真実
地下コロニーを明人たちは走っていた。
前を走るオークプレイヤーの一人が止まれと合図を送ってくると、壁に張り付き移動して悔いる無人機が接近してくる。
四つ足のロボットは機関銃をセットしていた。
全員が姿勢を低くする中、明人を守る女性がハンドガンで撃ち抜く。
撃破すると、ハンドガンの弾倉を交換していた。
「――待ち構えているな」
外との通信が妨害され、明人たちは完全に待ち構えられていた。
「どうする?」
「行くしかないよね」
「はぁ……俺ってインドア派なのに」
文句は言うが駆け出すオークプレイヤーたち。
彼らが凄いところは、スペシャリスト――プロが揃っていたことだ。
明人は守られながら思う。
(この人たち、本当に凄い)
ハッキングや戦闘技術。
その他、色々とずば抜けていた。
パンドラで才能が得られる前から、一流だったと言うから驚きである。
才能を数値化する世界。
人は迷うことなく一流になれる世界でもあった。
その結果が、明人の周囲にいるプレイヤーたちである。
女性が明人に声をかける。
「もうすぐだな」
「はい!」
「あまり気負うな。君の役割はパンドラに直接――」
そこまで話をすると、ヘルメット内部に酷いノイズが走った。ヘルメット内に映し出される映像や、音声が激しく乱れた。
「ジャミング?」
女性が周囲を警戒していると、音が聞こえてくる。
「何の音だ?」
「これは……何か近付いてきているな」
「こっちに来るぞ!」
全員が武器を構えると、壁を突き破って四脚の戦車が出現する。
大砲が明人を狙っていた。
「ちっ!」
明人は咄嗟にハンドガンを構え、引き金を引くと弾丸が大砲の穴の中へ――そのまま大砲が吹き飛ぶと、女性が明人を抱えて走り出す。
「後は頼む!」
「任せろ! おい、次々来るぞ!」
逃げる明人たちを追いかける戦車は、自衛軍に配備されている物だった。
明人は地面に下ろされ、そのまま走り出すと文句を叫んだ。
「あんな無人機、ありですか!」
「――違う。アレは無人機じゃない」
女性がそう言うと、後ろで銃撃戦が聞こえてきた。
明人が振り返ろうとすると、女性が明人を掴んで無理矢理走る。
「見るな。止まるな。前を向いて走れ!」
明人は歯を食いしばるのだった。
空から見る地下コロニーは、大きな穴が開いた状態だった。
かつては蓋が閉められ、そこで人類が長い時を眠って過ごしていたと思うとルークは妙な気分になる。
「……そのまま目覚めなければ良かったのに」
そんなルークを後ろから抱きしめるのは鏡――ミラだった。
互いにヘルメットを外し、輸送機の中から地下コロニーを見下ろしていた。
輸送機は垂直に降下してコロニー内へと入っていく。
「もうすぐ全部終わるわよ」
「そうだな。全て終わる。パンドラの箱を開けた人類が滅ぶ……それだけのことだ」
輸送機の中に静かに座っている八人に視線を向けたルークは、友人のことを考えるのだった。
「なぁ、ポン助……お前にとっての現実は“こっち”だったのか? いったい“向こうの世界”の何が不満だったんだよ」
コロニー内に侵入すると、他の輸送機から次々に兵器が降ろされていく。
四脚タイプの戦車にドローン。
パワードスーツを着用した兵士たち。
明人の周りにスペシャリストがいるように、ルークの周りにも大勢のプレイヤーが集まっていた。
ルークは女性たちに声をかける。
「あんたらには期待しているぞ」
女性たちは何も答えない。
パンドラのサーバー。
本体とも言える装置が置かれた部屋に来る頃には、明人の周りに残っていたのは三人だけだった。
女性が部屋に入ると、装置を前に眉間に皺を作る。
「……随分と形が違うな。アクセスできるのか?」
荷物を背負った人は、リュックを下ろすとそこから明人が持っていたVRマシンの本体――旧式の業務用を取り出すと有線で接続を始める。
「あぁ、大丈夫。こういうのは規格があってね。月の技術を使用する際に交換機やら配線を使えるようにする道具があるの。さて、さっさと繋げますか」
明人はサーバーを見上げた。
ただのデータ保管を目的とした装置ではない。
明人から見て、未来的なデザインをした装置は宝石のように輝く何かが取り付けられている。
それが光を放っていた。
「これが月から運んだ装置か」
女性がもう一人と武器を持って周囲を警戒していると、部屋の中に何かが投げ込まれた。
もう一人の護衛がそれを蹴り飛ばすと煙が噴出。
周囲が煙に一瞬で包まれていた。
「作業は続けろ!」
女性の声に男は手を止めずに答える。
「守ってくださいよ」
ドアから侵入してきたのは、パワードスーツを着用した兵士たちだった。
飛び込んでくると、女性は近付いてナイフを突き刺して兵士を盾代わりに突撃して数人を押し返した。
もう一人は明人の前に立つ。
パワードスーツ同士の戦闘。
敵は部屋の中を壊したくないのか武器を選んでいた。
銃器がない。
「――軍人か」
女性は四人目を倒して構えると、ドアから女性フォルムのパワードスーツが出てきたのを見て、
「お前、夏に観光地で――」
「やっぱり貴方たちだったのね。あの時、私の勘は正しかったみたいね。それにしても、部下をこうも簡単に倒すなんてやるわね」
倒れた部下を見て、ミラそう言うと互いに接近してパワードスーツで戦う。
ナイフが互いの装甲を斬り裂き、打撃を放って肉体にダメージを与える。
だが、実力は拮抗しているのか女性でも押し切れていなかった。
鏡の後ろから次々に女性型のパワードスーツが入ってくると、明人を目指して襲いかかってくる。
護衛の一人が前に出るも、あっさりと投げ飛ばされた。
パワードスーツに何かを打ち込まれると、紫電が発生して動かなくなる。
明人は構えた。
「パワードスーツを破壊したのか?」
護衛の人の反応がない。気絶しているのだろう。
(新しく入ってきたのは八人……え?)
何かに気が付き驚く明人に、八人が襲いかかってくる。
打撃を受け止め、投げられれば自分から跳んで威力を殺す。
一人が背中に回って羽交い締めにしてきたので、背負い投げの要領で床にたたきつけると明人はヘルメットを剥ぎ取った。
「――先輩」
赤毛のよく知る女性の顔は、無表情で目だけ明人を見ていた。
白い煙が空調設備のおかげで晴れていくと、足音が聞こえてくる。
ドアからゆっくりと歩いて入ってきた男は、ヘルメットを外すと明人に声をかけてきた。
「……よう、ポン助」
「――陸!」
ヘルメットの中、友人の姿を前に一番嫌な想像が当たってしまったことを明人は恨む。
誰に恨めば良いのか……今は、パンドラを憎んだ。
ハンドガンにホルスターから抜いて構えるが、陸は笑みを向けてくる。
恐れていないのは、虚勢ではなく本気で怖がっていないと明人は察した。
陸は明人に話しかける。
いつもと変わらない友人に対する口調だ。
「なんだ、その反応は分かっていたのか?」
「……ずっと気になっていたんだ。情報屋を紹介したのも陸だった。それに、陸は一度も“現実がリアル”だって言わなかったよね?」
普段からあっち、こっち、とは言うが――陸はリアル云々をあまり言わない。
それが明人にははぐらかしているように思えた。
「僕をパンドラに誘ったときからだよね?」
「……あぁ、そうだな。お前から見ればそう見えるな」
「どうしてこんなことをしたんだ」
「どうして? 俺は逆に聞きたいよ。なぁ、ポン助……どうしてお前はこんな糞みたいな現実にこだわるんだ?」
陸は本気で理解しない明人を悲しそうに見ていた。
明人は首を横に振る。
八人――仲間たちは、明人を囲んで逃がさないようにしていた。
「陸、パンドラは仮想世界だ。ゲームなんだよ!」
「俺にとってはこれ以上ない現実だ。全てが平等の世界だ! 生まれも育ちも関係ない。性別や姿形も自分で選べて、努力次第でどこまでも先に進める……才能を数値化した馬鹿みたいな世界こそ終わっている!」
明人は陸を説得するのだった。
「違う。違うんだ。聞いてくれ。パンドラは才能値を絶対と思っている社会に、才能は伸ばせると教えてくれる。そんな可能性を秘めているんだ。僕たちは現実で頑張っていけるんだよ!」
元総理が願ったのは、才能値に絶望する若者たちへ希望を与えることだった。
「パンドラは希望だ。だけど、そこにこだわったら駄目だよ」
明人の言葉に陸が小さく笑った。
そのまま声を大きくして笑った。
「希望? 今、希望って言ったのか、ポン助! お前も冗談がきついよな!」
「――陸?」
「……あぁ、笑った。ポン助、一つ良いことを教えてやろうか。パンドラの箱って知っているか? 神話の方だ」
パンドラが持っていた箱には災厄が封じ込められていた。
それを開けてしまい、様々な災厄が世界に放たれたという話だ。
「……最後に希望が残った。それをパンドラは開けて解放しなかった話だ」
明人がそう言うと、陸は頷いていた。
「まぁ、それが一般的だな。ここでいくつかパターンがある。最後に箱には希望が残ったというポジティブな話と――最後に箱から出さなかった希望こそが一番の災厄だった、っていうネガティブな話だ」
どうしてパンドラは希望を解放しなかったのか?
明人もそこまで詳しくはない。
「色んな説がある。だけどな……最後に残ったのは希望じゃない。残ったのは予兆、予知とする説だ。大体、箱じゃなくて壺だという説もあるが、この話は関係ないな」
明人は気が抜けなかった。
周囲にいる八人は、気を抜けば襲いかかってくるためだ。
そのため、女性を助けることが出来ない。
「別に何が残ろうが関係ない。大事なのは、希望が残ったから人は生きていけるということだよ。なぁ、そうは思わないか? 才能値なんて予兆や予知みたいなものが生まれるから、俺たちはこんなにも虚しいと! こんなにも生きることに悩まなければいけないと!」
陸が苦しむように話を続ける。
「……いいか、ポン助。パンドラの箱を開けたのは人だ。才能値なんてものを開発したために子供の頃から絶望する! 分かるか? 最後に希望を外に出さなかったパンドラの真意が? 先を知ることで人が絶望すると昔から分かっていて、それでも社会は不安定な希望よりも正確な予兆や予知を求めた。それがこの結果だ!」
――才能があることで人は幸せになれる。
そう期待していた時期が人類にはあった。
無駄な努力など必要ない。
その人が本当に輝ける場所に行けると……だが、それは幻だったのだ。
才能がない。あっても他者に負けると分かった子供は絶望した。
才能があったとしても、好きな道に進めない子供も絶望だ。どんなに頑張っても、心から望む未来には絶対にたどり着けないのだから。
才能があり、それが進みたい道であったという子供が全体の何割か?
そして才能とは残酷だ。
一番がいると言うことは、その一番に負けた人たちがいると言うことだ。
才能を持っていたとしても、一番にはなれないと分かった子供たちはどう思うだろうか?
何も気にせずに生きる?
そんな事は社会が許さない。
才能があればその道を進むように親も周囲もサポートと称して押しつける。
才能がなければ諦めろと言って道を断つ。
どちらも苦悩し、そして自ら才能を放棄する若者も少なくなかった。
「――ポン助、それでもお前は現実が良いって言うのか?」
「……嫌だよ。けど、パンドラがあれば変えられる。社会は変わるよ!」
「変わらないさ。才能を持って生まれた奴の才能をより伸ばし、何もない奴に社会を回すための歯車になることを求めるだけだ。それが分からないのか! 才能値は絶対じゃない。それを社会がどうした? どう扱った? 絶対の指標にして才能のない俺やお前みたいな奴らを踏みにじってきたじゃないか!」
「――それでも、ここが僕にとっての現実だ!」
「ここが? お前の現実は地獄だな。周りの彼女たちが泣くぞ」
「……良くも悪くも、パンドラは影響を与えたよ。彼女たちの意志をねじ曲げた」
明人は銃を下げて陸に言うのだ。
「才能を持った奴の歯車になるって言ったな? なら、セレクターはどうなる? 周りの人たちの心まで歪めた。ゲームでは優遇される。今度はセレクターとそうでないプレイヤーが生まれるじゃないか!」
「……セレクターは能力を放棄する。全ての人間がログインしたら、そこから新しいパンドラが始まるのさ。ポン助、お前はそう思っていたんだな。お前が周りを歪めた、って」
陸は何か装置を取り出した。
スマホのような装置が起動すると、耳鳴りが聞こえてくる。
「――っ!」
「全て本心だ。彼女たちの本音を聞け」
周囲にいた八人が急に苦しみ出すと、それぞれが反応を示す。
「な、何? どういう事?」
「何これ? 趣味悪くない?」
「あ、これ知っているわ。サウナスーツじゃない?」
それぞれが意識を取り戻したように動くと、明人は陸を見た。
陸は笑っている。
「おい、あんたらの前にポン助がいるぞ。本音を教えてやれよ」
全員がビクリと反応を示すと、明人はハンドガンを構えた。
「何をした!」
「セレクターの上位権限で、女性陣の本音を聞こうとした。ポン助、ちゃんと聞いてやれよ。彼女たちの本音だ」
明人がまた静かになった女性陣たちに視線を向けると、摩耶が口を開いた。
ただ、その言葉は――明人が想像した通り。
いや、それ以上に酷い言葉だった。
「……才能もない屑だと思っていたわ」
八雲も続けた。
「スケベなバイト先の後輩。視線がウザかった。シフトを変えて欲しかった」
弓の淡々とした声も聞こえてくる。
「……才能もないのに頑張る馬鹿。中身のないその辺の男と同じ」
レオナも同様だ。
「その他大勢の歯車だ。社会に必要ではあるが、換えがあるパーツ」
奏帆も声に感情がない。
「冴えない先輩。パンドラがなければ関わらなかった」
杏里の声は普段の緩い感じではなかった。
「興味ない」
クロエはより酷い。
「私のファンでもない役に立たない奴」
理彩は、
「ゲームしか取り柄のない子供」
明人は彼女たちの本音を聞いて、想像以上にきつかった。
陸を睨む。
「……これで満足か?」
「いや、まだだな。けど、お前はこれが現実だとして、それを受け止めきれるのか?」
明人は悲しかった。
だが、同時に聞けて良かったとも思えたのだ。
(だからこそ意味がある。パンドラで僕に恋をしたと思っていた彼女たちは、僕に興味がなかった。ハッキリしたなら、それで……良いさ)
「受け止めるしかない。僕が彼女たちを狂わせたなら、戻す責任だってあるはずだ。なくても戻すよ。陸、パンドラの暴走は僕が止める」
陸は笑っていた。
笑って明人に言うのだ。
「お前はそういう奴だよ。だから俺は――お前と友達になれたのかも知れないな」