カムの里
朽ち果てた里。
そこはかつてオークたちが住んでいたと思われる里だった。
だが、エルフたちによって滅ぼされた設定を再現しており、寂しい光景がずっと続く場所でもあった。
ポン助は燃えたような小屋の前に立ち、指先で触れてみると黒い炭が指につく。指を擦り合わせザラザラとした感触を味わっていた。
「希望の都だと、ここからボス戦だったんだよね」
アルフィーが思い出したように頷く。
「あの時は大変でしたね。ポン助が崖から落ちるし、オーガと一騎討ちですから」
十三人のプレイヤーが、寂しい里を歩いていく。
里の奥には祭壇があったが、ボロボロになっていた。
シエラがそれらを見て、なんとも微妙な気持ちになっていた。
「ゲームだと分かっていても、リアルすぎてここで色々あったんだな、って想像しちゃいますね」
オークの里を襲撃するエルフたちが、破壊しようとして破壊しきれなかった祭壇を前にポン助はアイテムボックスから火竜の角を取りだした。
他にも爪、鱗など、反応しそうなものを全員が祭壇へと捧げる。
オーク集団のリーダーであるプライが、祭壇に捧げられたアイテムを見ながら一言。
「……なんの反応もないな」
マリエラが肩を落とす。
「やっぱり、何かしら別のイベントがあるんじゃない。捧げるだけで強化できるなんて簡単すぎて――」
そこまで口を開くと、シエラ以外の全員が武器に手をかけて一箇所を見た。
「な、なんですか!?」
混乱するシエラに、体勢を低くして構えているナナコが視線の先を見ながら説明するのだ。
「いえ、あの……誰かがいる反応がありまして」
スキルの効果。
全員の視線の先には、一人のローブをまとったオークが現われる。
どうやらNPCのようで、敵対する意志がないのを確認して全員が武器から手を離すのだった。
年老いたオークが、震える手を伸ばしてポン助たちを見る。
「おぉ、勇者たちが返ってきた。エルフ共に殺されたはずの同胞が戻ってきた」
泣きそうな顔の老人は、きっとイベントで出現したNPCなのだろうが……演技が凄すぎてポン助たちも困ってしまう。
これはイベントだと思っても、泣き崩れる老人に手を貸して座らせると話を聞くのだった。
「長老で良いのかな? 長老、僕たちは祭壇に火竜の角や爪を捧げたんだけど、何も起きないんだ」
質問をするポン助に対して、老人は「それでは足りぬ」と告げた。
「火竜の一部を捧げるのはいい。だが、オークの戦士として里を滅ぼした者たちを放置するのはいかん。それに、祭壇に埋め込まれていた宝石を取り戻さねば……」
マリエラが口を開いた。
「それで? 具体的には何をすればいいのよ。誰をボコればいいの?」
すると、老人は汚いものでも見たような顔をしている。
アルフィーが指を差してマリエラを笑うのだった。
「そう言えば、マリエラはエルフでしたね。や~い、オークの仇」
マリエラがアルフィーを睨み付けると、オークたちが仲裁に入った。だが、心なしか苛立ちをぶつけられるのを期待している感じがするので、ポン助は老人との話に集中することにした。
(関わっていたら話が進まない)
「僕たちは何をすればいい?」
「……エルフも森の民。彼奴らはこの森を訓練場扱いしておる。そいつらを倒し、再びオークの里を――カムの里を復活させるのじゃ」
ポン助たちは、森に入ったエルフの騎士団と戦う事になるのだった。
森の中、ふて腐れたマリエラは文句を言う。
「やっぱり簡単に終わらなかったわ。またエルフの騎士と戦わないといけないなんて」
アルフィーは森の中に不釣り合いなドレスを枝にひっかけ、そして溜息を吐いている。
「別に良いじゃないですか。簡単に力を手に入れたら、面白味がありませんよ」
ナナコやシエラは、オークたちに守られるような位置に立って安全に森の中を進んでいた。
ポン助たちは前方に立って先を進む役割だ。
「アルフィーの言う通り。まぁ、火竜討伐は希望の都を出る際に必須だったからね。別にこのために苦労した訳じゃないから」
森の中を進むポン助は、後続が困らないように片手剣を振り回して枝や草などを払いながら進んでいた。
(前よりもなんというか……本当に自然の中にいる感じがする)
道なき場所を進みながら、アップデート前との違いを肌で感じつる。
以前は進む場所はまだ道らしいものが整っていた。
先を進んでいると、ポン助の服を後ろからマリエラが掴んで立ち止まらせる。
どうやら敵の反応を感じたらしい。
「ポン助、この先にいるわ。ついでに……ほら、あそこ」
マリエラが指を差した方向を見ると、周囲の景色に溶け込むような色の装備を着用したエルフが木の枝に登って見張りをしていた。
全員に止まって貰い、そしてポン助はどうするべきか考える。
「強行突破でもする?」
アルフィーが呆れていた。
「狙われるのは避けたいですね。それに、あそこだけに配置しているとは思えません。森の中にまだいるはずですよ」
マップを確認するが、どうやらエルフたちは発見しない限りマップ上に表示されないらしい。
ポン助は見張りをしているエルフを見た。
「レベルは高くないね。数が多いのかな?」
騎士団というくらいだ。
きっと数が多いのだろう。
すると、マリエラが小さく手を挙げた。
「なら、私がやろうか。一対一なら、あのレベルなら簡単よ」
全員が顔を見合わせ、そしてマリエラに任せることに決める。
すると、マリエラが弓矢ではなく短剣二本を装備して森の中に消えていく。
しばらくすると、見張りをしているエルフの真上に飛び降りて弱点である首を斬り裂いていた。
見張りのエルフは、落ちながら赤い光になり消えていく。
アルフィーがそんなマリエラを見てドン引きしていた。
「忍者と言うより暗殺者ですね」
ポン助は手を振ってくるマリエラに手を振り返して、歩き出すのだった。
「いや、でも助かったのは事実だから」
節制の都でのレベル上限は八十。
カンストしているマリエラは、エリアボス、フィールドボスを倒して多くの職業やスキルを得ている。
弓矢を使う戦闘方法以外では、こうした戦い方も覚えていた。
後ろで大剣を担いだオークのデュームが呟く。
「痛みを感じる前に殺されるのはちょっと」
ポン助は、マリエラの攻撃をありかなしかと議論しているオークたちを放置して先へと進むのだった。
見張りと小規模な集団のエルフたちを倒しつつ、森を進むポン助たち。
森のマップや、エルフたちの配置からどこに本隊がいるのかを割り出していた。
「やっぱり、見張りは全部倒してから本隊を襲撃した方がいいのかな?」
考え込むポン助に、プライも同意していた。
「後で合流されても面倒だから、それがいいだろうね。配置からすると、やはりこの森の中に出来た広場が怪しいね」
本隊を中心に円状に配置されている見張りや部隊を倒しつつ進むポン助たちは、騎士団の数が想像以上で困っていた。
「レベルの差があるとは言っても、これだけ数がいると苦労するね」
情報屋に報告する必要があるため、ポン助はメモを取りながらここまでの情報をまとめていた。
立ち上がって休憩を終え、先に進むと宣言するとまた移動を開始する。
すると、ナナコがシエラを気にかけていた。
「大丈夫ですか、シエラさん」
「だ、大丈夫よ、ナナコちゃん。戦闘の余波で死にそうになってドキドキしただけだから」
余波で死にそうになるハーフフェアリーの貧弱さ。
しかし、同時にハーフフェアリーの火力は馬鹿に出来ない。
オークたちに守られながら戦うシエラの魔法は、威力も桁違いだ。
適正がないのに無理をして魔法職をやっているオークたちとでは、与えるダメージが違いすぎていた。
「でも、今日のシエラさんは大活躍でしたよ。エルフの騎士の人たちが、まとめて吹き飛んでいましたし」
シエラは苦笑いをしている。
「まぁ、おかげでレベルが一つ上がってくれましたね。当たり所が悪くない限り、一撃では死ななくなりましたし」
ポン助は思う。
(オークの魔法職と比べたら駄目だろうけど、かなり優秀だよな。タイミングとか、プレイヤースキルを磨けばもっと活躍できるんじゃないかな?)
言われているほどにハーフフェアリーが駄目とは思えなかったポン助は、攻略組や一部のプレイヤーがハーフフェアリーをどう考えているのかが気になる。
「あれ? そう言えば、レベルもそれなりにあるのにまだフィジカルとか低いままなの?」
ポン助が気になって聞いてみると、シエラは指で頬をかく。
少し恥ずかしそうにしていた。
「……代りに魔法は沢山覚えました。ほら、次々に使えた方がいいかな、って」
MPと呼ばれるマジックポイントや、スキルの使用には再使用に時間が必要である。
連続して使用するのは可能だが、何度も強力な攻撃が放てるわけでもない。
シエラが俯きつつポン助の返事を待っている。
「自分が納得できるのが一番だからね。まぁ、これだけ盾役がいれば安全かな」
周囲には大盾を持つオークたちがシエラを囲んでいる。
一見するとシエラやナナコが襲われる一歩手前に見えるのが難点だ。
敵を倒して回り、本隊を見つけたポン助たち。
広場で休憩をしているエルフの騎士団は、前衛から後衛に加えて色々と職業も豊富だった。
ただ、エルフ種で統一されている。
中には騎士団長にハイエルフがいて、レベルは九十と一番高い。
ポン助たちは気付かれないように草むらに隠れ、騎士団の様子をうかがっていた。
ハイエルフである騎士団長の、髪の長い男が周囲のエルフたちに聞かせている話は、どうやらこの森にいたオークたちの話だった。
「かつてこの森はオークたちの隠れ里があった。俺はその里に襲撃をかけ、多くの蛮族共を斬り捨てた。見ろ、これが証拠だ」
首に下げられた宝石をかかげ、部下たちに自慢する騎士団長。
白い鎧を身にまとい、黄金の装飾が目立つ武具。
傲慢なハイエルフという感じだった。
アルフィーがマリエラを横目で見つつ、エルフについて駄目出しをする。
「エルフは駄目過ぎますね。マリエラ、なんとか言ったらどうですか?」
マリエラは目をつぶってイライラしながら言い放つ。
「五月蝿い」
ポン助は周囲を見た。
プライにデュームといったオークたちが、配置についたと手をかかげてくる。
後ろを振り返ると、杖を握りしめたシエラが魔法を使用する。
「いきます」
シエラが光に包まれると、その反応にエルフたちが殺気立つ。
「誰だ!」
騎士団長が剣を抜いて盾を構えると、エルフたちが集まっていた場所に光の雨が降り注いだ。
それら一つ一つのダメージは少ないが、一人一人が何十、何百と攻撃を受けていく。
「前に出る!」
ポン助が咆吼すると、周囲で他のオークたちも咆吼してステータスを一時的に引き上げる。
前もってかけておいた補助系の魔法に加え、オークの方向で少しだけステータスが上がった集団がエルフたちに襲いかかった。
ポン助が飛び出すと、目の前に杖にいる持ったローブ姿のエルフが目を見開く。
「魔法職は先に潰す!」
奇襲をかけて魔法職に全力で斬りかかると、レベル差と上昇したステータスに加え、ダメージを負った敵は一撃で消え去った。
マリエラが矢でポン助を援護しており、アルフィーも次々にエルフたちを斬り裂いていく。
他の場所では大剣を横に振り回すデュームが、二人のエルフを赤い光の粒に変えていた。
騎士団長が歯を食いしばる。
「オークだと。まだ生き残っていたのか!」
魔法を唱え始める魔法職のエルフたち。
ポン助は片手剣を小さく振ってアルフィーやマリエラ、そしてナナコとシエラを自分の後ろに下がらせた。
大盾を構え、そして魔法を受け止める準備をする。
「焼き払え!」
騎士団長の言葉で次々に魔法が襲いかかってくる。
火球が次々にポン助に襲いかかるが、盾に当たり爆発する。
雷や石。他にも次々に襲いかかってくるが、ポン助の大盾がそれらを防いでいた。
「くそっ! 耐久値がガリガリ削れる」
大盾の耐久値が削れていくのを確認しつつ、ポン助は魔法による攻撃を一人で受け止めていた。
しかし――。
「のわっ!」
「こ、こいつら」
「この豚野郎が!」
周囲ではエルフの騎士たちが、次々に倒されていた。
プライが手に持った剣で、罵ったエルフを突き刺す。
「ありがとう、俺たちにとってはご褒美だ」
本当に頼りになるプレイヤーたちなのに、性癖で全てが駄目になっていた。
ただ、敵の数が多い。
後ろからシエラの声が聞こえてくる。
「次、いけます!」
全員が盾を構え下がると、エルフたちが密集している場所に魔法が降り注いだ。
大きな火球が落下し、爆発を起こす。
アルフィーが口笛を吹くと、シエラの方を見るのだった。
「ハーフフェアリーは強いですね。魔法のダメージがおかしいですよ」
魔法は大きなダメージを与える事が出来る。
ただし、特化型であるハーフフェアリーの魔法は、他の種族よりも強力だった。
赤い光になって消えていくエルフたちもいるが、回復魔法などで体力が回復していくエルフたちもいた。
槍を持って飛び出して来たエルフを、ポン助は片手剣で横に一閃。
斬撃が煌めいたような一撃は、エルフを赤い粒子に変えてしまった。
「今の攻撃はクリティカルか」
一撃で倒せたことに安堵しつつ、ポン助は武器を地面に突き刺しアイテムボックスから薬を取りだし一気に飲み干した。
課金アイテムで手に入れた回復薬により、ポン助は体力を大きく回復すると剣の柄を握って武器を構えた。
周囲を見て、マリエラたち後方に狙いを定めたエルフたちの前に移動する。
「いかせるかよ!」
「臭いんだよ、豚野郎!」
エルフの女性騎士の一言と一撃を盾で受け止めるが、ポン助は内心で傷を負っていた。
「臭いって……酷くない?」
これでも中身は高校生。年頃でそういった事には非常に敏感である。
まして、見た目の良い女性騎士が本気で罵ってくるのは、ポン助にとってあまり嬉しくなかった。
そんな集団の後ろから、アルフィーが襲いかかりポン助と挟み込む形で撃破する。
辺りを見回すと、エルフたちの数は随分と減っていた。
プライが指示を出し、回復役のエルフから率先して倒して回ったらしい。
「いつもあれだけ真面目なら……って、騎士団長はどこだ?」
慌てて周囲を見回すと、ナナコが吹き飛ばされ地面を転がった。
マリエラが後ろを振り返ると、矢を放つ前に魔法を打たれて吹き飛ぶ。
「マリエラ!」
アルフィーが二人を助けに行く中で、ポン助は盾を構えた。
その先には、シエラを人質に取った騎士団長が、ゆっくりとポン助の前に歩いてくるのだった。
「この汚い豚共に他種族が。ハイエルフである俺を怒らせたな」
「ポ、ポン助さん」
首筋に剣を当てられたシエラが震えている。
ゲームではあるが、その感覚は本物――いや、経験したことがなければ、比べる事が出来ない程にリアルである。
盾を捨てた騎士団長が、左手をポン助に向けてくる。
「丸焼きにしてやるぞ、豚共。動けば仲間の命はないと思え」
ゲーム内。
人質などほとんど意味のない行動である。
だが、ポン助たちは動きを止めた。




