みんな素人
マリエラは円状の洞窟内を走っていた。
となりには“そろり”が併走しており、時折ナイフやアイテムを上空にいる火竜へと投げつけ自分たちにヘイトを集めている。
「どうしてこんな事になったのよ!」
走りながら矢を構え、そして放つが火竜の炎が矢を焼き払った。
同じように、違うパーティーの狩人が離れた場所から手を振るとマリエラたちは下流から離れる。
上空から放たれる火竜の炎から逃げ回りながら、時間を稼いでいたのだ。
「本来ならはめ技で倒すはずだったんだけどね。だけど、それは無理になったからこうして逃げ回りつつ作戦会議の時間稼ぎをしているんじゃないか」
そろりはそう言いつつ、自分にアイテムを使用して体力の回復を行っていた。
マリエラが心配する。
「あんた、アイテムをそんなにバンバン使って大丈夫なの?」
手持ちの魔法で回復も行えるそろりには、アイテムを消費するメリットがない。
しかし、そろりは首を横に振る。
「昔貯め込んだ回復アイテムでね。微々たる量しか回復しないんだ。せっかくだからここで使ってアイテムボックスの整理をしようと」
マリエラは思った。
(こいつマイペースね)
ソロだけあって、何かズレていると感じるマリエラであった。
火竜討伐。
次の世界へと進むためには、避けては通れないクエスト。
そんなクエストに挑む多くのプレイヤーが共通しているのは、規模の大きなレイドを組んだ経験だ。
他のゲームで体感していても、VRゲームであるパンドラでは違う部分が多い。
プレイヤーが文句を叫んだために火竜のターゲットが変更されるなど、VRゲームだからこそとも言える。
分かっていても、知っているゲームの癖が出てしまった、などは多くある。
……つまり、このクエストでは多くの場合が“素人の集まり”なのだ。
閉じた入口付近で、集まった十七人のプレイヤーたちが話をしていた。だが、話はまとまらない。
ブレイズの提案に対して、他のプレイヤーたちが荒れていたためだ。
声を潜めつつ、職人のプレイヤーがブレイズに詰め寄っている。
「ふざけるなよ。全滅してやり直すって簡単に言うな」
そんなプレイヤーに対して、ブレイズの方が困惑していた。
「だから、失敗してもすぐ外で復活できるんだ。レベルが二つ下がる程度なら、別に問題もないだろう?」
レベルが二つ下がる程度。
この言葉に、ブレイズの仲間が割って入った。
「ブレイズ、駄目だよ。職人プレイヤーのレベル上げは大変なんだ。ただでさえ、根気がいるし、戦闘をするよりも時間がかかる。たった二つじゃないんだ。二つも、なんだ。取り戻すのに時間がかかりすぎるんだよ」
職人プレイヤーの一人が小さく手を上げた。
「あの、私たちは必要と思われるアイテムは全て揃えてきたんですけど? それらをだいぶ消費して、失敗しましたではそれらを揃えた時間や資金、素材も全部無駄という事になります」
ブレイズは困惑している。
ポン助はその様子を見て思った。
(あ、これは絶対に理解していないな)
課金プレイヤーからしてみれば、彼らが時間をかけて集めた素材などすぐに手に入れる事が出来る。
場合によっては、もっと質の良い物を倍以上に揃えられるのだ。
……リアルマネーは強い。
しかし、お金をかけられるプレイヤーだけではない。月額の料金は一万円と高額だ。
課金をしても月に数百円から数万円と、人によって使う金額はバラバラ。
話が進まないでいると、槍を持ったブレイズの仲間が立ち上がった。
「あ~、なら俺はもう一回死ぬから。いくら粘ったところで空に上がったボスを倒せる訳がないし」
その言葉に、違うパーティーの女性アバターのプレイヤーが激怒する。
胸倉を掴み上げた。
「てめぇ、自分がガキみたいなことを叫んだせいで、全員が困っている、って自覚はあるのかよ?」
ドスの利いた声――どうやら中身は男性らしい。
彼女、いや……彼は、ポン助をレイドに誘ってくれたプレイヤーだった。
(……ときめいた僕の気持ちを返して欲しいけど、今はソレよりも火竜か)
そう思いながら火竜の方を見ると、そろりが攻撃を仕掛けるところだった。
しかし、火竜がそろりに向かって炎を放ち――。
「……ちょっと待って」
ポン助が全員の視線を、そろりへと向けさせる。
そろりは……放たれた炎を、壁をよじ登って避けるとナイフを投擲していた。
「器用だけど、それがどうかしたのかい?」
ブレイズがたずねてくると、ポン助は壁を見上げる。
上を見れば山頂に開いた穴が一つ。
円柱状の空間……。
「……この壁を上って火竜に取り付く事は出来ないかな?」
その言葉に、槍を持ったプレイヤーが肩をすくめ、ポン助を馬鹿にしたような目で見ていた。
「お前、頭の中身まで豚なの? そんな事ができるわけがないだろ。あのソロ野郎も上っても少しだけじゃないか」
確かに、そろりが壁をよじ登って火竜には取り付いていない。
しかし、ポン助には出来るような気がした。
槍を持ったプレイヤーが周囲を呆れた目で見ている。
「もう全滅してやり直した方が早いって」
職人たちが苛立ちを募らせる。
「お前のミスだろうが。なんでそんなに図々しいんだよ!」
すると、そんな周りの苛立ちを煽るように半笑いの顔で言う。
「ごめんね~、貧乏な皆さんには時間をかけることでしかゲームを楽しめないもんね」
その言葉に全員の顔が歪む。
ブレイズたちへの怒りがこみ上げているのが、ポン助にも理解できた。
槍を持ったプレイヤーと、もう一人のブレイズの仲間がそのまま火竜の方へと向かう。
「じゃあ、先に行くからブレイズも早く来いよ。どうせ課金をすれば一日でまたレベルはカンストするんだし」
二人がそのまま走り出すと、火竜が炎で二人を焼き殺す。
二人が赤い光になって消えるのを見終わると、周りの視線がブレイズともう一人の優しそうな仲間へと向いた。
ブレイズが申し訳なさそうに言う。
「すまなかった。今度、弁償の方は俺の方で――」
職人プレイヤーがブレイズに掴みかかる。
「そういう事を言っているんじゃない、って何度言わせるんだよ。いいか、俺たちが言いたいのは――お前ら、真剣にやっているのか、って事なんだよ」
職人プレイヤーたちは言う。
「一生懸命やって駄目なら、次も頑張ろうって言えるよ。けど、お前らなんなの? やり直せば良い、負けても良い、金ならあるって。なら、お前らだけでやれよ。俺たちを巻き込むなよ」
ブレイズが口を開きかけるが、すぐに閉じてしまった。
その後ろで、残った仲間がブレイズの腕を掴んで首を横に振るのだった。
「僕たちの態度が悪いよ。それに、あの二人はマナーも悪い。前はこんなんじゃなかったのに……」
全員が俯く。ある者はこれまで準備してきた物が全て無駄になったと嘆き、ある者は怒りを募らせ。
そして、ブレイズは二人の仲間を思ってか奥歯を噛みしめていた。
黙っていたアルフィーもまた、何か思うところがあったのか俯いてしまっている。
ポン助は――。
「皆さん、手伝って貰えません? これ、上れると思うんですよね」
――壁を見ながら真剣な眼差しで、何度か頷いていた。
マリエラが叫ぶ。
「なんなのよ、さっきの二人は! いきなり出て来て消えて――誰か説明して!」
火竜の炎から逃げ回り、時間を稼いで忙しいマリエラたち。
そんな中でも、ソロのそろりは慌てない。
「この極限状態……そう、これが最高だ。今まで考えてきた戦う術が通じない絶望感。これで一人だったらきっと小説になっているはず!」
興奮しておりとても楽しそうだった。
(絶対にこいつもオークたちと同じ人種だわ)
冷めた目を向けつつ、マリエラが矢を手に取ると火竜の後ろで壁を上っている何かが見えた。
「……はぁ!?」
驚くマリエラの視線の先を見て、そろりが指を鳴らした。
「なる程! 彼ならもしかしたら――」
ポン助の手足には、爪付の新しい防具が装着されている。
背中には大盾を背負い、片手剣は腰に……そして、大剣二本が背中に背負われていた。
「よく考えてみたら、僕は高い場所がそんなに得意じゃなかった気がする」
出来ると思って提案し、即席で職人たちに装備を用意して貰った。
ブレイズが持っていた素材を提供してくれたおかげで、攻撃力の高い大剣が二本も手に入った。
ポン助の太い手足が、壁を掴んで巨体を支え、そして持ち上げていく。
「下を見るな。下を見るな。下を見るな……」
ブツブツと自分に言い聞かせ、そして火竜に見つからないことを祈りながら壁を上って行く。
そして、背中に気配を感じて振り返った。下を見ないように振り返ると、そこには火竜がいてこちらを向いている。
火竜の目とポン助の目――視線が交差した。
「……ぎゃあぁぁぁ!!」
「グォアァァァ!!」
火竜までもが咆吼したが、二人以外から見ればきっと両者ともに驚いていた滑稽な光景かも知れない。
火竜が大急ぎで炎を吹くと、ポン助は壁を大急ぎで上り始め炎から逃げていく。
今まで自分が掴まっていた場所が、炎によりのみ込まれていく。
「ぬおぉぉぉ、丸焼きにされてたまるかぁぁぁ!!」
もう、叫んだところで状況も変わらないために、ポン助は声を張り上げて全力で壁を上った。
そして、火竜がまた口に炎を集めていると、下から魔法や矢が襲いかかってくる。
攻撃され、下を向いた火竜はそのまま高度を下げていく。
ポン助はソレを見て、深呼吸をした。
「高い……怖い……けど……やってやらぁぁぁ!!」
壁を蹴り飛ばし、そしてポン助は両手剣を片方の手にそれぞれ持って二刀流となる。
落下しながら大剣を構え、そのまま火竜の背中に跳び乗った。
火竜の背中に、大剣二本を深々と突き刺す。
火竜が空中で背中を大きく仰け反らせると、そのまま降下しながら背中を壁に押しつけようとした。
「壁に押しつけて潰すつもりか!」
ポン助は背中に盾を背負っており、深々と大剣二本を突き刺したまま火竜の背中に張り付き耐える体勢に入った。
背中をぶつけるも、ポン助は押しつぶされることなくそのまま火竜が落下をしていく。
フラフラと上空でもがく火竜には、下から矢や魔法が襲いかかってくる。
ポン助は両手剣をウォーキングポールの代わりに、火竜の背中に突き刺しながら頭部を目指して進む。
火竜が空中で身をよじると、振り落とされそうになるのを耐える。
足先についた爪も使用し、離れないように火竜の頭部だけを見て進む。
「……ドラゴンの背に乗る僕は、実は恰好いいのではないだろうか?」
冗談を言いつつ、青い顔をしながら進んで竜の首。長い首の付け根に到着すると、流石に大剣をウォーキングポールの代わりには出来ない。
片方の大剣を深々と突き刺し足場にすると、もう一本を進んだ先に突き刺して這うように進む。
火竜が口を開けてもがき、そして地面へと落下するとポン助は火竜の頭部に到着した。
腰から片手剣を引き抜くと、そのまま火竜の頭部へと突き刺す。
首を振り回し暴れ回る火竜に、流石にポン助も吹き飛ばされる。
投げ出されると空中でキャッチされた。
そろりだった。
「お見事」
そろりがそう言って、見えない口元はともかく目元が笑っているようだった。
ポン助が無事に地面に到着すると、両手で地面に触れる。
「地面だ。やっと地面だ」
息を切らしたポン助に、マリエラとアルフィーも駆け寄ってきた。
「ポン助!」
「流石です、ポン助! まるで映画で見た巨大猿のようでしたよ!」
二人が抱きついてくるが、まだ戦いは終わっていない。火竜は赤い光を発して消えていないのだ。
「ば、馬鹿! まだ終わって――」
しかし、そろりも構えを解いていた。
「いや、終わりだ。君のおかげだよ、ポン助君」
直後、魔法が次々に火竜を襲い、そして最後の止めにはブレイズの光り輝く剣が火竜の首筋に強力な一撃を放っていた。
「これで、終わりだぁぁぁ!」
ブレイズが最後の一撃を決める姿は、美形で白銀の鎧を着ており様になっている。
赤い光が洞窟内に広がり、消え去ると赤い光の粒が空から降ってきた。
アルフィーとマリエラに支えられるように立ち上がったポン助は、火竜がいた場所にプレイヤーたちを褒め称える言葉が浮んでいるのを見る。
職人たちが後方で歓声を上げ、そして前衛で戦っていたプレイヤーたちがハイタッチや抱きついて騒いでいた。
ブレイズが近付いてくる。
「……その、すまない。迷惑をかけたね」
謝罪をしてくるブレイズに、ポン助は急ごしらえの大剣二本を返す。元はブレイズの持っていた素材で作った大剣だ。
「まぁ、勝ちましたからね。いいじゃないですか。……二人には悪い事をしましたけどね」
ニヤリとするポン助に、ブレイズが苦笑いをしながら大剣を受け取れないと言う。
「君のおかげで勝てたんだ。持っていて欲しい」
そして、火竜がいた場所に“MVP”という文字が浮んだ。
全員の目の前にウインドウが開き、そして火竜討伐の報酬が分配される。
そろりがニヤニヤしていた。
「おぉぉぉ! 火竜の鱗と火竜の肉だ! 鱗は装備に? いや、肉と一緒に売り払って資金にでも――」
騒がしいソロプレイヤーに、ポン助は笑ってみていると拍手が起こる。
「え?」
周囲を見ると、ブレイズも周囲のプレイヤーたちもポン助を見ていた。
「おめでとう、ポン助君。君がMVPだよ」
「……嘘っ!」
空中を見上げると、そこには確かにポン助の名前が表示されていた。
そして、ドロップアイテム――レアドロップで手に入ったのは“火竜の角”と“火竜の逆鱗”……どちらか一方ではなく、両方出て来た。
他には火竜の爪があるのだが、そちらは出ていない。
約束通り、MVPであるポン助に二つのレア素材が渡された。
照れるポン助は、頭をかく。
「いや、その……あはは」
貰ったレアな素材。これをどうするか悩む前に、ポン助は戦った火竜を思い出した。
(なんか、凄かったな)
普通のゲームでは有り得ないような戦いをした事。そして、火竜が強敵であった事を思い出していた。
火竜の巣。
その入口が開かれると、十八人のプレイヤーたちが笑顔で出てくる。
それを二人のプレイヤーが口を開けて見ていた。
「……は? な、なんで」
ブレイズが二人に近付く。
「火竜は倒したよ」
そんなブレイズの言葉に、二人は自分たちのアイテムボックスを見た。そこには火竜討伐で得られる報酬がない。
それはつまり、二人が先へと進めないことを意味していた。
「なんで倒したんだよ! 俺たちがいなかったのに!」
ブレイズは槍を持った仲間を見て、少し悲しそうな顔をした。
(いつからだろうな。最初はあんまり金を使っていなかった気がする。徐々に使う金額が膨らんで……こいつらも俺に頼るようになって)
ブレイズは手を握りしめた。
「……パーティーは解散する。俺のせいでお前たちを駄目にしたと思う。それは謝るけど……もう、一緒に続けてはいけないから」
ブレイズがパーティーの解散と、そしてフレンド登録の解除を行った。
二人は言い訳をしようとするのだが、ブレイズは首を横に振った。
「何も知らなかった俺に、色々と教えてくれてありがとう。けど、ここまでだから」
二人が装備している武器や防具に装飾品は、ブレイズが与えたようなものだ。ブレイズのお金で用意した物。
「別に装備を返せとは言わない。けど、俺たちは離れた方がいいから」
歩き出すブレイズに、二人は罵声を浴びせる。
そんなブレイズの隣には、いつも注意をしていた最後の仲間がいたのだった。
◇
現実世界。
高級マンションの一室で目を覚ました青年は、ヘッドセットを外すと眼鏡をかけた。
眼鏡のレンズにはウインドウ画面が浮かび上がり、今の時刻や気になるニュースを表示している。
黒い短い髪を手で後ろに流したブレイズ――【一条 直人】は、深く深呼吸をするとパソコンの方へ歩いて行き取り付けられた外部機器からクレジットカードを引き抜いた。
パソコンの画面を見れば、使用金額の合計が今月だけで七桁に届いている。
「……俺も駄目だな。金額よりも真剣にプレイ出来るか、か」
言われた言葉を思い出しながら、眼鏡に触れると自動で機械がコーヒーの用意を始めた。
それを手に取り、椅子に座るとニュースなどをチェックする。
「しばらくは無課金でやってみるか。それに、また仲間を探さないと」
独り言を呟きながら、少し悲しそうで……ただ、嬉しそうにもしていた。
「おっと、今日は大事な会議があるんだった」
表示された時間を確認し、手早く食事を済ませると洗面所へと向かう。
身だしなみを整え、高級スーツに身を包むと連絡が入った。
『車の用意が出来ております』
「分かった、すぐに行く」
仕事へ向かう準備を済ませた直人は、玄関を出て少し思い出した。
「ポン助か……今度、誘ってみるかな」
ゲーム内で面白い知り合いが出来たと、喜んで出かける直人。
彼は本物のエリートで、アルフィー……摩耶のようなお金持ちだった。




