちだった。
ノインからすればレベル差が開きすぎているが、それでも一目見て思った。
(今度はこの子たちをからかおうかな)
視線の動きを見るに、男性であるのは間違いない。
雰囲気から中高生のように感じる。
からかうには丁度いい。
「うん、いいよ。私、僧侶ジョブがメインだけど大丈夫?」
リーダー格の青年が大喜びする。
「大歓迎ですよ。メイン僧侶なら、大助かりです」
喜ぶ集団を見て、ノインは次こそ面白い結果になるだろうと思うのだった。
◇
フィットネスクラブ。
プールで泳ぐ弓は、自己ベストを出して上機嫌だった。
レオナがタオルを渡し、記録更新を褒める。
「随分と調子が良いな。やる気が出て来たのか?」
元から優秀な弓は、元来の性格もあって本気を出さない。そのため、今まで手を抜いてきたのだが……。
「調子が良いの。頑張っても無意味だよ。だって、水泳で食べていけないし、結婚出来るとも思えないし」
水泳選手になるには努力が足りず、なったとしてもその先に興味がない。
才能が足りない人からすれば、殴りたくなるような言葉だろう。
……だが、これが現実だった。
「それはそうと、ゲーム内で三日も会わなかったな。何をしていた?」
弓は笑っている。
タオルを首に掛け、髪を丁寧に拭いていた。
「ちょっと不完全燃焼だったから、今回は仕込みに時間をかけてね」
そこに、プールから上がってきた青年を二人は見る。
息を切らし、トレーナーに笑顔を向けられていた。
「鳴瀬君、一秒縮まったよ」
「が、頑張りました」
苦しそうな明人を見て、弓は小さく笑っていた。
「……頑張っても無駄なのに良くやるよね。才能もないのにご苦労さん」
普段より苛立っている。
レオナはそんな弓を見て悲しそうな顔をする。
「……そうだな」
(お前も昔は頑張っていたのに。どうしてこうなったんだろうな)
本人がいくら好きでも、才能がなければ認められない世界。
それが現実だ。
弓は水泳が得意だったが、好きな事は別にある。
小さい頃はアイドルになりたかった。
だが、本当に少しだけ。本当にあと少しだけ……彼女には才能がなかった。努力してオーディションを受けても、基準値を超える才能を持つ子には勝てなかった。
歌、ダンス、コミュニケーション能力、その他諸々の必要とされる才能が、全て足りないという事実。
水泳など得意であっても、弓には関係ないのだ。
(前は、素直に明るかったのにな)
変わってしまった友人を見るレオナは、酷く悲しい気持ちになる。
◇
ゲーム内。
ログインしたノインはイライラしていた。
現実世界で頑張っている青年を見たせいか、ノインは機嫌が悪い。
青年たちと合流し、外でモンスターと戦っているが不満だった。
木々の生い茂った場所というのも不快だ。
虫がいて、足場は泥で滑る。
ここまでリアルに再現する運営に文句を言いたかった。
(というか、どうしてこんなところに連れてくるのよ。もっといいところがあるじゃない)
青年たちに気が利かないと言ってやりたかった。
(あぁ~、イライラする。もういいや。今後はログインも適度にして、観光エリアで遊ぼう。こんな幼稚なゲームに興味なんかないし)
青年たちは、笑顔でノインを気遣っている。
気分も良いが、この遊びにも飽きてきた。
リーダーの青年がノインに提案する。
「ノインさん、俺たちのギルドに加入しませんか? 拘束もきつくありませんし、気が向いたらログインする感じでいいですから」
思い切って声をかけました、という感じの青年たちを前にしてノインは本性を見せる。
「なんていうの。もう飽きちゃった」
お姫様のように扱われるのも、少し拙い女性の扱いも嫌いではない。
だが、飽きた。妙に空しい。
「君たちともここで終わり」
ポン助に言ったような事を言うと、全員が唖然としていた。
(さぁ、どうするかな。怒ってきたらログアウトで逃げれば――)
すると、リーダーの青年が髪をかく。
先程の笑顔は消え去っていた。
「ちっ、なんだよ。お前も同じかよ」
その声質は低く苛立っていた。
「姫プレイをする奴をいじめて遊ぼうと思ったのに、俺たちと同じとか興が冷めるな」
ノインが狼狽える。
全員の顔つきが変わっており、ニヤニヤと笑ってノインを囲んでいた。
「な、なによ。あんたたち、いったい――」
青年たちが言う。
「お前、ゲームに疎いだろ?」
「姫プレイのおっさんかと思ったら、中身も女か? もしかして、外見データそのまま、って奴かもな」
「いるよな。自分の外見に自信がある女とか特に」
「お前らゲームだからって舐めすぎ」
笑っている青年たちを不気味に思い、ノインはすぐに逃げようとする。ステータス画面を開いてログアウトを選択する。
しかし、画面が反応してくれない。
「な、なんで!?」
リーダー格の青年が笑っている。
「知っているか? 仮想世界ってとにかく広いんだ。広すぎて、作るときにどういう訳か“エアポケット”っていうのが出来るんだよ。ログアウト出来ない、運営にも連絡出来ない、ってさ」
逃げようとするノインを、青年たちが蹴り飛ばした。
地面に転ぶノインは、泥に汚れる。
青年たちはアイテムを使用した。
ノインの周りに木で出来た檻が出現する。掴んで破ろうとするが、ピクリとも動かない。
「無駄だよ。強制ログアウトをするまで、お前はここから出られないぜ」
青年たちは漏ってきた弓でノインを狙う。
ノインが咄嗟に避けると笑っていた。
「おい、下手くそだな」
「サポートなしだから仕方がないだろ」
「今回はモンスターでも連れてくるか?」
慣れた様子を見せる集団は、数が増えて五十二人にまで増えた。
「こ、こんな事をしてタダで済むと思うの? ログアウトしたら運営に報告してやるんだから!」
リーダー格の青年がノインに柵越しに顔をつけづけた。
「好きにしろよ。けど、今まで運営に報告した奴なんかいないぜ。お前はこれから五日間と少し……ずっと痛めつけてやる。ほとんどの奴が泣いて許しを請うんだ」
体感時間は六日間。
初日にこんな場所に連れ込んだ青年たちは、最初からノインを閉じ込めるつもりだったのだ。
「おい、こいつの映像を残しておこうぜ」
「こいつのリアルも分かるかな?」
「俺、こういう女は大っ嫌いなんだよね」
青年たちが、檻の中に次々に攻撃してくる。
一つ一つは弱い。
だが、ダメージレベル……体感するレベルが、異常にあげられていた。
「痛い。待って、本当に痛いの!」
肌の焼ける感覚と臭い。
皮膚から血が流れる感覚。
それらがリアルに感じる。
リーダー格の青年が醜悪な笑みを浮かべていた。
「お前は何時間で土下座するか楽しみだな。まぁ、許さないけどさ。お前みたいにゲームを舐めている糞女はボコボコにしてリアルも晒してやるよ」
ノインの態度に腹を立てた青年たちは、随分とやる気を見せている。
ノインは自分の状況に顔を青くするのだった。




