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新しいパンドラ

 正月休みが終わった明人は、アルバイト先の雰囲気に少し怖いものを感じた。


 店内に張り出されているのは、住宅地にある小型スーパーとはあまり関係ないパンドラのポスターだ。


 プレイヤーたちが広大なフィールドを前にしているイラストに、煽り文句は『新たなる箱庭』と書かれている。


 サービス再開まで残り三日。


 正月休みには、仮想世界の体感時間が『七十二時間』に引き延ばされると発表されネットではお祭り騒ぎになっている。


 流石にそこまで仮想世界で過ごすのはどうなのか?


 明人の不安を余所に、世間は否定的な意見が少なかった。


 ないとは言わないが、以前よりも極端に少なくなってきている。


 政治の方は、政権交代を掲げる野党が次の選挙では多くの議席を獲得するのが決定しているようなものだった。


 ニュースでも取り上げるが、勝負の見えている選挙だ。


 普段のニュースを淡々と放送しているが、パンドラの話題に関しては肯定的な意見が多い。


 VRを使い、入学前に学校で習う授業を叩き込むのが普通である。


 今更一時間を三日にしたからと、何の問題があると言うのか?


 実験でも問題ないと結果で出ている。


 ――沢山の肯定的な意見。


 パンドラ再開を待ち望む声も大きく、店にもポイントを購入する客が更に増えていた。


(本当に大丈夫なのかな?)


 明人は休み中に陸にも相談したが、大丈夫だと言われてしまった。


 ポイントを購入していった客が店を出ていくと、八雲がポスターを見る。


「これ、最近どこに行っても見るわね。情報屋の奴、景気よくお金を使っているじゃない」


 新社長のネットでの評判は良かった。


 パンドラを良く理解していると言われ、持ち上げられている。


「先輩、なんだかおかしいと思いませんか?」


「何が?」


 八雲は違和感がないのか、明人に向かって首を傾げていた。


(気が付いていないのかな? 前は、地元関係のポスターを貼っていたのに、急にパンドラのポスターを張り出すなんておかしいのに)


 地域密着型の小型スーパー。


 貼られているポスターは、地元関係がほとんどだった。


「実は――」


 明人が違和感について相談しようとすると、店内に人が来る気配がしたので口を閉じる。


 この気配は引き継ぎの大学生二人。


 今日は女子大生二人が夕方から入るので何も問題ない。


(何も問題は……っ!)


 そこで明人は気が付く。


(なんで僕は気が付いた? どうして店に入ってくる人が分かる?)


 窓の外には歩行者が多い。


 住宅地にあるので当然だと言えるが、その中からどうして店に入る人が分かったのか?


「大丈夫? 顔色が悪いから、バックヤードで休みなさい。引き継ぎも私の方でして置くから」


 八雲が優しく話しかけてくると、大学生の女子二人が店にやってきた。


 普段あまり関わらない人たちだが、八雲のことは知っているらしい。


「あれ、志方ちゃんの彼氏?」

「あの志方ちゃんと距離が近い男の子か~」


 ニヤニヤしている女子大生二人に、八雲は焦りつつも返答に困っている様子だった。


「あ、いえ、これは違うとも言えないですけど、あの、その!」


 慌てている八雲を見て笑い、二人はバックヤードに入っていく。


 照れている八雲は可愛かった。


 可愛かったが――明人には、ゲームの影響が抜けていないように見えた。






 アパート。


 戻って来た明人は、すぐにスマホで電話をかける。


 相手は新社長になって多忙な情報屋だ。


 コール音が聞こえ、しばらくすると明るい声が聞こえてきた。


『ポン助君! おっと、鳴瀬君と呼ばないとマナー違反だね』


 嬉しそうな情報屋に、明人は自分の違和感を伝えるのだった。


「あ、あの! 事件は解決したのに、まだゲームの影響が抜けていないみたいです。先輩も様子がおかしいままで、委員長も前より親しくて……それに、普段の生活でも影響が消えていなくて」


 明人の深刻そうな声に合わせ、情報屋も明るい声を止めた。


『ふむ、そうなると……考えられるのは二つだ』


「二つ?」


『あぁ、一つは単純にゲームの影響が抜けきれていない。これは時間が解決してくれると思うよ。もう一つは……まぁ、人間関係はゲームより複雑さ。あの二人は、本当に君のことが好きなんじゃないかな?』


 最後の方になると笑う情報屋は、明人に『心配しないでも時間が解決してくれる。危険なデータは全て消したからね』と安心させるように言うのだった。


「そ、そうですか。なら、良かったですけど」


『おっと、まだ話をしていたけど仕事だ。最近は取材が多くて困るよ。またゲーム内で会おう』


 電話が切れると、明人は部屋の中にある大きな業務用マシンに視線を向けた。


「本当に終わったんだよな?」


 時間的な問題だと言われ、明人は情報屋の言葉に納得しようと自分に言い聞かせた。


 ゲームの人気も、再開するから一時的な物。


 そう、思い込もうとした。



 分別の都。


 広場に出現するプレイヤーたちは、サービス再開とあって歓声を上げていた。


 分別の都にいるという事は、初心者ではない。


 そして、ある程度はやり込んでいるプレイヤーたちであるのは確実だ。


 ポン助は自分の体を見る。


 手を開き、閉じるところを何度も見ていた。


「……前と同じだよな?」


 色々と不安もあったが、再開してみると拍子抜けするほどに普通だった。グラフィックが綺麗になったとか、色々とバランス調整が入る事はあっても以前のパンドラだった。


「ポン助ぇぇぇ!」


 そんなポン助に跳びかかってくるのは、アバターを多少変更したアルフィーだ。


 青と白のドレスには金銀で装飾がされている。


 髪も以前と違って現実のアルフィーと似たような髪型だ。


「アルフィー、はしゃぎすぎだよ」


 ポン助の胸に飛びつくアルフィーを受け止めるため、両手を広げた。だが、アルフィーが抱きついた瞬間。


「――え?」


「あれ?」


 受け止めたポン助も、そして飛び込んだアルフィーも驚く。


 巨体であるポン助が吹き飛んで広場にある噴水に二人して入り込む。


 ずぶ濡れになる二人。


 駆けつけたマリエラも、アバターが少し変化していた。こちらはアルフィーのように髪型を変更してはいない。いないが、二人とも体の方を多少変更している。


 胸を大きく、腰を細く、という感じだ。


 普段見ていても気が付かないレベルだが、ポン助にはすぐに分かった。


「あんたら、何をしているのよ?」


 呆れるマリエラに、アルフィーがポン助を凝視していた。


「そ、そんな。いつも私を抱き留めてくれるポン助が吹き飛ぶなんておかしいですよ」


 確かにおかしい。


 普段のポン助ならば、アルフィーが飛びついたくらいで吹き飛ばない。


 オークのメリットはそのステータスにある。他種族を圧倒するステータスが、並みの攻撃で揺るぐはずもなかった。


「変だな。気を抜いたつもりはないのに」


 二人で噴水から外に出る。


 マリエラの手を借りてアルフィーが先に出て、続いてポン助が手を握って引き上げられると――。


「……は?」


 マリエラが勢いよく手を引いたのは、ポン助が重量のあるオークだから。見た目もあって力を入れたし、前と同じような力加減。


 しかし、ポン助はマリエラの手から離れ、宙を浮いていた。


「ポン助ぇぇぇ!!」


 マリエラが叫ぶと、広場に落下して周囲のプレイヤーたちを唖然とさせる三人。


「い、いったいどうして」


 ポン助が起き上がる。


 駆けつける二人は、何が起こっているのか調べようとした。


 すると、アルフィーが気付く。


「ポン助……レベルが一になっていますよ」


 慌ててステータス画面を開くポン助は、自分のレベルが一になっている事を確認する。


「あ、本当だね」


 本当にレベルが一になっている。


「……どういう事だぁぁぁ!」


 笑っていたポン助だが、今まで積み上げてきたものが一瞬で消え去った事に絶叫してしまう。


 すぐに運営に確認を取ると、なんと返答がすぐに返ってきた。


 ポン助はその内容を読んで愕然とする。


「……狂化スキルのデメリット? え? だって、デメリットは打ち消す、って……え?」


 レベルが一になってしまったポン助は、その場に手をついて唖然とするのだった。






 貸倉庫。


 久しぶりにギルドのメンバーで集まると、全員がそれぞれ多少の変化を持っていた。


 ログイン出来ない時期にアバターを調整したプレイヤーもいれば、イメージをガラリと変えたプレイヤーたちもいる。


 変わらないライターは、ポン助を見ながら言う。


「つまり、レベルが下がっただけでジョブやスキルの設定は変わらないと?」


 ポン助は頭をかきながら申し訳なさそうに頷く。


「はい。なので、流石に分別の都で活動するのは無理です。しばらくは希望の都に戻ろうかと」


 マリエラとアルフィーが抗議する。


「なら、私たちも一緒に行けば良いじゃない!」

「そうですよ! いつも一緒じゃないですか!」


 ライターがそんな二人をなだめると、ブレイズが賛成するのだった。


「良いと思うよ。ついでにギルドに勧誘するプレイヤーを見つけるのもいいんじゃないかな」


 シエラが首を傾げていた。


 アバターが前よりも少し背が伸びて、胸や腰、お尻に差異が見られる。


「勧誘ならここでも出来ますけど?」


 ブレイズが苦笑いをする。


「いや、なんというか色物集団と見られていてね。それに、ここまで来るプレイヤーはほとんどギルドに所属しているか――」


 そろりがにゅっと、ブレイズの背中から登場した。誰も驚かない。


「こだわりのあるプレイヤーが多いからね。ギルドの方針とあわないからさ。人が多いとメリットも増えるし、これからの事を考えると戦闘専門のプレイヤーが欲しいよね。うち、生産系とか商業系じゃないのに、バックアップだけは無駄に有能だし」


 ライターが小さな体で意味ありげにニヤリと笑っていた。


「こういうのは得意でね」


 アルフィーも同意していた。


「まぁ、ライターはそうでしょうね」


 無駄に生産職が増えている。


 おかげでバックアップは充実していたが、ここで問題がある。


 ブレイズが真剣な顔で言うのだ。


「生産系のプレイヤーには感謝しているよ。いるけども! ……要望に応えるために、プレイヤーの数が圧倒的に足りていない」


 生産系のプレイヤーがギルドに所属する場合、メリットは同じギルドのプレイヤーにドロップアイテムを取ってきて貰えることだ。


 そのため、生産職が増えると依頼も増える。


 ナナコが伸ばした指をあごに当て、少し上を向いて猫耳をピコピコ動かしていた。


「確かにアイテム集めが大変ですよね」


 グルグルも同じ意見だ。両手を頭の後ろで組んでいる。


「みんな注文しすぎだよ。それより、なんでみんなあっちを無視するの?」


 グルグルの言うあっちとは、無言でプラカードを持って抗議しているオークたちだ。


『女王様の鞭を!』


『ポン助は鞭を独占するな!』


 アルフィーとマリエラに黙るように言われ、座り込んでプラカードを掲げているオークたちに全員の視線が集まる。


 マリエラが酷く冷たい目を向けると、オークたちが身震いしていた。


「あんたら、今まで何をしていたのよ」


 プライが口を開く。


「いや、これには理由がありまして。主にリアルがみんなで忙しく。更に急に暇になりそうな――」


 瞬間、アルフィーが黄金の鞭で床を叩く。


 オークたちがワクワクと期待に満ちた目を向けていた。


「言い訳は結構です。こっちはポン助と遊べなくてイライラしているというのに」


 ポン助は溜息を吐く。


「……やっぱり、距離を置くべきかな」


 ボソリとした呟きに、マリエラとアルフィーが泣きそうな顔になる。


 オークたちから罵声が飛んできた。


「貴様ぁぁぁ! まだ鞭で叩かれていないのに女王様を泣かせるとはどういう――あうっ!」


 マリエラが銀の鞭で叩いて黙らせる。


 今度は一人だけ鞭を貰ったプライが、他の七人にボコボコにされていた。それすら喜んでいるように見えた。


 ナナコがそんな光景を見て……。


「あ、そうだ! 私もテイマーのジョブを持っているんですよ」


 どうやら以前からテイマーのジョブを獲得していたらしい。


 全員が期待に満ちた目と、ギョッとした目でナナコを見ている。


「ナナコちゃん、そんなの駄目だ! この二人みたいになったら手遅れに――」


 ライターが止めようとすると、ナナコはテイマー専用の武器を取り出す。


 オークたちが前のめりになってその武器を見て、喜んだ顔から一気に無表情になるのだった。


「オカリナです。凄く良い音色で、可愛いモンスターさんたちをテイム出来るんですよ。あれ? みなさん、どうしたんですか?」


 全員がナナコを見た後に、金と銀という鞭を持つアルフィーとマリエラに視線を向けた。


 ライターが小さな声で。


「普通はこっちだよね」


 と、言うのだった。


 ポン助が話を戻す。


「とにかく、しばらく希望の都でレベル上げをしてきます。どのみち、しばらくすれば攻略組が傲慢の世界を解放しますから、それまで色々と準備をしようかと」


 人手不足、そしてポン助は少しの間――アルフィーとマリエラの二人と距離を置いて時間を置く事にした。


 それに、期間的にしばらくすれば大型アップデートが待っている。


 急いで先に進む必要もなく、大型アップデートに向けて準備を進める事がギルドの方針として決まるのだった。


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