ポン助
「レッツダンシング!」
「れっつだんしんぐ!」
筋骨隆々のトレーナーが、鏡の前でポン助の前に立っていた。
その距離は二メートルもない。
互いの顔がハッキリ見える位置で、まるで鏡合わせのようにダンスをする二人。その動きはピタリと合っていて、気持ち悪い。
スポーツウェアに着替えたポン助、アルフィー、マリエラの三人は観光エリアのダンス教室に顔を出していた。
激しく体を動かし踊る三人の動きも、完璧だ。
だが、トレーナーはポン助に異様に近かった。
「グッド! ポン助、もっとスピードを上げるよ。ツイテキナサイッ!」
「はははっ、任せろ、ボブ!」
NPCはトレーナーで有り、個別の名前など内のだがボブと呼んでいるポン助。
ゲーム内……汗をかいても痩せもしないエアロビクスを続ける。
スピードが上がり、違う何かを踊っている三人はトレーナーの激しい動きに完璧についていくのだった。
「ポン助ぇぇぇ!」
「ボブゥゥゥ!」
動きすぎて、頭がハイになったポン助が叫んでいた。
本人は苦しくてきっと何を口走っているか分かっていないのだろうが、その光景はとても見ていて不思議だった。
激しく踊る四人。
そして、音楽が止まるとポーズを決めた。
「……パーフェクッツ!」
最後にボブがサムズアップをした拡大映像が映り、そして映像は終了する。
――そんな映像には、いくつものコメントが流れている。
『おい、なんでトレーナーとオークを中心に映した、言えっ!』
『可愛い子を映せ! もっと躍動する胸や尻を映すんだ!』
『待ってくれ。こいつら実は凄い奴らなんじゃ……』
『はっ、俺でも踊れるね。俺と踊ってくれる人がいればな』
『なんでエアロビ? ダイエットに効果なんかないよね?』
『お前らは何も分かっていない。ポン助×ボブだ。ダンスはオマケだ』
『……ボブ×ポン助』
『氏ね!』
『チラチラ見える女王様の体がいい。はぁ、また蹴られたい』
『おい、変なコメントが流れてないか?』
『くそっ! いつだ。いつ行けばこいつらはいるんだ!』
『ポン助の兄貴に惚れた』
『画面下に小さく五とか表示していたから、五時? 空いている時間帯だね』
『ポン助、ってチートプレイヤーと揉めた奴じゃない?』
『俺、この間一緒に火竜に挑んだぜ。こんな姿を見ても別に違和感がない奴だったよ』
『なんだ、節制に行くのかよ。観光エリアで踊ってくれないかな』
『オークって基本的に変なプレイヤーが多いよね』
『あ~、俺もこの前、変なオークと出会ったわ。ダメージを受けると艶っぽい声を出すんだよな、あいつら』
『変態御用達。それがオーク種!』
『ちょっとアバターをオークに作り直してくる!』
次々と流れるコメントを見ながら、明人は笑っている陸に対して言うのだ。
「もう止めろよぉ! お前……そんなに僕が嫌いなのか!」
涙目になっている明人は、自分がいつの間にか盗撮されて映像がネットに公開されているとは思わなかった。
教室で、朝からニヤニヤした陸が近づいて来て映像を見せたのである。
しかも、再生回数とコメントの数が多い。
つい最近の映像で、人気も急上昇中……再生回数やコメントはまだまだ増えると予想されていた。
「いやいや、友達が有名になったんだ。知らせてやろうと思っただけさ」
陸はそう言うと、再生を止めてタブレットをバッグの中に入れる。
「俺はお前が本気でダンスに打ち込んでくれて嬉しいんだぜ。次は体を動かして鍛えるだけだな」
以前調べたフィットネスクラブ。
そこに通う準備は進めていたが、出費も増えているので夏休み中か夏休み明けに通うつもりだった。
「くそぉ……僕じゃなくてアルフィーやマリエラを映せよ。二人とも外見は美少女じゃないか」
陸は笑っていた。
「棘のある言い方だな。それより、無事に節制の都に行けるようになってなによりだ。明日にでも来るか?」
明人は溜息を吐く。
そして小さく頷くのだが、どうにもログインしたくないという気持ちが強かった。
「二人と約束もしているからね。そう言えば、火竜の角と逆鱗を手に入れたけど、普通に素材として使えば良いの?」
陸は明人の顔を見て羨ましそうにしていた。
「二つも出たのか? 爪や牙が揃えば火竜の装備が揃うけど……あ、ちょっと待ってくれ」
陸は何かを思い出したのか、明人にアイテムを使うのを待つように言うのだった。
「前の情報屋が、潰れたオークの里に祭壇があったとか言っていたんだ。お前、そこに行ってみたらどうだ? まぁ、レベル不足でそこまで行くのにまだ時間はかかると思うけどさ」
以前は祭壇にオーガの角を捧げた。
「火竜の角を捧げれば、何か起きると? そんな事があるのかな?」
不人気なオークの情報は、意外と少ない。
オークをアバターにしているプレイヤーの絶対数が少ないのと、ネタとして遊んでいるプレイヤーが多いのも理由だ。
アップデートでオーク種のイベントが増えても、見つからないなどという事が多い。見つかる前にアップデート後にイベントが消えていたという話もある。
しかも、誰一人イベントに参加していなかったという事実付きで、だ。
せっかく作ったイベントに、プレイヤーが誰一人参加しなかったと知った運営の気持ちを明人は考える。
(……いや、そもそもイベントが分かりにくいのも多いんだよ)
「オークだからあるのかも知れないね」
明人は陸の話を聞きつつ、教師が来るのを待つのだった。
夜。
摩耶は制服を着て、家族ぐるみで付き合いのあった家を訪れていた。
多くの喪服を着た男女が屋敷と言えるような家に入っていく。
摩耶も両親に連れられ、屋敷に入るとやつれた家主と顔を合わせた。
少し前に出会っていたのだが、その時よりも随分と老けて見える。
母親の方は涙を流しており、自分と同じ年齢の長男に支えられていた。
「……なんと言って良いのか」
父親が、亡くなった次男のことを言うと相手の男性【柊 純】は首を力なく横に振った。
「今の医療ではどうにもならなかったらしい。原因すら分からないんだ。……どうしようもなかったよ。でも、あの子は頑張ったのに俺は……」
厳格で背が高く体付きもたくましい髭を生やした紳士。
頼りになる知り合いのおじさんが、涙を流している姿は摩耶にも心に来るものがあった。
それに、亡くなった子の事を摩耶も知っている。
何度も顔を合わせていた。
すると、純が摩耶の両親に話をする。
「そうだ。摩耶ちゃんと少し話が出来ないか? 時間は……すぐに終わるから」
両親が少し首を傾げたが、すぐに了承する。
「あぁ、構わない」
言われて純に案内され、摩耶は屋敷の部屋の一つに入った。
ソファーが向かい合うように置かれ、小さな机が間に置いてある。
しかし、使っていないのか周囲には荷物などが目立った。
「こんな場所で悪いが、話をしても良いだろうか?」
摩耶は頷く。
「はい。あの……私に何か?」
純は少し困ったような顔をし、そして小さく笑ったかと思うとすぐに悲しそうな顔になる。そして、目頭を指先で揉んでいた。
涙が床に落ちていたが、摩耶は純の言葉を待った。
「……すまない。中年の涙なんて見苦しいだろう」
摩耶が首を横に振ると、純は深呼吸をした。
「摩耶ちゃんのご両親から、最近はゲームに夢中で困っているという話を聞いたのを思いだしてね」
摩耶は思う。
(二人とも、そんな話をおじさんにするなんて)
困惑していると、純が力なく笑った。
「別にやるべき事をやっているのなら、遊んだって良い。咎めるつもりじゃないんだ。その……俺はゲームのことを知らなくてね。パンドラと言うんだったかな? パンドラの箱?」
摩耶がすぐに訂正する。
「パンドラの箱庭、ですね」
「そう、それだ。息子は入院中にそのゲームをやっていてね。重病患者向けのログイン時間を増やす方法があるから、申請して欲しいと困った事を言っていたんだ」
力なく笑う純は、次第に無表情になっていく。
「最初は拒否したんだ。ゲームよりも、もっと家族との時間を、と。だが、俺も忙しくて顔を出せない日が……今思えば、もっと好きな事を……」
嗚咽の混じった純の話を、摩耶は急かさずに聞くのだった。
「……摩耶ちゃんに頼みがあるんだ」
摩耶は姿勢を正す。
「なんでしょう?」
「俺をそのゲームに招待。案内してはくれないだろうか? 俺も息子の見ていた世界を見てみたいんだ」
病室でゲームの話をする幼い息子の顔を思い出したのか、純はポツポツと語り出すのだった。
「遊んでやれる時間がなかった。でも、ゲームなら時間が延びるから一緒に出来ると……あの子に誘われていたんだけどね。結局一緒に出来なかった」
摩耶は、そんな純の願いに応えるのだった。
◇
ゲーム内。
希望の都にある広場で、ポン助とマリエラは困った顔をしたアルフィーと対面していた。
「……そちらの方は?」
ポン助が見下ろしているのは、ノーム種。
手先が器用ですばしっこい小柄な種族。
可愛らしいが、盗賊に向いており気を許すと痛い目を見るという種族だった。
巨体のオークが、ノームを見下ろしてい光景。
しかし、小柄なノーム種の男性アバターのプレイヤーは、
「初めまして。俺は【ライター】。実は、ま……アルフィーちゃ――」
「ん、んっ! ライター、ここではアルフィーと呼び捨てにして貰って結構です」
アルフィーが途中でライターと名乗る紳士なノーム種に注意をすると、可愛らしい紳士が頷いていた。
髭があるのだが、小柄で大人になるため背伸びをしているようにも見える。
だが、しゃべり方が落ち着いており、実に紳士だった。
「失礼。アルフィーにゲーム内を案内して貰う事になったんだ」
マリエラがかがみ込んでライターの顔の位置と高さを合わせ、マジマジと見ている。
「小さい体なのに紳士ね。大きな体をしたポン助にも見習って欲しいわ」
ポン助が顔を逸らした。
アルフィーが申し訳なさそうにしている。
「それで、今日は二人と一緒に節制の都に行けないんです。ごめんなさい!」
両手を合わせて謝ってくるアルフィーに、ポン助は言う。
「まぁ、それなら僕たちも次回のログインにでも予定を変更するよ。それより、二人だけがいいなら僕たちは別行動をするけど?」
アルフィーがポン助の顔を見上げた。
「いいんですか!」
ポン助は照れており、咳払いをする。
「いや、二人だけで先に行ってもつまらないし。それより、どうするの?」
マリエラもポン助の意見に同意なのか、頷いていた。
アルフィーは、ライターの顔を見て頷くとポン助に頼み事をする。
「実は、探して欲しい人物がいるんです」
「探して欲しい?」
ライターが説明する。
「ノーム種でライターというプレイヤーが俺以外にもいたんだ。その仲間に会ってみたいと思ってね」
マリエラがアゴに手を当てた。
「人捜しね。でも、それだけの情報で見つかるかしら?」
ポン助は腕を組む。
「……よしっ!」
何か思いついたのか、ポン助の表情は実に明るいものだった。
三人に期待を抱かせるには十分なほどに。




