空飛ぶ戦士たち
巨大すぎる山のようなモンスターが迫る節制の都。
土竜の進路上に新たに陣地を用意したポン助たち一行は、視認できる距離にある自分たちの奪われた陣地を見ていた。
髭の生えた小柄なノームであるライターが周囲に指示を出し、随分と早くに陣地が完成する。
周囲を見れば、同じ事を考えたギルドが陣地を作って待ち構えていた。
「こうして考えると、奪われて正解だったかも知れないね。罠を設置したのは俺たちだし、ダメージの累計はこちらに加算される」
地響きが徐々に強くなる中、ライターはポン助の肩の上に乗りながら遠くを――奪われた陣地を見てそう呟いた。
オークたちと一緒に仕事をしているグルグルが、ポン助のところに来てライターの意見に同調する。
「あいつらには少しでも頑張って足止めをして欲しいよね。そう言えば、もう同士討ちみたいな事はしていないよね?」
最前線では、プレイヤー同士が足を引っ張り合っていた。だが、流石にまずいと思ったのか、徐々にそれらはなくなっていく。
そろりがヒョッコリと姿を現すと、情報を集めてきたのかグルグルの疑問に答えた。
「大手のギルドが効率よくダメージを与えているからね。ソレを見て、真似をするようになったのが大きいかな。屑みたいなギルドもあるけど、まともなギルドもあるおかげだね」
自分たちの陣地を奪ったプレイヤーたちは、そろそろ交戦距離に入ろうとしていた。
ライターたち職人が用意した罠が弾けるが、土竜にはたいしたダメージを与えられていない。
ルークがそんな様子を見て、少しだけ汗をかいていた。
「これは……進路上に罠を敷き詰めるべきだったかも知れないな。今更言っても遅いだろうが」
攻略方法が確立されていないために、効果的な対策が立てられていなかった。
そろりが首を横に振る。
「駄目だと思うよ。どうにも直進しているけど、罠が多すぎると微妙に進路方向が変わるらしい。まったく、運営も鬼だよね」
ソロプレイヤーで隠密向きのスキルを所持するそろりは、色々と情報を集めるのが上手かった。
ポン助はライターを肩に乗せながら、そろりに言うのだ。
「もう、どこかのパーティーに入ったらどうですか?」
「悪いね、ポン助君。僕は孤独を愛するソロマスターだから、それだけは聞けないな」
悪いプレイヤーではないが、変なこだわりを持っている。
すると、ライターが声を張り上げる。
「始まった!」
始まったのは、陣地を横取りしたプレイヤーたちと土竜が戦闘に入った事だ。周囲の砦からも魔法や矢、そして道具などで攻撃か開始される。
強力な魔法やスキルによる攻撃。
職人たちが作った爆弾にその他のアイテムが、次々に命中して土竜を爆発の煙で包んでいく。
だが、一歩、そして二歩と進む土竜が煙から姿を現す。
アルフィーが唖然としていた。
「ダメージが通っているんですか? それに、攻撃し続けているのにヒットポイントがまるで減っていないじゃないですか」
数字的にはダメージが入っているのだろうが、それでもステータスの表示を見ると減る量が小さすぎて減っているように見えなかった。
課金アイテムを大量につぎ込んだ青髪のプレイヤーたちが、押さえる事も出来ずにただ大きな前足ですり潰され消えていく。
砦を作っていたプレイヤーたちも、土竜に踏みつぶされていた。
だが、流石なのは、踏みつぶされた瞬間に大量の罠が一斉に発動して土竜を少しだけ苦しめたことだろう。
マリエラがその優れた視力で土竜の表面を見ていた。
「……待って。あいつの皮膚、崩れている場所があるわ。岩みたいな皮膚がボロボロになって、なんか柔らかそうな部分が見えたわよ」
急いでライターが道具である双眼鏡を取りだし、そしてマリエラが見た光景を確認する。
「マリエラさん、本当に凄いね。この距離でそこまで見えるのか」
ルークはポン助の腕を叩く。
「ポン助、火力の全てを一点に集めるぞ。魔法使いで同じ場所を狙わせる。遠距離攻撃の出来る奴はどれだけいる?」
ルークの言葉に、ポン助はマリエラとシエラを見た。
グルグルが手を上げるが、自信はなさそうだ。
「俺は魔法も使えるけどメインじゃないからそこまで火力はないよ」
シエラが視線を逸らす。
「そ、その、最近はフィジカル方面を鍛えていて、魔法特化ではないと言うか……」
ルークがポン助を見る。
「お前、何をやっているんだよ。魔法職は火力の要だぞ!」
「僕だって募集したいけど、集まってこないんだよ! 集まってくるのは……」
オーク集団が、圧倒的な土竜を前に大盾などを持ってワクワクしていた。
「ふふふ、眼中にもないという相手に無慈悲にも潰される。考えただけでもドキドキしてきた」
「俺は女王様に踏んで欲しいなぁ。褒美にそれくらい貰えないかな。アイテムとかいらないし」
「レアアイテムよりご褒美だよな」
オークの魔法使いもいるが、そもそもオークは魔法職に向いていない。頭数に入れるのが間違っている。
「……集まってくるのは、こんな奴ばっかりさ」
「いや、なんかごめん。悪かったよ」
ルークがポン助を慰めていると、地響きが徐々に強くなってきた。
ナナコが指を差す。
「あの背中の山は登れるのでしょうか?」
全員がナナコの指が指す方向を見る。そこには土竜が背負っている山があって、形は崩れてきているが近づけそうにない。
ブレイズがアゴに手を当てる。
「確かに、あそこに上れると直接攻撃を叩き込めるから、近接主体でも問題ないね」
問題はどうやって上るか、だ。
全員がチラチラとポン助に視線を向けてくる。
「……どういうつもりだ。僕に解決策なんかないぞ」
ブレイズがみんなを代表してポン助に言った。
「いや、でも以前は火竜の背中に乗っていたし」
「近づけもしないのに上れるわけが――はっ!」
ポン助は気が付いて、罠が設置されている場所を見た。そして、ライターを肩から降ろすと、確認を取る。
「ライターさん、相手を吹き飛ばす罠はありますか。それもかなり遠くまで飛ばして貰いたいんですが」
ライターがアゴに手を当てて考える仕草をするが、小柄で可愛らしさのある丸みのあるフォルムをしているので愛らしい姿に見えた。
「……いくつも罠を重ねて、飛ばすだけなら可能だけどね。でも、落下したら結構なダメージが入ると思うよ。並のステータスで耐えられるかな?」
すると、オークたちが名乗り出るのだった。
「ポン助君、我々の出番のようだね」
「プライさん……ようやく真剣になってくれたんですね!」
「何を言う、我々は常に真剣だ。それはそうと、君も分かってきたようだね。自ら罠に飛び込むなんて……君はドMの鏡だよ」
ポン助は無言でプライを殴ったが、喜ばれてしまった。
設置された罠は九つ。
迫る土竜に対してオークたちが乗り込むために用意された、ぶっ飛ぶ罠はいくつも重ねられ特別仕様だ。
「ポン助、あんた本気?」
マリエラが心配しているが、アルフィーは肩を叩いて激励する。
「ポン助なら出来ますよ。何しろ、私たちの仲間ですからね」
心配そうなマリエラに、ポン助は言う。
「任せろ。以前は壁を登って跳びかかったんだ。きっとこれくらい出来る」
ゲームの自由度を信じようと、ポン助は自分に言い聞かせていた。
「それじゃあ、行ってくる。二人とも、後はよろしく」
オークたちがクラウチングスタートの構えを取ると、ルークがサムズアップをしてポン助に笑顔を向けていた。
だが、シエラだけは――。
「え? なんでクラウチングスタート?」
冷静にこの状況にツッコミを入れていた。
しかし、土竜が迫るとナナコが手を上げる。
「それでは皆さん、よ~い……スタート!」
九人のオークが勢いよく駆け出すとそれぞれが罠を思い切り踏み抜いた。普通、罠があると分かっていれば恐れるものである。
しかし、彼らはドMだ。痛みを求める集団である。
我先にと踏み抜き、そして吹き飛ぶとオークたちは空を飛んだ。
節制の都。
神殿にて復活したプレイヤーたちが、頭を抱えていた。
「おい、どうしたんだ?」
他のプレイヤーが心配になって声をかけると、そのプレイヤーは首を横に振っていた。
「分かんねーよ。なんなんだよ、あいつら」
「何かされたのか!」
プレイヤーキルでもされたのかと、声をかけるプレイヤーたち。こんな場面でそんな邪魔をする奴は嫌われる。
しかし、生き返ったプレイヤーが呟いた言葉はまったく別だった。
「オークが空を飛んだんだ」
周囲のプレイヤーたちは声が出ず、そしてしばらく間が空くと一人が口を開いた。
「いや、お前は何を言って――」
「本当なんだ! あいつら、空を飛んだんだよ! 俺だって頭がおかしくなったかと思ったわ!」
節制の都。
防衛戦の伝説の一つに、空飛ぶオークが加わった瞬間だった。
空を跳んだオークたちは、迫り来る土竜の背中の山にその巨体をぶつけた。
ポン助は受け身を取ったのだが、それでもダメージはかなりのものである。他の種族では耐えられてもすぐに立ち上がれなかったかも知れない。
全員の無事を確認し、そして課金アイテムで体力を回復させた。
同時にオークたちのステータスが上昇していく。
武器を抜き、そしてポン助は告げるのだ。
「出来るだけ表面の岩肌を削ります。そうすれば、他のプレイヤーたちの攻撃が良く通るようになる」
ギルドの成果よりも討伐優先の提案に、オークたちは快く引き受けてくれた。彼らにとってレアアイテムよりも大事なものがあるのだ。
「任せてくれ。だが、報酬の女王様の鞭は忘れないでくれ」
「姫にハイヒールで踏んで欲しい」
「マリエラさんに唾を吐きかけられたい」
ポン助は思った。
(こいつら本当に終わっているな。リアルはもっと酷そうだ。いや、意外に真面目なのかも)
全員が武器を手に持って、その場から散開すると土竜に攻撃を開始する。
「おら、反撃してみろよ、このモグラ野郎!」
用意して貰った特製のツルハシで土竜の表面を削っていくポン助たち。
オークたちが削った場所を目がけ、プレイヤーたちが魔法や矢を放ってくる。
シエラやマリエラの魔法や矢も直撃し、土竜のヒットポイントを前よりも削れるようになっていた。
しかし、それでも節制の都に到着するまでに倒せるか微妙だった。
「こうなればもっと削って――」
すると、近くにいたオークに魔法が直撃して赤い光に包まれた。
「な、なんだ!?」
状況を知らないプレイヤーによる誤爆かと思ったが、そもそも一撃で消えるなどおかしい。
プレイヤー同士のダメージはかなり制限がかかる。レベルがカンストしたオークを一撃で倒す魔法など……。
そう思っていると、ポン助は遠くに青い髪をしたプレイヤーを見つけた。
彼らは、土竜の表面を削っているポン助たちを狙っていた。
「あいつら、なんで」
ポン助はその場を移動するために走る。揺れる山を駆けると足場も悪く、オークの一人が転がり落ちて土竜に潰されていた。
走りながら表面を削り、そして魔法が直撃するとツルハシを突き刺して爆風に耐える。
「課金アイテムでブーストしたのか」
揺れる山から見える彼らは、わざとこちらを狙っているのが分かった。
次々に魔法が降り注ぐ。周囲のプレイヤーたちも崩れた場所に攻撃を集中させていた。
足場が悪く、そして攻撃の降り注ぐ中でオークたちが次々に消えていく。
「もっとこっちに気を使えよ」
文句を言いつつも表面を削り、そして移動しようとしたポン助の近くで魔法が着弾して爆発に巻き込まれ吹き飛んだ。
転がるポン助は、そのまま土竜の顔の方へと落ちていくと、落下するときに大きな目が見えた。
その目にツルハシを投げつけると、クリティカルの文字が発生してダメージが入る。
「やってやったぞ、この野郎ぉぉぉ!」
拳を突き出し、そして落下するポン助は土竜に踏みつぶされ赤い光になって消えていった。
青髪のプレイヤー。
それは本名【栗田 風斗】――プレイヤー名【ゼイン・カークス】だった。
「ふざけやがって。あんな卑怯なやり方でダメージを稼ごうなんて許さないぞ」
湯水のごとく課金アイテムを使用しているゼインは、既に十万近くも消費している。今回のイベントのために借金にまで手を出したのだ。
「おい、もっと魔法をぶつけろ!」
「もうMPがねーよ! アイテムだって足りない! リキャストタイムだって――」
逆らったプレイヤーを殴り飛ばし、そして迫り来る土竜にゼインは叫ぶ。
「このままだとランキングの上位に食い込めないだろうがぁぁぁ!」
現実世界で目立たない自分。
だが、仮想世界では違う。金をかければ強くなった。
そして、周りにプレイヤーたちも集まってくる。
ギルドを率いて、活躍できるようになったのだ。
攻略情報から最適な職業とスキルを選択し、プレイヤースキルが足りずに扱いにくいが周囲には褒め称えられた。
現実世界にないものが、ここにはあったのだ。
(現実世界の糞ガキ共もいないここで、俺はトッププレイヤーに――)
叫ぶゼインは土竜の前足にすり潰されまた消えてしまった。