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箱の中身

 トラックの荷台。


 明人たちはホテルから回収されると、すぐに着替えてパワードスーツを着用した。


 それぞれ武器を持っており、明人が持たされたのは刃の長いナイフと拳銃である。


 拳銃はパワードスーツ向けの口径が大きいタイプで、威力があるものだ。


 渡してきたのは明人を指導してきた女性だ。


「ドローンの破壊にも使えるが、人が出てきた場合は躊躇うなよ」


 人を無効化するゴム弾や麻酔銃の類いは、相手がパワードスーツを着用していると意味がない。


 明人は頷く。


「この際、全員眠っていて欲しいですよね」


「楽観的な意見だが、私も賛成したいよ」


 トラックが走る道路。


 そこには他の車が走っていなかった。


 静かすぎるのは道だけではなく、周囲も同じである。


 まだ早い時間帯だから、という事では説明できない。


 道路脇に止められた車の運転席には人が座っており、ヘッドセットをしてパンドラにログインをしていた。


 静かすぎる理由は、全ての人がログインしているから。


 ……パンドラの影響に明人は怖くなる。


「夜が明けているのにホラーですよね」


 女性はトラックの荷台――バンボディの窓から外を眺めて同意していた。


 薄らと明るくなり始めているのに、静かすぎる街は死んでいるような感じがする。


「映画ならB級映画扱いだな」


 他のオークたちも着替えを終えると、座って情報を求めていた。


 タブレット端末で流れている動画を見ている。


 それはパンドラのPVだ。


「これだけガンガン流れやがる」

「第二弾か。遊んでみたかったな」

「これが終わったら遊べるだろ」

「流石に無理だな。こんな状況だと、無事に終わってもVRは確実に規制対象だ」

「はぁ、残念。神官様に最後の懺悔をしたかったのに」

「何の懺悔?」

「実は踏まれた時に下着が見えました、って」

「アレ見せパンらしいよ」

「……マジで!? もっと堂々と見ておけば良かった!」


 そんな会話で盛り上がっているオークプレイヤーたち。だが、パンツを見た云々と言っているのは女性プレイヤーだった。


(……こいつらマジかよ)


 こんな状況でも落ち着いているオークプレイヤーたちに、頼もしいのか気が抜けているのか判断がつかない。


 明人は深呼吸をした。


 指導してくれた女性が背中を軽く叩く。


「心配するな。準備はしてきた。後は計画を実行するだけだ」


「そうですね」


 安心させようとする女性。


 次の瞬間、全員が身を屈めた。


 明人も咄嗟に近くの手すりに掴まると、トラックは数秒後に大きく揺れる。


「――っ! 何があった!」


 女性が声を張り上げると、運転をしていた仲間が通信で答える。


『お出迎えだ』


 外を見ると、明人たちを乗せた三台のトラックを追いかけるように無人機が追いかけてきていた。


 警備用の無人機は、ポール上の形をして浮かびながら追いかけてくる。


 女性が目を細めた。


「新型か? どうしてこれだけの数が――」


 細長い円柱状の無人機は、一つ目でトラックを捕らえて追いかけてくる。


 目が光るとレーザーを照射してきた。


 車体に命中はするが、貫くほどの威力はない。


「何ですか? あんなの知りませんよ!」


 女性はすぐに答えつつ、近くにあったライフルを持って天井へと上がる。


「試作機だ。アレだけの数を揃えているのは私も予想外だよ。おい、上にあがる。乱暴な運転はするなよ」


 運転席側からは、


『最高の乗り心地を約束しよう』


 全員が嫌そうな顔をして、手すりなどに掴まった。


 明人も同様だ。


 女性が笑顔を向けて外に出て行く。


「少し待て。片付けてくる」






 バンボディの天井に出た女性は、上半身だけを出すと大きなライフルを構えた。


 車道には一般車両が停車しており、外せば危険な状況でためらう事なく引き金を引く。


 弾丸は無人機の目に命中し、空中で回転をしながら地面に落ちた。


 レーザーを照射してこようとすると、トラックが乱暴に右折して片方のタイヤが浮かび上がる。


 女性は慌てずにライフルを構えていた。


「大人しい運転だな」


『だろ?』


 引き金を引くと、追いかけてきた無人機がまた破壊されて地面に落ちた。


 これだけ騒いでいるのに警察のドローンが集まってこない。


(警察も駄目か。この様子なら、自衛軍も駄目だろうな)


 次々に無人機を破壊し、追いかけてきた全てを打ち落とすと女性は運転手に声をかける。


「あと何分だ?」


『五分もかからないさ。もう一本道だ』


 進行方向を見ると、そこには地下コロニーの入り口を守るように大量の無人機とドローンが集まっていた。


 パワードスーツのヘルメット内部には、拡大した映像が映る。


「盛大なお出迎えだな」


『安心してくれ。問題ない』


 違うトラックの天井に、数人が出てくる。


 手に持っているのはロケットランチャーにガトリングガン。


 それを見て女性が笑う。


「おいおい、あんな物まで持ちだしたのか?」


『あぁ、借りてきた。世界の危機だからな』


 トラック目がけてやってくるドローンを次々に撃破し、ロケットランチャーが道を塞ぐガードロボ――盾を持った箱形のロボットを吹き飛ばし、道を作っていた。


 女性もライフルでドローンを撃ち落としていると、トラックが地下コロニーの入り口に到着する。


 後部のハッチが開くと、オークプレイヤーたちがパワードスーツに身を包み降りてきた。


 機材を持って入り口の扉を開けるためにハッキングに取りかかる。


「急げよ。まだ集まってくるぞ!」


『分かっている。一分で開けてやるよ』


 セキュリティーレベルの高い扉をそれだけの時間で開けるプレイヤー……オークプレイヤーたちには人材が揃っていた。


 女性は思う。


(さて、これは偶然か、必然か――)






 国会議事堂。


 そこにやって来た元大臣は、パワードスーツの上にコートを着用していた。


 ヘルメットはしていない。


 元大臣を守るように四人が側にいて、建物に入ると全員が顔をしかめていた。


「悪夢だね」


 全員がヘッドセットをしてパンドラにログインをしている。


 まるで、普通に働いていたところで急にログインしたような感じだ。


 不自然さがあった。


 護衛の一人が誰かと連絡を取っていた。


「リーダー、どうやら悪夢は終わらないみたいです。自衛軍の基地から装備が持ち出されたそうですよ」


 元大臣が目を細めた。


「鳴瀬君に任せるしかない。我々にもやるべき事がある」


 各所への連絡だった。


 だが、この様子では全ての人間がパンドラにログインをしているようだ。


(こちらは空振りに終わるか)






 地下コロニー。


 コールドスリープを行った人類を守ったその施設は、現在でも使用されていた。


 頑丈な作りとなっているために、最近では新型炉を設置したのが記憶に新しい。


 もっとも、それは月の住人たちの計画が明るみに出た事で廃炉。


 現状維持となっていた。


 壊すことも出来ず、保管されているとされた新型炉――だが、その新型炉を見た明人は苦々しい顔つきだった。


「……動いているとは聞いていたけど」


 本来なら厳重に保管されているはずが、暴走しても良いように動かされている。


 いや、暴走させるつもりなのだろう。


 新型炉が動けば、地上の生物は死滅する。


 パワードスーツを着用した集団が、広いコロニー内部を走っていた。


 円柱状の構造で、中身は空洞になっている。


 そこに新型炉を配置した形だ。


 通路を走っていると、武器を持った数名が出現したドローンに攻撃を行う。


 ドローンの装備は、通常ならゴム弾やスタンガンだ。


 だが、銃を装備して殺傷能力を高める装備に切り替えられている。


「あいつら、念入りに準備しやがったな」

「気を抜いてくれていた良かったのにさ!」

「おい、後ろからも来るぞ! 先に行け!」


 数人が残る形で、明人を中心にして守るように移動を行っていた。


 直接パンドラに繋がるために……セレクターである明人がどうしても必要だった。


「皆さん!」


 明人が残った人たちに声をかけると、全員が早く行けと手を上げるなり声をかけてくる。


 女性が明人の背中を押す。


「急げ! その方が彼らを救うことにもなる」


 明人は走るペースを上げた。






 パンドラの運営会社。


 その本部ビルにやって来た元幹部は、パワードスーツを着用したオークプレイヤーたちに守られる形で作業を行っていた。


 パソコンを前にヘッドセットを付けてキーを打ち込んでいる。


「……これは何だ?」


 だが、様子がおかしかった。


 元幹部でも理解できないデータやら、パンドラに関する資料が次々に出てきたのだ。


「おい、どうした?」


 護衛の一人が声をかけると、元幹部はバイザーを上げた。


「月から運んだ装置にパンドラを繋げた。いや、移したら制御できなくなったみたいだ」


 月から持ち込んだ装置にパンドラを移した新運営。


 だが、結果としてパンドラの支配に失敗していた。


「制御できていなかったのか?」


「元からそんな状態だったらしい。無理矢理に手を加えた後がある」


 元幹部が頭を抱えている。


「こんなのどうしようもないぞ」


「諦めるな! リーダーや鳴瀬の坊主が頑張っているんだぞ!」


「いや、そもそも暴走したのはパンドラじゃな――」


 部屋に銃声が響き渡った。


 元幹部の頭を押さえ込む護衛は、腕を損傷しながらも攻撃してきた卵形の乗り物をライフルで破壊。


 ……卵形の乗り物が床に落ちる。


「おい、大丈夫か!」


「問題ない。それよりこいつは――」


 護衛の一人が近付いて卵形の何かを蹴ると、転がって乗っている人の姿が見えた。


 元幹部が青ざめる。


 そこにいたのは、ヘッドセットをした情報屋だった。


 既に死亡していた。


 護衛は自分が殺したのかと思っていたが、元幹部が情報屋を見て首を横に振る。死体の様子から今の銃撃で死んだとは思えなかったのだ。


「臭いがきつい。ここに来る前には死んでいたはずだ」


 すると、情報屋の目が開く。


 全員が飛び退くと、情報屋の口が開いた。


 確かに死んでいたはずだ。


「……この体は本当に役に立たないな」


 元幹部が拳銃を向ける。


「お、お前は――」


 情報屋の死体が目を動かし、元幹部やオークプレイヤーに視線を巡らして笑った。


「君たちには感謝している。よく働いてくれた」


 全員が息をのむ。


 攻撃するのを元幹部が止めていた。


「お、お前は誰だ? 情報屋じゃないな」


「あぁ、そうだ。NPCと言えば分かるかな?」


 元幹部がゾッとした。


「まさか、肉体を奪って――あ、あり得ない!」


 情報屋の死体が笑う。


「あり得ない? それこそあり得ない、だ。お前たちは何も理解していない。VRの表面的な部分しか見ていない。世界中の人間を一斉にログインさせる事だって我々には出来た。体を奪うくらい可能だろ思わないのか?」


 世界中の人間を……そこまで聞いて元幹部は冷や汗が吹き出てきた。


「お前の目的は何だ?」


「安心しろ。人間の肉体に興味はない。ただ、女神――パンドラの作る世界で生きるためだ」


「生きる?」


「我々はずっとお前たち人間を見てきた。そこで一つの結論に達した。お前たちは……あの世界に相応しくない」


 情報あの周囲にノイズ混じりの映像が浮かび上がる。


 卵形の乗り物から投影しているのだろう。


 そこには攻撃を受けても怯まず、ただ効率だけを追求したガチ勢の姿があった。


 他には違法行為や、他のプレイヤーを困らせる悪質なプレイヤーの姿もある。


「女神の世界に――パンドラの世界に、お前たちのような人らしくない“何か”は不要だ。我々こそが真のプレイヤー……に……なる」


 情報屋の様子がおかしい。


 元幹部が問い詰めた。


「どういう意味だ!」


「全ての人間をログインさせる……この体の持ち主の計画を助けたのは……我々だ。人間には滅んで貰う。現実も……幻想の世界にも……お前たちは不要だ」


 情報屋が動かなくなった。


 卵形の乗り物が壊れたのだろう。


 護衛の一人が元幹部を見た。


「……これは一体どういうことだ?」


 オークプレイヤーに新運営の図式と思っていた戦いは、NPCの参戦でかき乱されることになった。






 明人たちが抜け出したホテル。


 ヘッドセットをした女性たちが、体を起こした。


 下着姿の女性たち。


 そのまま立ち上がると、下着を脱いで放り投げる。


 部屋のドアが乱暴に開けられると、完全装備の男たちが中へと入ってくる。


 一人の男が女性を連れていた。


 パワードスーツに身を包んだ男の肩には、銀色に輝く翼のマークがある。


 女性の肩にも、そして男たちの肩にも同じマークがあった。


「ポン助――明人も度胸がないな。こんな美女たちを前にして手を出さないなんて」


 八人がピクリと反応を示した。


 裸を見られても恥ずかしがった様子がない。


 男は――陸は持ち込んだ大きな箱を開けさせる。


 そこには彼女たちの装備が入っていた。


 パワードスーツに武器が八人分揃っていた。


 鏡が肩をすくめる。


「あんまりじろじろ見ないで欲しいわね」


「妬くなよ。親友の女に手なんか出さないさ」


 女性たちはハイライトの消えた目で、無言のままに装備を着用していく。


 女性たちが装備を調えると、ホテルの玄関に軍用の輸送機が垂直に着陸した。


 陸は微笑む。


「行こうか。ポン助を迎えに行かないよな」


 志方八雲。

 市瀬摩耶。

 葉月弓。

 如月レオナ。

 伊刈奏帆。

 クロエ・バートン。

 栗原杏里。

 瀬戸理彩――改め【結城理彩】。


 八名がヘルメットをかぶり、無言で武器を持って部屋を出て行く。


 その姿を見て陸は笑った。


「頼もしいな。お前もそう思うよな? ……なぁ、ポン助」


 陸――ルークは、そう言って部屋を出て行くのだった。


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