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さよならトム

 午前五時まで十分前。


 深呼吸を何度したか分からない摩耶は、ヘッドセットを装着してログインする瞬間を待ち望んでいた。


 夏休みも残り数日。


 だが、学園に通っている時よりも、夏休みの方が忙しかった摩耶にしてみれば今日という日がどれだけ待ち遠しかった事だろう。


 朝から晩まで塾などに通い、そして習い事に加えて夜は食事会などとスケジュールが詰まっていた。


 そんな忙しい日々の中、楽しい時間となっていたパンドラへのログインは出来ない状態だ。


 サービス再開の告知に加え、新しいプロモーションビデオが公開されると何十回と再生しては気を紛らわせていた。


「あと少し、もう少し……」


 時間が進むスピードが遅く感じてしまう。


 ようやく九分を切った。


 まだかまだかと待ちかねている摩耶は、本当にゲームを楽しみにしていた。






 浅野雪音の家。


 マンションにある自宅の部屋で、雪音はヘッドセットをかぶる。


「えっと……セットアップは終了して、キャラメイクもしている。後はお手洗いも……」


 アルバイト代で払うからと両親からお金を借り、そして購入したVRマシン。


 プレイしてみようと思ったのは、八雲がパンドラのプレイヤーだからだ。


「まぁ、先輩には会えないだろうけど」


 プレイヤーの数に加え、ログイン時間が分からない。


 それに、プレイヤーである事は教えてくれたが、ゲーム内での詳しい情報は八雲は語らなかった。


「お店でもプレイヤーだって教えていないみたいだし。鳴瀬先輩には秘密なのかな?」


 鳴瀬は店でパンドラの電子マネーを購入しているのを見た。間違いなくプレイヤーである。


 なのに、八雲はそれを明人に教えていないのだ。


「実は仲が良くないとか? でも、距離は近いのよね」


 色々と考えていると時間が迫ってくる。


 慌てて横になると、そのまま意識がどこかへと飛ばされた。



 希望の都。


 パンドラの箱庭では、初期の都である。


 プレイヤーたちはここで最初に出現するのだが、ポン助も希望の都に出現していた。


 銀髪のオークが額に手を当てる。


「そうだった。最後の日は希望の都でログアウトしたんだ」


 最近見慣れていた緑の都市ではなく、石造りで明るい広場で周囲を見渡した。


 すると、目の前に画面が突然出現する。


 そこにはサービス再開に関する情報が書かれており、周囲のプレイヤーたちはさっさと消して仲間と合流するか、詳しく確認するかの二通りだった。


 ポン助は注意事項を確認する。


「よりこの世界を楽しんで貰うために新たな種族の追加、加えてバランスの調整が行われています。一部のスキルや職業にも変更が……」


 大幅な追加要素に加え、仮想世界をより現実と感じるようになっていると書かれていた。


 それらの情報を確認しながら、ポン助は眉をしかめた。


「……いいのかな?」


 本来であれば、もっと規制されてもおかしくないパンドラの箱庭というゲーム。


 しかし、よりリアルを求め、そしてこちらで過ごす時間すら増えている。


 現実で問題が起きても不思議ではないと思いつつ、ポン助は画面を閉じた。


 そして、サービス再開のプレゼントを受け取る。


 消費アイテムを受け取ると、今度はアップデート後の新人勧誘キャンペーンの情報画面が開いた。


 紹介したプレイヤーが一定時間プレイをして、チュートリアルをクリアすると貴重なアイテムが貰えるとある。


 そして、新人プレイヤーへの悪質行為は、ペネルティーが更に重くなると書かれていた。


 逆に、手助けをするとアイテムなどの報酬が手に入るらしい。


「新人に嫌がらせをする人はいるからな」


 ポン助はそう呟くと、画面を消して仲間に呼びかけを行う。


 すると、意外な人物から返事があるのだった。






 希望の都。


 その酒場と宿屋が一緒になった店には、朝からプレイヤーたちが集まっていた。


 集まったのはポン助、マリエラ、アルフィーに加え、オークの集団だ。


 そして、テーブルの上にはケーキが置かれていた。


「えっと……みなさん、ありがとうございます」


 ケーキを前にして獣人である猫族のナナコが照れながら座っていた。


 ポン助がジョッキを持つ。もちろん、中身はジュースだ。


「では、ナナコちゃんの手術が無事に終わったことと、ゲーム復帰を祝って……乾杯!」


 マリエラが元気良くコップをかかげる。


「乾杯!」


 アルフィーも同様だ。ただ、変な行動をしようとしたオークたちを睨み付けている。


「こら、そこ! どうして私の椅子を下げるんですか!」


 オークの集団……プライというリーダーを中心としたオーク種族だけの集まりだ。ネタ種族とされるオークだが、そのプレイヤーは少ないが確実にいる。


 新人である眼帯をしたローブ姿のオーク。


「くっ! 女王様の椅子になれると聞いていたのに……」


 すると、プライが眼帯オークに注意をした。


「駄目じゃないか“素潜り”。もっと自然に事を運ばないと、女王様は気難しいんだぞ」


 アルフィーがプライに跳び蹴りを入れた。


「誰が女王様か!」


 その見事な蹴りに、巨体であるオークが吹き飛ぶ。一応、吹き飛んだ先にはプレイヤーもNPCも存在していない。


「おふぅ!」


 しかし、蹴られたプライは幸せそうな顔をして吹き飛んでいた。


 建物の壁に激突し、ヨロヨロと立ち上がるとダメージに感動を覚えていた。


「す、素晴らしい。こんなにも痛みがよりリアルになっているなんて。惜しむくらいは、女王様が追撃として踏みつけてくれないことくらいだ」


 オーク集団……彼らはある共通の目的を持っていた。


 それは全員が“ドM”という、救えない性癖を持っている店である。


 ナナコが小首を傾げているのを見て、サッとポン助が巨体でその光景を遮った。


 プレイヤーに攻撃を仕掛けたせいで、周囲に警告の文字が浮んでいるアルフィーは髪を振り乱しながら叫んでいる。


「いい加減にしなさい! ナナコちゃんの快気祝いですよ。もっと自重しなさい!」


 アルフィーの言う事はもっともだとポン助も思っているが、素晴らしい蹴りを放ったことで「俺も、俺も」と前に出ようとするオークたちが順番を巡って殴り合いを始めていた。


 蹴られたのに幸せそうなプライが、手を叩いてテーブルに戻ってくる。


「ははは、みんな静かにしないか。姫の快気祝いだぞ」


 姫と呼ばれたナナコが、照れて下を向いてしまっていた。その仕草にポン助は癒されてしまう。


「これだよ。この女の子らしい仕草に癒されるんだよ」


 マリエラがポン助を睨みつつ、プライに聞くのだ。


「なんで姫なの?」


 プライは真顔で言う。


「女王様はアルフィーさんですからね。いずれは姫であるナナコちゃんも立派な女王様になって欲しい。その思いを込めて姫と呼ばせて――かはっ!」


 鋭いマリエラの拳がプライの腹に突き刺さっていた。腰のひねり、踏み込みなど、どれを見ても強力な一撃だ。


 周囲では罵声が飛び交う。


「てめぇ、ふざけんな! なんで一人だけご褒美を貰っているんだ!」


「ログインしてすぐに見せつけられるとは……」


 プライも言い返す。


「放置プレイだと思えばいいだろうが! や、やめろ、殴るんじゃない。興奮するだろうが」


 殴られているプライに妬みなどが集中しているので、ポン助はナナコと話をする。


「再会してもいつも通りだな。でも、ナナコちゃんの手術が無事に終わって良かったよ。退院はまだなの?」


 ナナコは照れながら答える。


「え、えっと、様子を見つつ治療も必要になりますから。それに、リハビリもあるのですぐには退院できないそうです」


 すぐ近くでマリエラがオークたちを順番に蹴りを入れており、アルフィーも「並べ豚共!」とか「これが欲しかったのか? あん? ご褒美を貰ったんだから静かにしろや!」などと言ってオークたちを踏みつけている。


 オークたちも「もっとぉ!」とか「最高です、女王様!」などと喜んでいるから救えないプレイヤーたちだ。


 とてもナナコに見せられない光景だと思い、ポン助はナナコの意識を自分に向けさせていた。


 幸いな事に、店内に他のプレイヤーがいないために迷惑になっていない。ポン助自身が迷惑しているだけだ。


「それより、ポン助さんたちはもう次の都に進まれたんですよね。なら、すぐに次の都を目指すんですか?」


 ポン助はジョッキに注がれたジュースを飲みながら思う。


(なんだか本当に飲んでいるような感覚だな)


 味覚だけではない食べ物街に入る感覚に、お腹が満たされる感覚。


「すぐというか、先に進もうとは思うけど時間はかかるね。オーク関連のイベントもあるし」


 先に進むためには、必要なイベントやクエストを達成する必要があった。


 そのためにも、仲間を集める事が求められている。


 他にもレベル上げにスキルを扱えるようになる、などの細かい準備も必要となっていた。


「な、なら、私も追いつけますかね?」


「十分に追いつけると思うよ。みんなと一緒に来ればいいよ」


 みんな――そうして振り返った先では、一汗かいて清々しい顔をした仲間とオークたちの姿があった。


 なんだかなぁ、と思いながらもポン助はそのままパーティーを楽しむのだった。






「プレイ出来る時間は四日! 一日はナナコちゃんのパーティーで潰れましたが、残り三日もありますね!」


 次の日。


 観光エリアを前にして嬉しそうにしているアルフィーが、両手を広げて楽しそうにクルクルと回っていた。


 アルフィーは基本的に協力もするが、基本的には遊んでいたいプレイヤーだ。


 ポン助とマリエラは、そんなアルフィーを前にして溜息を吐いていた。


「いや、別に良いけどね。戦闘ばかりだと飽きるし」


 しかし、ポン助も一般プレイヤー。


 攻略組などのように、効率的にレベルやスキルを獲得、強化していくプレイヤーではない。


 そのため、こうした遊びにも付き合うのを悪くないと思っていた。


 マリエラにしても遊び心は多いプレイヤーだ。


 そういったプレイヤーたちは少なくない。


「私は料理をしたいから、材料の買い出しに行きたいわ。ポン助、付き合いなさいよ」


 ポン助の腕を掴むマリエラを、アルフィーがムッとした表情で指差した。


「そこ、抜け駆けをしない! というか、私を一人にしないでください。みんなで遊びましょうよ。だから、ポン助はこっちです」


 ポン助の空いた腕に抱きつくアルフィー。


 ポン助はこんな二人の提案を吟味し、そして仲間で行動するために提案をする。


「なら、先に買い物をしてから料理じゃない。朝も早いし、昼食はマリエラのお弁当という事で」


 アルフィーがとても嫌な顔をする。


「え~、食べられないものだったらどうするんですか」


 マリエラが顔を赤くして反論する。


「最近はまともになったわよ! いつまでもメシマズ扱いしないでくれる」


 騒がしい三人の横を通り、クスクス笑っているプレイヤーたち。


 観光エリアでは、純粋にゲームを楽しむと言うよりも仮想世界を楽しむプレイヤーが多い。


 長い時間を体験しつつ、日頃出来ない体験をするのが目的であるプレイヤーが多い。


 そんな観光エリアの建物の間にある狭い路地。


 薄暗いその場所で座り込んでいるプレイヤーを、偶然にもポン助は見つけるのだった。


「あれ? あの子、初心者マークがついているね」


 ステータスを確認すると、初心者マークがついていた。


 そんなプレイヤーが座り込んでいるのを見て、マリエラもアルフィーも喧嘩を止めてそちらへと足を進めた。






 観光エリアのレストラン。


「ありがとうございます。ありがとうございます」


 食事をしながらお礼を言うのは、新たに追加された【ハーフフェアリー種】の【シエラ】というプレイヤーだった。


 妖精と人のハーフという設定で、肉体的な貧弱さと引き替えに魔法関係に高い適性を持つオークとは対照的な種族だ。


 このシエラというプレイヤーに話を聞くと、初日に新人プレイヤーたちと外に出て全滅を体験したらしい。


 神殿で復活したのまでは良かったのだが、初期装備ではどうにもならないと言いだしたプレイヤーがいた。


 そのプレイヤーは観光エリアに来て、カジノに足を運んだらしい。


「ある意味、ゲームでは王道パターンだね」


 オンラインではなく、オフラインであれば成功したかも知れない。


 マリエラが呆れていた。


 観光エリアのハンバーガーショップで、ポテトを食べながら注意をする。


「それで所持金やら初期装備を売り払って無一文とか……」


 アルフィーはジュースを飲みながら聞くのだ。


「他のプレイヤーはどうしたんですか?」


 シエラは泣きそうな顔で、その後の話をする。


「格闘系の職業を取っているので、お金を稼ぎに行きました。雑魚なら倒せるだろう、って。でも、ハーフフェアリーって凄く弱くて」


 ポン助がステータスを聞いて目を丸くした。


「レベル一でも、そんな数字じゃなかったな。でも、魔法職なら活躍できない?」


 シエラが首を横に振った。


「装備を付けていても私から最初に負けてしまいましたから。守れないなら、最初から連れて行かないと言われました。もしくは、アバターを作り直してこい、って」


 ハンバーガーを食べながらグスグスと泣いているシエラを前にして、ポン助たち三人は顔を見合わせる。


「どうする?」


 ポン助の言葉の裏を読んだマリエラが、小さく頷いた。


「初心者の手助けはアイテムが貰えるわ。それに、魔法の専門職はありがたいわね」


 アルフィーも笑っている。


「確保するべきです。確保ですよ。確保!」


 シエラを仲間に加え、パーティーを揃える。そのために協力しようという話になった。


 ポン助は考える。


(そうなると、装備を買い与えて色々と教えるよりも、今後を考えて自分でなんとかする方法を教えるべきか? でも、つまらないと思われたら、ゲームが続かないだろうし……)


 考え込んでいると、アルフィーがシエラに話しかけていた。


「まぁ、なんにせよ、観光エリアでカジノしか知らないのは勿体ないですね。大型アップデート後でもありますから、一緒に楽しみませんか?」


 シエラを誘って楽しもうとするアルフィーを見て、ポン助は頬を指でかく。


(まぁ、それでもいいか)






 夕方。


 ほとんど丸一日を観光エリアで遊んだ四人は、笑顔で大きな橋を渡っていた。


 アルフィーが急に川に飛び込むなどしてシエラを驚かせていたが、本人は悪戯が成功したと笑っていた。


 しかし――。


「乾きませんね」


 ――濡れてしまったアルフィーが、自分の姿を見て溜息を吐いていた。


 今までは濡れてもすぐに乾いていたのに、どうやら大型アップデートでは濡れたままになっているらしい。


 不便になったと思ったポン助だが、アルフィーは所持していた服に着替える。


 エクササイズで使用したウェアに着替えるが、髪は濡れたままだった。


「これ、不便になっていませんか?」


「あんたが飛び込まなければこんな面倒な事にならなかったのよ。ポン助、どうする?」


 シエラがアワアワとアルフィーを心配しているので「あ、別に心配しなくて良いから」などとマリエラが言っていた。


 ポン助は近くにある宿屋を見た。


 割と値の張りそうな宿屋だが、今のポン助たちには問題ない。資金には余裕があるので三人には先に宿屋に入って貰う事にした。


 マリエラがポン助を睨む。


「あんたはどうするのよ? まさか、どこかで遊んでくるつもり?」


 ポン助は首を横に振った。


「違うよ。ほら、トムのところに行こうと思って」


 エクササイズを教えるNPCを、ポン助はボブとかトムとか呼んでいる。


 久しぶりにログインをしたのと、ダンス教室がある建物が近い事もあって顔を出しておこうと思ったのだ。


 変更点があれば見ておきたかった。


 三人と別れ、建物へと向かうポン助。


 プレイヤーたちがダンスを学びに施設へと入っていく中で、ポン助は異変に気が付く。


「看板にエクササイズの教室が……え?」


 看板にエクササイズを教えている教室の名前がなくなり、代りに他の教室が入っていた。


 慌ててポン助は通い慣れた階段を上り、教室前に来た。


 だが、そこにはかつての面影が少しも残っていない、バレエ教室があるだけだった。


 トレーナーであるNPCも、ガチムチのトムではなく細身の男性NPC。


 別人だった。


 ポン助は、トムの最後の言葉を思い出す。


『ポン助ならきっと真のエクササイズマスターになれるだろう。期待しているよ』


 サムズアップしたトムの笑顔を思い出し、ポン助はその場に崩れ落ちた。


「……トム」


 後で調べてみると、大型アップデートではあまり利用されない人気のない施設は閉鎖され新しい施設が入る事が多いらしい。


 エクササイズ教室に関しても、同様の扱いだった。


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