動く山
「行くぞぉぉぉ!」
左手には大盾。
右手には大剣を持ったポン助が斬りかかるのは、フィールドボスの一種だった。
ボスが出てくる――ポップしてくる場所を調べ、そして待ち構えて待つこと数日。
他のプレイヤーたちもそのボスを狙う中、ようやくポン助たちが発見して攻撃を仕掛ける事が出来た。
草原を駆けながら、マリエラが弓を持って矢を射る。
次々に矢がボスモンスターに突き刺さり、ダメージを与えて行く。
ハイエルフになってから、ステータスの上昇やスキルの変化から目に見えて動きに変化があった。
ポン助をサポートするマリエラの腕前は上がっており、最初の頃のように味方を撃つなんて事はない。
斬りかかったポン助との間にコンボが発生し、大量のダメージを与えるとアルフィーがボスの後ろに回り込んで斬りかかった。
注意を自分に向けさせたアルフィーは、動き回ってボスの攻撃を避けている。
「こ、こいつ早くないですか!」
ボスの攻撃を避けてはいるが、鋭い攻撃にアルフィーが逃げてばかりになると今度はポン助が襲いかかった。
まるで大型の熊であるボスの背中に跳びかかり、大剣を突き立ててクリティカルを発生させるとボスが暴れ回って吹き飛ばされる。
吹き飛ばされるも、地面を転がり受け身を取って即座に立ち上がるとマリエラが援護をしてくる。
「ポン助、もういいわよ」
マリエラがそう言うと、ポン助は装備を変更した。
大剣を二本用意して、両手にそれぞれ持つ。
マリエラは弓を背負って短剣を両手にそれぞれ持って駆け出すと、アルフィーが二人の斬りかかるタイミングに合わせる動きを見せた。
「囲んでフルボッコにしてやるよ!」
ポン助が雄叫びを上げ、それが力の咆吼――スキルによるステータスの上昇を起こして三人の攻撃力が上がった。
両手に持つ大剣や短剣、そして剣士であるアルフィーがスキルを同時に叩き込む。タイミングが素晴らしく、同時攻撃によるコンボが発生するとそのまま三人で何度も斬りかかった。
スキル、通常攻撃と、相手が攻撃してきてもお構いなしに力押しをして一気に赤い光に替えてしまう。
気が付けば、ダメージ量は予想していたよりも大幅に大きくなっていた。
大剣を地面に突き刺し、そして荒い息を整えようとするポン助。
見れば、アルフィーもマリエラもその場に座り込んでいた。
マリエラが青空を見上げ、叫ぶ。
「これで……ラストォ!」
節制の世界で倒す事が出来る、フィールドボスやエリアボス。
そのほとんどに戦いを挑んだポン助たちは、時間をかけやりきったのだ。
現実世界で数週間。
仮想世界ではそれこそ何ヶ月にも及ぶ時間をかけて、三人はやりきったのだ。
時には知り合いに助力を頼み、そして一部の倒すよりも探す方が難しいボスに関しては待ち伏せをして。
そうやってボスを倒しては、職業ポイントやスキルポイントを獲得していた。
汗を拭うアルフィーが、ドロップしたアイテムを確認する。
「レアドロップはありませんね」
ポン助が大剣の二刀流装備から、普段の装備に切り替えながら仕方がないと諦めていた。
「まぁ、簡単に出たら苦労しないからね」
ボスモンスターを探して倒しているのは、そのモンスターがレアドロップの品を落とすからである。
ただ、そうしたアイテムは希にしか出てこないようになっており、プレイヤーたちもレアドロップが出る事を祈りつつ何度も戦うのだ。
マリエラがポン助を見ながら褒める。
「そう言えば、さっきのポン助の受け身は凄かったよね。もう、すぐに起き上がって時間もかからなかったし。前も同じ事はしていたけど、最近は今まで以上じゃない」
ポン助は鼻の下を指先で擦る。
「ゲーム内で動きを良くするためにジムに通っているからね。り……ルークが言う通り、現実で鍛えていると動きが良くなったよ」
ゲーム内ではルークと名乗っている友人の陸を、リアルの名前で呼びそうになりつつもポン助は最近ジムに通っている成果を自慢していた。
アルフィーが周囲を警戒しつつ、ポン助の話に乗る。
「そんなに違うものですかね?」
ポン助はアゴに手を当てて、今までとの違いを説明するのだ。
「う~ん、微妙だけど確かに違う気がするかな。受け身とか、ゲーム内のアシストでも出来るけど……こう、前もって体が動くというか、なんというか」
本当に微妙な差。
ポン助もプレイヤースキルが向上していた。
「でも、これだけやっても土竜討伐にどれだけ役に立つのかしら?」
ポン助はマリエラの疑問に肩を落とす。
「いや、たいして役に立たないと思う。別にエンジョイ勢だけが土竜討伐に乗りだしたわけじゃないからね。今までに中堅プレイヤーも討伐しようと色々とやっているんだ」
調べてみたが、本当に追い詰めたプレイヤーたちも多かった。
だが、仕留めきれないというのがほとんどのプレイヤーの意見だ。
攻撃してダメージは蓄積しても、同じ事を繰り返していては相手が耐性を持つ。
罠、プレイヤーの数、そしてその他諸々の攻撃手段を用意していたプレイヤーたちでももう少し、というところで倒せないでいた。
ポン助は腰に手を当てて、割り切ったように話す。
「どうせだから一回は戦おう。まぁ、ここ最近で十分に強くなれたからいいじゃない」
職業レベル、スキルレベルと、ボスを倒したことで上昇している。
ただ、普通に土竜にこだわらず、先に進めばきっともっと強くなっていたことだろう。
アルフィーが肩をすくめた。
「まぁ、急いでいるわけでもないので構いませんけどね」
ポン助は思う。
(二人がわがままに付き合ってくれて助かった。何かあれば、僕も協力しないと)
そうして目的を達成した三人は、節制の都へと帰るのだった。
夜。
ポン助は宿屋の中庭で女王様【シェーラ・ノル・アグニカ】と話をしていた。
NPCの女王様がお忍びで外に出ている設定で、その後も店で働いておりこうして話す機会があったのだ。
どんなイベントが待っているのか分からないが、とにかくポン助は彼女とのイベントを進めるために話をしていた。
「城の外はこんなにも活気があったのですね。私、知りませんでした」
徐々に友好度が上がり、よく笑顔を見せてくれるようになった。
城のことや色々な話をしてくれるシェーラは、女王という地位に対して少し不満を持っている様子だ。
そんなシェーラと話をしていると、何やら少し雰囲気がおかしかった。
「周りはハイエルフで女王だからと崇めてはいますが、私など以前の女王陛下と比べて本当に駄目です。以前の女王陛下は、土竜討伐で活躍されたというのに」
「土竜の討伐?」
まさか、土竜と女王様に接点があるとは思わなかったポン助は、その辺りについて詳しく聞くことにした。
「土竜を討伐したの? え、あいつを!」
どうやって討伐したのか想像も出来なかったが、まさかシェーラから話が聞けるとは思いもしなかった。
ただ、シェーラは少し俯く。
「……土竜は節制の都に攻め込んでくるんです。数年単位、数十年単位ではなく、数百年単位ですけどね。先代の女王陛下はその時に命を落とされましたが、土竜を退ける事には成功しました」
(倒していないのか。それより、話からするとシェーラは数百歳のお婆さんなのか)
すると、シェーラがポン助の頬を摘まむ。
「今、私が数百歳のお婆さんだと思いましたね」
「お、思っていないでひゅ」
ポン助が嫌な汗を流していると、シェーラは「冗談です」と言って手を離す。
(NPC凄いな)
そんな事を思っていると、シェーラが話の続きをする。
「私は十数年前に即位したんです。土竜を迎え撃つためには必要だろうと担ぎ上げられちゃいましてね」
いつ来るか分からない土竜を迎え撃つために、シェーラは担がれたのだという。
「本来なら他の世界に助力をお願いするのですが、エルフは評判も悪く助けを得られるか分かりません。次も防げると良いのですが」
シェーラの言葉はどこか悲しそうだった。
「えっと――」
「もう行きますね。女将さんに怒られちゃいますから」
節制の都と土竜の関係。
ポン助はそれらを見逃していたと思い、中庭でゲーム内の設定を調べるのだった。
土竜に関しての紹介文を見る。
「そう言えば、プレイヤーが用意した物は見ていたけど、こっちはあんまり詳しく見ていなかったな」
プレイヤーたちが調べ上げた情報には目を通していたが、設定に関してはあまり注意を向けていなかった。
一部はプレイヤーが書き込んだコメントにも書かれているので、読んだつもりになっていたのだ。
土竜に関しては、シェーラの言っていたように節制の都に襲いかかった歴史がある。
前回は女王陛下が命懸けで退けており、節制の都は守られた。
「まぁ、確かにこういう情報はあまり見向きもされないだろうけど」
ゲーム内の設定として必要な情報とされなかったのだろう。
そう思って、ポン助は画面を閉じた。
「……まさか、このイベントが繋がっているのかな? いや、オンラインで流石にそれはないか」
きっと女王様との交流イベントだ。
ポン助はそう思う事にした。
「今頃、他のプレイヤーとも仲良くしていたりするのか?」
女王であるシェーラに面会し、そして利用している宿屋で出会う。
AIが凄すぎて勘違いしそうだが、NPCである。同じ個体を同時に出現させるなど技術的に不可能ではないだろう。
きっと、他のプレイヤーたちもこうしてシェーラと別の宿で話をしているかと思うと、ポン助は少しモヤモヤするのだった。
「アレだな。女王様と仲良くなったとか書き込むと、俺も俺もって書き込みが増えそうだな」
そんな嫌な未来を想像しつつ、ポン助は部屋に戻る。
その翌日。
冒険者ギルドに出向いたポン助たちは、『土竜の調査』というクエストが発生するのだった。
「土竜の調査? え? 僕たちに?」
クエスト一覧には載っていない特殊なクエスト。
これを受けるように言ってくるのは、ギルドの受付嬢だ。
「はい。ポン助様に名指しの依頼でございます。高貴な御方からの依頼ですので、受けて頂きます。期間は決められていませんが、なるべく早く達成してくださいね」
急いでやる必要もないが、クエストを破棄も出来ない。
困惑しているポン助に、マリエラが首を傾げていた。
「なんでこのタイミングで? 私たちが土竜を倒そうとしているから?」
アルフィーが首を横に振る。
「流石にそれはないと思いますけどね」
ただ、ポン助だけには心当たりがある。
高貴な御方の知り合いと言えば、シェーラしかいないからだ。
(あのイベントがこれに繋がった? いや、でも流石にそれは……)
強制的に受ける事になったクエスト。
ポン助は色々と考えるのだが、とにかく調査をする事に決める。
土竜の調査で指定されたポイントは、土竜がいるとされる場所よりも節制の都に近かった。
マリエラとアルフィーは馬に乗り、ポン助はロバに乗りながら周囲を見る。
アルフィーが周囲を見回していた。
「ここは土竜が出て来るポイントよりずっと手前ですよ。土竜の住処はまだ先にあるはずですし」
討伐のために集めた情報。
そして、見てきた動画からここに土竜はいないはずだと三人は考えていた。
しかし、ゆっくりと地響きがおきる。
「……嘘」
近くにみえていた山がゆっくりと動いていた。
「行こう」
ポン助はロバを走らせると、それにアルフィーとマリエラが続く。
(まさか……)
不安に思っていたポン助の表情は優れず、そして予想は的中していた。
見上げなければいけない巨体。
加えて、地面を這うように進んでくる土竜の姿がそこにはあった。
大きなワニのような頭部に背中の山。
前足は長い爪があって、這うように進んできているのに小さすぎるプレイヤーたちが潰されてしまう。
間違いなく土竜だった。
「ねぇ、色がおかしくない!?」
馬を走らせ、そして潰されないように距離を取りつつその様子を見ているマリエラは、ポン助の背中に疑問を投げかけた。
すると、ポン助の目の前に画面が出現する。
そこにはクエスト達成と書かれており、ギルドにこの事を報告するように指示がされていた。
アルフィーも困惑している。
「こんなの聞いたことがありません。それに、動画で見るよりも大きい……」
以前から動画で見てきたが、土竜の大きさは更に膨れあがり色も違っていた。
ポン助は大急ぎで地図を確認すると、土竜の向かっている先には節制の都がある。間違いなく、土竜は節制の都を目指していた。
ゆっくり……本当にゆっくりと、土竜は節制の都を目指していた。
ポン助は後ろについてくる二人に、この場から離れるため手を振って指示を出した。手信号を決めているわけではないが、二人はポン助の言いたい事を察して速度を上げて土竜から離れて行く。
巻き込まれれば、何もかも関係なく潰してしまう土竜の迫力は想像以上だった。




