お正月
十二月ともなればクリスマスが終わると一気に年末に向けた準備が始まる。
アルバイトを選択した学生たちは、この季節になると帰省が出来ない。一人暮らしをするためにアルバイトを行う選択をすると、周囲が休んでいるときこそ忙しくなるためだ。
ただ、学生であるのは事実。
流石に年末から年始の間に休みが用意される。
それまでは忙しいとあって、明人も実家に帰らず過ごしていた。
今日はフィットネスクラブが今年最後とあって、明人も汗を流すために顔を出している。
そんな明人と試合をしながら、先生が駄目出しをしていた。
体の動きについてではない。
「クリスマスにホテルに泊まって何もしなかった? お前は馬鹿なのか! 一発でも何発でも決めるのが男だろうが!」
先生の鋭い一撃を避け、明人は防御に専念しつつ言い返す。
「友達ですよ!」
「男女間に友情は存在しない! やるか、やらないかだ!」
本当は凄い人物らしいのだが、言動で軽く見られている。
(この人は本当に……)
明人も呆れてはいるが、組み手ではいつも負けている。本当に老人なのかと疑いたくなる程に強かった。
先生がいる時は、こうして手解きを受けている。
だが、会話の内容はいつもこんな感じだ。
「男だろうが! もっと欲望に忠実になれ! ぬっ? これを避けるか」
腕を取られ投げられようとしたが、逃げて距離を取る明人に感心している様子だった。
呼吸を乱す明人に対して、先生は余裕のようだ。
「で、でも、色々とあって……」
言い訳をする明人に、先生も呆れた様子だった。道場にある時計を見て、組み手を終えると腰を叩く。
「もう少しガツガツしないと駄目だぞ。わしなんか、お前くらいの時は女の事しか考えていなかったからな」
明人は真顔で返事をする。
「それはどうかと思いますけどね。もっと他に考える事がありますよね?」
「でも、お前もオッパイは好きだろ? ずっと考えていたいだろ?」
「はい、大好きです。ずっと考えていられます」
ハイタッチをして喜び合う師弟。
フィットネスクラブのトレーナーが、そんな先生と明人に呆れていた。
筋トレ器具の置かれた部屋。
レオナはメニューをこなし、ベンチに座っている弓のところへと向かった。
タオルとスポーツドリンクを手に取る。
「なんだ、もう終わったのか? 正月前に絞り込んでおくと意気込んでいたのはお前だぞ」
弓は溜息を吐いている。
「それよりも考える事があるの。はぁ、なんでよりもよってクリスマスに……」
レオナはクスクスと笑っていた。
「ホテルで泣きながら起こされた私の気持ちも考えたらどうだ」
弓がガクリと項垂れる。
クリスマスイブにホテルの部屋に男を連れ込み、意味ありげなメモを見て勘違いをしてしまった。
レオナを無理やり起こし、混乱して騒いでしまった事を思い出しているのだろう。冷静になって体を調べれば、何もなかったことはすぐに分かる。
弓が顔を上げると頬を膨らませていた。
「そもそも、お礼も言わずに出て行くとか酷いよね。オマケに、こんな綺麗なお姉さんがいて何もしないとか……あの子、実は女の子に興味がないんじゃないの?」
この場に明人がいれば、言いがかりだと叫んでいただろう。
雪音がいれば同意していたかも知れない。
レオナは落ち着いている。
「気を使って起こさなかったんだろうさ。メモは残っていただろ?」
弓はレオナを見て呆れていた。
「レオナちゃんは冷静だよね。私よりレオナちゃんの方が慌てるべきだよ。だって、レオナちゃん、寝るときは裸だし」
そう、レオナは寝るときに何も身に付けない。
だが、堂々としたものだった。
「お前は騒ぎすぎだ。今日は先生も来ているし、あの子も来ているかも知れないぞ。会いに行くか?」
レオナに言われると、弓は顔を赤らめて首を横に振るのだった。
「ま、待って。まだ気持ちの整理がついていないの」
「お前は考えすぎだ。普段はもっと遊びたいとか言っていただろうに」
呆れるレオナは、今度はプールにでも入るかと弓を連れて移動するのだった。
アルバイト先。
クリスマスの飾り付けは取り払われ、正月に向けた飾り付けが店内の雰囲気を変えていた。
嫌でも年末という雰囲気が出ている中で、明人も八雲も忙しく働いている。
冬休みなので朝からシフトに入っているのもあるが、理由を付けて休むアルバイトも多いため休出が続いていた。
オマケに近所の主婦たちが、足りない物を買うためにいつも以上に立ち寄ってくる。
大型スーパーで買い物をして、足りない物があれば【マイルド】に来るという感じだった。
棚に商品を並べていく明人は、客足が途切れたところで八雲に話しかける。
「今日も忙しいですね」
レジの周りを片付ける八雲も呆れている。
「稼げるけど、流石に毎日はきついわ」
レジの近くに並べているのは、プリペイドカードだ。
パンドラ関係のポイントが飛ぶように売れている。
カードを補充する八雲は、明人と世間話をする。
「パンドラのサービス再開で話題が凄いせいか、ポイントが売れて大変ね。前より売れているみたいよ」
以前よりも購入者が増えている。
それだけサービス再開を待ち望んでいる人たちが多いのだろう。
「友達もスタートダッシュのために今はアルバイトの毎日らしいですよ」
明人は陸の名前を出さない。
ただ、陸がどんな生活をしているのか話す。
体を鍛え、アルバイトの休出を繰り返してパンドラ再開に向けて準備をしている姿は、頑張る方向性を間違えているように見えた。
だが、アルバイトに頑張り、体を鍛えるのは良い事だろう。
理由はともかく、止める理由もなかった。
明人は少し気になったので、八雲に聞いてみた。
「そう言えば、栗田さんを最近見かけませんね」
そんな明人に、八雲は淡々と答えるのだった。
「お店のお金に手を出したみたいよ。まぁ、ポイントを買う際に色々と、ね。随分と借金も多かったみたいだから、少し前に首になったわ」
初耳であるが、八雲は少し前に聞いていたらしい。
時期的には、明人が休んでいた頃だった。
「……本当ですか?」
八雲は頷き、レジ周りを整理すると今度は棚の整理を手伝ってくる。
(あの栗田さんが……いや、有り得そうだな)
何かしてもおかしくないというか、前兆はあったのだ。
何十万と課金していたのを明人も知っている。
自分も気を付けようと思いつつ仕事に精を出すのだった。
「あ、そうだ。初詣はどこに行くつもり?」
八雲の問いかけに近所にある神社の名前を告げる。すると、八雲は「良いところを知っているから一緒に行かない?」と誘ってくるのだった。
元日。
明人は待ち合わせ場所に行くと、着物姿の摩耶が待っていた。
「あれ、委員長もここにお参り?」
着物姿は気合が入っている。
普段と違う姿に明人も見惚れていると、摩耶は笑顔を向けてくる。
「うん、誘って貰ったの。志方さんはまだ来ていないのよね?」
明人と二人で楽しそうに立ち話をしていると、周囲の視線が冷たくなっていた。主に、友達同士のお参り客の視線がきつい。
周囲を見た明人は、違和感を覚える。
「あれ? なんか友達同士が多いね」
恋人同士が少ない。家族連れも多くなかった。
摩耶は視線をさまよわせている。
「そ、そうね。どうしてかしら?」
二人で並んで八雲を待つ。
すると、時間ギリギリに八雲がやってきた。着物を着ているが、着慣れていないのか本人は動きにくそうだ。
いつもと違う姿に、こちらにも明人は見惚れた。
「ごめん。待った?」
一瞬、八雲の表情が曇った気がした。だが、笑顔で明人と摩耶に挨拶をしてくる。
三人で丁寧に挨拶をして、そのまま神社にお参りへと向かった。
摩耶はお参りの際に気合を入れて一万円を賽銭箱に入れた。
気合を入れて願うのは、恋愛成就。
三人がやってきた神社は恋愛に御利益のある神社だった。
つまり、縁結びの神社だった。
明人の隣をチラリと見れば、八雲も気合を入れて願っている。
明人の方も真剣だが、摩耶と八雲はそれ以上に真剣だった。
(神様、隣の男の子とどうか――どうか!)
あまりにも時間がかかるので、後ろから野次が飛んでくる。
「おい、いつまでやって――ひっ!」
男同士の三人組みが、さっさと譲れと声をかけようとして尻込みする。摩耶と八雲が睨み付けたからだ。
男たちが黙り込むと、二人は再び祈るのだった。
その後、三人でおみくじを引いた後に揃いのお守りを購入する。
神社に屋台が並んでいた。
その場所を歩く明人たち三人。
摩耶と八雲はくじ運が悪かったらしく、少し落ち込んでいた。そんな二人を慰めるために屋台を回っていると、美味しそうな匂いがしてくる。
醤油やソースの匂い。
甘い匂いもしてくる。
寒さもあって、温かい食べ物がどれも美味しく見えてくる。
「何か食べます? たこ焼きとか?」
明人の誘いに、落ち込んでいる摩耶と八雲が返事をする。
「今はいいわ」
「私も」
(そんなに酷い結果だったのかな?)
明人は自分のくじを思い出す。
多少悪い事も書いていたが、ほとんど順調と書かれていた。
落ち込む二人をベンチに座らせ、タイ焼でも買おうと屋台へと向かう。すると、中学生らしい三人組みが屋台の前にいた。
その内、二人は知り合いである。
「浅野さん? それに……若宮さん?」
雪音は明人を見て、タイ焼を食べつつ挨拶をしてきた。
「鳴瀬先輩? ど、どうしてここにいるんですか!」
恥ずかしそうにしている雪音を見て、きっとタイ焼を食べているところを見られて恥ずかしかったのだろ思った。
美味しそうにタイ焼を食べているところは、明人的に可愛いと思えたのだが。
「友達と来たんだよ」
雪音が「そうですか」と言うと、七海が笑顔で挨拶をしてくる。
「お久しぶりですね、明人さん」
「えっと、若宮さんと知り合い?」
雪音は「と、友達です」と言うが、どうにも反応が悪い。
もう一人の女の子――華奢な細身で、黒髪のロングだった。つり目で活発そうな印象を与える顔つき。
「えっと、こっちの女の子は――」
「おい、俺は男だぞ」
女の子だと思っていたら、実は男の子だった。
七海がクスクスと笑っている。
「ご、ごめんね」
男の子【冴木 星】は、頬を膨らませ怒っている。
「なんだよ。男っぽい恰好をしているのにどいつもこいつも」
確かに男の子の恰好をしているが、ボーイッシュにも見える。
七海が星をなだめていると、雪音が明人に聞く。
「え、えっと、その……先輩、この事は内緒にしてくださいね」
内緒と言われ、明人は首を傾げるのだった。
「別に構わないけど」
「あ、ありがとうございます! 二人とも行こう!」
二人を連れて去って行く雪音に手を振り、明人は首を傾げるのだった。
正月休み。
こたつに入ってテレビを見る明人は、久しぶりの実家を満喫していた。
「いや~、実家はいいね」
何もしなくてもご飯が出て来て、洗濯物も終わっている。
一人暮らしとは大違いであった。
ノンビリとお正月の特番を見ながら、テーブルの上にあるミカンに手を伸ばす。
すると、ニュースが放送された。
『こんばんは。ニュースの時間です。先程、人気ゲーム運営会社から発表がありました。人気ゲーム【パンドラの箱庭】のVR世界での体感時間を引き延ばすと正式に発表が有り、国会でも許可が出たと――』
明人はミカンを落とす。
「……え?」
以前は二日から四日に引き延ばされた時も、疑問視する声が上がっていた。
だが、今回はまるで何事もないかのようにニュースで放送されている。
特番の間に放送されたニュース番組は、そのまま時間通りに終了してお笑い番組が始まるのだった。
ただ、明人は少しも笑えなかった。




