鞭
目覚めるとそこは神殿だった。
天井のステンドグラスが輝き、ポン助は襲い来る胸の痛みに手を当てた。
ゲーム的な制限がかかっていない生々しい痛みを思い出し、嫌な汗が流れる感覚を覚えた。
石造りのベッドから立ち上がり周りを見る。
項垂れているプレイヤーたちは、おそらくセレクターであろう。
何度も死んだ。
確かにデスペナはない。しかし、痛みへの恐怖で立ち上がれないプレイヤーたち。
両手で自分を抱きしめているプレイヤーは、震えながら涙を流していた。
「ちくしょう……ちくしょう……こんな話しに乗るんじゃなかった。借金さえなければ俺だって」
泣いているプレイヤーは、どうやら借金があったらしい。
協力すれば借金を返済するとでも言われたのだろう。
赤い光の粒が集まり、石造りのベッドの上にプレイヤーが姿を現す。
青い表情をしているプレイヤーは、新撰組の羽織を着ていた。
フラフラと立ち上がると外に歩いて行く。
「い、行かないと……みんなが戦って」
何度も死に、苦痛を味わっているのに戦うプレイヤーたち。
立ち上がれずに震えているプレイヤーたち。
ポン助も痛くないはずなのに、ドラゴンに貫かれた胸を押さえて外へと向かう。
泣いているプレイヤーから声がかかった。
「な、なぁ、あんたももう諦めろよ。こんなの無駄だって。頑張っている奴らがいるんだから、お前も休んだ方が良いって」
自分一人震えて座っているのが嫌なのか、ポン助に休むように誘ってくる。
ポン助は背中を向けて歩き出す。
「こんなのゲームじゃねーよ! あいつらが嘘を吐いているかも知れないだろ? なんでみんな戦うんだよ!」
最後の方は叫びに近かった。
だが、ポン助は震えているプレイヤーを責めることは出来ない。
(僕は頑張らないと……あの二人に謝らないと)
ポン助がゲームを開始したときから、二人はずっと一緒だった。
セレクターが周囲に影響を与える事を考えると、二人はポン助に随分と影響を受けている事になる。
何も知らなかったとは言え、人の心に影響を与えてしまった。
それが後ろめたく、今回の件が片付かないとポン助は二人に合わせる顔がない。
神殿の外に広がっている墓地が見えてくる。
すると、ルークたちがゲートに入るために準備をしていた。
ルークのギルドメンバーたちが、装備や連携について確認している近くに――マリエラとアルフィーの姿があった。
「……帰ってくれ」
マリエラとアルフィーを前に、ポン助は冷たく突き放す。
「な、なんでよ」
「ポン助、オフ会のことは謝りますから」
ポン助は首を横に振る。
「そうじゃない。二人には関係ないことだ。だから、帰ってくれ」
オークにすがりつくエルフとヒューマン。
周囲では、そんなポン助たちをボンヤリ見ているプレイヤーもいる。無視してゲートに突撃するプレイヤーたちもいた。
騒がしい周囲の中で、ポン助はゲートに向かおうとした。
「待ちなさいよ、関係ないって何よ。あんた――」
マリエラが大きな声を出すと、ポン助の前にいさみが立ちはだかった。
何度も死んでいるはずなのに、その顔はやる気に満ちていた。
刀を抜きポン助に向ける。
ポン助が立ち止まると、新撰組のギルドメンバーたちが三人を囲む。
剣呑な雰囲気に、周囲もざわつき始め情報屋が走り寄ってくる。
いさみは強い口調で言うのだ。
「この中に挑む勇気は認めよう。だが、君のスキルは危険だ。味方に被害が出る」
ポン助は情報屋からフォローをして貰い、狂化後のデメリットを打ち消して貰っている。
今回は何度でも狂化を使用出来た。
「なら、使わない。僕は行く」
短く返事をするが、いさみは譲らなかった。
「追い詰められて暴走されても困る。この戦いには現実世界だけじゃない……この世界の命運もかかっている」
口ぶりから察するに、いさみはリアルよりもヴァーチャルを優先しているようだ。
ゲームがリアルだから、というタイプの人間である。
ポン助はいさみを押しのけようとする。
情報屋が、セレクター同士の喧嘩に戸惑っているとルークが仲裁に入った。
「ポン助が他の連中に危害を加えないなら、あんたも認めるな?」
ルークを見て目を細めたいさみは、刀を鞘にしまうと二人をゲート前に残して自分たちはシステム内へと乗り込んでいく。
「システム内で味方を攻撃しないなら歓迎しよう。それまで入る事は許さない」
新撰組が次々に乗り込んでいく。
頼りになるプレイヤーたちも多いのだが、自分たちのルールを他のプレイヤーに押しつける傾向が強かった。
ポン助はルークの顔へ視線を向けた。
「ルーク、僕は狂化を使わない。だから――」
ルークは肩をすくめた。
「まぁ、待て。お前が言っても信用されないと意味がない。ゲート前の二人だって絶対に認めないぜ」
刀に手をかけ警戒している二人の新撰組に属するプレイヤー。
その視線は、今にもポン助に斬りかかろうとしていた。
何故か、オークに対して強い怒りを持っているように感じたが、今は気にしている余裕がないので無視する。
マリエラとアルフィーが、ポン助の後ろで俯いていた。
そんな二人に、ルークは笑顔で言うのだ。
「さて、ここでポン助の狂化を有効活用する方法がある。だが、こいつには他のプレイヤーの助けがいる」
マリエラが顔を上げた。
「助け?」
アルフィーの目は真剣だった。
ポン助がルークを止めようとするが、さっさと方法を口にする。
「狂化状態はモンスターもプレイヤーも攻撃出来る状態だ。どちらかと言えば、一時的にはモンスターに近い状態になるスキルだな。つまり、モンスターを使役する職業があれば――」
アルフィーが目を輝かせた。
「――テイマーですね」
テイマーは、メインを張れるような職業ではない。
前衛としては心許ない。後衛としても問題がある。
だが、モンスターを使役出来るスキルを持てるのだ。
つまり、モンスター状態であるポン助を、誰かがテイムすれば問題ない。
ルークはそう言っている。
ポン助がルークの肩を掴んだ。
「テイマーになったばかりのプレイヤーは、たいした事が出来ないじゃないか! 僕は一人でも――」
しかし、新撰組の二人が絶対に先には行かせないと刀を抜く。
ポン助がそんな二人を押しのけてでも先に進もうか悩んでいると、ルークはマリエラとアルフィーに言う。
「ポイント次第だけどね。スキルを手に入れても、一人では制御が難しいと思う。だけど、君たちは二人だ。二人でポン助を制御すればいい」
マリエラが悩む。
「本当にそんな事が出来るの?」
アルフィーは一人で墓地を飛び出していく。
「私は分別の都に戻ります!」
マリエラは悩みつつも、アルフィーに遅れるのが嫌で自分も分別の都を目指した。
そんな二人の背中を見送ったポン助が、ルークを睨み付ける。
オークであるポン助に睨まれるのは、流石にルークも怖かったのか逃げるように仲間たちとゲートをくぐった。
「ポン助、少しは二人の事も信用してやれよ!」
笑いながら消えていく友人に腹を立てながら、ポン助は邪魔にならない場所に移動してその場に座り込む。
腹立たしいのは事実だが――少しだけ、あの二人の顔を見るとホッとした自分がいたことに気が付いた。
分別の都。
ブレイズから連絡を貰ったライターは、借りている工場で仲間たちと話をしていた。
「ポン助さんが事件に巻き込まれたって」
「何気に巻き込まれた体質だよね」
「ギルド結成の時もそうだったよね」
ポン助が“また巻き込まれた”と話をしている職人たちの中心には、小柄な種族であるノームのライターがいた。
見ようによっては、子供が大人たちに囲まれているようにも見える。
(何事もないといいんだけどね。それにしても、今回は随分と危うい感じのような――)
墓地に発生しているノイズ。
プレイヤーたちが消えたという話も聞いた。
ライターは、ポン助が違法行為をしているのではないか? もしくは、巻き込まれているのではないか?
そういった不安も持っていた。
ところが――。
「ライターァァァ!」
ドアをまるで蹴破る勢いで開け放ち、滑り込んできた二人の女の子を前にライターはゲンナリした表情になった。
(摩耶ちゃん、もっと落ち着こうよ。そんな事だから君は――)
知り合いの可愛い娘に注意をしようとしたが、それよりも先にアルフィーが笑顔でライターに言うのだ。
「鞭を作ってください!」
勢いよく開け放ったドアが、揺れてこすれる音を立てている。
静まりかえった作業場で、ライターは思わず聞き返してしまった。
「え、な、何が欲しいって?」
アルフィーではなく、マリエラが苛立ちながら答えるのだった。
「だから、鞭! 鞭が欲しいの! いつもレアドロップのために協力しているんだから、こっちの要望も聞いてよ!」
急いでいるのだろう。
二人はすぐに鞭が欲しいと言ってくる。
ライターの後ろでは、職人たちがヒソヒソと会話をしていた。
「ほら、やっぱり。ついに鞭が欲しいって」
「あれだろ。オークたちをしばき倒す奴だろ」
「いや、ポン助さん用かも知れないぞ」
「そういった趣味用の鞭、って作った事がないんだけど」
鞭を強請ってくる知り合いの娘に、ライターは「あぁ、ついにここまで――」と思いながら頷いた。
「人の趣味に文句は言わないよ。言わないけどね。でも、もう少しだけ慎みがあった方が良いよ。堂々と鞭を希望されても困ると言うか……」
後ろでは「蝋燭もいるよね?」などと職人たちが材料を調べていた。
二人の希望する鞭を用意しようとしているのだ。
アルフィーが首を傾げた。
「趣味? 何を言っているんですか。テイマー用の鞭ですよ」
全員がアルフィーとマリエラに顔を向け、驚いた顔をするのだった。
ライターも驚いて両手で口を塞ぐ。
「……え? 趣味の奴じゃなくて?」
マリエラが怒る。
「なんで趣味が鞭なのよ。いいから、テイマー向けの鞭を作って頂戴。手持ちの資金とアイテムはこれくらいしかないけど」
二人の要望は、屈強なモンスターを従わせる鞭が欲しい、というものだった。
ライターの後ろから声がする。
「ほら、やっぱりご褒美の鞭だろ。きっとオークたちをしばき倒すんだ」
「あいつら絶対に喜ぶぞ」
「そう言えば、今日は全員ログインしていないね」
ライターが材料を確認し、鞭を作るために必要な物を確認する。
幸いにして、職人は存在していた。
作る事が出来るプレイヤーはいる。
問題なのは材料だ。
二人の話を聞いたライターは、狂化状態のポン助を制御するくらいの性能を求められているのを理解する。
何が起きているのかは二人も知らないが、ポン助が待っているらしい。
「二人の希望する性能を得るには材料が――」
すると、マリエラがアイテムを確認してその中にブレイズからのプレゼントがある事に気がついた。
課金して得られた素材を出現させると、ライターたちが驚く。
「え、課金したの?」
アルフィーが首を横に振った。
「いえ、気に入った鞭がなかったので課金装備は購入していませんよ。性能的に今回は向かないようなので」
マリエラがブレイズの名前を出す。
「ブレイズさんが送ってくれたの。他にも沢山アイテムがあるわ」
ブレイズにお礼のメッセージを送る二人。
(ブレイズ君も、自分の課金した材料が鞭になるとか思ってなかっただろうな)
ライターはそんな事を考えつつ、職人に大急ぎで鞭を作って貰うのだった。
希望の都の墓地。
ポン助は、笑顔で戻って来た二人を見る。
手には鞭が握られていた。
(え? な、なに?)
アルフィーが大声を出す。
「ポン助、見てください! 特別製の鞭を持ってきました!」
あまりにも驚き、ポン助は咳き込んでしまった。
マリエラが鞭を振るう。
「見て、凄くいい音がするのよ」
バシィッ! という痛いような音がすると、近くにいたプレイヤーたちがビクリと肩を振るわせる。
鞭を振るうその姿は、まるで使い慣れているかのような動きだった。
「これでポン助を従える事が出来ますね」
満面の笑みを浮かべるアルフィーに、ポン助はどうして鞭なのか聞きたかった。
(え? テイマーって鞭以外の装備もあるよね? 笛とか、他にも色々と選択肢はあったよね!?)
そう、テイマーが使用する武器には鞭以外にも楽器もある。
だが、二人は迷うことなく鞭を選択したのだ。
テイマーであるプレイヤーは多いが、鞭を選択するプレイヤーは意外と少ない。
マリエラも嬉しそうにしている。
「これでポン助が暴れても大丈夫。性能も凄いのよ」
武器として、テイマーが持つ武器としては、とても優秀な鞭。
アルフィーがゲート前で唖然としている新撰組のメンバーに言う。
「さぁ、これでポン助が暴走することはありません。ここを通して貰いましょうか」
門番の二人が顔を見合わせ、そして互いに判断に困っていた様子だ。
しかし、テイマー二人がいるのなら大丈夫だろうと、二人は仲間と合流するべくゲート内へと入っていく。
周囲で休んでいたプレイヤーたちが、ポン助を冷たい目で見ていた。
だが、一部のプレイヤーだけは、嫉妬のこもった目でポン助を見るか、マリエラとアルフィーに熱い眼差しを向けていた。
ポン助は思う。
(え? あ、あれ? これも僕のせい?)
自分が二人に与えてしまった影響に、ポン助は凄く悩むのだった。




