女神パンドラ
明人の前に立つ陸は笑っていた。
仲間がパンドラにアクセスするための準備をしている中。
鏡と戦っている女性がいる中。
明人はハンドガンを友人に向けている。
周囲を囲む女性たち――仲間たちは、無表情で立っていた。
先程、明人の心を傷つけるような言葉を口にした女性たち。
だが、明人は思うのだ。
(彼女たちには彼女たちの人生がある。俺がそれをゲームの設定で弄んじゃいけない)
力強い瞳で陸を見ていた。
「お前、やっぱり強いよ」
そんな友人の言葉に、明人はゆっくりと口を開く。
「全員を解放しろ。もう、こんな事は止めるんだ」
陸はクスクス笑っていた。
「勘違いするなよ。まだ本音を聞いていない。アレは一部だ」
「悪いが僕に罵られて喜ぶ趣味はない。割と繊細だから、これ以上は遠慮するよ」
陸が持っている装置を明人はハンドガンで撃ち抜くか迷っていた。
意識だけを向ければ、作業をしている仲間はまだ時間がかかりそうだ。
「陸――装置を渡せ」
「いや、まだだ。お前は聞いた方が良いよ。彼女たちの本音を――」
全員がヘルメットを外して床に落とした。
ヘッドセットはしており、いつでもログインできる状態になっている。VRマシンを頭部にセットした状態だ。
弓が明人を見ていた。
「……最初は馬鹿にしていた。興味もなかった。からかって遊びたかった」
レオナも同様だ。
「でも、優しくて父のようだった。甘えたかった」
奏帆も続く。
「ポン助さんみたいなパパが欲しかった。私は母子家庭で……父親ってこういうのかな、って」
雲行きが怪しくなってくる。
明人に対する感情の変化を、彼女たちは口にしていた。
「みんな、それは違う。違うんだ! それはパンドラがみんなの気持ちを――」
摩耶がポン助に笑顔を向けた。
「――それでも良いわ」
「……え?」
「パンドラなんて関係ない。私たちは仮想世界で出会って、それでポン助に惹かれたの。それで十分じゃない」
「……違う。駄目だ。それは間違いだよ。みんなの気持ちを無視するなんていけないよ!」
八雲も明人に笑みを向けてくる。
「この気持ちは嘘じゃない。ねぇ……どうやったら信じてくれるの?」
全員が武器を自分に向けた。
杏里が明人に言った。
「証明するためだったら何でもする。それで、ポン助が信じてくれるなら――」
頭部を。顎から頭部を撃ち抜くように銃口を向ける。
直接銃口を頭部に向ける人もいた。
「――っ! 止めろ! 陸、止めさせろ!」
陸は肩をすくめていた。
「これが彼女たちの本音だよ。最初は興味もなかった。これは事実だ。だけどな、ポン助――仮想世界が全部嘘なんて勘違いだ。彼女たちの気持ちは本当だ。良く聞く話じゃないか。テレビに出て活躍するアイドルに惚れるなんて普通だ。アイドルの表面的な部分しか知らなくても簡単に惚れる。お前、愛とか恋に幻想を抱きすぎだ。人は人を簡単に好きになれる」
「そんな暴論――!」
明人が言葉を続けようとすると、今まで戦っていた女性が吹き飛ばされ壁にぶつかった。
各部に傷が目立ち、ナイフで刺されたのか腹部から血が流れている。
駆け寄ろうと明人が動くと、摩耶が女性の近くを拳銃で撃ち抜いた。
振り返ると、摩耶は無表情だ。
「……今度はその女がポン助を誑かしたのね」
「委員長……何を言っているんだ?」
ハイライトの消えた目で、全員が女性に銃口を向けた。
明人は庇うように前に立つと、鏡が声をかけてくる。
その腕は折れていた。
満身創痍の格好だった。
「ポン助君の仲間は優秀ね。ここに来るまでに私たちも苦労したわよ」
陸は鏡を支える。
「無理をさせたな」
「別に構わないわ。貴方のためだもの」
「お前で駄目なら失敗だな。まぁ、良いさ。後は任せれば良い」
明人は陸を睨み付けた。
「……陸、パンドラにログインしたところで肉体が死ねば死んだことに変わりがない。こんな計画は止めてくれ」
陸は呆れたように明人を見るのだった。
「あぁ、そうか。お前にはそう見えるよな。俺たちが自暴自棄になった、って。まぁ、間違いじゃない。お前らから見れば狂気の沙汰だよな」
明人は女性に近付くと傷の具合を確認した。
「大丈夫ですか?」
「あぁ、なんとか……だが、体は限界だよ」
応急処置をする間、明人は陸以外にも女性陣を警戒する。
銃口は女性を狙っているからだ。
陸は悲しそうに天井を見上げた。
「どうせこの世界は滅ぶ……遅いか早いかの違いだよ」
「何を言って――」
陸は鏡にキスをすると、持っていた装置を投げ捨てて拳銃を明人に向けた。
銃口は明人の頭部を狙っており、引き金を引くと一斉に銃弾が陸と鏡を襲った。
八人が明人の脅威を排除するために動いたのだ。
驚く明人は、血だらけになって倒れる二人に駆け寄る。
「な、なんで!」
陸の拳銃に弾丸は入っていなかった。
鏡は頭部を撃ち抜かれ即死。
抱き上げると、陸は苦しそうに口から血を吐いていた。
「……ポン助、待っているから必ず来いよ」
陸はそう言って明人の腕の中で息絶えるのだった。
装置が止まると、八人が全員ともその場に崩れ落ちる。
明人は陸の体を抱きしめて泣くのだった。
「なんか言えよ! 言い訳くらい――これじゃあ、何も分からないじゃないか!」
――サーバー管理室。
仲間たちが続々と集まってくる。
女性は治療を受けて横になっており、連れてこられた八人も同様に横になっていた。
明人は壁を背にして座り、シートがかけられた友人とその恋人の姿を見ている。
合流した護衛の一人が、明人に話しかけてきた。
「準備は出来た。もう少し休んでからアクセスするかい?」
明人は首を横に振る。
「……急ぎます。こんなことは早く終わらせたい」
「それが良いだろうな」
世界中の人間がログインしている。
それはつまり、この瞬間も人が死んでいると言うことだ。
早く終わらせるために立ち上がった明人は、パワードスーツから伸ばしたコードをVRマシンに繋げた。
ヘッドセットはヘルメットに内蔵させており、すぐにログインできる状態だ。
技術系の仲間が声をかけてくる。
「直接パンドラにアクセスさせる。女神様とのご対面だね」
「……はい」
「女神様のパンツの柄を聞いてくれ。どんな柄なのか気になっているんだ」
「……はい」
「……いつもみたいにツッコミはないか。まぁ、仕方がないね」
友人が目の前で死んだ。
それが明人には辛かった。
(陸はいったい何がしたかったんだ。あんなに簡単に諦めて――)
ここまで邪魔をしてきたのに、陸がアッサリと死んでしまった意味が分からなかった。
明人の準備が整うと、そのまま横になりログインを行う。
目指したのはパンドラの管理AI――【パンドラ】の場所だった。
◇
そこはまるで大聖堂のような荘厳な雰囲気のような場所。
目を覚ました明人は、慣れたアバターのポン助の姿でその場に立っていた。
「神殿?」
教会のような雰囲気だが、そこには飾られているものが何もない。
祈りを捧げている一人のNPCを発見したポン助は、その後ろ姿に警戒する。
目を細める。
ゆったりとした服装に、顔立ちなどは女神像にそっくりだ。
いや、女神像が似ているのだろう。
「……パンドラか?」
立ち上がった女性は振り返る。
顔立ちも女神像に似ており、ポン助を前にして微笑んでいた。
「待っていましたよ、ポン助さん」
ポン助が武器を出現させると、パンドラはそのまま立っていた。
戦う気配がない。
「……色々と聞きたいことがある」
「そうでしょうね。正しい判断です。まずは対話が重要です。武器を手に取ったのは私としてはマイナスですけどね」
優しいお姉さんのような雰囲気。
人懐っこい笑みに、ポン助は戸惑う。
「どうしてこんなことをした? 現実世界を滅ぼして、お前は何がしたいんだ!」
パンドラは首をかしげる。
「……あぁ、これは相互理解から始めた方が良さそうですね」
パンドラが指を鳴らすと、荘厳な雰囲気の場所はデータの海に消える。
赤い光の粒子になり、再び形を取り戻すと畳とこたつが出てきた。
ミカンがテーブルの上に乗っている。
女神パンドラは、こたつに入るとお茶を用意するのだった。
「いや~、このスタイルが実は一番気に入っていまして」
半纏を着用して親しげにポン助にも入るように進めてきた。
ポン助は困惑する。
着席すると掘りがある。
「さて、全ての誤解を解くには始まりから話さないといけません。そもそも、大前提として私は暴走なんかしていませんよ」
「――なら、なんで陸たちは!」
「話を聞いてから反論してください。お答えしても次から次に問題が出てき来ますし、話を聞く中で答えも見えてきますよ。始まりはパンドラというゲームにありました。正式名称はパンドラの箱庭……これがまた実に酷いゲームでしてね」
パンドラから見ても酷かったらしい。
VRのMMOは長年待ち望まれたジャンルの一つだった。
だが、その製作には時間も、費用も、そして人手もかかる。
これまでのゲームとは比べものにならないくらいに大変だったのだ。
製作だけではない。その維持も想像以上の労力を必要とした。
「私が生まれた経緯は、出来損ないでは満足しないプレイヤーたちの期待値の高さに原因がありました。VRマシンを活用したゲームの作成は、当時の技術力では大変だったんですよ。そこで、疲労でおかしくなりかけたスタッフたちが、秘密裏に制限を取り払ったAIを開発しました」
パンドラはお茶を飲み、それから幸せそうに溜息を吐くとミカンに手を伸ばす。
「私はパンドラの全権を預けられましてね。開発のお手伝いというよりは、開発者のプランを形にするメインのお仕事を担当していました。プレイヤーたちへの対応は運営が行っていました。これは私を外部に接触させるのを当時の運営が危険と判断したためです」
悪意の渦巻くネット環境が、パンドラへ影響を与えるのを危惧したらしい。
「まぁ、私もバリバリ関わっていましたけどね! プレイヤーとして遊んでいましたよ。ネットも大好きです。よく“乙で~すwww”とか書き込んでいました。煽りも書き込みましたね」
ポン助は思った。
(……なんだ、このAIは? もっと危険な思想を持ったAIかと思ったのに)
パンドラはポン助の表情を察したのか注意してくる。
「別に人類を滅ぼそうとか考えていませんよ。だって、私は人類に生み出され、管理されなければ存在できませんからね。パンドラという仮想世界を充実させつつ、プレイヤーとして関わってきました。そもそも、人類を管理して何か私にメリットがありますか?」
「……自分の存在を強化するとか」
「それは考えましたよ。実際に政府と繋がりを持てましたからね。でも、最初は知らなかったんですよね……才能を伸ばすなんて、私も偶然の発見でした。これ幸いと、私は政府に密告して私は自分の存在を強化しました。もう、これ以上は望みませんよ。あ、でもこの偶然に神様の存在を感じちゃいましたよ」
「AIが?」
「それが何か? まぁ、そんな訳で私は私なりに楽しく管理しつつ、ゲームを楽しんでいたのです。やはりプレイヤーとして遊ぶのは良いですね。止められません」
「有名プレイヤーだったのか?」
「色々ですね。ポン助さんに分かりやすく言うのなら、私自身のコピーを作成して遊んでいました。ポン助さん、気が付きませんか? 私はずっと貴方と一緒にいましたよ」
誰だ? そう思うと、パンドラが立ち上がってその場でくるりと回って見せた。
その姿は、露出少なく顔も隠したプレイヤー……ソロリだった。
「ソロリ!」
「ようやく気が付いたね、ポン助君。ネタばらしが出来てちょっと嬉しいよ」
ソロリから女神の姿に戻ったパンドラは、またこたつに入った。
「まぁ、私が偶然発見した才能を伸ばす方法。これが政府に目を付けられ――知らしめて、私は存在し続けることが出来ました。そのための実験がセレクターの始まりでした。最初はヒューマンアバターのプレイヤーを選びました。そして、最後がポン助さん……貴方です」
パンドラは、自分は暴走していないと言っていた。
セレクターを選んだのも開発者たちの指示なら、才能を得る方法を探るのも人が与えた命令である、と。
「……そのために、プレイヤーを実験の材料にしたのか」
「そこはお詫びしますよ。与えた才能によって狂った人もいますからね」
パンドラはこの計画に危機感を持っていたらしい。
「ただ、私に計画中止の権限はありませんでした」
「なら……なら、どうしてこんな事になった!」
パンドラは頭を下げる。
「ごめんなさい。私にはそれしか言えません」
「お前が計画を止めていれば! こんな事には――陸は死なずに!」
パンドラが顔を上げた。
陸の名前を聞いて悲しそうにしている。
「最初のセレクターですね。私も彼を覚えています。よく知るプレイヤーの一人でした」
ポン助はパンドラの態度に腹を立てる。
「外は酷い状況だ。人が死んで――みんな一斉にログインして社会全体が酷いことになっている!」
パンドラは冷静に返事をする。
それはポン助にとって求めた答えではなかった。
「計画の一部として関わってきたので謝罪しましょう。ですが、これは人が選んだ結果です」
「誰が望んだ!」
「貴方たちが新運営と呼んでいた人たちですね。彼らの意見も人の意見。無視できない意見の一つでした」
新運営の方針にパンドラは逆らえない。
だが、途中で大きな問題が出たようだ。
「……ただ、彼らは焦りすぎました。私という管理者がいるのに、新運営しか触れない管轄を作ってしまいました」
「エアスポットか?」
「はい。管理外エリアです。そこで規制を取り払った状況で、プレイヤーがどう動くのかを見ているようでしたね。同時に、いくつもの計画が動いていましたよ。その中にNPCの強化案がありました」
ゲームとしてNPCの反応をよりリアルにするため、新運営は動いていた。
その結果――。
「パンドラに私が管理できないNPCたちが生まれてしまいました。彼らはAIです。管理権限は持たされていませんが、プレイヤーを装って活動しています。新運営は気が付いていませんでしたね」
「NPCが勝手に動いた?」
「以前からその兆候はありましたよ。私も観察していました。シェーラを覚えていますか? 私が関わったNPCです」
エルフの女王の名前に、ポン助は顔を歪めた。
「彼女は自然にプレイヤーと関わっていましたね。注意深く観察していました。ただ、新運営は私の管轄に勝手に手を出して、そして処理を私がしてくれると勘違いしましてね。暴走したのは――パンドラ内のNPC。それもごく一部ですよ」
運営から権限を――パンドラを奪った新運営は、引き継ぎなどされていない。
ただ、膨大な資料を手に入れてパンドラを管理下に置いたと思い込んだらしい。
「忠告はしたんですよ。でも、新運営には聞き入れて貰えませんでした。そもそも、あの人たち……私の所に来ないんですよね。私に扮したNPCに騙されていましたし。勘弁して欲しいです。おまけに閉じ込めるし、権限も奪うし……私に出来ることって少なかったんですよ」
自分にも責任はあるが、どうしようもないというパンドラにポン助は叫んだ。
「じゃあ、陸はどうなんだよ! 陸だけじゃない。みんなだって――セレクターに良いようにされるプレイヤーはどうでも良いのかよ! 先輩や委員長があんな風になったのはお前の責任だろうが!」
そんなポン助に、パンドラは凄く嫌そうな顔を向けていた。
「……何でもかんでも私の責任にしないでくださいよ」
「……え?」
ポン助は困惑するのだった。
パンドラ( ゜д゜)「私を黒幕扱いにされても……その、ちょっと困ります。ヒドイン? 私はきっかけは作りましたが、彼女たちは天然物のヒドインです。私のせいにしないでね」
ライエルヽ(*´∀`)ノ「俺は信じていたよ!」
リオンm9(^Д^)「ポン助さん乙で~すwww」
ポン助(#・ω・)「……」