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セレクターズ

 部屋の中。


 聞こえてくるのは外から聞こえる生活の音だった。


 車の音、子供たちの声、鳥の鳴き声。


 色々な音が聞こえてくるが、明人は部屋の中で天井を見上げていた。


 貰ったタブレット端末は、ネットワークにアクセス出来ないようになっている。データのコピーも出来ない。


 貰った資料には、新型炉に関する機密文書も入っていた。


「生物を殺すエネルギーか」


 半永久的にエネルギーを生み出す、人類にとって素晴らしい発明。ただ、このエネルギーには欠点があった。


 厳重に保管され、運用を間違えなければ確かに素晴らしいエネルギーだ。


 しかし、少しでも漏れ出してしまえば人体に影響が出てしまう。


 まるで毒のように体を蝕み、そして最後には死んでしまう。


 現代医学ではどうにもならず、既にいくつか似たような病気で入院している人たちがいた。


 原因不明の病気扱いを受けているが、そこには未知のエネルギーが関わっているという証拠が添付されている。


 明人も馬鹿ではない。


 この資料を素直に信じることは出来ない。


 なのに、どうしてか嘘だとも思えない。


「なんで……僕はおかしくなったのか?」


 全ての――地球にとって毒となるエネルギーを使ってまで、人類はエネルギーを得ようとしていた。


 そして、もう一つの危機。


「こっちも笑えないよ」


 それは月とは関係なく進んでいる、政府による国民の管理をするための計画だった。


 パンドラに大量の資金を提供し、人材を揃え開発している理由――。


 VRを使った洗脳を目指しているのだという。


 非人道的ではあるが、それに気が付かなければ全ての人が幸せである。


 パンドラにアクセス出来れば、贅沢だって出来る。現実で幸せを求めるのではなく、仮想世界で幸せを提供する。


 現実では、国のために働かせられても、皆が幸せになれる。


「……こんなの認められないよ」


 とてもではないが、そんな事は認められない。


 ゲームがクリアされていくごとに現実世界に影響が出ている。


 それは、政府が行っている実験の結果だった。


 情報屋の資料の中には、セレクターに関する資料もある。


「仮想世界が現実世界に与える影響について実験体を選出……人体実験じゃないか」


 大型アップデートの度に、プレイヤーはよりゲームの影響を受けやすくなる。


 その事前段階としてセレクターたちで実験をしているのだと。


「月も地球も酷すぎる」


 とんでもなく大きな計画が動いているのを知った。だが、明人にはこれから先、どうすればいいのか分からない。


 すると、スマホが鳴る。


 驚いて飛び起きると、相手は陸だった。






 月曜日。


 摩耶は教室の前で立ち止まる。


 いつもなら明人は先に到着しているはずだ。


「落ち着け……落ち着くのよ。普段通り。そう、普段通りで、放課後に鳴瀬君を誘ってそこで誤解を……」


 ぶつぶつと独り言を繰り返す摩耶は、覚悟を決めていた。


 まずは謝ろう。


(けど、もうパンドラは一緒に遊べないかも)


 嫌な自分を見せてしまった。取り繕っても後の祭りである。


 本当に残念だ。


(せっかく本音で話せる人が出来たのに)


 きっと迷惑になるだろう。


 だから、ここで別れた方が良いに決まっている。


 迷惑をかけた後ろめたさや、好きな人に見せたくないところを見せてしまった。もう、修復出来ないと諦めた摩耶は教室へと入った。


「――え?」


 だが、教室に明人はいない。


 それどころか、普段から仲の良い陸も教室にはいなかった。


 机には鞄もなく、登校すらしていない様子だった。






「鳴瀬が休み?」


 アルバイト先。


 色々と悩んでいた八雲は、社員である中年の女性に明人が休むと報告があったことを告げてきた。


「そうなのよ。真面目な子だから、きっと何かあったと思うんだけどね。検査入院もした、って聞いたし」


 後ろめたい気持ちを隠すように、八雲は社員の女性から視線を逸らした。


「そ、そうですね」


(言えない。私が強く殴りすぎたなんて)


 思っている以上に強く殴ってしまった。


 まさか、アレほどの力が出ると八雲も思ってはいなかったのだ。


 社員の女性が言う。


「だから、志方さんは休出した子と働いて貰うわ。いつも救出をしていたんだから、こういう時は頑張って貰わないとね」


 普段の素行の良さもあって、明人は心配されていた。


 休日出勤で嫌そうにしている女子が、バックヤードから出てくる。ブツブツと文句を言っているが、八雲には関係ない。


(鳴瀬……大丈夫かな? やっぱり会っておいた方が……)


 直接謝りたかったが、日曜日はアルバイトで空きが出来たので休日出勤をしていたのだ。


 少し、会わない口実が出来て嬉しかった自分を恥ずかしく思う。


 説明を受けた八雲は、普段話もしない女子と仕事に取りかかる。


 明人と違って動きが悪いとか、段取りの悪さが目に付くがそこを責めるつもりもない。


(明日は会えるかな?)


 ゲーム内だけでも謝罪をしたかった。


 十二月。


 クリスマスも近く、店内の飾り付けを進めながら八雲は溜息を吐く。






 明人は暗い部屋の中でヘッドセットを両手に持つ。


 何度もログインしてきた。


 当たり前のようにゲームを楽しんできたが、今日だけは少し――いや、まったく事情が違う。


 時計を見る。


 まだ時間に余裕があった。


 スマホから声がする。ハンズフリーで陸の声が聞こえてきた。


『緊張しているみたいだな』


「緊張するよ。まさか、ゲームで世界を救うとか思いもしなかった」


『違いない! ……けど、お前も手伝ってくれて嬉しいよ』


 陸の真剣な声に明人は小さく笑った。


『なんだよ?』


「いや、おかしな話だと思ったんだ。世界を救うために、どうしてゲームをするのかな、ってさ。もっと直接的な方法を取るのかと思っていたから」


 明人が考えていたのは、直接地下コロニーに侵入してどうにかするというものだった。そちらなら、まだ映画などで映える活躍になるだろう。


 だが、現実は違う。


 セレクターたちのアバターは特殊である。


 それをどうやって利用するのか知らないが、自分たちがやるのは仮想世界から新型炉を管理するシステムに侵入する方法だった。


 これには理由がある。


 ゲームで使用しているVR技術だが、そもそもシステムのコントロールにも技術が流用されていた。


 明人たちはデータの中で暴れ回り、外から情報屋たちが新型炉にアクセスする。そして、運営会社や政府、月の陰謀を告発する流れになっている。


『情報屋がいうには、俺たちに被害が出ないようにするらしい。まったく、成功しないと世界が終わるとか……背負うものが大きすぎるな』


 ただ、明人は気になっていた。


「でも、パンドラが実験場だってことは公表しないんだよね?」


『公表出来ない、って言っていたな。まぁ、俺もソレが当然だと思うぜ。でも、逆に言えば政府が関わっていたから、こうして世界を救えるチャンスが来た訳だ』


 新型炉の実験。


 試運転は失敗するようになっている。


 月の技術者たちが巧妙に隠した罠が作動する事になっているのだ。


 それを止めるために、明人たちは仮想世界からシステムにアクセスする。


 皮肉にも、政府が実験場としていたパンドラには、それだけのスペックが備わっていた。そして、アクセス出来る方法を情報屋が持っていたのだ。


「現地で直接繋ぐとか大丈夫なのかな?」


 不健康そうな情報屋を思い出し、明人は作戦が成功するのか不安だった。


 陸が笑う。


『あの人は仮想世界側で指示を出すから心配するなよ。他の連中が上手く潜り込んでいるから大丈夫だ。さて、時間だ』


 通信が切れると、明人はヘッドセットを装着して横になった。






 地下コロニーでは、新型炉の試運転のために警戒が厳重になっている。


 施設のガードマンたちが厳重に警戒する中を、ガードマンの恰好をした男に案内されるように作業服を着用した者たちがカートに箱を乗せて移動していた。


「おい、止まれ」


 通路を歩いていたガードマンの二人組が、対人用のゴム弾を装填したサブマシンガンを向けて来た。


 ガードマンが身分証を提示する。


「悪い、緊急で修理が必要になったみたいだ。許可は取ってある」


 二人組が警戒しつつ確認を取ると、確かに許可が出されていた。


 銃口を下げ、謝罪してくる。


「悪いな。これも仕事だ」


「気にしてないよ。邪魔して悪かったな」


 後ろの作業員たちも頭を下げ通路を進むが、その表情は緊張した様子だった。


 二人組のガードマン。若い方が気になって作業員たちの背中を見る。


「……あいつら怪しくありませんか?」


「銃口を向けられれば嫌でも緊張する。それに今日は特にピリピリしているからな」


 若い方は納得出来ない様子だ。


「けど、さっきの奴……見た事がないような」


「許可は出ている。ほら、仕事に戻るぞ」


 通路を曲がったところで立ち止まっていたガードマンと作業員たちは、胸をなで下ろして持っていた武器をしまう。


 対人用のゴム弾ではなく、実弾の装填されたマシンガンだった。


 一人が小型のパソコンを使用して通路にアクセスする。


「防犯カメラの映像にハッキングした。このまま直進すればパンドラのサーバーまでもうすぐだ」


 ガードマンが周囲を警戒する。


「急ぐぞ。時間がない」


 全員が頷くと、そのままパンドラのサーバーが置かれている部屋へと向かうのだった。



 希望の都。


 久しぶりに訪れると、プレイヤーの中にはポン助を知っている者も多かった。


「あ、ポン助だ!」

「あれ? 先に進んだはずじゃないの?」

「今日はオッパイさんと女王様がいないな」


 苦笑いしつつ、隣を歩く金髪碧眼の美青年――ルークと話をする。


「人気者じゃないか」


「オークは目立つからね。それに、あんまり良い意味で褒められている気がしないから」


 向かった先は希望の都の中心地。


 死んだプレイヤーたちが蘇生する神殿の裏――墓地である。


 フードをかぶった情報屋、そしてその仲間たちが待っていた。


 黒い制服のような軍服に身を包み、その上に新撰組の羽織をしている男性が立っている。


 ルークが口笛を吹いた。


「分別の都の有名人だな。ポン助、お前たちが世話になっている新撰組のギルドマスターだ」


 男性を見れば、その独特な恰好からすぐにポン助も理解した。


 アバター名【いさみ】。


 彼もセレクターのようだ。


 他にも種族に関係なく、多くのセレクターたちが集まっていた。


 だが、オークはポン助だけだ。


(ここでも少ないのか)


 集まった面々は緊張した様子だ。


 ゲームを開始したばかりのプレイヤーもいれば、随分とログインをしていなかったプレイヤーもいる。


 弱小ギルドのマスターや、有名ギルドのマスター。


 有名プレイヤーたちも中にはいた。


 情報屋が手を叩き、全員が集まったことを確認すると説明を開始する。


「よく集まってくれたね、勇者諸君。参加してくれた君たちには本当に感謝している。これから世界を救って貰う訳だが……準備は良いかな?」


 ルークが大剣を肩に担いでいた。


「システム内で暴れ回る。死んだらここに戻って来てまた挑戦する。別にいつも通りだ」


 普段と同じであると言うと、周りではクスクスと笑いが起きた。


 情報屋が笑っていた。


「確かにそうだね。まぁ、ここでサポートはさせて貰うよ。セレクターか、関わっているプレイヤーでなければここから先には進めない。覚悟は良いかな?」


 いさみが鞘に収めた刀で地面を叩く。


 柄に手を乗せ、そして次々に仲間たちが集まってくる。


「新撰組は準備が出来ている」


 ポン助が周囲を見渡すと、他にも大勢のプレイヤーたちが集まってきた。


 ルークの周りにもギルドメンバーたちが出現する。


「ポン助、お前は呼ばなかったのか?」


 ルークの問いかけに、ポン助は項垂れるように頷いた。


「これは僕の問題だから。それに、少し気まずくて」


 オフ会で失敗した話はしている。


 ルークも察したのか肩を叩いてくる。


「そっか。なら、仲直りするためにもお前が頑張らないといけないな」


 情報屋が墓地にホールを作る。


「――繋がった。この先は新型炉のシステムだよ。視覚情報はパンドラのモンスターを使用している。向こうでは暴れ回ってくれれば良い。だけど気を付けて欲しい事が一つだけある」


 情報屋が注意をするのは一つだけ。


「ここから先は、痛覚は通常並みだ。死んでも戻って来られるけど、それだけ痛い思いをするのは理解してくれ。本当なら、もっとフォローしたいんだが人手が足りないからね」


 人手が足りないために、最低限度のフォローしか出来ない状況。


 ポン助が仲間に声をかけなかった理由の一つでもある。


 セレクターたちも覚悟を決めているのか、真剣に頷くと次々にホール――ゲートをくぐってシステムへと侵入していくのだった。



 パンドラのサーバー管理室。


 職員や警備員を拘束した情報屋の仲間たちは、パンドラと新型炉のシステムを繋げる事に成功していた。


「よし、セレクターたちが次々に乗り込んでいく」


 リアルでは山場を超えたが、問題はシステムを乗っ取る事にある。


 そのための時間稼ぎ、そしてパンドラの制圧や情報収集には時間もかかった。


「後はセレクターたちの頑張り次第だな」


 武器を持ったガードマンがそう呟く。


 作業服を着た男が装置に機械を取り付けると、データの吸い上げが開始される。


 膨大な情報を吸い上げ、そこから必要な資料を探し出すのは苦労する。


 一時間で終わるが、逆を言えば仮想世界では二日間も時間を稼がなければいけないのだ。


 そんな時だ。


「……まずい、トラップだ。月の連中、他にも仕掛けていやがった!」


 一人が叫ぶと、部屋の中が緊張に包まれる。


「こちらでどうにか出来ないの?」

「無理だ。仮想世界側で対処して貰うしかない」

「なら、セレクターたちがトラップを排除すれば……」


 詳しい作業員が、焦っているのでガードマンが手短に聞いた。


「セレクターたちで対処は出来るのか?」


 作業員は答える。


「反則級のボスを相手にするようなものさ。倒さなくても時間を稼げばいいけど……何度も死ねば心が先に折れてしまう。システム内でセレクターたちが暴れてくれないと、時間が稼げない」


 部屋の中では祈る者まで出てきていた。


「やっとここまで来たのに」


 悔しそうにする者まで出てくる。


「こちらでサポートは?」


「月の技術だ。ここで足掻いてもどうにもならない。だから、俺たちはセレクターに頼ったんじゃないか」


 月の進んだ技術力を前に手も足も出ない。


 不甲斐なさを覚える仲間たち。


 セレクターたちに彼らは自分たちの計画を託すのだった。


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