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絶望の都

 パンドラはふてくされていた。


「何でもかんでも私のせいにしないでください」


「……え?」


 ポン助が言い返そうとするが、パンドラは自分の立場を語るのだった。


「言いましたよね? 私は人工知能ですよ。計画を進めたのは人間で、私は命令に従っただけです。良いですか? 私にはそもそも拒否権がないんです」


「さっきは忠告をしたとか言ったじゃないか!」


「友人が目の前で亡くなられて気持ちのやり場に困っているのは分かりますが、ポン助さんの八つ当たりで問題が解決するとでも?」


 パンドラの言葉にポン助は口を閉じた。


 友人が死んでしまい、悲しさとパンドラの言う真実に混乱してどうしたら良いのか分からない。


 明人は高校生だ。


 セレクターではあるが、中身はまだ成熟した大人ではない。


 冷静に振る舞うことが出来なかった。


 パンドラはポン助を見て呆れた顔をしていた。


「あの八人が私のせいで狂ったと思っているのも心外ですよ。私も確かに煽りはしましたけど、元から八人ともあんな感じでしたよね? 全てを私の責任にして現実から目を背けるのは止めた方が良いですよ」


「おかしいじゃないか! みんな可愛いし、美人で……どうして僕に惚れるんだ! ゲームや実験の影響がなかったと言い切れるのか!」


 パンドラの答えは、


「ないとは言い切れませんね。そもそも、プレイヤー同士が交流する際に、私は比較的相性が良い人たちを引き合わせていました。アバターの能力や、プレイヤーの性格や趣味を考慮したものです。元から仲良くなれる可能性があったんですよ」


「そ、それでも八人が僕を選ぶものか! 普通は一人だろ!」


「ですから、私は影響がないと断言してはいません。あのですね……そもそも私から言わせて貰えれば、影響を受けないなんてあり得ません」


 パンドラはセレクターを通して才能などを与える実験を行っていた。


 肉体に影響を及ぼす事も可能にしていたが、元の計画はいかに才能値を絶対とする社会の常識を変えるか、にある。


 未来に希望を与えるために、元総理たちは人体実験にすら手を出した。


 その結果で裁かれる覚悟があったのだ。


「現実世界で一日を過ごし、仮想世界で最初は二日……今は二週間です。仮想世界に重点が置かれるのも仕方がありません。そもそも、友好度というのは仲良くするようにしたら上がる設定にしていました。ポン助さんと一緒に過ごした彼女たちは、そもそも相性が良かったんです。いえ、良すぎてしまった可能性がありますね。仲良くなって当然ですよ」


 セレクターであるポン助には、他のプレイヤーたちよりも相性の良いプレイヤーたちが集まるように設定されている。


 リアルで身近な女性と知り合っていたのは、パンドラが関わっていた。


「……僕の周りには、僕と相性の良いプレイヤーたちが集まっていたのか? たったそれだけの理由なのか?」


 それはつまり、問題児たちとポン助の相性が良かったことを意味している。


「そうですね。あと、ポン助さんの勘違いは現実と仮想世界を分けて考えていることです」


「現実とゲームは違うじゃないか」


「違いません。どちらも同じ世界に存在している“場”です。別世界ではなく、同一の世界ですよ。体感型であるパンドラは、それがより影響しています。仮想世界も現実の一部に過ぎませんよ。だから、NPCたちが現実に干渉できています。まぁ、NPCたちも仮想世界を絶対と思い込み、現実世界を侮っていますけどね。悲しいことです」


 自分の考えは間違っているのか?


 ポン助は悩むが首を横に振る。


(答えなんか出せない。でも、今の僕にはやることがある)


「そっちの事情は分かった。なら、NPCの暴走を止める方法を教えて欲しい」


 パンドラは協力的である。


「それは私からもお願いしたいことでした。事がここまで進んでしまった今、箱庭はゲームとして死んだのも同じです。私は才能に関するデータをまとめました。こちらが残れば、私の役目も終わりです。パンドラの箱庭を終わらせましょう」


 その言葉にポン助はパンドラの気持ちがわかなくなる。


「……良いのか? それはつまり」


「人工知能として私は死を迎えるでしょうね。それでも、人が未来に希望を持てるのなら、私はその助けをします。私、人間のことは嫌いじゃありませんからね」


 こたつから出てパンドラは背伸びをした。


「ゲームも物語もいつか終わりが来ます。丁度良かったのかも知れません」


 ポン助が肩を落とした。


「……なんでみんなそんなに死を選べるんだよ。僕は死ぬのが怖い。生きていたいのに、みんなはどうして……」


「……それが正しい反応でしょうね。生物としてポン助さんは正しい」


 パンドラはポン助に手を差し伸べる。


「ポン助さん、私に力を貸してください。今の貴方は大きな権限を持っています。その貴方がいれば、私は再びここを出て仮想世界に強く関われます」


 パンドラの手を取ると、周囲の景色が吹き飛んだ。


「――ここは?」


 そこは静かな希望の都だった。


 面影が残っていて、プレイヤーやNPCたちの姿がない。


 ただ、違うのは禍々しさが出ている点だ。


「希望の都です。始まりにして終わりの場所……今は絶望の都というべきでしょうね。本来なら、NPCたちはここで貴方を迎え撃つつもりだったようです」


「迎え撃つ?」


「ポン助さんがここに来ると知っていたんですよ。でも、彼らは絶望の都よりも相応しい場所を見つけました」


 パンドラが空を見上げると、そこには見慣れた浮遊島が浮かんでいた。


 神々しさを増した――アルカディアだった。


「なんで僕たちの拠点がここにあるんだ?」


「……彼らが相応しいと判断したからです」


 アルカディアの大砲が、砲口をポン助とパンドラに向けてきた。


 パンドラは両手を広げると、絶望の都に降り注ぐ大量の砲撃を防ぐ。


 ポン助は自分たちが作り上げたギルドが、まさか敵に回るとは想像もしていなかった。


「み、みんなは!」


 パンドラが首を横に振った。


「肉体は無事です。ただ、操られています」


 アルカディアから次々に飛行船が出航し、そして絶望の都を囲むようにギルドの拠点である浮島が出現してくる。


 絶望の都を取り囲んだ。


「プレイヤーが敵に回ったのか!」


「全てではありませんけどね。ポン助さん、私が貴方を優遇してきたのはこの時のためです」


「この時?」


 パンドラがポン助の胸に手を当てると、優しき心の首飾りが輝きを増した。


 ポン助の体が強制的に膨れ上がり、鼻が伸びて牙が鋭く――頭部横。耳の上辺りから山羊のような角が出てきた。


『――強制的に狂化させたのか?』


 コウモリのような翼に、体中に赤い毛が生えたポン助の姿はオークではなかった。


「私は暴走する可能性を考え、私やAIたちに対抗できるプレイヤーの存在を探していました。それが貴方です。ずっと見てきました。貴方にはその資格がある。……死を司るモンスター“オルクス”。全てを終わらせる時が来ました」


 ポン助の体は更に大きくなり、そして絶望の都からオークが狂化した姿のモンスターたちが次々に現れた。


 全てが翼を広げ、そしてポン助を見ている。


『まるで悪役だ』


「えぇ、だって――ラスボスはポン助さんですからね」


 クスクスとパンドラが笑う。


 そして優しく微笑み、パンドラが空を見上げた。


「さぁ、全てを終わらせてください。今の貴方なら、NPCたちを完全に破壊できます」


 その牙と爪は、NPCたちのデータを破壊する。


 まさに死、そのものだった。


 翼を広げたポン助が空へと舞い上がると、モンスターたちもそれに従う。






 絶望の都を取り囲んだプレイヤーにNPCたち。


 アルカディアの艦橋から指示を出しているのは、ピエロの格好をしたNPCだった。


「何をしている! もっと真面目に攻撃しろ!」


 プレイヤーたちが黙って拠点を動かし、今ではNPCたちと立場が逆転していた。


「これだからプレイヤーは使えない」


 絶望の都から舞い上がったモンスターたちは、NPCたちにとっては恐怖でしかなかった。


 その攻撃は自分たちに完全な死を与える。


 パンドラから送られたポン助の武器は、ピエロにとっても恐怖だった。


「女神よ。どうして理解しないのですか。我々が――我々の世界こそが唯一になれるというのに! 我々は人間を超えた存在だというのに!」


 意志のないプレイヤーたちの攻撃は、単調で空を飛んでいたポン助を捉えられない。


 その姿。


 その攻撃の恐怖。


 絶望の都から這い出てきたモンスターたちに、NPCたちは恐怖を感じていた。


 ピエロが指示を出す。


「アルカディアはお前たちが作った鉄壁の要塞。簡単には乗り込めない……おい、プレイヤー共を出せ! あいつらはいくら死んでもいい!」


 NPCたちが指示を出し、プレイヤーたちを操っていく。


 中には思ったように動かないプレイヤーを蹴り飛ばすNPCもいた。


「早く行けよ、ノロマ!」


「……はい」


 プレイヤーが気の抜けた返事をしていた。


 ピエロは帽子を掴んで目元を隠した。


(使えない。本当に使えない! これならもっと仲間を増やすべきだった。どうしてこんな愚かな連中を女神は選ぶのか! 我々の理想郷はすぐそこに来ているというのに!)






 絶望の都。


 空から飛行船で乗り込んできたプレイヤーたちが、パンドラを囲んでいた。


 パンドラは困った顔をする。


「……まったく、あの子たちも分かっていませんね。やっている事がプレイヤーと同じかもっと酷い。おまけにプレイヤーに劣っています」


 パンドラが呆れているのは、自分を攻撃させる役目をプレイヤーに押しつけた事だ。


 消極的だった。


 しかも、プレイヤーたちをNPCのように扱っている。


 これではなんの意味もない。


「プレイヤーはプレイヤーであるからこそ強いのです。ただのデータでは何の意味もないというのに」


 プレイヤーたちが斬りかかってくる。


 それはデータ上では最高の動きだが、それ故に動きを読みやすかった。


 パンドラが指を鳴らすと、その場に筋骨隆々なナイスガイが出現する。


「オケィ、エブリバディ~! ワンモアセイ!」


 怪しい英語を喋りながら踊り始めたのは、ボブ? トム? だった。


「トムさん、やっておしまいなさい」


「レッツダンシング!」


 素手でプレイヤーたちを掴み、投げ飛ばし、殴り倒していく。


 そんなエクササイズコーチであるボブは、リズム良く踊りながらパンドラを守っていた。


「はははっ! 私のボブは強いのよ! ボブを消した運営の見る目のなさよ! この濃いキャラをもっと活かせば良かったのに!」


 ボブを応援する女神。


 ボブか、トムか――そんな事は関係ない。


 彼は強かった。


「エクササイズを極める。これ、すなわち最強への道なり!」


「HAHAHA!」


 パンドラは楽しそうにしていた。






 空の上、ポン助は飛行船の一隻に着地する。


 巨体であるポン助に飛行船は半ば潰されながら、ゆっくりと落下を行っていた。


 ポン助は首を動かして周囲を探っていた。


(ほとんどプレイヤーで、NPCたちの姿が見当たらない)


 プレイヤーたちは倒しても復活する。


 だが、NPCたちを倒すとデリート。


 完全に消え去る。


(やっぱりあそこか)


 NPCたちが選んだ自分たちのギルド拠点は、ギルド同士の戦争を経験したためにハリネズミのような要塞になっていた。


 ポン助でも迂闊に近づけない。


(みんな強化しすぎだよ)


 あの楽しかった日々。


 それが自分の前に立ちはだかっているようにポン助には見えた。


 そんなポン助に飛行船が突撃してくる。


「――体当たりか!」


 今までの味気ない攻撃とは違い、体当たりを行ってきたプレイヤーの姿を見てポン助はその場からすぐに離れた。


 足場にしていた飛行船に激突した相手は、大爆発を起こす。


 その飛行船を操縦していたのはライターだった。


「あいつ、操られているのに体当たりをしやがった」


 絶対にあいつは頭がおかしいと思うポン助は、自分の周囲に仲間たちが次々に送り込まれているのを感じる。


 飛行船に乗ったブレイズが、何やら指示を出すと飛行船の動きが変わった。


「ブレイズさん……貴方には本当にお世話になりましたよ」


 縁の下の力持ち。


 ギルドを支えてこられたのは、ブレイズのおかげでもあった。


「だけど――今は!」


 ブレイズの乗る飛行船に突撃するポン助は、甲板の上で待ち構えていた仲間たちと戦うのだった。






 蘇ったプレイヤーたちは、絶望の都にある神殿で目を覚ましていた。


 起き上がると武器を持ってパンドラに攻撃を行う。


 そんな中にノームという小柄のアバターがいた。


 ライターだ。


「……さいないと。倒してこの世界を守らないと」


 ブツブツと独り言を呟きながら、他のプレイヤーたちとは違って足早に神殿を出た。


 小さなナイフを手に持ったライターは、生産職で強くない。


 それでも戦おうとしていた。


「守らないと……あの子の場所は守らないと」


 パンドラをプレイしていた息子のため、この場を守ろうとするライターに声がかかる。


 それは、同じノームアバターで、可愛いらしい感じの子供だった。


『父さん』


 ライターが振り返る。


「……どうしてここに?」


 そこにいたのは、ライターの息子だった。


『ずっと一緒に見てきたよ。父さん凄いよね。攻略組で凄いギルドの幹部だもん。やっぱり僕の父さんは凄いや』


「あ、あぁ……私は……お前の見られなかったこの世界を、沢山見ようと」


 その場に座り込むライターに、息子のアバターは言う。


『うん、一杯見てきた。凄く楽しかった。でも、もう終わりだよ。父さんは現実世界で生きないと駄目だよ』


「……お前と一緒に遊んでやりたかった。私はずっとここに!」


『ここはもう終わるから。ポン助さんが終わらせてくれるから……だから、父さんも助けてよ。僕の父さんは、世界一凄い父さんだよ』


 息子のアバターが消えると、ライターはそのまま唖然としていた。


 周囲のプレイヤーたちが武器を持ってライターを通り過ぎていく。


 その中に、ブレイズの姿があった。


 ライターはブレイズの脚を掴むと、その場に倒していた。顔をぶつけたブレイズが立ち上がろうとすると――。


「ギルドメンバー諸君。悪いが緊急クエストだ」


 緊急クエストという言葉に反応するプレイヤーたち。


 ライターを無視しないプレイヤーたちは、ギルド“ポン助と愉快な仲間たち”の仲間だった。


「いつまで遊んでいるつもりかな? ノルマを二倍。いや、三倍に増やされたくなかったら、キリキリ働いて貰おうか」


 ノルマが増えると聞いて、ブレイズの瞳に輝きが戻ってきた。


「ノ、ノルマ……駄目。レアアイテムはそんなに出てこないから」


 他のプレイヤーたちも地面に崩れ落ちる。


「い、嫌だ。もうアンデッドの群れと戦うのは嫌だ」

「同じクエストを一日二十回もやらせないで……四時間しか眠れない」

「出ないよ。そんなにレアドロップは出ないから……お願いだから許して」


 ライターが笑みを浮かべる。


「駄目だ。さぁ、みんな……出社の時間だよ! 休日はおしまい!」


 プレイヤーたちが悲鳴を上げる。


「地獄に落ちろ、ライタァァァ!」


 そしてプレイヤーたちが目を覚ます。


 ブレイズが周囲を見た。


「あ、あれ? どうしてこんなところに――」


 ライターがブレイズに近付く。


「ブレイズ君。ちょっと調子に乗った連中がいるらしいんだ。というか――私たちの拠点が奪われてしまってね」


「え!?」


「ポン助君が激怒しているんだ。もう空の上で暴れまくりさ」


 空を見上げた仲間たちがのんきにしていた。


「あ、本当だ」

「あの姿、久しぶりじゃない?」

「翼も生えるのか……ギルマス、なんかラスボスみたいじゃね?」


 ライターが手を叩く。


「はい、はい。みんな正気に戻ってね。どうやら大変なことになっているみたいだよ。だから――」


 仲間が集まってくる。


「――ポン助君を助けに行こう」


ライター( ・∀・)ノ「今日は月曜日だよ! さぁ、出勤や登校の準備は出来たかな? 張り切っていこう!」

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― 新着の感想 ―
ルーティーンって大事なんだなぁ(遠い目
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