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野生の証

 ゲームの楽しみ方は人それぞれだ。


 パンドラにしてもそれは同じである。


 効率を重視し、強くなるために攻略組のように最適解を導き出す人たちもいる。


 逆に、多少の不利益は楽しむためのスパイスと考えるプレイヤーもいる。


「ポン助さん」


 涙目で助けを求めてくる少女――外見が女性アバターのシエラが、ハイエルフである騎士に捕まり、刃を首に当てられていた。


 冷たく、輝くような刃を少し強く当てて斬ってしまえば、シエラは赤い光に包まれて消えてしまうだろう。


 NPCに捕まってしまったシエラを前にして、ポン助たちは抵抗を止めて武器を下ろす。


 その様子を見ながら、下卑た笑みを浮かべた騎士団長が口を開いた。


「よくもやってくれたな、豚共。お前たちのせいで俺の騎士団は壊滅だ。これから、ゆっくりと一匹ずつ始末してやる」


 まるでNPCとは思えない感情表現に加え、行動力である。


 その生々しい演技に見取れつつ、ポン助は視線だけを動かしてアルフィーを見た。


 アルフィーが赤いドレスを泥で汚しており、金髪まで泥がついている。


 そんなアルフィーが視線を動かし、ポン助のやりたい事を察した。


 シエラを強引に引っ張りながら、騎士団長は言葉通りにまずポン助に狙いを定めていた。


 ポン助が一番近かったのもある。


 シエラがポン助に震えながら声を絞り出した。


「ポン助さん……わ、私、取りあえず死んでから復活しますから。あの、その……攻撃を」


 全員で囲めば、騎士団長くらいならやれるはず。


 そう言うシエラに、ポン助は首を横に振った。


「仲間じゃないか。それに、僕たちは……最初から効率重視の考えなんか捨てているんだよ」


 ネタ種族と言われるオークをはじめ、マリエラもアルフィーも攻略重視の職業やスキルを手に入れているわけではない。


 本当に趣味。自分の好みで決めていた。


 そんなプレイヤーの集まりに、効率重視の解決策など興味がない。


「助けた上で勝利する。そのためには、まず――」


 ポン助の言葉を遮ったのは、騎士団長だった。


「五月蝿いぞ、豚ぁ! 私の魔法で消え去れ!」


 騎士団長の左手から魔法が放たれると、ポン助はその攻撃を避けなかった。


 受け止め、そして耐えきるために歯を食いしばる。


(これ、思ったよりも痛い!)


 恰好を付けて、シエラの前でそれっぽい事を言ったのにここで叫んでしまうとイメージが一気に崩れる。


 そう思ったポン助は、魔法に耐えつつ騎士団長を睨み付けていた。


 襲いかかる風により、装備が削れ、肌を刺すような痛み――頬も深く風の刃で斬り裂かれ、血が出ていた。


 何十という風の刃に耐えきったポン助。


 周囲には土煙が舞い、そしてその中で立っているポン助に騎士団長は引きつった笑みを浮かべていた。


「これだ。これだからオークは嫌いだ。俺の魔法でさっさと倒れればいいものを!」


 次の魔法を準備しようとする騎士団長に、待った砂に隠れて森の木に登ったマリエラが飛び降りてきてそのまま手に持った短剣で騎士団長の右腕――剣を持ってシエラを捕えていた腕を切り落とした。


「――へ?」


 間の抜けた騎士団長の声。


 スキルもあるが、プレイヤースキル――マリエラの腕により見事に成功した。


 次に土煙の中から飛び出して来たのは、ナナコである。


 瞬発力に優れ、そしてフィジカルの面でも高いステータスを持つ獣人のアバターを使っているナナコは騎士団長の懐に潜り込んで殴りつける。


「えいっ!」


 可愛らしいかけ声だが、その一撃は相手を吹き飛ばす効果があった。


 騎士団長は吹き飛び、地面を転がるとナナコがシエラを抱きしめる。


「助けました!」


 ナナコの言葉に、砂煙が晴れていくその場所ではオークたちが自慢の得物を手にとって騎士団長に笑みを浮かべていた。


 吹き飛ばされた騎士団長が顔を上げると、オークたちに囲まれる。


「やってくれたな、この野郎」

「うちの姫さんを吹き飛ばしやがって」

「覚悟しろよ、エルフ野郎が」


 普段、とても性癖に忠実な彼らだが、今回は流石に腹立たしかったようだ。


 騎士団長が近付こうとするオークたちに左手を向ける。


「ポン助、すぐに回復を」


 そんな中、ダメージが酷いポン助にアルフィーが近づいて来た。手には回復アイテムを持っており、ポン助に使用するつもりのようだ。


 ただ、その姿を騎士団長は見ていた。


「貴様だけでも道連れにしてやるよぉ!」


 ポン助とアルフィーに対して、騎士団長の魔法が襲いかかる。


 ポン助はアルフィーの腕を掴み、自分の後ろに強引に下がらせると腕を交差させて耐える体勢に入った。


(ダメージ的にきついか)


 流石にボスの魔法を連続で受けてはきついと考えていると、そんなポン助の前にシエラが飛び出した。


「おい、なにをやって!」


 魔法で風が吹き荒れ、そして周囲を砂が舞い上がり何も見えなくする。


 魔法を受け、フラフラと倒れるシエラはポン助の腕に抱かれた。


「なんで飛び出したんだ。あのままで良かったのに」


「わ、私もその……頑張れると思って」


 笑っているシエラを抱きしめ、また後で合流しようと呟くポン助はそのまま砂煙が晴れるまでその体勢を維持していた。


 アルフィーも、シエラの行動を少し責めたがそれ以上は口を出さない。


 しかし、砂煙が消え、騎士団長がオークたちにボコボコにされて消え去ったのにシエラは消えなかった。


「……あれ?」


 強力な魔法攻撃を受けたはずなのに、いつまでも消えないシエラ。


 ポン助も不可解に思い、シエラの体力を見る。


 すると、本当に僅かだけダメージが入っていた。


「シエラちゃん……大丈夫そうだけど」


 ポン助が言うと、シエラはポン助の腕の中から抜け出して気まずそうに頭を下げてきた。


「す、すみません。よく考えると、あんまり痛くなかったかな~、って」


 ただ、ステータス的にかなり数値の高いポン助が、二発目は耐えられないほどのダメージを受けた魔法だ。


 それを受けて、シエラはまったく平気な顔をしている。


 シエラは首を傾げていた。


「あ、あれ? でも、私って魔法でも何回も死にましたし、それに前はもっと簡単にダメージを受けて死んでいて」


 献身的な行動をして、消えてしまう……そんな場面から一転して、シエラは言い訳を始めてしまった。


 すると、ナナコがアゴに手を当てて考え込み、一つの結論を出した。


「そう言えば、オークさんたちと合流してからは物理攻撃の余波で死にそうにはなりますけど、魔法の直撃は受けていませんでしたね」


 プライが少し顔を上げ、思い出しながらナナコの意見に同意していた。


「そう言えば、そうだったような」


 その場の視線がシエラに集まる。


 本人は恥ずかしそうに顔を真っ赤にしているが、周りは思っていた。


(ハーフフェアリー……強すぎない?)


 ――と。






 オークの中でもゲーム的な事に詳しい者が、シエラの一件を説明する。


 場所はカムの里。


 取り戻した宝石を祭壇に埋め込むと、老人が出て来て生き残ったオークたちを呼び戻して祭壇を修復しはじめた。


 暇であるポン助たちは、ハーフフェアリーについて話をしていた。


「つまり、ハーフフェアリーはその特化型の特性上、上昇する数値も魔法関係が極端に伸びて、他が極端に微々たる数値しか上がらない訳です」


 オークの説明を受けながら、全員がなる程な~と頷いていた。


「これがレベル一から十。もしくは二十までなら、魔法でもそれなりのダメージを受けるでしょうし、ハーフフェアリーの体力なら一撃死ですね」


 ただ、レベルが二十を超えた辺りでオークたちと合流して、盾役を得たことで今まで魔法によるダメージを受けてこなかった。


「希望の都周辺なら、レベル三十くらいで魔法攻撃に対して随分と強くなっているはずです。並の魔法ではたいしたダメージを与えられなくなる」


 オンラインゲームであるため、単純にステータスだけで決まる話ではない。


 属性、その他にも色々と条件はあるが、騎士団長の魔法に対してシエラは極端に抵抗力があった。


 マリエラが、オークから説明を受けつつ疑問を口にする。


「ねぇ、これってさぁ……弱いというか、ネタ種族だと思う?」


 オークは首を横に振った。


「まさか。それに特化型は基本的に弱くないですよ。ただし、非常に扱いの難しいアバターでしょうね。それに、前提として職業やスキルの獲得を間違うと無意味になる可能性もあります。つまり、知らないで使用するには難しいアバターですね」


 アバター的にある程度のプレイヤースキルが求められ、下手であるとすぐに死んでしまうために成長が遅くなる。


 どうしても盾役を必要とするので、パーティーの編成がある程度決まってしまう。


 色々と問題はあるのだが、それでもハーフフェアリーは強い。


 オークが続ける。


「種族の固有スキルなどもあるらしいので、普通に強いです。レベル三十から四十まで行けば、その強さを実感できると思いますよ」


 シエラが考え込む。


「そう言われると、その頃から魔法を沢山使えて戦闘が凄く楽になったような」


 非常に打たれ弱い点も、アバターを強化する事で弱点を補える。


 レベル百を超えた辺りで、かなり強いアバターになるのではないか、というのがオークの出した結論だった。


 ポン助は思う。


(攻略組が大急ぎでアバターを作り直すわけだ。ただの調査じゃなくて、強いって分かっていたのか)


 いくつか問題点もあるが、これはネタ種族扱いも出来なくなるとポン助は少し寂しく思う。


 そうして全員で話をしていると、祭壇の修復が終わったと老人が告げに来るのだった。






 カムの里の祭壇。


 そこに捧げられたのは、火竜のドロップアイテムの全てである。


 老人は捧げられたそれらを見て、涙を流していた。


「勇者たちよ、これだけの証を揃えるとは……きっと、我々の神が勇者たちに新しい力を授けてくれる事だろう」


 オーク九人が並び、そして儀式が始まる。


 祭壇に捧げられたアイテムが光を発し、そしてオークたちの体に刺青のようなものが浮かび上がった。


 焼けるような痛み、そしてこれまでにない感覚。


(なんだろう、とても――)


 ポン助が何か感じ取ろうとすると、プライたちの声が聞こえてきた。


「うぉぉぉ……気持ちいい」


 焼けるような痛みを気持ちいいと言い出すオークたちのせいで、ポン助は現実に引き戻される。


 そうしている内に儀式は終了し、オークの強化が終了するのだった。


 今回は一部武器制限の解除。


 加えて、新しいスキルが手に入った。


 それは野生の証明。


 モンスターとして暴れ回る、一種の狂化とでもいうべきスキルだった。


 老人が九人のオークたちに言うのだった。


「【野生の証】を受けた勇者たちに、神の加護があらんことを」


 二つ目の証を手に入れたオークたちは、祭壇からそれぞれの感想を述べながら去って行く。


「もっとジワジワ痛みが来るといいんだが」

「装備制限の解除は前にもあったよな」

「暴れ回るスキルとか貰ってもちょっと……」


 そんな中で、ポン助だけは祭壇の前に立って捧げられたアイテムを見ていた。


「別に一つだけでも良かったんだよな?」


 このイベントに関して情報屋に報告する必要がある。


 ポン助は思った。


「もっとステータスとか、便利なスキルがあると助かるのに」


 装備制限の解除はありがたいと思いつつも、暴れ回るスキルなど何が楽しいのか分からない。


「今度試してみるか」


 ポン助はそう呟き、祭壇から離れて行くのだった。






 復活したオークたちの里では、節制の都では売られていない珍しい商品を取り扱っていた。


 それらを見て回るのは、女性アバターを使用している四人だ。


 マリエラ、アルフィー、ナナコ、シエラの四人は、お祭り状態の里で色々な商品を見て回っている。


 大きな盾に、大きな剣。


 オークの巨体を活かした武器が多い。


 そんな中、シエラは溜息を吐いていた。


 マリエラがシエラに声をかける。


「まだ気にしているの? いい加減に忘れたら。あれだけ強い魔法を受けたら、死んだって誰でも思うわよ」


「ち、違いますよ。そっちじゃなくて……ほら、ハーフフェアリーが強いと言われてもなんというか実感がわかなくて」


 シエラにしてみれば、弱いと言われていたのに急に強いと言われても困るという態度だった。


 マリエラは笑っている。


「別に良いじゃない。すぐに死にそうになるのは事実で、あんたはあんただからね。それに、種族だけで最強とは言えないわよ。職業とか、スキルの選択で評価も変わるし」


 この種族を選んだから強い、という単純なものでもない。


 選ぶ職業、スキルなどが関係してくる。


 それに、最強と言われる種族、職業、スキルを得ても、使いこなすだけのプレイヤースキルがなければ意味などないのだ。


「そうですよね。あ、そう言えばポン助さんたちは?」


 周囲を見渡すシエラは、見つからない仲間のオークたちがどこにいるのか探していた。


 ナナコがオークたちの集まっている場所を指差す。


「あちらで女性NPCに囲まれていますね」


 そこには、オークの女性アバターに囲まれている九人のオークたちがいた。


「や、やめろ、優しくするんじゃない!」


 プライがオークの女性たちに優しくされ、困惑している姿を見て四人とも笑っていた。


 そして、アルフィーは困っていると思われるポン助を探す。


「きっとポン助も困って……あれ?」


 女性NPCに囲まれているポン助だが、困っているというよりもある一点を凝視していた。


 それは胸である。


 オークの女性NPCは、総じて胸が大きい。


 それを、ポン助はガン見していた。


 四人が自分の胸を見て、そして周囲の胸を見る。


 一番大きいのがマリエラなら、次はアルフィーだ。そうして、シエラとナナコが続く。


 ただし、シエラもナナコもとても小さい。


 シエラが吐き捨てるように言うのだ。


「男の人って最低ですね」


 ポン助が男かどうか分からないが、あの反応はきっと男であると決めつけた態度だった。


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