いいえ、トムです
ざわついた希望の都の広場。
ポン助は短めのローブにフードをかぶった集団と話をしていた。
周囲には映像を記録するドローンのような球体がいくつも浮んでおり、本格的に撮影するのだと気合が見て取れる。
「ここまでしますか?」
ライターと出会ってすぐに、動画で人気となったポン助のエクササイズを広場で実行するという話になった。
情報屋の男が仲間を集め、宣伝を行い瞬く間に多くのプレイヤーにその情報が広まると朝から広場はプレイヤーで埋め尽くされている。
商魂たくましい職人プレイヤーたちは、待ち時間などに菓子や飲み物を販売している様子も見られる。
「盗撮映像で角度とか、そういうのが不満でね。今回は後ろの二人も綺麗に撮るから安心して欲しい」
後ろの二人とは、バックダンサー扱いであるマリエラとアルフィーだ。
ウェアに着替えて背伸びや手足を伸ばしているが、アバターに効果があるかは分らない。現実世界での動きを行っているだけだ。
マリエラが周囲を見た。
「えらい本格的じゃない。変な映像だったら訴えるからね」
情報屋の男が首を横に振った。
「そんな体に張り付くようなウェアを着て、今更なにを言っているんだか。まぁ、俺たちのメインはポン助君だから。今日はもう一人呼んでいるんだよ」
すると、情報屋の仲間がNPCを連れてきた。
筋骨隆々、ダンス施設で不人気エクササイズのトレーナーNPCだ。
「トム!」
ポン助が叫ぶと、ボブ改めトムは片腕を上げた。
「やぁ、ポン助。今日は外でエクササイズだ」
ポン助が困惑していると、情報屋の男が説明をする。
「外に連れ出せるNPCは一定数いるんだよ。まぁ、街中限定だけどな。連れ回せないNPCもいるんだが……やっぱり彼がいないとね」
トムの参加に周囲のプレイヤーたちが興奮していた。
「ボブだ」
「ボブが来た」
「ボブ、たくましすぎない?」
いえ、彼はトムです。そう言いたかったポン助だが、自重して口を閉じている。
すると、アルフィーに声がかかった。
「女王様!」
プレイヤーたちの間を「失礼」「あ、そこ通ります」などと丁寧に対処をしながらかき分けて進むオークの集団。
アルフィーがゲンナリとした表情を向けると、情報屋の男がクスクスと笑っていた。
「厳つい顔の彼らには、警備を担当して貰おうと思ってね。ほら、一応はレベル五十でカンストしているし、迫力があるから」
体感型で見るオークのアバターは、確かに迫力がある。
ネタ種族と笑われることも多いのだが、それでも間近で見て同じような反応が出来るプレイヤーは滅多にいない。
オークパーティーを率いるプライが、アルフィーの前に到着して背筋を伸ばす。
「今日の警備は任せてください。それで、ご褒美の件なんですが――」
早速、彼ら的に飴である鞭を求めてくる態度に、アルフィーが声を荒げた。
「豚がご褒美を強請ってるんじゃねー! 鞭も飴も、私の気分次第ですよ。しっかり働きなさい」
その怒声に、オークたちが身震いする。
「さ、流石は女王様! もう、たまりません!」
その光景を大きな噴水の縁近くで見ていたのは、ノーム種族のライターだった。
アルフィーとリアルで面識があるのだが、オークたちを率いる姿に困惑を隠せないでいた。
「……ま、いや。アルフィー、君は何か悩みを抱えているのかな?」
本当に心配そうにしているライターに気が付き、ハッとした表情で首を振るアルフィーが言い訳を始めた。
「いや、違うんです。この人たちがこうして欲しいというので――」
そんなアルフィーの言葉を遮るのは、プライだった。
「そう、アルフィーさんこそ天然のドSにして、ドMである我らオークの救世主。愛のある鞭をいつも頂いておりま――キャンッ!」
自分の言い訳の邪魔をしつつ、知られたくないのか問答無用で蹴りを放ったアルフィーは、目の色が変っていた。
「きゃん? きゃんなんて、誰が可愛らしく鳴けと教えましたか! どこの誰に調教された、言え! お前らはブヒィと鳴いていればいいんですよ!」
全員揃って「はい、ぶひぃ!」と喜んでいるオークの集団。
ポン助は両手で顔を覆ってその場に座り込む。
「止めて! オークに対する間違った認識を広めないで!」
マリエラは乾いた笑みを浮かべながら、アルフィーについて語るのだ。
「あいつ、もう駄目ね」
騒がしい広場。
情報屋の男が、少し離れた位置でライターと話をする。
「息子さんの話から察するに、仲間となるプレイヤーは剣士と格闘家、そして魔法使いの恰好をしているはずです。ノーム種は自分一人でみんなと歩くと足しか見えないと言っていましたね?」
ライターは息子が楽しそうに語った言葉を思い出しながら、何度も頷いた。
「あぁ、意味が分らなかったんだが、このアバターになって分った。視線が低くて皆の顔を見上げることが多いんだろう」
情報屋はそれを聞いて、他の仲間のアバターはヒューマンやエルフという一般的に使用されやすいアバターだと判断した。
「特に攻略を優先する、効率重視、という訳でもなさそうです。まだ希望の都をホームに活動している可能性が高い。ポン助君たちに頑張って貰い、人を集めてそれらしいパーティーがいないか探しましょう」
因みに、掲示板にはポン助たちの宣伝の書き込みのすぐ下に、ライターというノーム種のプレイヤーを知らないか、という書き込みも行っていた。
そうして話し込んでいると、七人のオークに守られながらエクササイズの音楽が流れ始めた。
ライターがそちらに視線を向けると、ポン助とトムが向かい合う。
「ポン助、今日はどのレベルでエクササイズ!」
テンションの高いトレーナーNPCに、ポン助はノリを会わせて答えていた。
「トム、僕はいつでもハイテンションさっ!」
トムが顔に手を当てて、オーバーリアクションで笑い始めた。まるで、海外のコメディーを見ているようだ。
「ハハハ、それはいい! では、今日も最高なエクササイズを体験して貰おう。準備は良いか!」
「やー!」
ポン助を始め、後ろの二人も手を上げて準備が出来たと示す。
ライターはアルフィーを見て少し心配になっていた。
(摩耶ちゃん、本当に大丈夫なんだろうか? あいつも教育熱心なところがあるし、どうにも自分の都合を押しつけすぎる傾向が――)
他人の家族の心配をしていると、自分の息子の顔が思い浮かんだ。
(俺も押しつけていたんだろうな)
ライターが周囲の光景を見る。まるで、絵本に出てくるような世界だった。
仮想世界――現実の二十四倍という時間を体験できる空間。
(あの子は、もっとここで生きていたかったんだろうか)
そう思うと、ライターは胸が苦しくなるのだった。自分の胸を掴み、握りしめた。
アバターであるはずの体なのに、胸の痛みも、手で握りしめた痛みも感じる。
周囲ではポン助たちの激しいエクササイズに手拍子が起きていた。
だが――。
「オーケー! 準備運動はここまでだ……行くぜ、ポン助!」
トムの目が光ったように感じると、それまでの動きよりも更に早くなった。
「来い、トム!」
それに続くポン助や、マリエラにアルフィー。
現実では絶対に出来なさそうな体の動きに加え、まるで魅せるダンスのような動き。加速していく音楽と、トレーナーと鏡合わせのように少しの狂いもなく踊っている三人。
手拍子が止み、そして今度は口笛や感性が巻き起こった。
「あいつら凄ぇ! 意味はないけど凄ぇ!」
「あれ? トレーナーってボブじゃなかったの?」
「俺はマリエラちゃんの胸がもっと動いて欲しい。もっとバインバインって動くだろ? こう……フワ、プルン、って感じで!」
「……胸に夢を見すぎだ、馬鹿野郎」
「俺は女王様に踏まれたい」
筋骨隆々のトレーナーに、厳つい顔で巨体のオークが踊っている光景。
三人の息もピッタリだった。
(す、凄いな……だけど、これに意味はあるんだろうか?)
そもそも、仮想世界なのでいくらエクササイズを踊ろうが痩せることはない。そのため、エクササイズの部屋はいつもプレイヤーがいなかった。
そんな暇そうな部屋でダンスを踊り、リズム感覚を養おうとしたポン助。
全ては、難易度の高いスキルを使いこなすため。
だが、そんな事はライターに関係ない。事情も知らない。
「……ポン助君たちは、なんで踊っているんです?」
情報屋はその意見に笑顔で答えた。口元しか見えていないが、確かに笑顔だった。
「いえ、意味は知りませんよ。たしか、カウンターを磨くため、とか言っていましたけどね。なんでエクササイズなんでしょうね」
リズム感覚を養う前にもっとする事があるだろう、そう情報屋の男は言っていた。
(……謎が深まるばかりだ)
困惑するライター。だが、そんなライターを指差ししている三人組みがいた。
情報屋がいつの間にかライターの傍を離れ、そしてその三人に近付いて話を聞いている。
「はい、踊り子さんに触れないでね。ポン助は良いよ。蹴ると喜ぶ――はうっ!」
アルフィーとマリエラは大事にガードしているのに、ポン助に対してどうでも良さそうなオークたち。
ポン助は後ろから脇腹を狙って拳を叩き込むと、プライがその場に膝をつく。
プルプルと震え、そしてポン助の顔を見上げてきた。
「……いい拳だった。今度は女王様に踏んで貰いたい」
こいつらもう重傷だと思っていると、ポン助の視界に三人のプレイヤーと話をするライターの姿が飛び込んできた。
「あれ? 見つかったのか」
すると、ポン助のところにトムがやってくる。いつものように片腕を上げ、笑顔だった。
「ポン助、ナイスエクササイズ!」
ハイタッチをするポン助とNPC。
すると、これまでにない行動をNPCが取ってくる。右手を差し出して握手を求めて来たのだ。
ポン助は握手をする。
(なんだ? 外で取る専用の行動か?)
トムはいつもの笑顔――だが、少し違う様に見えた。
「節制の都に行くと聞いた。ポン助なら、きっと真のエクササイズマスターになれるだろう。期待しているよ」
「エクササイズマスターってなんだよ。ありがとう、トム」
すると、トムはサムズアップをして自分の居場所へと戻っていく。
直後――。
「なんだ!?」
「おい、これってもしかして!」
「攻略組がやりやがった!」
――打ち上がる大量の花火が、希望の都の空を埋め尽くした。四方八方から打ち上がる花火と、空には文字が浮かび上がる。
マリエラとアルフィーがポン助の側に来て、そして腕を掴んだ。
「ポン助、これって――」
「怠惰の世界が解放……勤勉の都へと集まれ、冒険者たち?」
アルフィーが空に浮かび上がった文字を読む。
ポン助は空を見上げて呟いた。
「……怠惰の都を攻略したのか」
その日――怠惰の都は攻略され、パンドラの箱庭は次の段階へと進もうとしていた。
花火が打ち上がる中。
ライターは三人のプレイヤーと話をしていた。
リーダー格である格闘家の青年アバターは、ライターの顔を見て最初に言った言葉がある。
「ライター、少し外見変えた?」
それはつまり、息子がライターと同じような外見のアバターを使っていた事を意味していた。
ライターは三人に事情を話すと、花火が打ち上がり歓声が響く中で三人がそれぞれ俯いては口を開く。
「……あいつ、しばらく来られないからってパーティーを抜けたんです。いつも元気に走り回っていました」
「自分のアバター……父親に似せて作ったって言っていましたね」
魔法使いの言葉を聞いて、ライターはこみ上げてくる物があった。
そして、剣士が言う。
「なんか、特別な制度でもっとログインできるかも知れない、って嬉しそうに話をしていました。俺たち、羨ましいって話をしていて」
聞いたライターがポツポツと口を開く。
「俺が息子の意見を聞かなかったんだ。ゲームばかりしていては駄目だって。息子の意見を無視して……こんな事なら、素直に認めてやれば」
話していて分ったのは、三人ともとても親切なプレイヤーである事だった。
泣き出しそうなのを我慢して、ライターは三人にお礼を言う。
「すまない。そして、息子と遊んでくれてありがとう」
格闘家が口を開きかけ、何か言おうとして躊躇っていた。それを、魔法使いが背中を叩いて後押しする。
「……あの! あいつ、愚痴も多かったけど。その……アバターにするくらい、父親のことが自慢だったと思います」
剣士が俯く。
「その……少し焦っているところとか、口が悪くなる事もありました。でも、最後の方は本当に楽しそうで……みんなで宴会をしたときに、聞いたんです。こっちでの話題を外では誰も理解してくれない、って。でも……俺には嬉しそうに見えました」
気を使っているような発言だった。
愚痴が多かったという事を察するに、日頃から自分の文句を言っていたのだろうとライターは察した。
(それも仕方がない。ようやく歩み寄ったのが死んだ後で……)
本当に時間を作ってやれなかったのか?
仮想世界で一緒に過ごしても良かったのではないか?
ライターがそうやって自分を責めていると、剣士が一つのデータをライターに渡す。
それは、強いモンスターを倒した記念や、四人での写真だった。
気の強そう髭を生やしたノームが、実に楽しそうにしている写真だった。
「貰って良いのかな?」
剣士は言う。
「データなんで複製できますから」
ライターは苦笑いをした。
(そうだった。写真でも、この世界ではデータの固まりだったんだ)
ライターはお礼を言う。
「ありがとう。今日は話が聞けて良かった」
エクササイズ、そしてライターの人捜しが順調に終わった四人は酒場で宴会を行っていた。
いつもの宴会には、ライターという新しい仲間と情報屋、そしてオーク七人が加わり実に騒がしい。
情報屋は動画を編集し、アップロードするとポン助に見せてくる。
「ポン助君、最高の出来栄えだ。ありがとう」
ポン助はジョッキで炭酸飲料を一気飲みすると、顔を真っ赤にしていた。
「もうアップロードしたんですか! というか、なんでそんなに頑張るんです!」
情報屋の男が堂々と誇りを持って口を開いた。
「これがやりたかった仕事だからね。それはそうと、火竜の角の件は頼んだよ」
元から本命はそちらで有り、ポン助も頷いた。
「向こうに行ったら準備をします。それより、大型アップデートはいつ頃に始まるんですか? すぐに終わります?」
情報屋が腕を組む。
「すぐには無理だろうね。それに、VRゲームの大型アップデートは時間もかかる。今月は無理だろうし、七月中に終わるかな? アップデート後にテスト運用があって、そこで問題なければすぐにでも、ってところだね」
問題が発生すれば、その対策に時間が更にかかるらしい。
「大変なんですね」
「大変だよ。この期間を地獄、って言うプレイヤーも多いからね。でも、大型アップデート後が楽しみなプレイヤーも多い」
新機能の追加、これまでに上がっている要望の実現。
パンドラの箱庭が、より進化することを意味しているのだ。
情報屋の男がポン助に呟いた。
「……まぁ、大型アップデートはそれだけじゃないんだけどね」
「え?」
聞き返そうとすると、アルフィーがポン助の背中に抱きついてくる。
「ポン助ぇ! 聞きました? 私たち、離ればなれになるんですよ。一ヶ月、下手をすると数ヶ月は会えないんです!」
ポン助は、アルフィーの背中の服を掴んで持ち上げ、座らせる。
「髪を引っ張るな、痛いんだよ。それと、大型アップデートだから諦めろ。それに、しばらくは時間があるんだし」
マリエラもポン助の近くに来て座り、そしてニヤニヤしていた。
「女王様は、オークを蹴られないから不満なのよね? あんた、今後は絶対に女王様、って呼ばれるからね」
あれだけのプレイヤーの前で、オークたちを躾ていたアルフィーだ。
最早、ポン助と同じくらいに有名になっているだろう。
「……地味なマリエラよりいいですよ。はっ! 目立ってしまってごめんなさい」
「このアマァ!」
喧嘩しそうな二人に対して、情報屋が動画のコメントを見て頷いていた。
「おや、そうでもないらしい。ポン助君は踊るオークで、アルフィーさんは女王様。マリエラさんは……オッパイさんだね」
唖然とするポン助たち。アルフィーが、自分のアバターの胸を鷲掴みにした。
「私だって大きいですよ! こいつの胸は大きすぎるんです!」
「どうして私がオッパイさん!? ポン助、何とか言って! ちょっと、ポン助?」
「……このままなら、僕は二人のおかげで噂も消えるか?」
そんな三人に、ライターが近づいて来た。
「君たち、本当に仲が良いね」
ライターは少し。ほんの少し、明るくなっていた。




