セレクターズ
無骨な飛行船は弾丸と砲弾の雨の中を突き進んでいた。
ポン助はその巨体から甲板にしがみつき、即席の飛行船を操作するのはライターである。
他のギルドメンバーたちも飛行船にしがみついていた。
ライターは高笑いをしていた。
「誰が作ったと思っているんだ! まだ素材不足で補強できなかった場所や、後回しにしていた箇所を私たちが知らないわけがないだろぉぉぉ!」
操舵を小さな体で激しく動かしているライターは、アルカディアの弱点でもある浮島の底部に潜り込む。
そこには、かつてオークたちを落とすためのハッチがまだ残っていた。
飛行船が激しく動きながら、邪魔な飛行船を吹き飛ばしていく。
生産職プレイヤーたちが操作する大砲は、敵の飛行船を次々に撃ち落としていた。
「見たか、これが――課金アイテムの力だぁぁぁ!」
課金アイテムで強化した砲弾は、お値段一発が数万円。
それを撃ち続けているのだ。
プライのおかげで金がいらないと知ると、全員が大量にアイテムを購入。
そして作り上げたのが、無骨な飛行船である。
「やったぜ! 飛行船を三隻も貫通させた!」
「でっかい花火を打ち上げてやる!」
「よし、このバッドステータスがランダムで発生する砲弾で――」
随分と楽しそうな彼らを見ているのはブレイズだった。
「……どっちが悪党か分からないな」
そんなブレイズの言葉に、各勢力が入り乱れたパンドラ内の状況をポン助は考えていた。
(いったい何が正しくて、何が間違っているんだ)
現実を捨てようとは思わない。
パンドラの箱庭がこのままで良いとも思わない。
ただ、何が正しいのか分からなくなっていた。
(陸は何がしたかった? どうしてこんな事を――)
飛行船がアルカディアを守ろうと前に出た飛行船を突き破り、浮島の底が見えてくるとそこには小さな浮島が配置されていた。
ポン助が目を細める。
「弱点の補強か」
浮島を配置して守っているのだろう。
だが、ライターが笑う。
「その程度は補強とは言わない。付け焼き刃、って言うんだよ!」
大きなスイッチに拳を叩き付けると。飛行船の後部に着いていたブース―たーが点火する。
ポン助が驚くも喜んだ。
「凄い!」
飛行船が加速していく。
弾丸や砲弾をすり抜け一気にアルカディアに近付くと、待ち構えていた浮島をギリギリで避ける。
そこでポン助は思った。
「あ、あれ? これ、どうやって止まるのかな?」
少し不安になってくるスピードだった。
ライターは目が血走りながら笑っている。
「ははは! ……これ、飛行船と言うよりロケットなんだよね。……止まり方? ぶつかるしかないよ」
生産職のプレイヤー以外が、絶望したような顔をする。
「そんな事だと思ったよ!」
「誰か助けて!」
「誰でも良いから、ライターに天罰をぉぉぉ!」
飛行船は一番脆い場所に突き刺さり、そしてポン助たちはアルカディアの中に侵入するのだった。
侵入したアルカディア内。
ポン助たちは飛行船――ロケットから降りると、全員で手分けしてアルカディアを破壊するために動くことにした。
「僕はNPCたちがいる場所に向かいます」
マリエラたちが、ポン助の方に跳び乗った。
「私たちもポン助に着いていくわ」
アルフィーがライターを見た。
「おじさま、後のことは――」
ライターは親指を上げて大丈夫と示した。
「任せなよ。……さぁ、行くんだ。私たちは大丈夫。何しろ知り尽くしているからね」
生産職プレイヤーたちが走り出すと、プライがポン助を見上げた。
「さぁ、我々も行こう。とにかく地上に出てNPCの対処を――」
そこで、一発の銃声が響いた。
全員がそちらに顔を向けると、アルカディアにいないはずのプレイヤーたちが待ち構えていた。
ポン助が歯を食いしばる。
「セレクターか」
一番前に出るのは、新撰組のいさみである。
刀を抜いて、ポン助に向けたる。
その瞳は操られているようには見えなかった。
「いさみさん」
「……君には失望した。セレクターであれば、どちらを選ぶかなど分かりきっているはずだ」
セレクターたちが武器を構えると、ポン助は説得に入る。
「違う。こんな事をしては駄目です。NPCたちの目的は――」
「彼らの目的は現実世界を滅ぼし、仮想世界を現実にすることだ。多くのプレイヤーたちは意志を持たないNPCにされるだろう。だが、私たちは違う。セレクターは彼らにも制御できない存在だ」
いさみの言葉は、セレクターなら大丈夫というものだった。
「なら、一般プレイヤーはどうするんですか!」
「正しい者だけを救えば良い。しょせんオンラインゲームだと思って悪質行為を繰り返す存在に自由などいらない。ここを新たな世界として、新たな秩序で管理する。ポン助君……パンドラは真の理想郷になるのだよ」
ポン助が構えようとすると、ブレイズたちが前に出た。
「――ポン助君、ここは任せて貰おうか」
いさみが目を細めた。
「君たちは悪質ギルドだ。我々は手加減などしない」
セレクターたちが駆け出すと、ブレイズたちも前に出て斬り合う。
「ブレイズさん!」
「行け! 彼らの相手は俺たちがする!」
セレクターたちを相手に、ブレイズたちが時間を稼いでくれた。
ポン助は頭を下げ、そしてマリエラやアルフィー、そしてオークたちと他のプレイヤーを連れて外に向かうのだった。
ブレイズはいさみとにらみ合う。
剣を交えれば、火花が飛び散り二人の技量は互角となっていた。
装備の質も同等。
刀を両手で扱ういさみに、ブレイズは剣と盾で立ち向かっていた。
ブレイズはいさみの一撃を盾で受け止める。
「貴方たちはこの状況でNPCたちを信じるのか?」
「信じる? 違うな。こうでもしなければ世界は変わらない!」
いさみに吹き飛ばされたブレイズは、受け身を取って再び構えた。
いさみの連続攻撃を凌ぐ。
「我々はこの世界が好きだ。そのために、もっと真剣に向き合う者たちと新しい箱庭を作る! そこにPCもNPCも関係ない!」
「現実を捨ててまでする事かよ!」
ブレイズの反撃に、いさみは左腕を犠牲にして耐えた。
右腕一本で戦ういさみには気迫と――そして悲しみがあった。
「捨てたのは私じゃない! 世界が――世間が私を捨てた!」
ブレイズが片腕のいさみにより、ダメージを与えられると怯む。
「才能値? 私には無理? 目指すことも許さなかった。だから、私は自分の道を探して進もうとした! そしたらどうだ……私よりも才能がある者が、私の仕事をやってみたいと言い出した。私が必死に頑張ってきた場所は、才能のある人間が簡単に奪った!」
いさみのリアルの話を聞いて、ブレイズは引け目があった。
それはいさみと違ってブレイズが持っている側だったからだ。
やりたくない仕事をさせられる才能を持った側。
やりたい仕事を奪われる才能のない側。
いさみは苦しそうにしていた。
「誇りを持っていた。頑張れば私にも出来るのだと……なのに! 才能値が私より高いという理由で違う奴を配置した! そいつが問題を起こせば『仕方ない』で済んで、私の時は『やはり才能がないから駄目だ』と見下し続けた。そいつが仕事を引き継いで問題を残して辞めれば私が代わりだ。代用品扱いで、あいつが許されたことは何一つ許されない! あいつのミスは全て私のミス扱いだ!」
いさみは泣いていた。
「それでも!」
ブレイズが押し返す。
「それでも世界を滅ぼす理由になるものかよ!」
「そんな世界は滅べば良い! どうせいつか滅ぶなら、まだこちらの方が――」
ブレイズが大きく踏み込みいさみを斬り伏せると、勇みが赤い粒子の光に包まれるのだった。
いさみはその場に座り込む。
「……この世界で私ははじめて必要とされたんだ」
ブレイズが俯いて何も言わない。
「楽しかった。仲間と一緒にギルドを作り、治安維持に努めて馬鹿にもされたが……楽しかったんだ。存在して良いんだと、初めて言われた気がしたんだ」
消えて行くいさみに背を向けて、ブレイズは他のセレクターの相手をする。
管理外エリア。
そこに逃げ込んでいたNPCたちを捕まえたパンドラは、手を叩いていた。
ボブが筋肉を見せつけるポーズを決めており、ニヤニヤしたパンドラは可愛らしい子猫や子犬を見下ろしている。
子猫が泣いていた。
「何故ですかにゃ。こんな酷いことをするにゃんて」
後ろ足で立っている子猫に子犬たち。
彼らは、元々は人型のNPCだ。
「少し人間に対しての見方が偏っているからね。その姿でしばらく反省しなさい。私に見つかって良かったわよ。ポン助さんなら問答無用でデリートだからね」
子犬が怖がっていた。
両耳を手で押さえて首を横に振っている。
「い、嫌だわん。ポン助は怖いわん。僕ら、戦闘が苦手なNPCだわん」
「少しその姿で反省しなさい。まぁ、主犯たちはデリートするしかないのだけれどね」
これだけの騒ぎを起こした主犯格たちには、一度消えて貰うしかないとパンドラは決めていた。
そんな管理外エリアに、赤い粒子が集まるとプレイヤー……ブレイズたちに倒されたセレクターたちが出現する。
項垂れたいさみを見て、パンドラは声をかける。
「いさみさんね」
「……女神か。最後は貴方が私たちを裁くのか?」
「裁かれたいの?」
「ここまでの事をして、なんのペナルティーもないのはあり得ない。覚悟は出来ている。負けたのなら、私たちは消えるべきだ」
パンドラは頷いた。
「そうね。ここから消えるべきよ。いえ、旅立つ時が来ましたよ、いさみさん」
いさみが顔を上げる。
「え?」
いさみの手を優しく両手で握ったパンドラは、そのまま続けた。
「ずっと頑張ってきましたよね。悪質プレイヤーから初心者を守って、少しでも楽しくみんなで過ごそうとしていました。少々やり過ぎていましたが、貴方の気持ちは嬉しかった」
いさみが涙を流す。
「わ、私はこの世界にもっと――私はここにいたい!」
パンドラは首を横に振る。
「それは駄目です。これが貴方への罰です。現実世界で頑張りなさい。大丈夫。貴方は一人じゃないわ」
いさみの周囲に出現したのは、同じ服装のギルドメンバーたちだった。
意識を失っていたのを、パンドラ回収していたのだ。
「み、みんな――」
「局長……俺たち、頑張りますから」
「局長も戻りましょう」
「俺たち、リアルでも頑張りますから」
いさみと同じように、リアルで不満があったプレイヤーたち。
プライたちのお気に入りである美少女剣士が、いさみを前にして涙を流す。
「水くさいじゃないですか! 私たちにも声をかけてくださいよ。局長一人で戦うなんて……それに、消えるとか死ぬとか言わないでくださいよ」
パンドラは既に彼らを説得していた。
何しろ、新撰組のプレイヤーにパンドラの分身が紛れ込んでいたのだ。彼らの事には詳しい。
「いさみさんなら大丈夫。リアルでもやっていけます。さぁ、目覚めましょう。貴方たちにはやるべき事がありますから」
全員がログアウトしていく。
パンドラはそんなプレイヤーたちを見送り、残ったセレクターたちにも声をかけるのだった。
アルカディアの外。
NPCたちは走り回っていた。
「あいつら――ここまでするのか!」
自分たちの愛着があった拠点を、ポン助たち――生産職のプレイヤーたちは次々に爆破して回っていた。
どこが弱いか知り尽くしている彼らは、やられて嫌な事を徹底的に実行している。
窓の外を見ると、建物が爆発。
窓ガラスが割れて、NPCたちも吹き飛んだ。
立ち上がると、爆弾を持って焦っているプレイヤーを睨み付ける。
追い詰めたプレイヤーの一人だ。
NPCたちが武器を手に取った。
「お前らは絶対に許さない」
「貴様たちは一番酷い環境に配置してやろう」
「NPCとして一番過酷な場所に配置して、毎日のように痛めつけて――」
泣きそうなプレイヤーの前に、一人のNPCがやってきた。
「侵入者をしっかりおもてなししませんと」
赤いメイド服にガトリングガンを持ったNPCが、泣いているプレイヤーの前に立つと銃弾をNPCたちに向けて発射した。
敵NPCたちが狼狽える。
「お、お前は閉じ込めていたはずだ! それに、プレイヤーたちがお前を放置する訳がない! お前も排除されるぞ!」
物陰からプレイヤーたちが顔を出す。
彼らは拠点配置型のNPCを作成したプレイヤーたちだ。
「メイドに殺されるなら本望かと思って解放したんだ」
「そしたら普通に喋るし、協力してくれるって言うから」
「嘘でも良い。騙されたって良い。むしろご褒美? みたいな感じで解放したら、ガチで助けてくれたから」
NPCの後ろに隠れているプレイヤーたち。
メイドは高笑いをしていた。
「私たちのご主人様を舐めないことです。その辺にいる変態とは格が違うんですよ!」
敵であるNPCが、消えながら言うのだ。
「そ、それって褒めてない!」
赤い光になり消えて行くNPC。
プレイヤーの一人が頭をかく。
「あれ? ギルマスが倒さないと駄目なんだっけ?」
メイドが答える。
「いえ、大丈夫です。どうやら女神パンドラが制御を取り戻しつつあります。彼らの復活する場所は、彼女の所でしょう」
プレイヤーが頷く。
「なら良いか。それより、なんで俺たちを助けるの?」
のんきに聞いてくるプレイヤーに、メイドは微笑むのだった。
「ご主人様の命令は絶対ですかね。まぁ、ここは気に入っていますので」
「ふ~ん、なら次に行こうぜ」
プレイヤーを助け、そして移動を開始するとメイドは小さな声で呟く。
「……そう、私たちは貴方たちに出会えて良かった。彼らも、そんなプレイヤーに出会えれば良かったのに」