防衛戦
「おい、聞いたか」
「節制の都で防衛戦だろ。俺、今は慈愛の都だから参加するか悩んでいてさ」
「お前、まだそんなところなの?」
教室内はパンドラの噂で持ちきりだった。
(前はこんなに話題も出なかったのに)
以前に比べパンドラの話題が飛び交っている教室で、明人は陸とこれまでの経緯について話をしている。
シェーラとの出会いから、イベントを進めての土竜が節制の都への侵攻まで。
ギルドに報告すると、女王との面会を求められギルドで面会時間の予約を入れられてしまった。
希にあるイベントらしく、期間内に女王であるシェーラと面会すればイベントが始まる事になっている。
ただし、明人がログインして面会しなくても、布告されたイベントは進んでしまう。
「隠しイベントだったのか? いや、まぁ……VRゲーム自体が少ないし、MMORPGをモデルにしていても、色々と違う事をやるのが運営だけどさ」
モデルにしているのは画面越しにプレイをするMMORPGだ。だが、仮想世界で体験できるゲームとして、色々と試行錯誤は行われてきた。
考え込む陸を前に、明人はなんとも言えない気持ちだった。
思い出すのは、報告後に宿に向かうとシェーラがいなかった事だ。
(また会えるかな)
たかがNPC――AIがキャラを動かしているに過ぎない。分かっていても、明人には生々しい感覚があった。
陸がニヤリと笑う。
「なぁ、俺も参加していいか? ギルメンを連れて来るから、お前たちと参加させてくれよ。こんな大きなイベントを特等席で参加できる機会なんか滅多にないからさ」
頼み込んでくる陸に対して、明人はぎこちなく頷くのだった。
「別に良いけど。それにしても、随分と話題になっているよね。節制の都なんてほとんど見向きもされない場所なのに」
特定クエストをクリアすれば次に進める節制の都は、多くのプレイヤーにとっては通過点に過ぎなかった。
分別の都、慈愛の都、勤勉の都へと進むための通過点。
最前線である傲慢の世界を攻略中であり、多くのプレイヤーたちは勤勉の都を目指しているところだ。
陸は肩をすくめる。
「運営がせっかく用意した大規模なイベントだぞ。今まで誰も経験していないんだから、発見したお前はもっと喜べよ。成功したら、なんか凄いアイテムでも貰えそうだな」
これだけ大きなイベントだ。
クリアすればきっと報酬も期待できるだろう。
「倒せるのかな? だって、今まで失敗してばかりだったのに」
不安になる明人に、陸は肩を叩く。
「今まではギリギリクリアさせなかった訳で、ゲームのイベントだから成功するように作っているはずだろ。もう告知もしているんだから気弱になるなよ」
イベントが開始されるのは三日後。
明人はそれまでに、出来るだけ準備はしておこうと思うのだった。
一ノ瀬家。
摩耶は母親に呼び出され、畳のある部屋で向かい合って座っていた。
「摩耶さん、これはどういう事ですか?」
そこには、摩耶が使用しているクレジットカードの利用明細があった。
少額を毎日のように使っているのが詳細に記載されている。
正座をして冷や汗をかく摩耶は、表情を崩さないように必死である。
(まずい。調べないと思っていたのにまさかこんな……どうやって言い訳をしよう。今は大事な時期だって説明する? 駄目。お母様は絶対に理解できないし、理解したらゲーム機を取り上げられる)
知り合いであるおじさん――純に頼ろうと考えたが、流石に悪い気がして諦めた。
どうにも焦って答えられないでいると、摩耶の母親は目付きが鋭くなる。
「お稽古用の道具はもっと上の物を買うように指示したはずです。数十万では、他の生徒さんに笑われますよ」
摩耶は気が抜ける。
(そっちかぁぁぁ! 良かったぁぁぁ!)
摩耶は落ち着きを取り戻し、そして優雅に答えるのだった。
「先生と相談して決めました。今の私が数百万の道具を持っても品がありませんし、何よりも周囲の皆さんとかけ離れすぎた道具は浮いてしまいますので」
摩耶の母親は、習い事の先生がそう言ったのならば、と渋々納得をする。
「いずれ貴方に相応しい道具を揃えなさい。それはそうと、履歴に少額の利用が目立ちますね。これはなんですか?」
話が明細の方に向くと、摩耶は少し困ってしまった。
なんとか言い訳をしようとするが、興味もないのか摩耶の母親は「そうなの?」と言って部屋を出る。
緊張して疲れた摩耶は、和室で正座を解いてその場に寝そべった。
「……疲れた」
◇
節制の都。
集まったプレイヤーたちの数は、普段の何倍にも達している。
わざわざログイン時間を変更したプレイヤーもいれば、最前線である勤勉の都からやってきたプレイヤーたちもいた。
土竜に挑み続けたエンジョイ勢のプレイヤーたちも揃い、今までにない盛り上がりを見せている。
そんな節制の都を、女王の部屋から見下ろしているポン助一行。
シェーラと面会する時間に顔を出し、そしてポン助、マリエラ、アルフィーの三人が私室に入る許可を得た。
女王のシェーラは、憂いを帯びた表情をしていた。
「こうして女王として顔を合わせたのは二度目ですね」
「は、はい」
緊張したポン助は、チラチラと後ろを見ていた。
事情を話したマリエラとアルフィーの顔色をうかがっているのだ。
二人とも、腕組みをしてイライラした態度を取っている。これまで夜に密会していたという話が気に入らないらしい。
(いいじゃないか。バッドステータスにはなっていなし、なんて言ったら叩かれたんだよな)
二人を怒らせてしまい、そして女王との面会だ。
もう、色々と一杯一杯だった。
「ポン助……いえ、冒険者ポン助。土竜はこの節制の都を――この聖樹を狙っています。かつて先代の女王陛下は命懸けで土竜を退けました。ですが、私にはそれだけの力がありません。騎士団も頑張ってくれるでしょうが、冒険者たちの力も必要です」
ポン助は頷く。
シェーラは悲しそうに微笑むと、ポン助に言うのだった。
「ただし、必ず戻って来なさい。無理はしないように。いいですね?」
「え、えっと」
死んでもデスペナが発生しないような特殊大型イベントだ。プレイヤーたちは死んでもすぐに神殿に戻ってこられる。
「また宿屋の中庭でお話ししましょう」
シェーラはそう言って微笑むと、女官に声をかけられ集まった冒険者たちのところへと向かう。
ゲームのイベント開始を宣言するのだ。
NPCたちは本当に鬼気迫り、焦っている表情をしている。
だが、プレイヤーたちは実に楽しそうにしていた。
自分たちは死なないと分かっており、楽しもうというのが見ていて分かった。
防衛戦。
迫り来る土竜に対して外壁に設置された砲台、または土竜に接近して攻撃。
その他罠の設置を行なう事でダメージを与える。
節制の都が用意した罠や砲台を使用し、一定のダメージを与えると報酬が貰えるイベントになっている。
ギルドごとにダメージの累計を競うこともあって、多くのギルドが参加していた。
参加しているギルドの数は大小合わせて四千を超えていた。
「まだ砲台じゃ届かないぞ!」
「これなら罠の設置に回った方がマシだな」
「俺たちは外に出ようぜ」
冒険者たちが、節制の都を守る外壁から離れて外へと出て行く。
ポン助は、周囲が慌ただしい中で集まったメンバーを見ていた。
「そろりさんも来てくれたんですね。それに、ブレイズさんも」
ソロプレイヤーのそろりは、節制の都に来る前に火竜討伐の際に知り合った。
「流石に一人で参加しても、他のプレイヤーの邪魔というか……まぁ、前線は酷く混乱しているみたいだからね」
ブレイズは好青年のようなアバターを使用しており、パーティーでの参加である。
「少し前に希望の都でパーティーを揃え直していたんだ。おかげで、来てレベル上げをしている途中だったから……役に立てるか微妙かな」
集まってくれたのは、これだけではない。
「ま――アルフィー、元気だった」
アルフィーと話をしているのは、生産職を専門とするノームのライターだ。
「おじ――ライターも来てくれたんですね」
喜ぶアルフィーに、ライターは連れて来た生産職のメンバーを紹介する。何気に十人以上いて、ライターの手腕に驚くポン助だった。
「生産職はこういう時に困るからね。戦えても、戦闘専門のプレイヤーのようにいかない。なら、協力してダメージを稼ぐ方が良いからさ」
集まって貰ったのには訳がある。
それは、ギルドで参加をするためだ。
「えっと、ではギルドに加入する手続きをお願いします」
ポン助をリーダーとする臨時のギルドに、そろり、ブレイズ、ライターたち職人集団が加わる。
そして――。
「くそっ! 私とした事が……ハイエルフの女王様にまだ面会していなかったなんて」
オーク集団を率いるプライが頭を抱え、酷く後悔していた。
「あの黄金の杖で叩かれ、グリグリされたらどんなに気持ちいいことか!」
――ポン助の知り合いというか、普段から一緒にいることが多いので声をかけるしかなかった。
彼らもギルドに参加することになっている。
マリエラが溜息を吐く。
「あんたらは本当に……ところで、シエラとナナコちゃんもうちに参加でいいの?」
シエラは緊張した様子で頭を下げていた。
ここまでプレイヤーが集まると思っていなかったのだろう。
「よ、よろしくお願いします!」
ナナコはやる気を見せている。
「大規模イベントは初めてですけど、私も頑張ります!」
ニコニコしているナナコの横では、オークたちが立ち直って周囲を見て相談していた。
真剣に腕を組み、そしてアゴに手を当てて、中には考える人のポーズで……そんな真剣な彼らが相談しているのは。
「ところで諸君、大きくなった土竜に踏みつぶされたいところだが、他のプレイヤーに迷惑をかけるのは良くない。そこで、迷惑をかけずに私たちはいかに楽しむか知恵を出して欲しい」
「土竜の攻撃を防ぐ盾は絶対だ。歩く度に土や岩が跳んでくるらしい。もう、ボコボコにされるらしいぞ。たまらないな」
「指示を出す人や仲間に豚と呼んで欲しいな」
「おい待ってくれ。……犬も捨てがたいぞ。それに新入りの男の娘に踏んで欲しい」
そう、ここには一人だけ関わりのないプレイヤーがいた。
ポン助はオークたちを無視して、男性ハイエルフのアバターを使用する可愛らしい外見をした【グルグル】に話しかけた。
「飛び入りの参加だけど良かったの? いや、人手は多い方が良いし、ハイエルフなら大歓迎だけども」
以前、謁見の間に続く廊下で出会ったプレイヤーだった。
男性アバターなのに際どい恰好をしているが、それが似合っているようにも見えてポン助も困っている。
「リアルの知り合いと参加する予定だったけど、距離を置こうと思ってさ。ねぇ、それよりオークのアバターって恰好いいね。外見のサンプルでもそんなに筋肉あるの? 俺、アバターの外見を弄るのが苦手だから、そこが気になるんだよね」
オークに興味津々のハイエルフの前に立つのは、マリエラとアルフィーだった。
「おい小僧……ポン助に近付くな」
「危険な気がします。ポン助が目覚めてしまいそうで」
警戒する二人に対して、グルグルは呆れていた。
「おばさんたち何を言っているの? ゲーム内だからアバターの中身なんか分からないよね? あれ、もしかしてリアルの知り合いが集まっているの?」
おばさんと言われ、本気で激怒している二人をなだめるポン助。
ポン助は首を横に振る。
「いや、リアルでは面識がないね。個人情報に関してはマナーを守っているつもりだけど」
グルグルは「なら良かった」と言ってポン助の腕を両手で掴む。
「やっぱりオークってネタ種族なの? 使ってみたいけど、デメリットが多いから少し悩むんだよね」
興味津々というグルグルに対して、ポン助は困りつつも集まった仲間たちを見る。
三十人を超えるギルドが臨時だが出来上がった。
そこに、ルークたちがやってくる。
連れているのは二十名程度の仲間たち。
金色のツンツンした髪型。黒系統の装備に大きな大剣を持っているルークは、手を振って近付いてくる。
「ポン助、前線の情報が手に入ったぞ。どいつもこいつも、我先に攻撃しようとして潰しあっているみたいだ。設置した罠にプレイヤーがかかって自滅しているらしいぞ」
ルークの持ってきた情報に左手で顔を押さえ、ポン助はどうするか思案する。
(どうする? 前線に乗り込むか、外に出て迎え撃つ準備をするか……ここに留まるか)
何度死んでもデスペナはない。つまり、それだけ何度も死ぬことが前提となっていると考えて間違いない。
「……進路上で待ち構えて迎え撃とう」
ルークはアゴに手を当てて難しい顔をする。
「大手ギルドが同じ事をやっているし、それも有りか……分かった。俺もその案に賛成する」
すると、ルークが仲間に次々と指示を出していた。
その姿は学園で見る普段のルークと違って真剣そのものだった。
待ち受けようと進路上に罠を設置しようとするポン助たち。
大手――大規模ギルドがまるで砦のような陣地を構築している中で、ポン助たちは地味な陣地を作っていた。
ライターはその様子を見て考え込んでいる。
ポン助は作業を進めながら、ライターに声をかけた。
「どうしたんです?」
「うん? いや、なんというかあそこまで出来るんだと再認識させられてね。彼らは凄いね。攻略組なのかな?」
ライターが砦を建造する職人プレイヤーたちを見て、楽しそうにしていた。そして、自分たちにも出来ないか思案もしている。
「友人の話では攻略組ではなく、その手前辺りの中堅プレイヤーのギルドらしいですよ」
「彼らでも中堅なのか。益々凄いな」
そうしてある程度の陣地が完成してくると、百人を超えるプレイヤーたちが乗り込んで来る。
その先頭に立つプレイヤーの顔は、人気男性モデルとソックリである。
本人出ないだろうが、随分と作り込んだアバターを使用していた。
青い髪に青い瞳。
白い鎧に身を包んだ彼を先頭にした集団は、複数のギルドが連合を組んだような集団である。
ポン助とルークのように協力関係にあった。
「ここは俺たちが使用する。お前らはどこか別の場所に行け」
マリエラが片方の眉を上げ、そして睨み付けていた。
「はぁ? あんた馬鹿なんじゃないの。先にこっちが準備をしていたのよ」
そんなマリエラに対して、プレイヤーの集団はニヤニヤと笑い武器を抜いた。
リーダーらしき青年アバターは、腕を上げた。
振り下ろせば、きっと攻撃されるのだろう。
「なら雑魚は消えろ」
ポン助たちオークが前に出て、即座にルークたちも武器を抜く。土竜が迫る中、ポン助たちは倍以上のプレイヤーに囲まれた。
ルークが周囲を見て、ポン助に耳打ちした。
「ポン助、今から節制の都に戻っても時間の無駄だ」
「だけど!」
自分たちが用意した陣地を横取りしようとする集団。
「聞け! ここで消耗するよりずっとマシだ。もう少し後ろで新しく陣地を作る」
肩を強く掴まれ、ポン助はルークの意見に従うのだった。
「……ここは譲る」
青髪のプレイヤーは髪をかき上げ、そしてポン助をにやけた顔で見ていた。
「オークなんて使っている底辺プレイヤーが調子に乗るなよ。プレイヤーキラーが面倒だから攻撃しなかっただけだ。これからは、世間に申し訳ないと思いながら生きろよ、底辺野郎」
全員に武器を収めさせ、陣地から移動を開始するポン助たち。
マリエラが相手を睨み付け、アルフィーは無表情で彼らの顔を見ていた。
ポン助も悔しく思いながらその場から移動すると、ブレイズが声をかけてくる。
「ポン助君、よく耐えたね。彼らの言葉は気にしない方が良い」
声をかけて貰い、ポン助は悔しく思いつつも切り替える。
「あの手のプレイヤーはいますからね。もう少し下がって陣地を作り直します」
去って行くポン助たちを笑うプレイヤーたちは、出来上がった陣地を強化し始めていた。
青髪のプレイヤーが課金アイテムを使い、そして周囲に気前よく配っている。
ブレイズがそんな様子を、苦笑いをしながら見ていた。
防衛戦はグダグダの状態で始まり、そして土竜は節制の都に随分と迫っていた。




