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世界の危機

 分別の世界。


 朽ちた都市。


 瓦礫の山になったかつての大都市にて、マリエラはナナコ、シエラ、グルグルの三人と一緒にレベル上げや素材集めを行っていた。


 弓矢を構え、矢を放つと機械の箱のようなモンスターに直撃。


 直後、爆発を起こして大ダメージを与える。


「姉ちゃん凄いな!」


 はしゃぐグルグルは、マリエラと同じハイエルフだ。


 だが、先に進むことを優先してきたためか、グルグルの能力は僅かにマリエラに劣る。ポン助たちと地味にフィールドボスやエリアボス狩りをしていた成果だろう。


 本当に僅かな差と、経験でマリエラはグルグルよりも強かった。


「あんたたち、少しは事前に準備をしなさいよ。効率が悪すぎるじゃない」


 モンスターが赤い粒子に変わって消えていく。


 周囲を警戒しつつ、マリエラが溜息を吐いて三人を見た。


 三人の戦闘は、基本的に行き当たりばったりというものだ。装備、道具をこれから戦うモンスター向きに調整していない。


 シエラが憧れるような目でマリエラを見ていた。


「マリエラさん凄いです。憧れます!」


 頬を指でかき、困った顔をするマリエラは今回のノルマを達成したのもあって、照れ隠しで背伸びをする。


(本当はポン助に言われたんだけどね)


 元々、ゲーマーではないために、マリエラも事前準備を怠る傾向にあった。そもそも、ゲーマーならしないような行動が目立つ。


 ポン助と行動を共にしている時点で、周りから見ればいくら優秀なハイエルフでもエンジョイ勢にしか見えない。


 ナナコがマリエラを見る。


「……マリエラさん、アルフィーさんはいいんですか?」


 ナナコの言いたいことは「アルフィーと仲直りをしないで良いのか」という意味だ。同じギルドに所属しており、既に噂が広まっている。


 現実世界では二時間のログインだが、仮想世界での体感時間は四日。


 ポン助がいない事を不審に思い、ブレイズがギルドメンバーに確認を取った事で情報が出回った。


 マリエラが少し悲しそうに笑った。


「アルフィー? いいのよ。あいつも私のことは嫌いだろうし。……もう、一緒に遊べないかも」


 マリエラは自分の失態について反省する。


 リアルのポン助がアルバイト先の後輩だった。


 以前の言動と行動に恥ずかしい部分があったかを考え、そして焦って失敗を繰り返した。


 そんな姿をポン助に見られた上に、目の前でスマホを使ってアルフィーと喧嘩。


 テーブルの下で足を踏む、脛を蹴るなどしていた事もあってスマホを操作していたときの顔も楽しそうではなかった。


(……もう、ポン助に合わせる顔がないわ。アルバイト先も変更しようかしら)


 時給や待遇などが気に入っていただけに、アルバイト先の変更は悩ましいが……出来れば、ポン助――明人と顔を合わせたくなかった。


 嫌いではない。


 ただ、好きな人に自分の嫌なところしか見せていない。


 もう合わせる顔がないと思っていた。


 グルグルが腰に手を当てる。


 本人自慢の蛮族スタイルは、ワイルドな女の子という印象を周りに与えていた。ヘソ出し肩だし、太ももも露出している。


「姉ちゃん、リアルは駄目過ぎるよな。ポン助の兄ちゃんなら許してくれるし、気にしてもしょうがないよ。一緒に謝ってやろうか?」


 子供っぽいグルグルの反応に、シエラが杖で小突いた。


「痛いよ、シエラ」


「そういう簡単な問題じゃないの。グルグルは黙っておくように」


 ナナコも落ち込むマリエラを慰める。


「きっとまた楽しくパーティーを組めますよ。だって、三人とも凄い仲良しじゃないですか」


 リアル高校生が、リアル中学生たちに慰められている。


 マリエラが顔に手を当てた。


「……そうだといいけどね」


 まるで火の消えたような感覚は、ポッカリと心に穴が開いた感じだ。ゲーム自体は楽しいが……マリエラはゲームを続けたい気持ちが薄れていた。


(ゲーム内の時間……残り二日もあるや)


 残り二日をどうやって過ごすか、そんな事ばかりを考えるのだった。



 病院。


「……この時間帯は目が冴えるな」


 ベッドの上で横になる明人は、気絶して大病院に担ぎ込まれた。


 どうやら、隣のテーブルに医者がいたようで、応急処置やらその後の対応に協力してくれたらしい。


 お礼を言いたいが、どうやら名前は教えてくれないようだ。


 診察してくれた医師にお礼を言って欲しいと頼み、一晩だけ入院することになった。


「資格取得の時に入院した以来か」


 この時代、入院自体は珍しくない。


 VRを使用した教育を受けることが多いからだ。


 だが、四時になると目が覚めてしまう。


 準備を済ませてログインしなければいけない。そう、体が覚え込んでいるようだった。


 時計の針は六時を過ぎていた。


 スマホを手に取るが、メッセージは届いていない。


 最後のメッセージは、マリエラとアルフィーからの謝罪だった。ただ、妙に余所余所しいものになっている。


「……もう、終わりなのかな」


 もっと自分が上手くやっていれば違う結果だったのだろうか?


 そんな事を考えてしまう。


 時間が過ぎるのがとても遅く感じた。






 九時。


 診察を受け、問題ないと判断され退院となった。


 お礼を言って病院を出るのだが、ロビーでスマホを見ればメッセージを受け取ってはいなかった。


「僕の方から連絡するかな」


 ベンチに座り、メッセージの内容を考える。


 すると、一人の少女が歩いてきた。


「またお会いしましたね」


 少女は満面の笑みを浮かべている。


 栗色のウェーブした髪。


 紫色の瞳が綺麗だった。


 華奢で、入院患者の着ている服を纏っている。


 白い肌が綺麗だが、外にあまり出られていないことを物語っていた。


「え、あの?」


 ただ、明人には覚えがない。


 目の前の少女は誰だろうか? 必死に思い出そうとしていると、ニコニコした少女は黙っていた。


 だが、明人が気付かないと分かると、素直に謝ってくる。


「ちょっと意地悪でしたね。ほら、以前は車椅子に乗って目をこう……」


 明人は思い出す。自分を知り合いだと勘違いした入院患者だった。


「あの時の! ご、ごめん。気が付かなかったよ。それにしても、随分とよくなったんだね」


 以前は車椅子に乗っていたが、今では歩けるようになったらしい。


「皆さんのおかげです。医師や看護師、色々な人に助けて貰いましたから」


 そういってベンチに座る少女は、明人がどうしてここにいるのかたずねてきた。


 明人は「検査入院で」と曖昧に答える。


 まさか、女子に殴られて気絶したなどと言えなかった。


(あの二人の拳……凄く痛かった。一人肘を貰った人がいたけど、大丈夫だったのかな?)


 近くにあったモニターには、国会での映像が流れている。


『大臣、その頬はいったい……』

『気になるのかね?』

『い、いえ。そ、それよりも今回の国会での――』


 迫力のある大臣の視線に、記者が口をつぐんでしまっていた。


 よく見ると昨日の老紳士に似ていないか?


(いや、流石にあの場所にいるとか有り得ないか)


 少女がスマホを取り出す。


「えっと、こんな事を頼むのは大変失礼ですけど……」


「な、なに?」


 少女が明人に頼み込んでくる。


「私と友達になって頂けませんか? 私、入院生活が長くて友達が少なくて」


 明人は驚きつつも「自分で良いの?」などと言いつつ、少女と【若宮 七海】とアドレスを交換するのだった。


(七海? え、もしかして……)


 明人が顔を上げると、連絡先を交換して喜ぶ七海が立ち上がる。明人に笑顔で手を振るのだった。


「連絡しますね。それと、また会いましょう……ポン助さん」


 診察の時間だからと離れて行く七海――ナナコの後ろ姿を見送り、明人は複雑な心境だったが。


「そっか。ナナコちゃんだったのか」


 なんとも不思議なことがあるものだと、安堵しつつも首を傾げたくなった。


(もしかして、僕がポン助だと分かったのか?)


 考え込んでいても仕方がない。


 明人は病院から出るために立ち上がり、メッセージは後で送ろうと考えた。


 歩き出すとまたしても声がかかる。


「失礼。鳴瀬明人君だね?」


 男性は不健康そうな大きな体をしていた。


 端的に言えば太っているが、それも不健康そうな太り方をしている。


 体重は確実に百キロを超えているだろう。


 スーツを着用し、明人に笑顔で声をかけてきた。


「あ、あの――」


「色々と話がしたくてね。ファミレスでも喫茶店でも良いから話をしないか。どうかな……ポン助君」


 男性の言葉に、先程のナナコが言ったアバター名が聞こえたのかと思った。だが、とてもそうは思えない。


 あの時、周囲に人の気配はなかった。


「貴方は一体誰ですか」


 警戒を強める明人に、男性は――。


「警戒しないでくれ。ゲーム内では何度もあっているのに傷つくじゃないか。情報屋、とでも言えば分かってくれるかな?」


 明人は目を見開く。


 オフ会からたったの一日で、ゲーム内の知り合いと二人と出会ってしまった。


 それがまるで、何かが動き出したような……そんな感覚を覚えた。






 ファミレスで男性――情報屋の男は大量の食事をする。


 そんな男性の前で軽食を食べる明人は、見ているだけで満腹になりそうだった。


(ピザにドリアに、オマケにジュース……凄いな)


 情報屋が話をする。


「自分はリアルで研究職をしていてね。VR関連だよ」


「VR関係?」


 世間に広まったVRは様々な分野で利用されている。それこそ、今の生活を支えていると言っても過言ではない。


 そんな分野で働いている人たちは多い。


「ゲーム関係。まぁ、メインとは言えないがパンドラにも関わっている訳だ」


「運営側の人ですか?」


 情報屋が運営側の人間だった。


 そう思っていると、情報屋はジュースをストローでの見ながら首を横に振る。


「違うよ。下請けのような事をしている。運営の情報は入ってこない。自分も純粋なプレイヤーだよ。ただ、ここから先は楽しんでもいられなくてね」


 情報屋の男がタブレット端末を取りだした。


(ネットワークにアクセスされていない?)


 遮断された端末には、いくつかのデータが入っている。


「君には選んで欲しい。かつて自分が君にセレクターだと言ったのを覚えているかな? 君は特別な存在だ」


 タブレットの画面に映し出されるのは、中学生の頃に社会科見学で見た地下コロニーの映像だった。


 かつて人類が長い時を過ごした地下施設。


 そんな施設にあるのは、新型の発電所だった。


「確か月の技術を使った新型炉でしたか?」


 情報屋は頷く。


「地球では未知のエネルギーだけどね。成功すれば半永久的に電力を供給できる優れた施設だ。まぁ、嘘だけどね」


「嘘? え、ただの発電所という事ですか?」


 情報屋は次の資料を表示させた。


「違う。兵器だよ。それも飛び切り最悪と言える兵器だ」


 人体に影響がないとされるエネルギーは、ある種の意志を持ってエネルギーとして優秀だった。実際に永久機関も夢ではないのだろうが、問題は人体への影響だ。


「兵器? え?」


「月の住人たちにとっての悲願はなんだと思う?」


 かつて月に移住した富裕層――彼らに目的があるのだろうか? 明人はそんな事を考えもしなかった。


「彼らは地球に戻りたがっている。だが、自分たち……人間が邪魔になった」


 月の住人たちは、いずれ地上に戻って再び地球人になる夢があった。


 だが、逃げ出した自分たちとは違い、地中で眠っていた人類がいるなどと思わなかったらしい。


「そんな! だって、僕たちの先祖はコールドスリープで――」


「月の人間たちは失敗すると思っていたらしい。実際、いくつかの施設では失敗もあった。だから、彼らは地上をリセットするつもりなんだ」


 そうして地球人がいなくなった時。


 彼らは長い時間をかけて地球環境を再生、そして地球に降りる計画だという。


「土地は余っています。そんな事をしなくても――」


 情報屋は月の住人たちの身体データを見せてくれた。


 その数値に明人は驚愕する。


「こ、これ――」


「以前来た使節団をニュースで見た? アレでも彼らはとても鍛えたエリートなんだ。ほとんどの人たちは、地球での生活に耐えられないだろうね。仮に耐えられたとしても、地球人よりも身体能力で負けている。彼らは怖いのさ」


 明人は信じられなかった。


 地球よりも優れた技術を持っている月の人々が、自分たちを恐れているなど信じろというのが無理だ。


「でも、そんな情報がどうやって――」


「VRだよ。月の人々も当然開発していたが、地球では研究が大きく進んでいたんだ。ゲームへの転用も月では随分と遅れていたみたいでね」


 月での生活は、あまり裕福とは言えないものらしい。


「彼らがゲームをプレイするようになった。まぁ、その基礎となるゲームに自分が関わっていてね。そこから少し違法だが情報を仕入れた」


 月では、地球人を原始人や野蛮人と考えて見下しているらしい。


 そんな人間が豊かな地球を独占しているのが面白くないようだ。


 だが、気になる事が一つある。


「でも、そんな事を僕に言われても困ります。僕は学生で――」


「知っている。だが、同時に君はセレクターだ。君は……パンドラで世界が救えると言ったら、協力してくれるかな?」


 情報屋が言う。


「パンドラのサーバーも地下コロニーに設置している。十分にアクセスすることが可能なんだ。今しかない。試運転が開始されてしまえば、地球はどんな生物も死滅してまた死の星になってしまうんだ」


 明人はスケールが大きすぎる話に、ただ聞くことしか出来なかった。


 それに、自分に一体何が出来ると言うのか?


「で、でも、ゲームで世界を救うつもりですか? だって、ゲームですよ」


 情報屋は明人に重要な話をする。


「……月ばかりが危険ではないよ。地球だって酷いものさ。明人君は気が付かないのかな? 君はもう、パンドラに大きな干渉を受けている」


 明人は何を言っているのかと首を傾げたくなった。


 情報屋は言う。


「自分は本気で君たちセレクターなら出来ると思っている。何しろ、パンドラというゲームはね……政府が主導する国民を使用した実験場なんだよ。その中でも選ばれた人間が君たちセレクターだ」


「な、なにを――」


「時間がない。数日中に覚悟を決めてくれ」


「そ、そんなの無理です。僕には無理ですよ」


 騙されているかも知れない。


 きっとこの人が自分を騙そうとしているのだ。だがメリットは? 悪戯にしても度が過ぎている。


 しかし、相手は真剣そのものだった。


「……気持ちは分かる。だが、君たちの協力が得られなければ、地球が終わってしまう。君は、大事な家族や仲間を失ってもいいのかい?」


 情報屋は食事を終え、会計を済ませて店を出ていく。


「なんだよ。なんでゲームに世界の危機が関係してくるんだよ。誰か嘘だと言ってよ」


 騙されているならまだマシだった。


 ドッキリでした、と言われた方が心は救われる。騙されたと憤慨はしても、後に笑い話にも出来るだろう。


 しかし、情報屋の雰囲気から嘘だとは思えない。


 自分に嘘を言う理由が分からない。


 明人は呆然とするしかなかった。


「どうすればいいんだよ」


 思い悩む明人は、スマホを握りしめるのだった。


 待ち受けには、ギルドメンバーがそろりも参加した全員集合の状態で撮影された待ち受け画面になっている。


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