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課金プレイヤー

「くそっ! くそっ!」


 狭いアパートの一室。


 カーテンは閉められ、隙間から光が差し込んでいた。光が照らしている部分には埃が舞ってキラキラとしている。


 部屋の中は散らかっており、床は踏み場が見えない。


 ベッドの周りには色々な物が積み上げられ、カップ麺が積み上げられている場所もあった。割り箸はそのまま、スープも残っており部屋の中は悪臭が漂っている。


 布団にはシミなどが付着し、そんな部屋の中で文句を言っている部屋の主は荒れていた。


「どいつもこいつも馬鹿にしやがって!」


 栗田風斗――スーパーに就職してしばらく経つ彼は、三十歳になっていた。


 財布の中から数枚のカードを取り出すと、パソコンに向かってカードの番号を打ち込みポイントを獲得する。


 そのままパソコンの画面を消すと、ケーブルで繋がったヘッドセットが置かれたベッドを見た。


「あの婆も、あの女も、俺を馬鹿にしやがって!」


 文句を言いながらベッドに向かうと、栗田が移動して部屋の中のゴミも動く。


 ベッドに横になりヘッドセットを着用し、そしてゲームを起動させた。


「俺は最強なんだ……最強……」


 意識が仮想世界へと向かい、栗田は動かなくなった。



 希望の都。


 その外壁にある巨大な門。


 そこに集まったのは、五つのパーティー……二十人ほどだった。


 それぞれ種族もバラバラで、恰好も違う。


 中でも目立っているのは、重厚感のある盾を担いだ巨漢――オークのポン助だった。


「二十人もいると頼もしいね」


 周囲を見ながらそう言うと、横に立っていたマリエラが新しい弓のチェックをしている。


 この日のために用意した弓であり、矢の方も随分と奮発して揃えていた。


「後方支援も充実しているし、ありがたいわよね」


 五つのパーティーが参加しているのだが、二組は職人たちの集まりであった。


 本来なら五つ全てを戦えるパーティーにしても良いのだが、相互協力という事で職人たちも参加させている。


 アルフィーは、臨時で自分たちのパーティーに参加してくれたプレイヤーに話しかけていた。


「今日は協力してくれてありがとうございます。あの……ソロなんですよね?」


 相手は他のパーティーが紹介してくれた、ソロプレイヤーだった。


 ローブをまとい、口元を隠した黒髪のプレイヤー。


 ソロと聞いて不安なのか、アルフィーの視線はどうにも品定めをするものになっている。


 ポン助がアルフィーの背中を軽く叩いた。


「あんまりジロジロ見るなよ」


「いや、だって!」


 どうにも悪質プレイヤーの一件から、マリエラもアルフィーも他のプレイヤーに対して警戒心が強くなっている様子だった。


 ソロであるプレイヤーが肩をすくめる。


「いつもの事だから気にしなくて良い。俺はスタイルとしてスピードを重視していてね。普段は一人で黙々とプレイするのが好きなんだ。ただ、この手のクエストは一人では無理だろ?」


 一人が好き、というプレイヤーも中にはいる。


 マリエラが単純な疑問を口にした。


「オフラインじゃ駄目なんですか?」


「駄目だ」


 即答するソロプレイヤー。彼に言わせると、オンラインでソロプレイをするのが最高だという。


「というかオンオフに関わらず、パンドラ以上のゲームなんて開発されていないよ。パンドラを超えるゲームは、パンドラの次回作くらいじゃないか?」


 VRゲームはパンドラの箱庭が一強状態だ。


 これ以上のVRゲームがない以上、ソロプレイヤーにも選択肢はないらしい。


「それに、他にプレイヤーがいる中でソロをする事に意味があるんだ。孤独と戦い、そして全てを使って戦いに勝利する。街に戻れば、楽しそうなプレイヤーたちを眺めながら一人酒をチビチビ飲む。そこがいいんだ!」


 熱弁を振るわれるも、マリエラにもアルフィーにも理解できない様子だった。


「いや、誰かとパーティーを組めば良いじゃない」


「そうですよね。せっかくのオンラインゲームですよ」


 人差し指を立て、それを横に振って「ちちちっ」などと口で音を立てるソロプレイヤーは、胸に手を当てて言うのだ。


「オンラインでソロをやるから意味がある」


 ポン助は思った。


(この人もオークの集団と同じ臭いがする)


 溜息を吐くポン助。


 周囲を見ると、それぞれパーティー同士や他のパーティーのプレイヤーと話をしていた。


 だが――。


(二人とも、僕と距離が近い上に離れない……)


 未だにトラウマなのか、ナナコのクエストを達成してから二人はポン助に近い位置――常に傍にいるようになった。


 以前は街中で単独行動もしていたのだが、ここ最近はそういった事もない。


(どうにかしないと)


 頼られていると思えば嬉しいが、それが良い傾向ではないとポン助も理解している。


 そこで、ポン助の方から声をかける事にした。


 相手は五つのパーティーのまとめ役。


 レイドのリーダーでもある【ブレイズ】だ。


 茶髪の髪はどうにもセットからして遊んでいる風で、鎧は随分と金をかけたのか白銀であった。


(アルフィーと違って、素材の段階で金をかけたな)


 出来上がった物を購入するのではなく、素材を購入して作り上げている。金のかかり具合では、アルフィーを超えていた。


「あ、どうも、ポン助です」


 挨拶をすると、ブレイズはポン助を相手に右手を上げる。


「あぁ、有名人の。オークに人って言って良いのか分からないけどよろしく。それより、その盾……レアアイテム? 他の素材がその辺の鋼鉄だと勿体なくない?」


 いきなり持っていた大盾を見て、そんな事を言ってくるブレイズに対して、ポン助もどう返事をするか迷った。


「いえ、貰った物なので。そちらは随分と――」


 話し込もうとすると、ブレイズの仲間たちが集まってきた。


「ブレイズ、あんまり人様の装備に口を出すなよ。それよりさぁ……ちょっとアイテムの足りない子がいるんだよね。お前、予備持ってない?」


 仲間がブレイズと肩を組む。


 ブレイズはしょうがないと言いながら、その場で画面を開いた。


(課金アイテムの購入画面!?)


 そのまま回復アイテム――一つ数百円の品物を、十個ほど用意した。


「これで足りる?」


「さんきゅ~。ねぇ、君たち~」


 仲間二人は、女性アバターのパーティーにアイテムを持って近付き、それを渡して話しに花を咲かせていた。


 仲間の一人が、そんなブレイズを見て注意をする。


「……ブレイズ、そういうの止めなよ」


 ブレイズは首を傾げていた。


「そういうの? いや、仲間だろ。それに、倒れられても困るからこれくらいどうって事ないよ」


 言われた仲間は肩を落としていた。


 ブレイズはポン助に対して、手を振って他のプレイヤーたちのところへと向かって行く。


 マリエラが、そんなブレイズの背中を呆れたように見ていた。


「うちの課金馬鹿より過激に使うわね。あの手のタイプは数万を課金したとか思ってないんじゃない?」


 ポン助もマリエラも、準備のために多少課金をしている。だが、それも微々たる金額だ。


 学生に支払える程度。


 アルフィーは不満そうだった。


「私だって素材から揃えて、NPCに最高の出来栄えにして貰えますよ。二人があまりお金を使うなと言うから」


 頬を膨らませるアルフィーが言うように、素材を持ち込みプレイヤーのようなランダム性を廃した高水準の武器や防具を作るNPCたちが存在する。


 彼らに物を作って貰うのに必要なのは、運営が配るチケットやリアルマネーだった。


 ポン助は兜を脱いで、頭をかく。


「なんというか……凄いね」


 自分たちのように基本料金プラス、月に数千円のプレイヤーとは次元が違うと思うのだった。






 怒れる火竜のクエストは、希望の世界にある活火山。


 そこを根城にしている火竜を討伐するクエストだ。


 本来、最初期には火竜がこの希望の世界のボスであった。


 倒されたことで火竜はプレイヤーたちが、次の世界へ行くための試金石扱いに格下げとなる。


 その後もバランスの調整や、大型アップデートを経て最強格のボスは中ボス扱いを受けるようになる。


 しかし、それでもレベル五十制限のプレイヤーたちには、厄介なボスである事には変わりがない。


 二十人で山を目指し移動をするが、基本的に荷馬車での移動だ。


 山への入口で荷馬車を止め、そこからは徒歩での移動となる。


 火竜に到着するまでは迷路を抜けなければならず、ランダム性もあるために多少時間がかかる。


 ポン助はそんな迷路で最前列……全体の盾役を任された。


「この野郎!」


 赤い皮膚を持つワニが、洞窟の床を走って迫ってくる。


 片手剣を地面に突き刺し、ワニを縫い付けると赤い光になって消えていく。


 その後ろでは、ソロプレイヤーがナイフを投げてポン助を援護していた。


「オークの背中は頼り甲斐があって良いね。攻撃力、防御力共に頭抜けているから、敵もどんどん倒れて行く。まぁ、この辺はしっかり準備をしていればほとんどのモンスターが雑魚なんだけどさ」


 ソロでプレイしているだけ有り、その戦闘スタイルは職業や装備だけではなくスキルやアイテムも駆使して戦うスタイルだった。


 時折、アイテムを投げて敵の動きを制している。


「戦いやすくして貰って助かります。それにしても、なんで俺たちだけ前なんですかね?」


 少しイライラしながら後方を見れば、ブレイズの仲間二人にマリエラとアルフィーが声をかけられ不満そうにしていた。


 ソロプレイヤーはヤレヤレと首を横に振る。


「外見が良いアバターを使っているから声をかけられているんだろう。まぁ、見てくれを良くするために色々とやるプレイヤーは多いけどねっ!」


 ナイフを天井に投げつけるソロプレイヤー。


 天井からは大きなコウモリが落ちてきて、ポン助は盾で殴りつけ赤い光に変えてやった。


 ソロプレイヤーは、周囲を見ながら先程の続きを口にする。


「意外と外見の良いアバターは少ないからね」


 ポン助は首を傾げた。


「そうですか?」


「知らないのかい? アバターを作るときに色々と手を加えすぎるとバランスが崩れるんだ。……ほら、彼女。いや、彼、かな」


 ソロプレイヤーが指差したのは、ポン助を誘ってくれた女性アバターだった。


「ヒューマンの女性アバター……グラマラスボディに手を加えているみたいだけど、不自然に見えない?」


 言われて凝視するポン助は、確かに違和感を発見した。


 言われなければ気が付かない。本当にその程度の微妙な違和感。


「女性の多くは自分の身体データから理想に近づけバランスを崩す傾向にある。男の場合、サンプルデータを自分好みに変更するからそこで差が出るんだ。サンプルデータをそのまま使った方が綺麗なんだけど、すぐに分かるからね」


 色々と詳しいソロプレイヤーに、ポン助は何度も興味深く頷いた。


「なら、僕の仲間二人は――」


 そして、自分の仲間のことをたずねようとすると、また敵が来た。


 ソロプレイヤーがナイフを手に取る。


「集団が来たね。後ろに応援を頼もうか。しばらく耐えてくれ」


「あ、はい」


 ポン助はソロプレイヤーを見送ると、そのまま盾を構えて敵集団を前に思った。


(……なんで僕がソロで戦っているんだろう?)


 二十人近くもいてソロという現状に、ポン助は何とも言えない気持ちになるのだった。






 迷路を抜けた広場。


 そこで夜営をする事になると、ポン助は武具などを職人たちに預ける。


 失われた耐久値が回復され、持っていたアイテムや資金で強化をお願いすると無料で請け負ってくれた。


「おぉ、良い感じだ」


 装備を受け取り、嬉しそうなポン助の横にはアルフィーとマリエラがいる。


 二人とも距離が近い。


「……二人とも、他の人と話をすれば? 僕もソロプレイヤーと仲良くなったよ。大きな胸が好き、って事でもう友達さ。フレンド登録もしちゃった」


 ソロプレイヤー……アバター名は【そろり】だ。


 冗談を言うが、二人の雰囲気はどこか暗い。


 アルフィーがポン助を見る。


「ポン助、怒らないんですか? 倒した得られた素材は山分けでほとんど取られました。あいつら、ポン助は役に立たないから迷宮の露払い役だって言っていましたよ」


 ポン助はそれを聞いて納得する。


「別に怒ってもなぁ」


 そもそも、次の世界に行けるならここで我慢をすればいいだけだ。今後も付き合うわけではないので、ポン助はそこまでこだわらない。


 マリエラもどうにも溜息が多い。


「ブレイズって人のお仲間さぁ……ナンパしてくるのよ。リアルのことを聞いてくるし、ブレイズも謝ってくれるけど課金アイテムを渡しておしまい。受け取らなかったけど」


 どうにも仲間の内、二人はブレイズを利用しているようだった。


 ブレイズもそれを気にしている様子がない。


「断れば良いじゃない。それで、今後は付き合わない。これで終わりだ。次にログインすれば節制の都に行けるし、問題ないよ」


 まとまりのないレイド。


 リーダーは課金プレイヤーで、その周囲はたかりプレイヤー。


 ポン助は思う。


(厄介なレイドに参加しちゃったなぁ)


 ポン助は空を見上げるのだった。


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