エピローグ
――幻想の世界。
サーバーが完全に初期化され、本来なら存在しないはずの箱庭。
だが――。
「おいぃぃぃ! 止めろぉぉぉ!」
全速力で走っているポン助を追いかけているのは、地面を走るメタリックな地竜だった。
ポン助に狙いを定めている。
そこは希望の都に新しく解放されたエリアだった。
出現したレジェンドクラスのモンスターたちを討伐するため挑んだのだが、正攻法では失敗してしまう。
そのため、ポン助と愉快な仲間たちが取った行動は――。
「今だ! 罠にはめてボコボコにするんだ!」
地竜が罠にかかり地面に落ちると、身を隠していた仲間たちが一斉に現れてアイテムと投下していく。
落とし穴に投げ込まれたアイテムは、とにかく凶悪なステータスダウンを起こすアイテムだった。
ライターが笑っている。
「ギラギラした地竜君! さっさとレアアイテムをドロップするんだ!」
アイテムが生産職のプレイヤーたちによって投げ込まれると、次は攻撃である。
魔法使いたちがとにかく魔法を落とし穴に撃ち込み、暴れる地竜に一切の反撃を許さずに攻めていた。
魔法使いたちのマジックポイントがなくなり、ついでにクールタイムに入ると地竜が落とし穴から這い出てきた。
非常に怒っているのか目が血走っている。
出てきたところを待ち構えていたのはオークたちだ。
狂化して大きなハンマーを持っており、地竜をとにかく叩く。
「ふははは! 貴様を倒して女王様の鞭を貰うんだ!」
袋だたきにされて地竜が落とし穴に落ちると、また魔法使いたちが魔法を撃ち込み始める。
そんな様子を見ていたアルフィー、マリエラ、そしてギルドの女性神官がオークたちに鞭を叩き込んでいた。
「おら、ご褒美よ!」
「泣いて喜べ!」
「良い子ね。言うことを聞く豚さんは大好きよ!」
プライたちが頬を染めてのたうち回る。
そんな様子を見て肩で息をしているのはポン助だ。
汗を拭っていた。
「リアルになりすぎて逆に怖いな。汗も出てベタベタする」
近くに腰を下ろしていたのはパンドラだった。
「不便さを楽しんでください。それにしても酷い。こんな攻略があったんですね。ここまでするとは思いませんでしたよ」
呆れるパンドラに、近くにはルークが立っていた。
「本当だよ。ポン助――ギルドマスター、さっさと止めを刺してやれよ」
ルークにせかされるポン助は、腹立たしいのか怒鳴っていた。
「なんで僕がギルマスなの! ルークで良かったじゃないか!」
本来なら消えていたはずの箱庭。
だが、こうして存在して、ポン助たちは活動を続けていた。
「合流して、多数決でポン助に決まったからだ。いや~、助かるよ。俺、実はギルマスって面倒でさ。お前、頼りにされているよね。それじゃ、俺も戦ってくるわ」
嬉しそうなルークが戦闘に合流するために逃げ去ると、ポン助が手を伸ばした。
「お前らみんなして僕に手を上げただろ! 確信犯だろ!」
ルークの元ギルドメンバーたちも、ポン助がギルドマスターになる事に賛成して今に至る。
パンドラは微笑んでいた。
「ルークさんも元の無邪気な感じに戻りましたね。いや~、何て言うのか良かったです」
ポン助は首を横に振った。
「……情報屋が接触して、色々と話を聞いて覚悟を決めたんでしたっけ?」
「そうですね。色々と話を聞く中で、一人で抱え込んでいた部分はありますね。元のルークさんに戻って何よりです」
ポン助はパンドラが抱えている猫を見た。
二匹の猫は喧嘩をしている。
太った猫とトランプのマークが模様になった変な猫。
情報屋と、事件の首謀者であるNPCの初期化された姿だ。猫の姿になって反省させているらしい。
『こにょ。こにょ!』
『暑苦しいぞ、このデブ猫!』
お互いに思うところがあるのか喧嘩しており、パンドラはそんな二人を見て笑っていた。
ポン助は魔法を放とうとしているシェーラを見た。
涙目になっている。
「もう、もう無理です! 可哀想じゃないですか!」
そんなシェーラに指導しているのはシエラだった。
「何を言っているんですか! 止めを刺すまで気を抜いたら駄目です! さぁ、レアアイテムが出るように祈ってください。出ないと……まだこの戦闘が続くんですよ!」
シェーラが泣いていた。
「ポン助さん、助けてください!」
ブレイズは攻撃を行っているプレイヤーたちに指示を出し、ライターは笑っていた。
プライたちは鞭をくれるプレイヤーやNPCに――パンドラの仲間たちを前に寝転がって服従のポーズを行っている。
ポン助は思った。
「……なんて酷い光景だ」
これが本当に良かったのか今でも疑問に思うことがある。
ただ、後悔はしていない。
そしてパンドラを見た。
「お前も策士だよな。みんなには消えるように言っておきながら、バックアップを用意していたんだから」
月から持って来た機材――サーバーには一つ予備があった。
それは極秘に管理されており、今も電力が供給されて管理されている。
管理している作業員たちは、サーバーになっているとは気が付いていないのだ。
地下コロニーの制御を行っている装置と思い込んでいる。実際にそうした機能も持っており、間違いではない。
パンドラは二匹を引き離し、そしてたまにくっつけて遊んでいた。
「バックアップを取るのは基本ですよ。でも、こうして遊べるんですから良いじゃないですか」
「そうだけど……どうせならもっと違う形が良かったよ」
今日もポン助と愉快な仲間たちは、幻想の世界で楽しく過ごしていた――。
季節は冬。
現実世界で明人はアルバイト先で仕事をしていた。
「――え?」
ただ、八雲からの言葉に振り返る。
店には客足も途絶え、二人だけになっていた。
「大学に合格したから引っ越すの。予定していた大学よりもレベルが高いところだから、そっちでアルバイトをするわ」
そんな八雲の告白に明人は少し驚いた。
「そ、そうですか」
高校三年生である八雲の進学を祝うと同時に、少しだけ寂しさもあった。
(せっかく話をするようになったのに)
冷たい雰囲気の八雲だったが、数ヶ月で次第に打ち解けて話をするようになった。
意外にも話しやすく、それに会話をしていても疲れなかった。
ただ、八雲の話を聞いて少しがっかりする。
(……仲良くなれると思ったんだけどな)
恋人とは言わないが、それでも友人くらいに離れたかも。
そんな淡い期待を抱いていた。
「……おめでとうございます」
八雲は少し頬を染めていた。
「……鳴瀬には感謝しているわ。私、男の人が嫌いだったの。でも、なんとか話せるようになったし」
ぎこちない二人の会話。
「でも、今日でおしまい。言い出せなくてごめんね。色々と急に決まったから、迷惑をかけるけど後はお願い」
「ま、任せてください!」
すぐに客が入ってきて会話は途切れてしまう。
アルバイトが終わり、明人と別れた八雲は――駅で座り込んでしまっていた。
寒さなど気にもならない。
「……私の馬鹿」
バッグの中に入れていたのは、まだ早いがバレンタインのチョコだった。
渡そうと思ったのに渡せなかった。
「結局最後まで言えなかったな」
意地やら色々と邪魔をして気持ちを伝えられなかった。
手作りのチョコを前に溜息を吐く。
最初はただのアルバイト先の後輩。
好きでもなかった。
(気が付けば目で追っていて、話が出来るようになったのは二ヶ月くらい前……渡しても困るわよね)
予定していた大学よりも上のランクに合格し、引っ越しが決まってからは何度も話そうと思っていた。
しかし、最後まで言えなかった。
(……あれ?)
何やら凄く悔しくて、胸が苦しい八雲は涙が出ていることに気が付いた。
春。
高校三年生になった摩耶は、レベルの高い学校で成績上位をキープしていた。
周囲のレベルも高く、話も合うため孤独感もない。
友人たちも出来て、学園生活を楽しんでいた。
そんな摩耶が廊下を歩いていると立ち止まる。
一人で歩いていたのだが、隣を見てしまう。
(……何だか寂しいな)
楽しいはずなのに、どうしても寂しく感じてしまう摩耶だった。
「摩耶。どうしたの?」
見かけた友人が声をかけると、摩耶は苦笑いを浮かべる。
「な、何でもないわ」
(嘘。どうしても気になっていることがあるわ)
思い出すのは転校する前の学園のことだった。
そこで過ごした記憶は酷く曖昧だが、一人だけ強烈に印象に残っている。
あまり目立たない男子だったのだが、今でも顔を忘れられない。
忘れてはいけないと自分の何かが強く叫んでいる気がするが、摩耶にはその理由が分からなかった。
友人が摩耶の背中を押した。
「それより、佐藤君が摩耶を探していたよ。ほら、そろそろ答えてあげないと」
恋愛に関して興味の強い友人に摩耶は困っていた。
「委員が同じだけよ。別にそんな関係じゃないわ」
「そう? 佐藤君、分かりやすいと思うけどな~」
顔も良く、背は高くてスタイルも良い。
成績だって優秀で、家柄も悪くない男子だった。
女子には人気があったし、摩耶も悪くないと思っていた。
(なんだろう? 心がざわつく感じ)
「付き合えば良いのに。お似合いだと思うよ」
摩耶は少し悩む。
「う~ん、どうしようかな?」
思い浮かぶのは転校する前に顔を見た男子だった。
三年生に進級した明人に変化が訪れた。
成績が良く、これならもっとランクの高い大学を目指せると言われた――だけではなく、アルバイト先での出来事だ。
「え? 俺に面倒を見ろ、ですか?」
社員から言われたのは、一年生になった女子二人の面倒を見ることだった。
「そう。お願いできない? ほら、鳴瀬君は真面目で仕事も出来るし」
「二人組が基本では?」
「一人の子は元々重い病気をしていてね。回復はしたんだけど、様子を見たいらしいの。結構なお嬢様みたいよ」
職場としても断れないらしい。
「僕は……俺は、男ですよ」
「だから力仕事とかお願いしたいのよ」
本来なら二人でする仕事を三人で。
理由もあるようなので明人が頷くと、社員が二人を紹介するのだった。
「実は連れてきているのよ。浅野雪音ちゃんと、若宮七海ちゃん。浅野ちゃんは以前、うちでアルバイト体験をしたみたいなんだけど……まぁ、あの頃のことだし、一から教えてあげてね」
黒髪の女の子と、亜麻色の髪をした女の子が明人に頭を下げてくる。
「よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします」
キビキビした雪音。
少し戸惑っている七海。
「若宮ちゃんのサポートもお願いね。二人とも、鳴瀬君に聞けば大体何でも分かるから」
社員がその場を去ると、明人は困ったように二人に挨拶をするのだった。
「え~、鳴瀬明人です。よろしくお願いします。大変だと思うけど、一つずつ仕事を覚えていこうか」
後輩二人を前に困ってしまうが、明人は笑顔を向けるのだった。
それからしばらくした後。
アルバイトにも慣れてきた雪音が、明人に話しかけた。
「先輩は彼女がいるんですか?」
「……浅野さん、そこを聞いちゃう? 付き合っているように見えるの?」
七海が凄く気になっているのか明人を見ていた。
明人は溜息を吐く。
「いないよ。資格取得で忙しいし、今は勉強もあるから遊ぶ暇もないよ」
それを聞いて雪音が少し嬉しそうにしていた。
「そ、そうですか。いないんですね!」
七海はそれを見て慌ててしまう。
「え、えっと、その! な、なら、好きなタイプとか――」
「胸の大きい子が好きです」
間髪入れずに返答した明人に、二人は冷めた目を向けてしまう。自分の胸を見ると、どちらも大きいとも小さいとも言えない大きさだった。
雪音の声が冷たかった。
「先輩……それ、どうかと思いますよ。彼女がいない理由が分かりました」
七海も同様だ。胸を隠すような仕草になっている。
「も、もっとオブラートに包むとか、言い方を変えた方が良いんじゃないですか?」
明人は両手で顔を押さえる。
「ち、違うんだ。今の発言は反射的に――」
七海は興味が出たのか聞いてみる。
「えっと、私と雪音ちゃんならどっちが大きいと思いますか?」
「七海ちゃん!」
驚いた雪音が胸を隠すが明人は笑って答えた。
「雪音ちゃん。ギリギリのDカップで、七海ちゃんはもう少しでDに届くCカップだから」
二人とも無言で胸を隠した。
正解だったのだ。
二人は明人が怖くなっていた。
「……ドン引きです」
「どうやって調べたんですか? いや、あの……聞かれたらちゃんと答えますけど」
「七海ちゃん、答えたら駄目だから!」
雪音が七海の世間知らずなところを注意していると、店に客が入ってきた。
学校の制服を着た女子たちだ。
部活帰りなのだろう。
「いらっしゃいませ」
明人がそう言うと、女子の一人――奏帆が手を振った。
「あ、先輩」
友人が奏帆に声をかけてくる。
「知り合い?」
「うん、三年の先輩。前に試合の応援に来てくれた人」
女子たちが挨拶をしてくると、明人は照れてしまう。
「今日はどうしたの?」
「飲み物とお菓子を買いに来ました。コンビニは高いんですよ」
そう言って女子たちが買い物を始めると、奏帆が明人に話をする。
「先輩、次の試合も応援に来てくださいよ」
「前回は準優勝だったよね? 伊刈さんたち凄いよね。強豪校に勝つなんて驚いたよ」
地元では番狂わせとして記事になるほどだった。
もっとも、組み合わせも悪く奏帆たちは決勝で負けてしまっていた。強豪校を次々に破って駆け上がるその姿に、地元では大騒ぎになっていたほどだ。
「今年は優勝を狙っています!」
「応援するよ」
そんな二人の様子を見て、雪音も七海もつまらなそうにするのだった。その様子を見た奏帆が明人に耳打ちをする。
「先輩も隅に置けませんね。後輩二人に好かれているみたいじゃないですか。どっちが彼女さんですか?」
「……残念だがこれまでの人生の中で彼女がいなくてね。二人ともアルバイト仲間で後輩だよ」
「もしかして童貞ですか?」
「悪いかよ。そうだよ。……童貞だよ」
そんな二人の会話を聞いていた部活の女子たちは、奏帆に呆れていた。
「奏帆、あんたなんて会話をしているのよ」
「ごめん。先輩は話しやすくてさ」
楽しそうな女子の一団が会計を済ませて店を出て行くと、雪音や七海は明人を何か言いたそうに見ていた。
困りつつも、明人は二人の機嫌を取って仕事に戻った。
夜。
アルバイトを終えて部屋に戻った明人は、机に向かって勉強をしていた。
参考書が並ぶ机。
教科書やノートも開いており、パソコンの画面には公式を分かりやすく説明した動画が流れている。
「え~と、ここがこうで……」
自分でも驚くほどに真面目に勉強をしていた。
疲れてきてモニターでニュース動画を検索すると、最近の話題は全てVR関連だった。
『去年の入試結果ですが、これまでと大きな違いが出ています』
『才能値を重視した結果から大学のランクを決めていましたが、こうしてみると才能値が低い子たちも多いですね』
合格者たちの才能値を並べると、才能が足りていない人手も名門校に合格している。
専門家が意見を言う。
『そもそも才能なんて数値にするのが無理な話ですよ。スポーツも同じです。ピッチャーでも球が速いだけで勝てるわけじゃありませんからね。もっと複合的に、多角的な視点で個性を見るのが重要で――』
少し前まで才能値を重要視していた専門家だったように思うが、世間の意見やら流れ――そして結果を前に意見を変えたようだ。
少しずつだが世間が変わってきているように思った。
動画の一覧には、新総理に元防衛大臣が決まったとか、海外の有名女優などの名前も挙がっている。
それらを見てから背伸びをすると、明人は再び机に向かうことにした。
「さて、もう少し頑張るか」
モニターから背を向けると、映像が消えて黒い画面になった。
薄らと――パンドラが微笑んで明人を見ている姿が映り、そして消えて行く。
現実世界の明人も頑張っていた。
幻想も、そして現実も――。
どちらにも存在する明人とは、それぞれの道を進んでいた。
おしまい
明人ヾ(´∀`*)ノ「頑張るよ~」
ポン助( ・ω・)「頑張れ~」
( ゜言゜)
( ゜言゜)
( ゜言゜)
( ゜言゜)
( ゜言゜)
( ゜言゜)
( ゜言゜)
( ゜言゜)
ポン助Σ(・ω・;)「ふぁっ!?」
ここまでの応援、大変ありがとうございました。
これにて幻想と現実のパンドラは完結となります。
終わってしまうと寂しい感覚とか、もっとあそこを膨らませれば良かったとか、色々と反省点が見えてきます。
幻想と現実のパンドラは反省点が多い物語でした。
でも、書いていたとても楽しかったです。
感想欄の反応とか、大変励みになりました。
ありがとうございました!
14日に活動報告で幻想と現実のパンドラについて書かせていただきます。
タイトルの名前とか、じつはこうするつもりだった、とか。
気になる方は覗いていただければと思います。
ヒドイン? どうなったんでしょうね。ご想像にお任せします。
それでは、完結まで読んでいただきありがとうございました!