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怒れる火竜

 静まりかえった野営地。


 パーティーが交代で見張りを行っており、焚き火の音やプレイヤーが歩くと金属がぶつかる音が聞こえてくる。


 気を使っているのか、話し声はしない。


 ゲーム内であるから、周りに聞こえないようにやり取りをしているのだろう。


 テントの中。


 巨体であるオークのポン助は、目を覚ますと両手にしびれを感じていた。


(なんだ? 腕が……)


 外見からして小さなテントは、とてもポン助が入れるような広さではない。


 しかし、ゲーム内だ。ポン助や仲間が入れば、ソレに相応しい広さになる。


 枕を置いて毛布をかぶる。


 簡易の寝床で横になっていたポン助は、テントの真ん中に両腕を広げマリエラとアルフィーに腕枕をしていた。


(……え~、なにこの状況)


 両隣に見えるのは、美少女が二人。寝息を立ててポン助の近くで寝ていた。


 しかし、外見だけを見れば、の話だ。


 二人の中身――プレイヤーが誰であるか気にしないと決めたポン助ではあるが、素直に喜べない状況だ。


(こうしてみると、本当に可愛いと言うか美女というか……どこかで見た事があるような? まぁ、気のせいだな)


 昨日、フレンド登録を済ませた“そろり”から聞いたように、二人を眺める。アバターには特に違和感がない。


(……そうなると、二人はアバターの作成に随分と頑張ったのか?)


 聞けば、今ではアバターの作成を指南した書籍やブログまであるというので、それを見て外見を作成したのだと判断する。


 狭いテントの中、寄り添う三人。


 ――だが、ポン助は躊躇わない。


「はい。時間ですよ~」


 痺れる腕を我慢して動かし、二人を起こすと自分は上半身を起こして大きな口を開けて欠伸をするのだった。


「はぁ~、よく寝た」


 首を回し、痺れる腕の感触に少し目を細めながら体を動かす。


 急に枕のなくなったマリエラとアルフィーは、朝から酷い顔をしていた。


「ちょっと! もう少し優しく起こしてよ!」


「……寝覚めが最悪です。ポン助は女心が分かっていませんね」


 文句を言う二人に対して、ポン助は笑顔で返事をするのだ。


「はっはは、僕はオークだからね。紳士じゃないんだよ」


 マリエラは、長く赤い髪が乱れたので手で触れて整えていた。アルフィーがアイテムボックスから朝の身だしなみに必要なセットを取り出している。


 ジト目のマリエラは、ポン助にどこか冷たく言うのだ。


「ナナコちゃんに対しては紳士だったじゃない? なに? そういう趣味?」


 ポン助は立ち上がると腰を曲げた体勢で、外に出ていく。


「失礼な。……お、もう人がチラホラと」


 テントが並んだ野営地では、プレイヤーたちが出て来ていた。装備を脱いでおり、中には女性アバターで目のやり場に困る人もいる。


 しかし、よく見ると綺麗な人が欠伸をしながら腹をかいていた。


 どうにも男性のような動きをしており、アバターにはそろりから教えて貰った不自然さが目立っている。


 それが理解できるようになると、ポン助は思うのだ。


(僕も少しはパンドラに慣れて来た、って事かな?)






 朝。


 食事の準備を行っていた。


 必要のなさそうな行動ではあるが、日々の生活というのはステータスに影響を及ぼす。寝ない、食べないではバッドステータス状態になる。


 それを避ける意味もあるが、一番は料理人の出す食事にある。


「火属性への耐性を上げるスープだよ。飲んでね~」


 声の明るい男性が、大鍋から皿にスープをそそいでいた。列を作ったプレイヤーたちは、受け取るとその横へ移動する。


「こっちは防御力が底上げされるパンだよ」


 パンとは言うが、焼きたてのようなパンにソーセージや野菜を挟んでいる。


 どれも見ていて美味しそうだった。


 受け取って食事を始めるプレイヤーたち。


 ステータス画面を見れば、食事によるステータス向上の効果時間が表示されていた。


 そこには微々たる量の上昇が示されているが、時間が凄い。


 “防御力プラス二十”や“耐火プラス十”などの効果が百二十分も続くと示されている。


 座りながら食事をしているポン助は、自分たちの料理人を見た。


「……悪かったわね。ここまでの物は作れないわよ」


 拗ねるマリエラだが、最近ではレパートリーが増えている。


 一緒に食事をしているそろりが、マリエラを見た後にポン助に話しかけてきた。


「彼女も料理人の職業を?」


「えぇ、まぁ。最近ようやく上達してきまして。それまで色々と……」


 アルフィーは食事を済ませるとマリエラを見てニヤニヤしていた。


「うちの料理人もこれくらい作ってくれると助かるんですけどね。それにしても、百八十分も効果が続くなんて凄いですね」


 アルフィーの何気ない言葉を聞いて、ポン助が慌ててステータスを確認した。


「え? 僕、効果時間が百二十分なんだけど」


 マリエラも自分のステータスを確認した。


「……私は百八十分ね」


 そろりがスープを飲み干し、息を吐くとポン助に言う。


「オークの欠点でもあるね。確か……大食いのオークは、料理などの効果時間が短くなるんだったかな? ネタ種族というか、運営はオークに冷たいよね」


 色んな部分で冷遇されているオークという種族。


 ポン助が「酷くない?」などと言っていると、レイドリーダーのブレイズが立ち上がって手を叩き皆の視線を集めた。


「え~、食事をしながら聞いてくれ。これより火竜退治を行なう訳だが、職人パーティーは後方から援護をしてくれ。メインである俺たちのパーティーは、敵と正面から。他二つのパーティーは敵の注意を引き付ける役割を頼む」


 職人たちが集まったパーティーは、戦闘系の職業が心許ない。


 下がって他のパーティーの支援をするくらいだろう。


(僕たちは脇で火竜の注意を引き付ける役割か)


 メインパーティーはブレイズたちで間違いない。


 ポン助のパーティーもそれなりの実力を持っているが、ブレイズたちは見るからに理想的な職業やスキルを持っていた。


 装備も希望の都で手に入る、最高クラスの物を持っている。


 リアルマネーの力がそこには確実に現われていた。


「報酬は均等割にしたいけど、火竜のドロップアイテムはMVPの出たパーティーに、って事でどうかな?」


 周囲のプレイヤーたちは、その言葉に反対しなかった。


 そろりがポン助の隣で小声で話しかけてくる。


「実質、自分たちが貰い受けるって事だね。ボスへのダメージ蓄積数や、討伐への貢献度はシステムが判断するけど、彼ら以上に働けるパーティーは少ない」


 理想的な職業やスキル。そして装備……確かに、ブレイズたちがMVPを獲得するのは決定事項のようなものだった。


「まぁ、こっちは次の世界に行ければ問題ないんで」


 そろりも小さく笑う。


「奇遇だね。僕もだ」


 ブレイズは、反対意見がないとみると頷いていた。


「それじゃあ、行こうか。前衛のパーティーは、職人たちからアイテムを貰うのを忘れないでくれよ。それと、火竜は攻撃以外にもプレイヤー同士の声にも反応するらしい。あまり大きく叫ばないように」


 後方支援の職人パーティーは、今回のために色々と準備をしてきている。


 ポン助たちも彼らの作ったアイテムを無料で受け取れるのは、それが相互協力だからだ。


 直接戦えないために、こういった協力を惜しまない。


 職人の一人がポン助に言う。


「頑張ってくれよ。俺たちも次の世界に行きたいからな」


 戦えないために、こうして協力してついてくるだけの彼ら。


 しかし、中には例外も存在した。


 圧倒的な職人スキルを持つ集団は、前衛が頭を下げ資金や素材を揃えてボス戦に来て貰う。


 先に進めば進むほどに、職人の協力は不可欠になるのだ。


 そのため、時には前衛よりも後衛の職人たちの方が立場は上である時もある。


 職人だから役立たずと決めつけると、後で大変な事になるという事だ。






 火竜の眠る洞窟。


 そこはマグマが川のように流れる場所だった。


 自然界では有り得ないような空間は、天井に火竜が飛び立つための穴がある。


 流石に空を自由に飛ばれては、プレイヤーたちが勝つために難易が高すぎてしまう。


 そのため、制限された空間で戦うのだ。


(外で出くわした方が怖いな。ある意味、地の利はプレイヤー側にある訳だ)


 敵の住処なのだが、プレイヤーたちが戦える環境になっていた。


 赤く、ドロドロとしたマグマが流れる川……時折蒸気も噴き出し、蒸し暑く汗が流れる。


「ゲームでなければ、こんな場所に足を踏み込もうとは思いませんでしたよ」


 アルフィーが汗を拭いながらそう言うと、マリエラも同意していた。


「同感。服まで汗でベタベタするわ」


 体に張り付くような服を着ているマリエラは、普段よりも体の線が艶めかしく見えていた。


 先頭を進むポン助たちは、火竜が寝ている場所を見つける。


 ポン助は立ち止まって手をかかげ、そして後方に火竜がいる事を知らせた。


 ブレイズが頷き、そして魔法使いたちが次々と魔法を使用する。


 プレイヤーたちが色とりどりの光に包まれると、様々な効果が発揮された。


「ステータスのほとんどが上昇していますね」


 アルフィーがそう言って喜ぶと、そろりは溜息を吐く。


「数が力だとハッキリ分かるよね。しかし、これだけ支援を受けられると心強い訳だが……」


 火竜は盛り上がった土の上で眠っており、寝息を立てていた。


 ポン助はそんな火竜を見て思う。


「でかい。それに怖い」


 赤い鱗に黒い角や爪。


 大きな体を持つドラゴンは、存在しているだけで威圧感があった。


 レベルを上げても一人では到底太刀打ちできないような存在がそこに寝ており、自分たちは今から戦いを挑むのだ。


 すると、後ろからブレイズの仲間がやってきてポン助を槍でつつく。


 マリエラとアルフィーが、そんな態度のプレイヤーを睨むもポン助が手で制した。


「おい、準備が出来た。さっさと突っ込めよ」


 相手は上から目線でそう言うと、後ろへと下がっていく。


 最初に入り込んだプレイヤーに対して、火竜は攻撃を仕掛ける傾向が強い。生け贄のような扱いだった。


 そろりが肩をすくめた。


「ブレイズ君は周りに恵まれていないようだね」


 その程度の仲間しかいない事を残念だとそろりが言うと、ポン助は盾を左手に持って右手に片手剣を持つ。


「それじゃあ、お先に――行くぞ、おらぁぁぁ!」


 声を張り上げ、そして自分に注意を引き付けるポン助。マリエラもアルフィーも、そしてそろりもポン助の後ろへと続く。


 火竜が目を見開き、そしてゆっくりと首を持ち上げると口を開ける。


 炎が口の中からあふれ、そして走るポン助に向かって大きく口を開くと炎がポン助に襲いかかってきた。


 マリエラはポン助の背中に回り込み、アイテムを投げる。


 ポン助の背中に当たったアイテムが砕け、青い光に包まれるとポン助は大盾を構え三人を庇う。


「熱っ!」


 冷却された体。そしてステータスが上昇しているというのに、火竜の炎は容赦なくポン助を焼いてくる。


 後ろにいる仲間は無事であるが、体力や防具の耐久値がメリメリと音を立てて下がっていくのが分かった。


(下手な装備をしたパーティーなら、一撃で全滅じゃないか!)


 劣化しようがボスはボスなのだと、まるで見せつけられているような気分だった。


 だが、そんなポン助に攻撃を仕掛け無防備となった火竜に、ブレイズたちが襲いかかる。


「行くぞ、みんなぁぁぁ!」


 ブレイズの持つ豪華な剣が光を放ち、跳び上がるとそのまま火竜を斬りつけた。


 強力なスキルの一撃は、様々なバフ系の魔法で強化され火竜に大きなダメージを与える。


 直後、火竜に次々と魔法が降り注いだ。


 弱点とされる氷の魔法が、矢のように降り注ぎ火竜の鱗に傷をつけていた。


 ポン助たちを襲っていた炎が弱まり、逃げ出すとすぐにアイテムを使用した。


 体力が回復し、そしてポン助たちは攻撃の止むタイミングを見計らう。


「位置が悪い。回り込もう」


 全体の位置を確認し、ポン助は火竜の背中を取るような場所へと移動する。


 すると、前衛二つ目のパーティーが攻撃の終わり目に自分たちが前に出て注意を引き付けていた。


「ほらほら、次はこっち!」


 火竜が炎を放ち、ソレに耐えるパーティー。


 そんな彼らを見ながら、今度はポン助たちが攻撃を仕掛ける。


 そろりがアイテムを投げつけると、爆発して火竜が体勢を崩した。


 マリエラが矢を構え、アルフィーが全速力で駆け出すと連続で斬りつける。そして、ポン助が片手剣で火竜の尻尾を突き刺し、最後にマリエラが矢を放った。


 矢尻が綺麗な水色の矢は、火竜に突き刺さると氷を発生させ大きなダメージを与える。


 コンボという文字が浮かび上がり、そして火竜の体力を大きく削った。


 火竜の首がポン助たちの方を向くと、瞳には怒りが宿っていた。


「迫力が違うな」


 ポン助は片手剣をしまい、アイテムを取り出すと自分に使用する。


 仲間が自分のところに集まってくると、大盾を構えるのだが――。


「お前ら、コンボなんか出すんじゃねーよ! 俺たちがドロップアイテムを貰えないだろうが!」


 プレイヤーの一人が大声で叫んだ。


 ブレイズの仲間であり、槍を持ったプレイヤーの張り上げた声に全員が驚く。ポン助たちに狙いを定めていた火竜の首が、攻撃準備をしていたブレイズたちへと向けられた。


「まずいっ!」


 ポン助は駆け出すとブレイズたちの前に出て、大盾を構えた。


「ポン助君!」


 ブレイズが後ろで騒いでいたが、無視をして火竜の炎を受け止める。


「……ちっ!」


 パーティーの位置取りが、決められたものから崩れてしまっていた。


 ポン助たちパーティーが崩れると、火竜への攻撃が緩められてしまう。


 火竜は咆吼すると、そのまま翼を広げるのだった。


「誰か止めて!」


 プレイヤーの一人が叫ぶと、散発的な魔法が火竜を襲う。しかし、火竜は狭い空間の中で器用に飛び上がるとプレイヤーたちを見下ろした。


 口が開くと、まるで笑っているようである。


 火竜が自分の巣に入ったプレイヤーたちを見下ろし、そして攻撃が届かない位置から見下ろして笑っていた。


 ポン助は自分にアイテムを使用すると、そんな火竜を見上げて睨み付ける。


 後ろでは、ブレイズが槍を持った仲間に詰め寄った。


「なんで大声を出したんだ! 注意がこっちに向くから気を付けろって言ったよな!」


 槍を持ったプレイヤーは、素直に謝れないのか態度が悪かった。ただ、俯いて申し訳なさそうにしているようにも見える。


「別に、俺のせいじゃ……」


 他の仲間が、言い争いを始めそうな二人に割って入った。


「二人とも、それよりも今は火竜だよ! このままじゃあ、魔法使いや狩人が少ない僕たちはなぶり殺しにされる!」


 全体を見ると、二つのパーティーが職人たちだ。


 残り三つのパーティーを見ても、狩人は二人。魔法使いも二人……とてもではないが、上空の火竜を仕留められる火力ではない。


 本来なら、飛び上がる前に仕留めて終わらせる予定だったのだ。


「まいったな。毎回こんな感じだよ」


 予定外の状況に、ポン助は困り果てるのだった。


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