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マリエラとアルフィー

 現実世界では四時。


 ポン助は、普段よりも一時間だけ早くログインしていた。


 現実世界で予定があるために、一時間早くログインをしたのだが周囲を見るとプレイヤーの数が少ない。


 それに、プレイヤーたちの雰囲気も少し違っていた。


 プレイヤーたちが数多くログインする時間帯は、二十二時から二時まで。


 三時から七時まではプレイヤーの数も少なく、初心者向けの時間と友人である陸から聞いていた。


「時間帯が違うだけで雰囲気まで違うのか」


 オークがキョロキョロしているのを、珍しそうに見ているプレイヤーもいた。


 どこかで見た事のあるプレイヤーもいるが、全体的に感じたのはプレイヤーの数が少なく雰囲気が違うということだ。


 ポン助がその場に立っていると、後ろから抱きつかれ驚く。


「ぬおっ!」


 咄嗟に後ろを見ると、そこにはマリエラの姿があった。


「時間通り。寝過ごさなかったわね」


 もしかしたら、ポン助が寝過ごしていると思ったのかマリエラは安心している様子だった。


(まぁ、普段と違う時間だったから、危うく寝過ごすところだったけど)


 マリエラと歩き出すと二人で話をする。


「それで、今日はどうする? 誰かを誘って外に出る雰囲気でもないし」


 周囲を見渡すマリエラが言うが、探せばきっと一緒に戦ってくれるプレイヤーも見つかることだろう。


 だが、無理して外に出なくてもいいので、ポン助は頭をかいた。


「なら、街の方を歩きますか? というか、どうにも二人だけだと少なく感じますね」


 いつも賑やかなアルフィーがいないと、ポン助は物足りなく感じるのだった。


 マリエラもそうなのか、手を頭の後ろで組んで不満そうにしている。


「確かに、あいつがいないと静かよね。……あ! なら、少し私に付き合ってよ!」


 笑顔になるマリエラは、ポン助の腕を引っ張るとそのまま都市中心部へと歩き出すのだった。






 中心地より少し離れた場所にある広場。


 そこには露店が建ち並んでおり、一部ではプレイヤーたちも露店を開いて商売を行っていた。


 純粋に取引で商売をしているプレイヤーもいれば、職人として自分の腕を披露しているプレイヤーもいる。


 ただ、普段ログインしている時間よりも露店の数が少なかった。


 マリエラはそんな露店で食材などを購入すると、それをアイテムボックスへと詰め込んでいく。


 購入した食材は様々で、調味料なども買い揃えているらしい。


「結構買いますね」


 周囲を見れば、マリエラと同じように食材を購入しているプレイヤーの姿があった。全員が大量に食材を購入していく。


 マリエラはポン助に説明するため、同じ果物を二つ手に取った。


「これでもちゃんと見ているのよ。料理人の職業を得ると、目利きも出来るからね。どっちがいいのかなんとなく分かるんだ」


 そう言って手に持った果物を購入すると、ポン助に手渡してきた。


 手に持ったポン助に、食べてみてと言うので果物を一つずつ食べてみることに。


「……普通かな?」


「もう一個を食べてみてよ」


 もう一つを食べてみると、先程食べた物よりも甘さもなく少し乾燥している気がした。


「……違う」


 それを聞いて、マリエラが喜ぶ。


「でしょ! 普通の店で買うよりも、ここの方が品質は良いって最近気が付いたんだ。別行動するときはここでしっかり選んだ食材を買っているのよ」


 自慢してくるマリエラだが、急に肩を落とした。


「なのに、一向に料理の腕は上がらないの。理不尽よね。なに? 私だけ逆補正かかってない?」


 もうゲームバランスがおかしいのだと言い出すマリエラを見て、ポン助が慰めているとそこに一人のプレイヤーが通りかかった。


 白い服装で背が高く、グレーの髪をオールバックにした彫りの深い顔をしたプレイヤーだった。


 外国人にも見えるのだが、有名人を模したアバターではないようだ。


「少し良いかな?」


 そんなプレイヤーが、声をかけてきたのでポン助もマリエラも振り向く。笑顔のプレイヤーは名前を名乗った。


 右手を自分の心臓の位置に当て、紳士的な態度だった。


「私は【幸春】。実は料理人をしている者でね。話を聞いたので声をかけたんだ。良ければ少し話をしないかな?」


 言われてポン助とマリエラは顔を見合わせ、そして少し警戒したが頷くことにした。一軒無害そうな人が詐欺をする、など良く聞く話だ。


 それを理解したのか、プレイヤー……幸春は笑う。


「騙すつもりはないから安心してくれ。実は客引きという奴なんだ」


 マリエラが首を傾げた。


「客引き?」


 幸春はついてくるように言って、二人の前を歩き始めた。


「私は外で戦う事にあんまり興味がなくてね。実際、戦闘系の職業はあまり持っていないんだ」


 プレイスタイルは戦闘も出来るが、職人専門という事だった。最初は普通にゲームを楽しんでいたのだが、その内に職人プレイが楽しくなったらしい。


「【分別の都】までは進んだんだが、なんというか都市の雰囲気はここが良くてね。先に進めば進むほど、私のようなプレイスタイルは相手にされない」


 職人の中でも戦闘に役立つ職業なら歓迎するが、娯楽関係だと最前線に行こうとするプレイヤーたちには評判が悪いそうだ。


 マリエラがつまらなそうにしている。


「え~、美味しいご飯は大事なのに」


 それを聞いて、幸春が微笑んでいた。


「そうなんだ。だから、私はここに戻ってきて店を開くことにしたんだ。幸い、ここで店を開くのは簡単でね」


 歩いて行くと通り過ぎるプレイヤーの数が少なくなり、そして人通りが少ない場所に到着した。


 そこに幸春の店があった。


 ポン助は周囲を見る。


「ここ、何度か通ったことがあります。というか、閉まっている店が多くて分かりませんでしたけど……」


 幸春が自信を持って言う。


「私の店だよ。まぁ、ログイン時間が四時と二十時で特殊だからね」


 二時間のログイン時間を二つに分けている。


 確かに特殊だと思いながら、二人は店の中に入った。


 洋食店――雰囲気としては、木造のテーブルや椅子が中心で暖かみのある感じだった。店の広さも大きすぎず、小さすぎず。


 そんな店内に幸春が入ると、電気がついて室内が明るくなる。


「さて、お嬢さん。厨房はこっちだ。オークの君も入ってみるかな?」


 ポン助とマリエラは、ここで自分たちが名乗っていないことを思い出し、そして名前を伝えるのだった。






 幸春は、マリエラが料理をするところを見ていた。


 ポン助も邪魔にならないように隅で見ているのだが、マリエラの動きは明らかに悪い。段取りもそうだが、本を見ながら作っていて不安で仕方がない。


 それを幸春は笑顔で見ていた。


「え~と、ここがこうで……こうだ!」


 そうして出来上がったスープを鍋から皿へ。


 ドロドロとした何かが出来上がり、ポン助はまたしても失敗したと右手で額を押さえていた。


 マリエラがスプーンで味見をすると、苦々しい顔になる。


「う~、駄目だぁ」


 幸春が味見をすることを教え、それによって人に出す前に自分で味を確かめたマリエラは不味さに肩を落とした。


 内心、ポン助は幸春にこの一点だけで拍手を送りたかったくらいだ。


 幸春もスプーンでスープをすくい、味見をする。


「……ふむ、やっぱり段取りもそうだが、ゲーム的な経験が足りていないね。もちろん、現実での料理の経験も」


 ダブルで経験不足と言われてしまい、マリエラが膝から崩れ落ちた。


「そうですよ。現実で作る機会なんか……レンジがあるもん」


 ポン助は思った。


(お前、なんで料理人になろうと思った!)


 レンジやお湯で簡単に食事が用意できるのだ。料理が出来ないポン助も、現実ではインスタント食品に大変世話になっている。


 幸春が笑う。


「安心するといい。私も同じだった。仲間に振る舞ったら不評でね。それが悔しくて、何度も作っている内に美味しいと言って貰えるまでになったんだ」


 懐かしいのか、幸春は思い出しながら頷いていた。


 ただ、どこか少し寂しそうでもあった。


(そう言えば、雰囲気が合わないって……パーティーを抜けたか、解散でもしたのかな?)


「マリエラちゃんは、まず簡単な物から作ろう。実は職人仲間に聞いたんだが、システム的には料理の種類がいくつも分類されているらしいんだ。そのせいで、バラバラに作る品を変えていくよりも、同じ物を作り続けた方が職業レベルは上がりやすい」


 そんなシステム的なことを知らず、マリエラは駄目な事を繰り返していたらしい。


 アレが駄目ならコレ、コレが駄目ならソレ――システム的には、まったく駄目な行動だったのだ。


「……私、色々試して成功したらそれを頑張ろうかと」


 泣き出しそうなマリエラに、幸春は慰めつつサンドイッチの作り方を教えた。


「作り始めると段取りから分量と、色々とシステム的な評価が始まる。だから、まずはしっかり準備をして――」


 幸春がマリエラをサポートすると、サンドイッチが出来上がる。


「出来た! 出来たよぉ!」


 サンドイッチが二つ。大喜びのマリエラは、一つ試食すると涙ぐむ。


「……食べられる!」


 ポン助は思わず叫んでしまった。


「基準はそこ!? 美味しいとか、不味いとかあるよね!」


 すると、マリエラがサンドイッチをポン助に突き出した。


「なら食べてみなさいよ!」


 言われて恐る恐る食べてみると――意外。


「食べられる!」


 美味しいとか不味いとかではなく、食べられるのだ。普通にサンドイッチだった。


 幸春が拍手をしていた。


「さて、これを機会にサンドイッチを何度も作って成功させて、レベルが多少上がったら他のものにチャレンジすると良いよ」


 ポン助もマリエラも、幸春にお礼を言う。


「本当にありがとうございました!」


「え、なんであんたがそんなに心を込めているの? あ、ありがとうございました!」


 これから不味い料理を食わなくて済むと思ったポン助にとって、幸春は本当に恩人のようだった。


「なにか、このお礼をしたいんですが」


 幸春が少し困った。


「お礼? そうは言われても……店も紹介して、食べていって貰うつもりだったからなぁ」


 マリエラが申し訳なさそうに言う。


「あの。私たち、いつもは六時七時でログインしていて、今日は特別というか」


 それを聞いて幸春は微笑む。


「ソレは良かった。普段会うことがない二人に、私の料理を食べて貰えるのは嬉しいよ。しかし、お礼ねぇ……」


 考え込む幸春は、時計を見て思いつく。


「なら――」






 ゲーム内二日目。


 ログインしてきたアルフィーとナナコと合流したポン助とマリエラは、二人に昨日の出来事を話すのだった。


 アルフィーが羨ましそうにする。


「ポン助がお店の店員ですか!? 私も見てみたかったです!」


 マリエラは自慢気に話すのだ。


「料理についても教えて貰ったし、ついでにお手伝いでレベルも上がったからね。今日からはメシマズと呼ばせないわよ!」


 幸春へのお礼は、お昼時の開店時に手伝いをすることだった。


 ポン助は制服を渡され表で掃除や雑用を。


 マリエラは厨房で手伝いを行っていた。


 ナナコがポン助を見上げ、そして昨日の事を聞いてくる。


「ポン助さん、昨日は楽しかったですか?」


 ポン助は、ナナコの頭を撫でながら言うのだ。


「うん。幸春さんに色々と話を聞けて良かったよ。ただ……サンドイッチを何十個と食べさせられたのはちょっと」


 アルフィーに自慢しているマリエラを見ながら、山のようなサンドイッチを渡されたポン助はゲンナリとするのだった。






 三日目。


 アルフィーにとって二日目は、ナナコを連れてお気に入りの場所を歩いて回っていた。


 綺麗な川沿いの道。手すりに乗ってバランスを取りながら歩くアルフィーを、ナナコが見上げている。


「アルフィーさん、落ちませんか?」


 二人とも、手にはアイスを持っていて食べながら歩いていた。


 行儀が悪い。だが、これもゲームである。


「大丈夫です。落ちても川から這い上がればすぐに乾きますからね」


 ナナコは頬が引きつる。


「それ、大丈夫じゃないですよ。それに、落ちたことがあるんですか?」


 アルフィーは苦笑いをしながら、アイスを舐めた。ソフトクリームが口の中を冷やし、そして溶けて甘さを広げていく。


「二回くらい? いや、三回かな? ポン助に怒られましたね。まぁ……現実では出来ませんから。周囲が厳しいのもありますが、自分から状況を変えるつもりもありませんし」


 お嬢様育ちのアルフィー――摩耶にとって、アルフィーとはなりたかった自分。押し込めていた自分でもある。


 騒がしく、そして感情的で周りに迷惑をかける。


 ゲーム内では迷惑プレイヤーだろう。だが、ポン助やマリエラはそんなアルフィーと一緒にいてくれる。


「……本当に、私には勿体ない仲間です」


 手すりから飛び降り、ナナコの横に立つとアルフィーは歩き出した。


 ナナコがそんなアルフィーの背中についていこうと歩き出す。


「三人とも仲が良いですよね。羨ましいです」


 アルフィーは照れくさいのか、ソフトクリームをガツガツ食べてコーンの部分も口の中に押し込めた。


 手についたコーンの一部を、手を叩いて払うと咳払いをする。


「まぁ、今でこそこんな感じですが、出会った当初は酷かったですね。ポン助をマリエラと誤射や斬りつけてダメージを与えるのも普通でしたし。ポン助なんか、私たちに冷たかったんですよ」


 ナナコが少し反応に困った。


「あの……攻撃されたから怒っていたんじゃ?」


 アルフィーが納得した。


「あぁ、それはありますね。まぁ、私たちもゲームに不慣れで迷惑をかけましたが、今では仲良しです」


 ナナコが俯く。


「……羨ましいです。私、今だと病室にお友達も来なくなりましたから」


 それを聞いてアルフィーが再び手すりにジャンプして、華麗に着地をすると手を広げた。周囲のプレイヤーたちが視線を向けるが、アルフィーは気にしない。


「アルフィーさん!?」


「大丈夫! 既にナナコと私は友達です! ポン助もマリエラも友達! 私の知り合いにちょっと変な奴らもいますが……まぁ、声をかければ集まってきますし、そいつらも友達にカウントして結構! ほら、沢山友達が出来た!」


 ナナコは夕日に照らされたアルフィーを見上げ、そして頬を染めていた。


「は、はい! 友達ですね!」


 ナナコの笑顔を確認し、そして手を広げたままアルフィーは後ろに倒れていき……。


「あ、あれ? アルフィーさん? アルフィーさぁぁぁん!!」


 ……川へと落ちた。


 そして、這い上がったアルフィーは、叫ぶのだ。


「やっぱり川に落ちるのは楽しい! でも、ポン助がいないからつまらない! はぁ、騒ぐにしても人数が少ないですね……よし、豚共を呼びましょう。今日は宴会ですよ、ナナコちゃん」


 突拍子もないアルフィーに、ナナコは疲れた笑顔を向けるのだった。


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