デスペナ
急な浮遊感。
そして突然に重力により背中から落ちる感覚を覚え、アルフィーは目を開いた。
硬い石のベッドから上半身を起こす。
「はぁ……はぁ……」
呼吸が乱れる。
何故か、先程の感覚が酷く嫌なものに感じ、そして自分の両手を見た。綺麗な掌は自分のアバターのものである。
変な汗をかき、右手で顔の半分を押さえると額に汗をかいていた。
「……最悪の目覚めですね」
ポン助に言われ、ナナコにコールをしようとした一瞬。自分は斬られていた。
反応が出来なかった自分が悔しく、そして思い出したようにステータス画面を開く。
「時間は……少し過ぎている」
慌ててナナコにコールを入れようとするのだが、横になっていたベッドの周囲には他のプレイヤーたちがいた。
「あ、そこで待っていると邪魔になるよ。確認したいなら外でした方が良いね」
起き上がったプレイヤーがそう言うと、アルフィーは困惑しながらも頷いてお礼を言うと外に出る。
冒険者ギルド近くに用意された、神殿の別入口。
出入り口の周囲には墓場が広がっていた。
「……そうだ。ステータス」
外に出て、ステータスを確認するとレベルが二つもダウンしていた。これを上げようと思えば、ログイン二回分を戦闘につぎ込む必要がある。
資金もランダムで二割から五割を失うのだが、そちらは確認もせずにナナコにコールを入れた。
『ナナコちゃん、聞こえますか?』
しばらくして、ナナコの安堵した声が聞こえてきた。
『アルフィーさん! 良かった、無事だったんですね』
無事ではないが、と苦笑いをしながらアルフィーは歩き出すと鈍くなって回転の悪い頭を無理やり働かせる。
『今どこにいますか?』
ナナコは申し訳なさそうにしていた。
『ごめんなさい。馬を返却して老婆のところに向かっていたんですけど、マップのマーカーを探せなくて迷っています』
操作に不慣れな部分があったようで、ナナコは老婆の元に到着していない。
『すぐに老婆のところに向かいましょう。私も向かいます。それと、操作方法は――』
まずはナナコに秘薬を確保させよう。
そう思ったアルフィーは、すぐに次の行動を考えるのだった。
(すぐにGMに連絡を入れるべきでしょうね。でも、それですぐに対応してくれるのか……)
以前から、GMの対応にプレイヤーたちの多くが不満を持っていた。
もっとも、仮想世界の時間の流れは速い。その上、ログインしているプレイヤーの数は半端ではない。
運営の社員がどれだけいるのか分からないが、ゲーム内に人を入れていたとしても全てに対応するのは困難だろう。
(知り合いに連絡を入れておきましょう)
アルフィーは次々に連絡を入れながら、希望の都の通りを駆けるのだった。
浮遊感。
その中で思い出すのは、自分を襲ったプレイヤーの醜悪な顔だった。顔立ちは美形なのに、とても醜い顔をしていた。
自分に刺々しい短剣を何度も突き刺しては、笑っているのだ。
マリエラが自分を抱きしめるように自分の手で反対の腕を握りしめると、急に背中が引っ張られる感覚が襲ってきた。
目をつむっていても、明るさを感じる。
ゆっくりと――恐る恐る目を開けると、そこは神殿だった。
「……生き返った」
初めての経験だった。それだけに、悪質プレイヤーにキルされたのが悔しい。
「ふざけやがって、あの野郎共」
口は悪いのだが、マリエラは少し青い顔をしていた。立ち上がろうとするが、足に力が入らない。
乱れる呼吸を整えていると、神官のNPCがやってきた。
「どうされました?」
丸眼鏡をかけた優しそうな男性NPCを見て、マリエラは今は話しかけないで欲しいと感じる。
「なんでもないわ」
そう言って手を振るのだが、NPCは去らない。
去らないばかりか――。
「貴方に幸運が訪れますように」
そう言って、魔法をかけてくる。
「魔法って……別に頼んでない」
マリエラの言葉にNPCが小さく笑い、そしてその場を去って行く。だが、マリエラは少しだけ呼吸が楽になっているのを感じ取った。
立ち上がって体を動かし、ステータスを確認する。
「デスペナでレベルもダウン。ついでに資金も……四割!」
驚いて声を荒げると、周囲がマリエラに視線を向けた。苦笑いをして大丈夫です、と言うと、マリエラは神殿の外に出る。
周囲を見るが、アルフィーの姿は見つからない。
「取りあえず、ポン助――じゃない! アルフィーとナナコちゃんに合流しないと。それにGMに……って!」
GMに対してコールしようとするが、その方法などが一斉に出て来て困惑するマリエラだった。
現実世界の運営会社に連絡する方法、ゲーム内のGMに連絡する方法、更にはバグやイベントなどの不都合部分の報告。苦情など……種類が多かった。
「さきにアルフィーに連絡を入れる。ポン助はどうなったかしら?」
すぐに神殿から出て来そうにもない。
きっと頑張っているのだろうと思い、マリエラはアルフィーに連絡を取った。
ポン助は空を見上げていた。
段々と暗くなりつつある空を見上げ、歯を食いしばって動こうとするも動けずにいる。
「……くっ! 駄目だ」
かなり効果のあるスキル、もしくは武器効果なのか、ポン助はその場から動けずにいた。
体力は回復せず、この瞬間をモンスターにでも襲撃されればすぐに死んでしまう。
だが、結果的にそちらの方が良かったかも知れない。
なのに、モンスターが近寄ってこないのは、ポン助の近くで草を食べているロバのせいだ。
ロバがモンスターたちを倒してしまうのである。
「お前、気を利かせて俺を倒してくれるモンスターを通せよ!」
ポン助の言葉にロバは反応せず、ムシャムシャと草を食べていた。
先程から、コールが鳴り続けているが出る事も出来ない。
「……二人が何とかしてくれると祈るしかないか」
普段はともかく、頼りになる仲間だ。しかし、そんな二人がアッサリと倒されてしまったのを見てポン助は心配になる。
悪質プレイヤーたちは、ナナコを標的にすると言っていた。
「綺麗事とか嫌いそうな顔をしていたよなぁ」
心配だし、今からでも駆けつけたい。
だが、体は動かない。
すると、馬の足音が複数――聞こえてきた。
ポン助は声を張り上げる。
(しめた! これで助けて貰うか、倒されればみんなを助けに行ける!)
「誰か、助けてください! バッドステータスで動けないんです!」
そんなポン助の近くに馬の足音が近付き、止まると数頭のロバがポン助の顔を覗き込む。
「……え?」
そして、ロバたちが一斉にポン助の顔に唾を吐くのだった。
ナナコは迷路のような路地の中、ようやく老婆のいる店を見つけて駆け込んだ。
息を切らし、そしてNPCである老婆にキーアイテム全てを渡す。
「お、お願いします!」
慌てているナナコに対して、意地の悪そうな老婆はキーアイテムを確認するとそれらを鍋の中に放り込んでかき混ぜ始めた。
「急かすんじゃないよ。こっちは大事な作業が待っているんだ」
そんな返答にナナコが俯いてしまった。
「ごめんなさい。でも、出来るだけ急いで欲しくて」
本来なら、NPCにこんな事を言っても意味がない。
それはナナコも分かっているのだが、外で自分のために頑張っている仲間がいると思うと気持ちが焦るのだ。
老婆は鼻を鳴らし、棚に視線を向けた。
「そこの棚に昔作った特別な奴がある。持って行きな」
ナナコは目を見開き驚いた。
「いいんですか?」
老婆は深い溜息を吐くのだった。
「昔は散々利用した癖に、最近の若いのは見向きもしないからね。置いておくだけ無意味だから、持って行きな」
ナナコは棚にある瓶を手に取る。それはただの置物に見えて、プレイヤーが手に取ると輝きを放ち始めた。
「……綺麗」
すぐにアイテムボックスに収納し、ナナコは老婆に対して深く頭を下げるのだった。
「ありがとうござました!」
老婆はさっさと出て行けと手で追い払う仕草をしていた。ナナコは飛び出すように外に出ると、老婆は材料をかき混ぜる手を止めた。
しわくちゃの顔に大きな鷲鼻。
少しだけ嬉しそうにしていた。
「……頑張るんだよ」
そう言って、NPCは自分に与えられた役割を果たすため、壺の中身を再びかき混ぜる。
外に飛び出したナナコが、周囲を見ながらアルフィーにコールを入れた。
「アルフィーさん! 秘薬を手に入れました!」
ナナコの喜ぶ声に、アルフィーも答える。
『グッジョブです、ナナコちゃん! そのままギルドを――中心地を目指してください。そうすれば、合流できるはずです』
「は、はい!」
ナナコは周囲を見て、怖がりながらも全力で駆けだした。獣人という種族は脚力も強くこれまでにないくらい速く走れていた。
だが、ナナコが道を曲がると、そこにはホスト風の男が立っている。
悪質プレイヤーの一人が、腰に下げた二本の剣を抜くと全員に知らせるのだ。
「俺の勝ち。メス猫はこっちの道を選んだぜ」
ナナコが立ち止まり、そして来た道を戻り相手から逃げようとするも、相手の方が走るスピードが速かった。
「無駄なんだよ。こっちはお前らみたいな間抜けを狩る専門なんだからさ」
間抜け。プレイヤーを狩るために特化した職業やスキル、そして装備を持っているという事なのだろう。
二刀流で剣を振るってくる相手から、ナナコは避けて逃げ回る。
相手から逃げるのに必死で、冒険者ギルドを目指す余裕などなかった。
(助けて。誰か助けて!)
相手は笑みを浮かべ、そして剣を振るってくる。
「ほら、死ねよ!」
だが、建物の上――屋根から飛び降りてきた、赤い服を着た存在が剣を振り下ろしてきた。
「させません!」
二刀流の男が、剣を交差させて一撃を受け止める。
「ちっ! 課金装備かよ」
忌々しそうにする二刀流の男に対し、ナナコを守るような前に出て剣を構えるのは――。
「アルフィーさん!」
ナナコが目を輝かせると、アルフィーは自信満々に答えた。
「遅くなりましたが、もう大丈夫です。……先程は油断しましたが、今度は同じようにはいきませんよ」
凄むアルフィーに対して、二刀流の男はブツブツと文句を言いながら急接近してきた。
「ウゼェ、本当にウゼェよ。お前らのそのゲームを楽しんでいます、って優等生面が気に入らないんだよ」
笑みではなく本当に気持ち悪そうに、二刀流の男はアルフィーに剣を連続で叩き込む。しかし、アルフィーはそれらを全て一本の剣で捌ききった。
「言いました。もう同じ手は食わないと……マリエラ!」
アルフィーが叫ぶと、屋根から一本の矢が放たれる。
二刀流の男には当たらず、顔を上げると今度は瓶が投げ込まれた。
アルフィーがナナコの目を覆いつつ、その場から逃げ出す。
「おい! ――ッ!」
暗くなった路地を一気に明るくした光。目くらまし用のアイテムだったが、どうやら効果はあったようだ。
マリエラが、路地を走る二人に指示を出す。
「大通りに出て! そこなら他のプレイヤーもいるから!」
襲撃してくる悪質プレイヤーたちから逃れるために、他のプレイヤーも数多く存在している賑わった場所に逃げるように声を張っていた。
すると、弾けるような重厚感のある音が聞こえ、マリエラが屋根から吹き飛ばされ地面に落下する。
ナナコが落下したマリエラに近付いた。かがみ込み、両手を向ける。
「マリエラさん!」
両手から淡く白い光が出て、そのままマリエラの体力を回復させていく。
狭い通路。
そこに、残り三人の悪質プレイヤーたちが挟み込むような形で現われると、三人は流石に焦りを覚えた。
大剣を肩に担いだプレイヤーが、一歩前に出た。
「……おい、さっさと秘薬を渡せ」
ナナコが立ち上がり、そして相手プレイヤーを怖がりながらも――震えながらも、目を見て話をした。
「わ、渡せばこんな酷いことは止めてくれるんですか?」
懇願するようなナナコに対して、プレイヤーたちはニヤニヤしながら頷いた。
「あぁ、渡せばすぐに止めてやるよ。だから渡せ」
ナナコがアイテムボックスから取り出そうとすると、アルフィーが腕を掴んで止める。年下であるナナコ――プレイヤーの年齢が、十五歳未満で保護対象になっているために過剰に警告が出てくる。
「駄目です。こいつらが秘薬を欲しがる訳がありません。渡しても攻撃をしてきます」
アルフィーの言う通りだった。
「なんだ、バレバレじゃん」
「お前の演技が下手だったんだよ」
「五月蝿いんだよ。ちっ!」
大剣を持ったプレイヤーが、肩に担いだ剣を構えた。
「残念。奪った後に目の前で砕いて、そのまま殺すつもりだったのによ。神殿前で待ち伏せして、何度も殺してやる。レベル一になっても終わらないから覚悟するんだな」
悪質すぎる集団だった。
マリエラが武器を手に取る。
「あんたら、GMに連絡したのよ。タダで済むと思わない事ね!」
それを聞いて、一人が舌を出して馬鹿にしたようにマリエラの真似をした。
「ただですむとおもわないことね! キメーんだよ、ネカマ野郎」
「なっ! ネカマですって!」
相手プレイヤーたちは、一つの画面を見せる。ナナコがソレを読む。
「決闘申請?」
悪質プレイヤーたちは、ゲラゲラと笑いながら言うのだ。
「こいつは相手から斬った腕でも認証するからさ。路地裏に連れ込んで、何度も何度も殺すのに最適なんだ。ルール無用の殺し合いだ。お前ら、今日は何回死ぬんだろうな?」
もう一人が腹を抱えて笑っていた。
「二度とログインしてこっちに来られないようにしてやるよ。もう何人くらいにトラウマを刻んだんだっけ?」
こういった行動になれている。
それはつまり、GMが見逃してきたと言うことだ。
マリエラは、歯を食いしばる。
すると、ポン助の叫ぶ声が聞こえてきた。
「おらぁ! 騎兵隊だぁぁぁ!!」
そこには、狭い路地をロバに乗って駆けるオークの集団がいた。小さなロバに巨体を乗せ、七人のオークたちが叫ぶ。
「お前たちは、絶対に許さん!」
オークリーダーのプライが、叫ぶ。ソレに続いて、他のオークたちも叫ぶのだ。
「マナーのなっていないガキ共が!」
「僕たちの女王様に手を出すなんて十年早いんだよ!」
「愛のない攻撃に価値などない!」
「拙者も許さんでござる!」
「俺っちの魔法を喰らいやがれっす!」
袴姿で刀を持ったオークに加え、パイナップルカットの髪型をした魔法使い風のオークが杖を向けて魔法を放った。
強い光が発生し、全員が目を閉じるとナナコは大きな腕に抱えられ、ロバに乗せられた。
アルフィーもマリエラも、オークたちに回収されるとそのままオークたちが全速力で離脱を行う。
だが、ナナコは気が付いていた。
「ポン助さん!」
自分を乗せ、ポン助がロバを降りたことに。眩しい中、ポン助はナナコに向かって親指を突き立て、そして笑顔を向けていた。
ロバに乗ったオークたちが逃げていくと、残ったポン助に四人の視線が集まった。
「……本当にイライラするぜ。今日のメインディッシュをさっさと片付けようと思ったのに、何度も邪魔が入る。しかもネタ種族のオークごときが、邪魔をしやがる!」
大剣を持ったプレイヤーを前に、ポン助は時間稼ぎのため残った。
「悪いがここから先は行かせない……って、言えれば恰好いいんだけどね。邪魔をさせて貰おうか」
自分たちよりもレベルが高く、制限までしているようなプレイヤーたちだ。どんなスキルを持って、どんな攻撃をするのか分からない。
それに、勝てるとも思えなかった。
四人の苛立った顔を見ながら、ポン助はゴクリと唾を飲み込んだ。
(これは、恰好を付けすぎたかな)
このまま冒険者ギルドまで行って、ナナコが秘薬を手に入れればポン助的には勝ちであった。
ポン助の耳には、コール音が鳴り響いていた。きっと、マリエラやアルフィーが文句を言いたいのだろう。
(麻痺して寝ているだけで、良いところがないのはちょっと……)
武器を構え、四人を睨み付ける。
しかし、次の瞬間には右足に痛みが走った。
「本当に雑魚って嫌いなんだよ。たかがゲームに熱くなって、それでマナーだなんだ、って言いやがる」
次に短剣を持ったプレイヤーが、ポン助の背中に跳び乗って何度も突き刺してくる。その傷みに、ポン助の顔が歪むと二刀流の男が何度も斬りつけてきた。
大剣を持ったプレイヤーが、倒れ伏したポン助を見下しながら言うのだ。
「まぁ、いい。このまま数分間はこいつを痛めつけても、十分に追いつく。おい、回復させながら、痛みを与え続けろ」
腕で地面を押さえ、立ち上がろうとするポン助に大剣が振り下ろされて腕が飛ぶ。
「ぐぅっ!」
ポン助はその痛みに、ゲームとは思えないと感想を抱いていた。
(こいつら、本当に……)
銃を構えたプレイヤーが、最後にポン助の頭部に銃口を付けると引き金を引く。
「……消えろ、豚」
ポン助が倒れ、赤い光に包まれ始めると悪質プレイヤーたちはアイテムを使ってその場から消えるのだった。
消えつつあるポン助は、強く思う。
(ちくしょうぉ……もっと力があれば……)
――そして、路地裏でオーク一人が寂しく消え去った。




