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始まり

ようやくここまで来ました。

明日はエピローグになります。


 希望の都に近い草原。


 そこからは希望の都が見えている。


 初心者が最初にモンスターと戦う場所であり、多くのプレイヤーが足を運ぶ場所でもあった。


 そんな場所で武器を手に向かい合うのは、ポン助を――明人を最初にパンドラに誘った友人のルーク――陸だった。


 あの時と同じように大剣を構えてポン助の前に立っている。


「陸、どうして――」


「どうして? 現実世界が嫌になったからリセットしたくなったのさ」


 大剣を突き出してくるルークの一撃を剣で流すと、火花が発生した。


 お互いに高レベル。


 高いプレイヤースキルを持つ者同士だ。


 ポン助が盾で殴りつけようとすると、ルークは地面を蹴って空に逃げる。


 ポン助はすぐに斬りつけるが、ルークは大剣で払いのけてその反動で距離を取った。


「現実をリセット? そのために全てを滅ぼそうとしたのか!」


 ポン助が駆け出してルークにラッシュをかけるように連続で攻撃を行うと、それらを全てルークは防御していた。


「流石にオークの一撃は重いな。ネタ種族なんて思えない」


 笑っているルークに腹を立てたポン助が咆哮しながら左手で殴りつける。


 大剣を盾のように構えたルークは、その一撃に足を踏ん張るが地面が抉れて数メートルも後方に移動させられた。


「……怒るよな。そりゃそうだ」


「当たり前だ!」


 ポン助が剣を振りかぶると、ルークは距離を詰めてポン助の腹を蹴って浮かせると大剣で下から斬り上げた。


 流れるような動きに、ポン助は空中でガードをするがそのままルークは更に一撃を叩き込む。


 ポン助の体に刃が通り抜け、その場所に赤い線が入った。


 クリティカルの表示が出た。


 ポン助が地面に落ちるとすぐに立ち上がって距離を取る。


 ルークは正眼に構えてポン助を真剣な目で見ている。


「俺は今でも現実世界は滅ぶべきだと思うけどな」


「……そして仮想世界で生きるのか? 肉体を失えばそれは死ぬのと同じじゃないか!」


 ルークはそのことにこう答えた。


「あぁ、そうだな。だから、人はまた眠れば良い。コールドスリープじゃない。地下コロニーでまた眠れば良かったんだ」


 かつて人は、地上が荒廃した際に地下コロニーに逃げた。


 そして地上が回復するまでコロニーでコールドスリープを行い、時を待った。


「眠る? 新型炉の暴走はどう説明する? アレが暴走すれば地球は死の星になる!」


 ポン助が斬りかかると、ルークは受け止めた。


「新型炉は暴走させない。ただ、理由にするつもりだった」


 ポン助が殴って吹き飛ばすと、地面を転がりルークは立ち上がりながら口元を拭った。


「――ポン助、社会を壊すにはどうすれば良いと思う?」


「そんなの知るかよ!」


 ルークは小さく笑った。


「中途半端が駄目なら、全てを吹き飛ばすしかない!」


 ルークの大剣が連続でポン助に襲いかかってきた。


 素早く繰り出される大剣の攻撃を防ぎつつ、ポン助はルークの計画を初めて知るのだった。


「新型炉で地上を死滅させる? そんな事をすれば二度と人は生きていけない。そんな事は分かっているんだよ! だから、アレはブラフに使うつもりだった。人が全てを捨てるための嘘だ!」


 ルークに吹き飛ばされたポン助が地面を転がり立ち上がると、目の前に膝が迫っていた。


 顎を蹴られたポン助の巨体が仰向けに倒れる。


「今のまま才能が伸ばせる。未来があると言っても、人は絶対に変わらない。才能のある奴を優先して、その差は開くばかりだ。そのために必要なのは全てのリセットだ。また最初から始めるしかないんだよ!」


 立ち上がったポン助は、ルークを睨み付ける。


「この瞬間も強制的にログインさせられて死人が出ている。それを何とも思わないのか!」


 ルークは笑っていた。


 それがポン助には許せなくて、立ち上がって剣を振り上げさせた。






 二人が戦っているフィールドの外。


 見守っているNPCたちとプレイヤーたち。


 アルフィーたちは、パンドラの下に駆け寄った。


「ちょっと、どういう事よ!」


 怒っているアルフィーを押しのけたのはプライだった。


 その顔は真剣そのものだ。


「聞かせて欲しい。君は我々に協力してくれていたはずだ。このタイミングでの裏切りは腑に落ちない」


 パンドラは戦っているポン助とルークを見ていた。


 そして口を開こうとすると、近くにいたミラが代わりに話をする。


「必要だったから裏切ったのよ。これもパンドラの愛ですよ」


 マリエラがミラを警戒する。


「愛? どういう意味よ」


 警戒するプライたちに、ミラはルークを見ながら答えるのだ。


「こんな事をして、全てはNPCの責任だって言って誰が信じるの? きっと黒幕がいると考える。疑心暗鬼にだってなるわ。プライさん、この後の政治運営は順調にいくと思う?」


 プライは目を細めた。


「……出来うる限りのことはするが、不満が出ないなどあり得ない」


 ミラは腕を組む。


「そう。絶対に問題が出てくる。だったら、最初から敵を用意すれば良いのよ」


「敵? ……それが君たちだと?」


 パンドラはポン助を見ていた。


「私が暴走したためにセレクターが操られ、そして世界を滅ぼそうとした、それが表に出る真実です。その方が人は受け入れられますからね」


 アルフィーが吐き捨てるように言うのだ。


「創作物でよく聞いた話ね」


 パンドラは頷く。


「だからこそあり得るかも知れない。そう思う人が多いでしょうね。私が暴走して、それを助けた人たちがいて――防ごうとした貴方たちがいた。全てそれで解決、とは言いませんが、この後を考えると都合が良いのも事実です。全て私に押しつけてください。それが、立ち直るための一番の近道です」


 世界を救った際に都合が良い。


 そのためにパンドラたちは人類の敵になろうとしていた。


 プライの表情が曇る。


「人類のために死を選ぶと?」


 パンドラは笑顔である。


「私の存在を許しますか? 貴方たちが良くても、実際に被害を受けた人たちは絶対に認めません。庇う貴方たちを疑います。全てはAIの暴走。VRの危険性を人類が学んだ通過儀礼のようなものですね」


 マリエラが首を横に振っていた。


「なんでそんなに割り切れるのよ。あんたたち、悪者になって良いの?」


 ミラは肩をすくめていた。


「元からそのつもりだったわ。計画では、無理矢理人類を地下コロニーに戻して閉じ込める。地下コロニーで眠って貰い、長い時が過ぎたように感じて貰い外に出て貰う。仮想世界で何十年、何百年と過ごして地上に出るの。まぁ、地上は大規模に破壊するつもりだったけど」


 主要都市や衛星の破壊。


 それを行い、また人類には外に出て一からスタートさせるのが当初の計画だった。


 ミラは言う。


「死人だって出るだろうし、抵抗する人も出てくる。実際、仮想世界を思考の世界と思い込んだ情報屋たちもいたわ。……全てを片付けて、私たちは消えるつもりだった」


 パンドラが俯く。


「ルークさんも面倒な人ですね。だから、面倒な仲間が集まってきました。彼らは――ルークさんのギルドメンバーは計画に賛同する同志たちですよ」


 ポン助に仲間が集まったように、ルークには計画に賛成する仲間が集まった。


「普通に遊んでいたら、ルークさんはきっと今頃はもっと大きなギルドを率いていましたね」


 アルフィーがパンドラに向かって、


「なら、あの話は――」


 パンドラは笑顔を向ける。


「えぇ、実行しますよ。残るのは結果だけ……だから、皆さん頑張ってくださいね」






 ポン助はルークに盾を投げつけた。


 受け止めたルークの大剣は破壊される。


 両者、先に武器の耐久値が限界を超えてしまった。


 素手による戦いに移行する。


 ポン助が大きく踏み込み拳を放つと、ギリギリで避けたルークが拳を腹に叩き込む。


「硬っ! おい、その腹に何を詰め込んできた!」


「アバターだよ!」


 ポン助が膝蹴りを叩き込むと、ルークは大きく仰け反った。


 振り上げた手を組んで振り下ろすポン助に、ルークはそのまま地面に両手をついて両足を揃えて拳を――ハンマーを受け止め押し返した。


 駆け出すと大きなポン助に連打を浴びせ、怯ませると足払いで転ばせた。


 転んだポン助の顔に拳を叩き込む。


 巨体がバウンドし、ルークは肩を大きく上下させて呼吸をしていた。


「……邪魔な連中から次から次に出てくる。オマケにお前まで!」


 ポン助は鼻血を出しながら立ち上がると、鼻の穴を片方押さえて血を出す。


 そして大きく踏み込むと、待ち構えていたルークがポン助に拳を叩き込む。


 スキルが発生した拳は強い輝きを放っていた。


「これでもくらって寝とけ!」


 その一撃を――ポン助は放った拳を避けてそのままカウンターを決める。


 大きな拳がルークの顔面に綺麗に当たると、カウンターという文字に加えてクリティカルの表示が出ていた。


 ルークのダメージは限界を超え、そしてフィールドが消え去る。


 大の字になって横になるルークは空を見上げていた。


 ポン助は泣いている。


「……何で泣くんだよ。勝ったのはお前だろうが」


「……だって、だって! 陸は死んだじゃないか! 僕は何も聞いていない! 相談してくれていたら……止めることも出来たのに!」


 ルークは目を閉じる。


 笑っていた。


「お前、やっぱり良い奴だよな。俺みたいな落ちこぼれの不良もどきに優しくて……お前自身も辛いだろうに、優しくて真っ直ぐで……だから、お前には生きていて欲しかったよ」


 ポン助が涙を拭う。


「なんでこんなことをしたんだ。もう少しすれば、良い方向に進んだ可能性だってあったじゃないか!」


 ルークは微笑んでいた。


「……ポン助、知っているか? 神話のパンドラの話だ。最後に箱に希望が残った、って奴だよ」


 ポン助は頷く。


「箱にある限り災厄は希望だ。俺たちは希望になりたかったのさ……飛び出てしまった災厄は、俺たちが箱に戻すんだ。どうだ、格好良いだろ?」


 ポン助は泣く。


「みんなで考えれば良かったじゃないか。もっと良い方法だってあったはずだ。こんなの……全然格好良くないよ!」


「綺麗事だな。でも、嫌いじゃないぞ。でもさ……俺は満足だよ。俺でも何か大きな事が出来るんだ、って分かったからな」


 ルークが赤い光になって消えて行く。


 ルークだけではない。


 遠くに見える希望の都も、そして草原も赤い粒子の光になって消えて行く。


 ポン助が手を伸ばすとルークは消えながら手を振っていた。


 そして、何もない白い空間に残ったのは、プレイヤーたちだった。


 パンドラが手を広げる。


「……最後の会話はどうでしたか? ルークさんの気持ちを知った気分は?」


 ポン助は言い放った。


「最悪だ」


「そうでしょうね。でも、お別れが出来て良かった……」


 パンドラが一度だけ俯き、そして顔を上げた。


 ポン助は確認する。


「どうしてあんな事をした。あの段階で裏切ってお前に何か――」


「その辺りは後で分かりますよ。いえ、きっとポン助さんには何が何だか分からないかも知れませんね。あ、これも間違いでした!」


 パンドラはコホンと咳払いをすると、女神らしく微笑むのだ。


「全てのプレイヤーたちに告げます。パンドラの箱庭は無事、クリアされました。さぁ、アバターを捨てて自分たちの世界へ戻る時間です。仮想世界から現実世界へ――」


 ポン助は急に感覚がおかしくなる。


 すると、ポン助から明人が出てきた。


「なっ!」


 明人が驚く。


 無理もない。ポン助――目の前には自分がいて、本当に驚いているのだ。


 周囲も同様だ。


 アバターと分離するようにプレイヤーたちがリアルの姿を見せた。


 ライターと純が向き合っている。


「あ~、うん。現実世界ではやりすぎない方が良い。向こうは労働法があるからね」


 可愛らしいノームに注意される純は、苦笑いをしていた。


「自分に注意されるとは思わなかった。だが……息子と仲良くしてくれると嬉しい」


「もちろんだ。私は君で、あの子は私の息子だからね。……家族のことも頼むよ」


 すると、純は声をかけられた。


「あ、貴方」


「……父さん」


 純がそちらを見ると酷く驚いていた。


「お、お前たち! ま、まさか同じギルドだったのか!」


 純の妻が両手で顔を覆っていた。


「もう最低よ。仮想世界で結婚した相手が息子で、憎いギルドの幹部が夫だったなんて!」


「……まさか仮想世界で母さんと結婚していたとは」


 泣いている妻と、落ち込んでいる息子を見ているのは彼らのアバターだった。


 手を繋いで苦笑いしている。


 ライターが膝をついた。


「……どういうことぉぉぉ! 妻が息子に寝取られたあぁぁぁ!」


 純も混乱している。


「う、うん? と言うことは……ど、どういう事だぁぁぁ! い、いや、現実なら何も問題ないのか? うん?」


 複雑な家庭環境から目をそらすと、直人とブレイズが向き合っていた。


「あ~、えっと……頑張ってくれ」


「そっちこそ。いや、違うな。現実世界を楽しんでくれ。こっちは好きに楽しむさ――ありがとうリアルの自分」


「あぁ、ありがとう、仮想世界の自分――いや、ブレイズ」


 何だか爽やかな別れだった。


 問題はプライたちだ。


 元大臣がプライを見上げていた。


「……君は私かな?」


 プライはサムズアップをして、


「現実世界を生きてくれ。私はここで女王様にしばかれて過ごす!」


「ず、狡いじゃないか! 私と代わってくれ!」


「断る! いやふぅぅぅ!」


 それぞれ、何というか酷い別れ方をしているオークたちだった。


 七海がナナコを見ている。


「後ろから見るとこんな感じだったんですね」


「可愛いでしょ? これから現実で頑張ってね。ちゃんとアタックしてね。遠慮している自分は私が持って行きますからね!」


「そ、それは――」


「駄目です。ちゃんとアタックしないと許しません」


 七海が恥ずかしそうに頷いた。ナナコは「良かった」と言って微笑む。


 シエラは雪音に注意をしていた。


「良いですか。貴方がしっかりしないと駄目ですからね」


「自分に駄目出しされるなんて」


 星とグルグルは互いに恥ずかしそうにしていた。


「え、えっと、今までありがとう」


「う、うん。あの……頑張ってね」


 女の子らしい仕草をするグルグルを前に、星は男の子のように振る舞う。


「も、もちろんさ!」


「ぼ、僕、この姿が嫌いじゃないよ。だから、ちゃんと色々と考えてね」


「う、うん」


 落ち込む星。


 そして――。


「……ポン助、愛していますよぉぉぉ!」


「ちょっと、ちゃんとお別れしなさいよ!」


 摩耶を無視してアルフィーがポン助に抱きついていた。


「今更自分なんて関係ありませんね。邪魔です! ポン助に触らないでください!」


「もっと色々とあるんじゃないの!」


「あ~、頑張って」


「もっと気持ちを込めなさいよ!」


 それはマリエラも同じだ。


「自分とか関係ない。今こそ、ポン助にこの気持ちを伝える時よ!」


 八雲がポン助に飛び乗ったマリエラの足を掴んでいた。


「さ、最後くらいしっかりしてよ! 私のイメージが崩れるじゃない!」


 そこで多くのプレイヤーやアバターたちが「え!?」という顔をして振り返ったが、明人はポン助を見ていた。


 そんなポン助の肩に手を置くのはノインだ。


「明人君、リアルの私をお願いね。押せば簡単に転ぶから忘れないでね」


 そのままポン助に飛び込み、フランはすれ違いざまに声をかけてきた。


「……私は甘えたがりだ。実はもっと甘えたいと思っているから、後はよろしく頼む」


 よろしく頼まれた明人の両脇から抱きつくのは、イナホとアンリだった。


「明人さん、私たちのことは忘れてもリアルの私は忘れないでくださいね」


「それ無理でしょ。でも、覚えてくれていたら嬉しいわ……さようなら、明人」


 二人もポン助の側に行く。


 リリィが明人の横を通り過ぎた。


「私は可能性が低いかな? でも、絶対に会えると思うわ。私の勘は当たるのよ」


 手を振って格好良く去ると、ナイアが小さな子を抱えてポン助に微笑んでいた。


「きっとまた会えます。その時は、よろしくお願いしますね」


 全員がポン助の側に移動すると、明人は手を伸ばした。


「あ、あの!」


 振り返って女性陣を見ると、俯いて困ったような顔で悲しそうに笑っていた。


 摩耶が代表して答える。


「……記憶、消えるんだって」


 八雲も頷いていた。


「パンドラの記憶は全部消えるわ。そう、言ったの……」


 明人がパンドラを見ると、頷いていた。


「どうして!」


「全ての記憶は私が消去します。残るのは結果です。私は暴走して世界を滅ぼそうとした。そして、貴方たちは世界を救った。全ては幻です」


 その言葉に納得できない明人に、リアルの姿になった陸が声をかける。


「おいおい、俺を殺した彼女たちの記憶は無視するのか?」


「陸!」


 明人が駆け出して陸に抱きつく。


 陸も抱きしめる。


「……忘れた方が良いのさ。リアルで面倒になっている奴もいるからな。俺のことも引きずるな。お前は現実で頑張って生きろよ。せっかく守ったんだ。良い世界にしろよ」


 泣いてしまう明人に、陸は離れると背中を押した。


 そこにいたのはポン助だ。


 頭をかいて恥ずかしそうにしていた。


 照れているオークだが、巨体で見上げるほどに大きい。


 しかし、怖くはない。


「……あの」


 ポン助は女性陣に抱きつかれ、そして囲まれて困っているようだ。そんな姿で明人に言う。


「こっちは任せてよ。なんか変だな?」


 良いことを言おうとするが、照れてしまった格好がつかない。


 明人がそれを察して頷く。


 ポン助が大きな手を差し出してくると、握手をした。


 とても大きな手だった。


「……今までありがとう」


 ポン助は笑っていた。


「こっちこそ!」


 見届けたパンドラは強制的にプレイヤーたちのログアウトを行った。


「さぁ、目を覚ましてください……夢から覚める時間です」











 ヘッドセットをした明人が目を覚ました。


 しかし、目に光が戻っていない。


 立ち上がると部屋にやって来た救急医療のロボットが、担架を持って次々にやって来た。


 そこに無言で横になる。


 次々に立ち上がって横になる女性陣に、仲間たち――。


 死体を回収するロボットたちもやって来て、陸たちの死体を回収していく。


 明人の体からヘッドセットを残してパワードスーツが剥ぎ取られ、そして地下コロニーから運び出された。


 世界中で、そのような作業が行われる。


 サーバー管理室のモニターにパンドラが映し出された。


『目が覚めれば元通り――にはなりませんが、それでも人は立ち上がると信じています。いずれまた――会うときまでさようなら』


 映像が途切れると、データの改竄が一斉に行われていくのだった。







 明人は自分の家のベッドに腰掛けていた。


 スマホには次々に連絡が入る。


 学園からは当分の休校が告げられ、政府からは緊急報告としてモニターでとても大きな事件の報告がされていた。


 元大臣がフラッシュを浴びていた。


『皆さん、どうか落ち着いてください。VRゲームに大きな問題が発生していました。私たちの記憶に不明な点があるのはそのためです』


 明人は両手で頭を抱えた。


「……いったい何があったんだ?」


 記憶が酷く曖昧になっていた。


 何か大事な記憶が全て消え去ってしまったような感覚だった。


 高校生活が始まったと思っていたら、もう二年生になっているのだ。


 いや、高校生活を送っていたような記憶もあるが、不鮮明すぎてハッキリしない。


『この事態に与野党一致団結し、解決を模索する考えで――』


 厳つい顔をした元大臣に記者からの野次が飛ぶ。


 だが、決意は固いのか話を止めなかった。


『いったい何が問題だったんですか!』

『この責任は誰が取るんですか!』

『死亡者が出たという話は本当ですか!』

『どうして野党の貴方が会見を開いているんですか! 総理を出してください!』


 また連絡が入ってきた。


 アルバイト先からだった。


 しばらく休んで良いという知らせだった。


 安否確認に始まり、朝から連絡が鳴り止まなかった。


 ベッドに体を倒した。


「……いったい何が起こったんだ?」


 学園やアルバイト先、そして色々な場所から安否確認は来るのに――明人の家族からは連絡が来なかった。


 部屋には元大臣の声が響く。


『VRに大きな欠陥があったと報告を受けています。現在調査を急がせていますが、しばらくVRの使用は禁止とし――』


 明人は目を閉じた。


「……なんだろう、何か凄く大事なことを忘れている気がするや」








 ――VRクライシスと呼ばれた事件から半年が過ぎた。


 明人は学園の教室で友人と話をしていた。


「二年生からはじめるなんてビックリだよね」


「オマケにクラスの人数も少ないからな」


 元は二十人いたクラスに、今は男女共に一名ずつ足りなかった。


 明人の一つ前の席が空いていたが、そこに誰が座っていたのか思い出せない。


 酷く切ない気持ちになる。


(いったい誰が座っていたんだろう?)


 教師が言うには、大事件の時に命を落としていたらしい。しかし、明人の記憶から綺麗に消えているのだ。


 友人はもう一つの空いた机を見る。


「それにしても残念だよな」


「何が?」


「ほら、市瀬さんだよ。学園が再開した時はいたけど、元々エリートの人だから転校したじゃないか」


 理事の娘だから入学したのだが、世間が酷く混乱したためにレベルに合わせた高校へ転校していた。


「……うん、残念だね」


「だよな。美少女がいないなんて悲しいよ。最初からいなかったらここまで落ち込まなかったのに」


 そして、話は才能値検査に移行した。


 友人が髪をかく。


「それより聞いてくれよ。この前の精密検査で、俺って才能値に間違いがあったんだ。計測した結果が違っていてさ。部活をやれるレベルだったんだ」


 明人も頷く。


「なんか酷く差が出たって聞いたね。僕も数値がおかしくてお医者さんが困っていたよ」


 友人が肩をすくめている。


「才能値の計測、廃止になるな。ここまでデタラメだったとかおかしいだろ」


 色々と問題が出てきている。


 今更間違っていたなんて受け入れられない、という人たちが多いのだ。


 明人は摩耶が座っていた席を見る。


 今でも思い浮かぶ摩耶の姿は、茶髪ではなく金髪に赤い服だった。


(何で別人を思い浮かべるんだろう?)


 友人が顔を近づけてくる。


「それより今日はゲーセンに行かない?」


「ごめん。今日はアルバイトだから」


「そっか」


 そして問題がもう一つ――。






 アルバイト先のスーパー。


 明人は無言で荷物を運んでいた。


 段ボールから商品を取り出して棚に並べていると、その様子を見て先輩である八雲が目を細めていた。


「あ、あの、何か?」


「……別に。間違っていたら注意しようと思ったの」


 あまり関係が良いとは言えないアルバイト仲間は、仕事は出来るが明人と必要最低限の会話しかしてこない。


(男の人が嫌いなのかな)


 露骨に男性を嫌がっているため、明人もそれを察して仕事関係の知り合いという距離を保っていた。


(それにしても、思ったよりも体が動くな。このアルバイトをずっとやって来たのかな?)


 記憶が曖昧でも仕事で問題なく動けている。


 それが不思議で、そして消えてしまった時間に何をやっていたのか明人は気になった。


 自分の姿を反射した壁で見る。


(背が伸びて筋肉質。ジムに通っていたみたいだし、僕としてはそれが不思議だ)


 取った覚えもない資格。


 無効になった資格もある。


 記憶が消えたときに手に入れた資格は、多くが無効になっていた。


(はぁ、どうしようかな)


 一年生の時に手に入れたかった資格もいくつか無効になってしまった。試験は受けられるが、通るとは思えない。


 記憶がないのだ。


 客が来ると八雲が背筋を伸ばして笑顔になった。


「いらっしゃいませ」


 明人はその変わり身の早さに肩をすくめた。


(女の人って凄いな)


 そして仕事に戻り、社員が来るまで時間までアルバイトをするのだった。


 ただ、それでも時折――八雲の姿がどうしても違う赤毛の人とかぶる。


 見ていると「……見ないでくれる」などと言われてしまうが、気になって仕方がなかった。


(……いったい何があったのかな?)






 明人がアパートに戻ってきた。


 疲れたのでベッドに横になると、何故か寂しさがこみ上げてくる。


 部屋の隅には何か重い物を置いていたのか跡が残っており、それが妙に気になってしまっていた。


 目を閉じると落ち着かない。


「……何だろう。落ち着かないや。それにしても、毎日四時に目が覚めるのってどういう事だ?」


 大事件から立ち直り始めた世間。


 良くも悪くも変わってきている。


 明人はしばらく考え、起き上がると購入した参考書を手に取った。


 才能値が当てにならないと言われるようになり、もしかしらた自分にも無理と思われた大学に進めるのではないか?


 そう思って購入した参考書を開いた。


「よし!」


 可能性があるというのは嬉しいことだった。


 一部では未だに才能値の復活を訴えていたが、明人のような立場から言わせて貰うとチャンスがやって来たのだ。


「頑張って駄目なら諦めもつくからな」


 自分に言い聞かせるように勉強を始めるのだった。


ライエルΣ(・∀・|||)「嘘だと言ってよ!」


リオンΣ(・∀・|||)「くそっ! あいつ最後に逃げ切りやがった!」


ポン助(#・ω・)「……」

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