再スタート
希望の都に到着したポン助は、周囲を見回した。
自然豊かな綺麗な都市が希望の都であり、輝いているように見えるのはこれからパンドラをプレイするプレイヤーたちに感動を与えるためだろう。
ただ、以前よりも新人プレイヤーが多い。
一日を分別の都で過ごして戻って来たが、ほとんど新人用のクエストを終えたようなプレイヤーばかりだった。
「オークも増えたな」
見れば、チラホラとオークの姿も確認出来る。
アバターをオークにしているポン助にしてみれば嬉しい限りだ。
何しろ、周りを見てみると変態しかいない。
新人プレイヤーを勧誘するにしても、オークの姿が多いのはありがたかった。
「さて、それより先に装備を揃えないと」
持っている装備はレベル制限やステータスの制限から、今のポン助には扱えない物ばかりだ。
一度、アイテムボックスなどを整理した際に、昔の道具は解体して素材にしている。それが不味かった。
ライターたちに初心者装備を揃えて貰う事も可能だが、それでは時間がかかる。
彼らは妙に凝り性である。
久しぶりに希望の都で装備を揃えようと、軽装で歩く。
誰に声をかけるべきか周囲を見て、楽しそうに話をしている男性たちに声をかけた。
外見は男性だが、中身は分からない。
しかし、ポン助にすれば些細な問題だ。
(一緒に楽しくプレイ出来ればいいや)
笑顔で声をかける。
「あの、良かったら一緒に――」
男性三人組みが振り返り、ポン助を見ると露骨に嫌な顔をするのだった。よく見れば、全員のアバターが美形揃いである。
どこかで見たような顔を思い出せば、確かアイドルの顔だった。
「あ~、最悪。オークに声をかけられた」
「アバターでオークとか有り得ないよね」
「仮想世界くらいまともな顔をしろよ。現実だともっと酷い顔なんじゃない?」
ポン助が困ってしまう。
「え、あの――」
リーダー格の一人が、ポン助を見て鼻で笑っている。
「装備もしないで変態? それに、私たちリアルの知り合いでパーティーを組むからお前みたいなのはお呼びじゃないの。さっさとどっかに消えて」
散々に言われ、去って行くポン助は思った。
(いきなりとんでもない人たちに声をかけたな。まぁ、沢山いるし他にも声を――)
周りが新人プレイヤーばかりなら、自分の知識や経験からアドバイスが出来る。
そう思っていたポン助だが、どうにも上手く行かなかった。
「オーク? せめて女の子が良いな。あ、リアルが女の子ならアドレスの交換を――」
「自己啓発のセミナーに興味はありませんか?」
「私~、もっと強い人がいるパーティーがいいな~」
出会い厨。
勧誘。
姫プレイ。
声をかけると、何かしら問題のあるプレイヤーたちが多かった。
広場のベンチに腰を下ろし、声をかける側から失敗する自分に悲しくなっていた。
「そろりさんの言う通りだ。確かに、よく見るとアバターに微妙な箇所が多いな」
これでも、少しはアバター作成が楽になっているのだが、女性アバターを男性が使用しているのを、ポン助も見抜けるようになっている。
近くでは、出会い厨と姫プレイをしたいネカマが、楽しそうに会話をしていた。
なんとも言えないポン助は、大きな溜息を吐く。
そんなポン助に声をかけてくるのは、知っているオッパイ――ではなく、二人組だった。
「君も新人さん? 良かったら一緒にパーティーを組まない?」
青い髪をした女性は杖を持っている。
どうやら僧侶系のジョブを手に入れているらしい。
その隣には、紫色の髪をした露出の多い鎧を着ている女戦士の姿があった。
二人とも随分と特徴のあるアバターを使用している。
僧侶の恰好をした青髪の女性は、手の甲に綺麗な水色の鱗が見えた。
「【ハーフマーメイド】ですか?」
女性は頷く。
「詳しいね。新しい種族なんだって。見た目が良いから選んだの。可愛いでしょ」
その場で一回転する女性の名前は【ノイン】。
ハーフマーメイドという特殊なアバターを利用していた。
デメリットは少ないが、全体的にパッとしない種族。しかし、雨や水辺ではかなり強くなるらしい。
紫色の髪を持つ女性が、肩をすくめている。
ヘルメットに角がついていると思ったが、どうやら違うらしい。
頭部から――耳の上辺りから角が左右で対になるように伸びている。
鍛えられた体を持つ【ドラゴニア】だ。
とても強力な種族で、今回のサービス再開の目玉になっている。近くには、同じようなドラゴニアのアバターが大勢見かけられる。
「一緒に遊んでいた連中が、どうにも五月蝿くなってね。ゆ――【ノイン】が性別を言うからだぞ」
ノインが頬を膨らませていた。
「だって。聞かれたから答えただけなのに、アドレス交換とか急に言い出すから。【フラン】ちゃんがすぐに見切りを付けるから悪いんだよ」
二人が言い合いを始めているが、見ているとリアルの知り合いのようだった。
ポン助は、仲の良い二人なのだと思いながら立ち上がる。
「あ~、えっと……そういうのはマナー違反なので、あまり言わない方がいいです。僕にも言わないでください。一緒にパーティーを組むなら、色々と案内しますよ」
すると、ノインとフランは首を傾げてポン助の体を見る。
下から上へと真剣に見て、フランが一言。
「いや、君も初心者だろ。流石に装備もないとか私たちよりも酷いぞ」
ポン助は自分の恰好がまずかったと反省するのだった。
装備を揃えたポン助は、三人で都の外へと出かける。
レベルが下がってしまったポン助だが、基本的にジョブもスキルも所持しているので戦闘スタイルは変わらない。
盾を持ち、剣鉈を振り回してパーティーの前衛を担う。
だが、マリエラとアルフィーと違い、ノインとフランは実にバランスが良かった。
「なる程、こういう事か」
フランが前に出てモンスターの攻撃を盾で防ぎ、持っていたメイスで叩きつぶしていた。
モンスターが光の粒子に変わると、すぐに次のモンスターを探して行動している。
元から出来る人のようで、ゲームにもすぐになれていた。
おっとりした雰囲気のノインにしても、後ろから回復魔法や補助魔法を使用して全体の支援をしていた。
「さっきのパーティーより戦いやすいね。ポン助君、本当に経験者だったのね」
いくら説明しても信じてくれなかったのだが、こうして一緒に戦った事で二人はポン助が経験者と信じてくれた。
「いや、さっきからそう言っていますよね? なんで信じてくれなかったんですか?」
フランがスキルを試し、モンスターをメイスで吹き飛ばしてから返事をした。
「レベル一で経験者と言われても困る。スキルやジョブだったか? こっちはほとんど詳しくないから判断が出来なかっただけだ」
ノインも同意していた。
「そうだね。でも、一緒に戦うと、なんだか慣れているな~って」
動きを見て判断した二人に、ポン助はなんと言えば良いのか分からなかった。
「まぁ、信じて貰えて何よりです」
フランがメイスをしまい、ポン助に確認を取る。
「レベル一からやり直すのは、攻略組だったか? 君もその攻略組なのか?」
首を横に振り、ポン助はその辺りの事を説明した。
少しは知識を持っているらしいが、やはり初心者の二人は知らない事が多い。
攻略組ではなく、分別の都まで進んだ事まで説明を済ます。
ノインが溜息を吐く。
「三つ目の都かぁ……私たちはそこまで行かないかもね」
二人はプレイヤーとして動きも良いが、ゲーム自体に魅力を感じていないようだ。
フランも同じだった。
「そうだな。希にログインして観光エリアに立ち寄るくらいだろうな」
ポン助にしてみれば、二人の動きはとてもいい。
だが、勿体ないが本人の意志が重要だ。
「残念ですね。二人ならすぐに分別の都まで行けるのに」
本当だった。
サービス再開に合わせ、希望の都から節制の都、そして分別の都へ向かう際の条件が取り払われたのだ。
ノインが少し残念そうにする。
「でも、ポン助君はゲームメインのプレイヤーだから、遊ぶところは詳しくないよね? ねぇ、誰か美味しいお店を知っている知り合いとかいない?」
ノインの興味は、既に遊ぶことに向いている。
レベルも随分と上がったポン助は、そんな二人と一緒に観光エリアに向かうことを決めた。
体感型は、体を動かしている感覚があるために精神的疲労を感じる。
長く続けたいのなら、適度に遊ぶことが重要だとポン助は思っていた。
「ふふふ、こう見えても観光エリアは詳しいですよ。まぁ、知り合いが観光エリアで遊ぶのが好きでして。アップデート後なので色々と変更もあるでしょうけど、案内くらい出来ますよ」
フランが意外そうな顔をした。
「そうなのか? ゲーム中心のプレイヤーからすれば、観光エリアのプレイヤーたちはあまり好ましくないと聞いたが?」
ポン助は首を傾げた。
「いえ、そこまで嫌っていませんよ。遊んでいるプレイヤーは大勢いますからね」
ノインはポン助の腕にしがみつく。
「なら、行こうよ。人気のお店を教えて」
大きな胸を押しつけられ、ポン助は顔を赤くする。フランが溜息を吐き「お前のそういうところが男を勘違いさせるんだ」などと注意していた。
観光エリア。
パンドラのプレイヤーの中には、その体感時間を利用してゲーム内で観光を楽しむ人たちも多い。
実際、観光エリアが出来てからは、プレイヤーの数も飛躍的に増えていた。
毎日の癒しをパンドラで得ているサラリーマンも多いらしい。
そんな観光エリアに来ると、ノインが唖然としていた。
「え、なにこれ酷い」
フランも同じ意見のようだ。
「確かに酷いな。見たような顔ばかり、しかもバランスがおかしいぞ」
仮想世界の中でくらい、美形で過ごしたい。そう思う男女は多く、周囲を見れば有名女優に男優たちの顔がいくつもある。
若手で人気の俳優などが出てくると、その顔が一気に増えるのだ。
しかも、アバターの作成は非常に難しい。
バランスがおかしいアバターも多かった。
ソレを見て、二人とも唖然としているのだ。
「あぁ、名物みたいなものですから気にしないでください。えっと、屋台ならこっちで美味しい店がありますよ」
アルフィーとマリエラ。二人と食べ歩き、自分たちで調べてきたから間違いない。
ポン助は自信を持って店を紹介する。
好き嫌いはあるが、三人が美味しいと思った店は確実に当りだ。
フランもノインも装備を外し、外見は一般的な服装で歩いていた。
装備を付けて歩いていると無粋と思われるためだ。
ポン助も、ティーシャツに短パンスタイルである。
背中には野菜と、漢字がプリントされており周囲がクスクス笑っていた。
ノインが呆れている。
「ポン助君、もっとマシな格好をしようよ」
ポン助は首を横に振った。
「いえ、なんかこれが遊ぶときのユニフォームだと友人が押しつけてきて」
アルフィーとマリエラが、強引に進めてきた。
いったいどんな理由があるのか、ポン助にも分かっていない。
そんな三人が屋台に向かっていると、プレイヤーたちが集まっていた。
「マジで!?」
「あぁ、本当だ。本当に、あのルビンさんがいるんだよ!」
「聖騎士ルビンが来たのか!」
集まったプレイヤーたちに囲まれているのは、ポン助も知っているルビンだった。
ノインが驚く。
「有名プレイヤーさん?」
「はい。有名なのは事実ですね。まぁ、悪い意味で有名でして」
プレイヤーに囲まれたルビンは、近くの花屋からバラを一本手に取ると、口づけをして観客に投げた。
キャーキャー騒ぐプレイヤーたちは、そのバラを避けるので地面に落ちる。
「みんな、応援ありがとう!」
本当に良い笑顔で手を振るルビンは、何の疑いも持っていないようだ。近くでは撮影をしているプレイヤーたちがいる。
「今日のルビンさんも最高だな」
「あぁ、今日もパーティーから放り出されたからな」
「ここまで来ると一種の才能だぜ」
ルビンなど、晒されるプレイヤーを追っている連中だ。
一時期、ポン助たちも追われたことがある。
フランがアゴに手を当てていた。
「聖騎士……強そうだな」
ノインも同じような意見だった。
「強そうだよね。ポン助君なら勝てそう?」
ポン助は困った顔をする。
普通に戦えば勝てる。勝てるのだが、勝っても何のメリットもないのがルビンだ。何しろ、ルビンは負けるだけで動画の再生数を稼ぐプレイヤーだ。
勝負したくない。勝負すると、オマケに自分まで晒されることになる。
「僕は戦いたくないですね。色んな意味で」
色んな意味で、のところにポン助の強い気持ちが込められていた。




