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幻想と現実のパンドラ 作者:わい/三嶋 与夢

三章

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夏休み その2

 フィットネスクラブ。

 その二階にある部屋で走っている明人は、大量の汗をかいていた。

 筋肉の形がハッキリ分かるウェアを着用したトレーナーが、笑顔で明人が苦しんでいる姿を見ていた。

「ははは、もっと頑張らないと駄目だぞ、少年」

 明人は反抗心から、少年というトレーナーに意見する。

「も、もう、青年です……から」

 トレーナーは、そんな明人の反抗心を笑いつつ受け流すと、タブレット端末で数日前に確認した明人の身体データを確認する。

「随分と鍛えているようだが、なんというか不自然なんだよね。薬を使った形跡もないし……」

 考え込むトレーナーだが、その間にも明人はルームランナーで走り続けている。

 そのペースは早かった。

 周囲では若者から老人たちが、器具を使ってトレーナーの指示を受けながら筋トレなどに励んでいた。

 そこに、柄シャツを着た短パン姿の老人がやってくる。

 足腰がしっかりしている老人は、帽子を脱ぐと光る頭をパシッと良い音を立てて叩くと挨拶をする。

「いや~、みんな元気かな」

 トレーナーたちがそんな老人を見て呆れていた。

「先生、来るなら来る、って言ってくださいよ」

 先生と呼ばれる老人に興味を持った明人だが、走り続けなければならずに前を向いてきた。聞こえてくるのはトレーナーと先生と呼ばれた老人の声だ。

「うん、しかし……いい。若い女性の健康な体を見ると若返る気分だ」

 トレーナーが呆れている。

「ジロジロと見ないでくださいよ。それにしても、なんで今日は道場――いえ、職場へ?」

 道場という言葉に明人は興味を持つ。

 先生が少し冗談のように言う。

「わしの所有する建物だから来てはいかんという理由もあるまい? ほれ、それに若い女性に護身術を教えてやらんと」

 後半、とても嬉しそうに言う先生に、明人は心の中で思った。

(この人、絶対にスケベだ)

 すると、背中に視線を感じる。

「ん? あの子は……」

「数日前からうちに来ている子ですよ。体を鍛えたいそうです。ほら、やっぱり夏ですからね」

 何か勘違いされていると思いながらも、明人は走り続けるのだった。

「……あの子にも声をかけなさい」

「え!?」

 トレーナーが少し意外そうな声を出すと、明人はトレーニングメニューを中断してそのまま違う階に連れて行かれるのだった。





 連れて行かれた場所は道場のような雰囲気のある場所だった。

 一部には畳みのようなマットが敷かれ、その上で全員が正座をしながら老人――先生の話を聞く。

「さて、最近はドローンなどで警察が警戒しており、色々と安全と思われがちです。しかし、やはり自分の身を守る術を覚えておく必要があります」

 先生は並んで正座をしている女性たち――ついでに、明人を見た。

 トレーナーの一人が溜息を吐いており、先生が一人を指名するとそのまま手解きを始めるのだった。

「まずはこう来たら、こうして……そう、そこを引っ張り」

 視線や手つきがいやらしい動きをしていると、指名された気の強そうな女性が言われた通りに先生を投げつけた。

 バシンッ! という気持ちのいい音が道場に響くと、女性たちが拍手をしていた。

「こうですか?」

 先生が渋々と納得している。

「……もうちょっとじゃったのに。これだから最近の若い子はせっかちでいかんのじゃ」

 もう少し遅ければ、ウェアの上からお尻を触られていたことだろう。

 スケベ老人の指導はそのまま続くが、ほとんどの女性たちが触れられる前に投げつける、関節技を決めるなどして対応していた。

 先生がマットを激しく叩いている。

「ギブ! ギブ!」

「聞こえません」

 女性がスケベ爺に関節技をかけ、締め上げていた。だが、途中から先生がギブと言わなくなって様子がおかしかった。

 トレーナーが慌てて近付く。

「先生! 大丈夫……ですね」

 どうやら関節技を決められながらも、女性の体の柔らかさを堪能していたらしい。素晴らしいスケベ根性だった。

「ふんっ!」

 しかし、女性が力を入れると、道場に先生の悲鳴が響き渡るのだった。





「さて、では始めようかの」

 先程まで冗談のような事をしていた先生が、胴着に身を包んで前に立った。

「あの……なんで俺だけそんな本気なんですか?」

 すると、先生は笑う。

「お前さんはアレだ。何かやっているからな。ちと、本気を入れようと思った」

 格闘技などやった事もない明人は、首を横に振るのだった。

「圧縮教育の時に少しだけ経験しただけで、才能がないと判断されてからは何もしていませんから!」

 そう言うと、先生は目を細めた。

「そうかの? 基礎は出来上がっているようじゃが?」

 直後、一瞬で距離を縮めた先生に対して、明人は素早くバックステップを取った。腕を掴まれそうになると、手を引いて反応を示す。

 周囲で見ていた女性たちが感心した声を上げた。

 トレーナーがタブレット端末と、明人の方を交互に見ては首を傾げている。

「ほれ、出来るではないか」

「……いや、これは」

 だが、その後すぐに足払いを受けて転がされる明人は、起き上がろうとすると先生の手が目の前にあって目を丸くする。

(え?)

 一瞬の出来事に驚いていると、先生が笑っていた。

「兄ちゃんはアレだな。時間はかかるがやればそれだけ伸びると思うから、その気があるなら学んでいきなさい」

 笑っている先生は「はぁ、疲れた。兄ちゃん、思ったより重かった」などと言って近づいたトレーナーと話をしていた。

 明人はそんな先生の背中を見て思う。

(この人、実は凄い人なのか?)

 ゆっくりと起き上がると、近くにウェアを着た女性二人がいた。

 紫色の髪をした女性が明人を見下ろしている。大きな胸をしているのを、明人は下から確認していた。

「あの先生、あれでもかなりの腕前らしい。良かったな、認められたみたいだぞ」

 もう一人の女性は屈んでいた。

 膝に大きな胸が押しつぶされている。

「君、元から才能があるなら武道を続ければ良かったのに。良い動きだったよ」

 優しそうなお姉さんは青い髪を束ねていた。

 明人は赤い瞳に見つめられ、髪をかく。

「あの、才能はなくて……」

 お姉さんが立ち上がった。汗ばんだ体にウェアが張り付いており、体のラインが分かる恰好はどうにも思春期の男子にはきついものがある。

「そうなの? う~ん、もしかして測定を間違ったのかな?」

 もう一人の気の強そうな女性が肩をすくめていた。

「今時、そんな事があるものか。私たちはこれで失礼するよ」

 去って行く二人を見送っていると、明人の隣に先生がいた。

「うわっ!」

「……兄ちゃん、あの二人だけどな」

 声をかけられ姿勢を正すと、先生は真顔で言う。

「いい尻をしていると思わないか?」

 その言葉に、明人は呆れて注意をするつもりで真顔になって返事をする。

「思います! じゃなかった、何を言っているんですか!」

 先生は明人の肩に手を置いた。

「分かるぞ。君の気持ちはよく分かる!」

 ニコニコしている先生に対して、明人は色々と言い訳をするが後の祭りであった。





 アルバイト先。

 八雲は明人の話を聞きながら呆れていた。

「――で、結果的に女性が集まりそうだからフィットネスクラブなんて作った、っていうの? そのお爺さんも元気よね」

 元は道場を経営していたらしいが、人が集まらない上に女性の生徒がいないのが嫌でビルを建ててフィットネスクラブを経営している先生の話。

 明人は苦笑いをしていた。

「スポーツジムだと野郎しか来ないと思ったとか言っていましたね。ヨガとか……エクササイズもやっているみたいですよ」

 元は自分の教え子たちをトレーナーにして、随分と自由気ままに生きている。

 八雲は呆れつつも明人の体を見る。

「それで成果はどんなものよ」

 明人は緊張しつつも、筋肉がつきましたと腕を見せると八雲は鼻で笑っていた。

「いまいち。細いじゃない」

(嘘だろ。前からするとだいぶ太くなったのに)

 八雲の評価に落ち込んでいると、開店前に女性社員の人が来た。

「二人とも早いわね。時間通りに来てくれるから助かるわ」

 女性社員は、緑のエプロンを着用した中学生を紹介してくる。

「【浅野 雪音《アサノ ユキネ》】と言います。短い間ですが、よろしくお願いします」

 黒髪で体付きは細い中学二年生の女子の挨拶に、明人は感心するように見ていた。

(へぇ、礼儀正しい子だな)

 女性社員が明人と八雲に、二人を紹介する。

「志方さんと鳴瀬君よ。二人は真面目だから色々と聞くといいわ。しばらくは私が仕事を教えるけど、基本的にはお手伝いだと思って」

 実質、二週間程度の体験アルバイトだ。

 仕事を覚えて貰うよりも、手伝いをして貰う方を優先させたい。

「はい、頑張ります」

 黒髪ストレートロングの可愛らしい後輩は、笑顔で二人を見るのだった。

 明人が雪音を見ていると、八雲が背中を叩く。

「こら、デレデレしない」

「していませんよ!」

 そんな二人を見て困る雪音と、笑っている女性社員だった。





 東京。

 高層ビルにある一室で、白い服を着た長身の男女たちが話しをしている。

 一人は窓の前に立って夜景を見ているが、もう一人は小さいソファーに文句をいながら座っていた。

 最後の一人は椅子に腰掛けているが、三人とも身長が高すぎて家具などが小さく見えていた。

 窓の外――夜景を眺めている男性に、ソファーに行儀悪く座っている男性が言い放つ。

「地球を汚す野蛮人共に、わざわざ技術をくれてやるのが理解できませんね」

 野蛮人。

 月の住人から見て、地球人は劣った種族だった。

 世代を重ね、月で生きてきた彼らからすれば、コールドスリープから目覚めた過去の人間たちである。

 カップを持ち、行儀正しくコーヒーを飲んでいた女性が口を開く。

「放置して戦争を始められては、ここまで美しく蘇った大地をまた穢しかねません。これは上層部が下した決断です」

 ソファーに座る男性は酒を口にすると口角を上げて笑っていた。

「放っておいてもいずれ戦争をする。今の内に我々が攻撃を仕掛けて滅ぼせば良かったのだ。技術力の差は明白ではないか」

 態度の悪い男性はテーブルの上に長い足を乗せ、そして続けた。

「そもそも地中に潜って生き残った連中は、しょせんは底辺の人間だったらしいではないですか。月に移り住んだ我々は優秀な人類だった。最早、別の生き物ですよ」

 そんな男性に年長である夜景を見ている男が無表情で口を開いた。

「……そんな事をする必要はない。既に地球人は滅ぶ運命にある」

 男性が窓に映った自分の顔を見た。

 醜く笑っているかを見て、無表情に戻す。

 若い男性が年長の男を振り返った。

「どういう事です? ここまで技術を渡しておいて、滅ぶなどと」

 若い男性に、年長の男は思うのだった。

(そのための仕掛けは既にしてある。地を這う虫共は全て滅ぶがいい)

 すると、女性が口に運ぼうとしたカップを止める。

「そう言えば、一部の技術は既に我々を大きく上回っていましたね。その技術を持ち帰るように連絡がありましたが……本気ですか?」

 年長の男が振り返った。

「娯楽関係だったね。まぁ、彼らが唯一優れていた証として持ち帰ろうじゃないか。有効活用すれば、我々のメリットになる」

 若い男性が笑っていた。

「元は月の技術ですけどね。しかし、娯楽に関してここまで情熱を注げるのは素直に感心したいところですよ」





 明人はアルバイト先の休憩室で昼食を食べていた。

 今は女性社員が店の方に出ており、八雲も雪音も休憩に入っている。

 明人は少し気になったことを呟いた。

「そう言えば、夏休みに入ってから栗田さんを見かけませんね」

 スマホを見ている八雲は、興味なさそうに返事をした。

「可愛い中学生がいるから近づけたくないんでしょ」

 雪音は可愛らしいお弁当箱を片付けながら、首を傾げた。

「どういう意味ですか?」

 明人は雪音を見ながら、栗田を思い出す。

 スーパーの男性正社員なのだが、女性アルバイトに声をかけて必要以上に絡もうとする男だった。

 職場で問題になったこともあるので、中学生がいるためにわざとシフトを外されて本店の方で仕事をさせられているのだと……。

「あぁ、そういう事ですか」

「浅野も気を付けた方がいいよ」

 わざわざ細かく説明するつもりがない八雲に、雪音は曖昧に頷いていた。

 八雲がスマホから顔を上げる。

「そうだ。今日は時間がある?」

 明人は「アレですか?」と言って頷くと、そんな会話を聞いて雪音は少しだけ頬を染めて興味を示すのだった。





 映画館。

 明人は八雲に誘われ、映画を観に来ていた。

 随分と昔の映画だが、以前来た時よりも設備が良くなっている。

「前より良くなっていますね」

 八雲は嬉しそうに言うのだ。

「最新技術、って奴で失われた時代の作品も綺麗に高画質で見られるのよ。前は月の技術だけだったんだけど、今は地球でも色々とやっているみたいなの」

 席に座って映画を観ていると、過去の作品とは思えない出来に明人は驚く。

「……凄いですね」

「そうね」

 そんな二人の後ろでは、偶然にも友人と来ていた雪音が二人を見かけるのだった。
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