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憤怒

 効率というのは重要である。


 ポン助はそれを肌で感じ取っていた。


(これでレベル百五十!)


 自分よりも大きなモンスターを相手に拳で叩き伏せて倒しているのだが、相手にするなら適正レベルは百七十というモンスターだった。


 レベル二十以上の差を埋めるのは、プレイヤースキルに加えて敵の弱点をしっかり把握している情報である。


 ギリギリ勝てる強敵と戦い、経験値を荒稼ぎしているのだ。


 大きなヤドカリのようなモンスターが、殻にこもるとポン助は拳を叩き込む。


 スキル攻撃である発勁が発動し、モンスターが吹き飛ぶと赤い光に変わった。


「よし、このままレベル百六十まで上げたら拠点に戻るか」


 周囲でその様子を呆れてみているのは、プライである。


「やる気があるようで何よりだが、そんなに無理をしていて良いのかな?」


 季節は冬になっていた。


 パンドラ内も雪景色が見かけられるようになっている。


 ポン助は肩を落とす。


「リアルでイベントが多いので、正直言ってストレス発散ですよ」


 冬休みだ。


 クリスマスが控えている。


 ポン助の悩みは、ギルドメンバーであり嫁でもある八人――だけではない。


 有名ギルドで有名プレイヤーになったポン助には、色んな誘いがかかる。


 テレビ番組へのゲストでの出演依頼。


 取材依頼。


 普通にオフ会への参加を要請されることもあった。


 また、情報を買った美女からのお誘いもある。


「何も知らなければ浮かれていたでしょうね」


 プライは笑っていた。


「少しくらいゆっくりしたらどうだい?」


「相手が見ているのは僕じゃなくてポン助です。中身には興味がない人たちですよ」


 仮想世界のアバターに興味があるのであって、鳴瀬明人には興味がないのを肌で感じ取っていた。


 パンドラの影響で狂ってしまった女性を前に、楽しめるポン助でもない。


「それより、憤怒の都はどうですか?」


 プライは首を横に振る。


「攻略は失敗続きだよ。一部、時間帯を越えて協力するプレイヤーも出ているが、結果は同じだ。壁を越えたという話は聞いたが、そこで待っていたのは何だと思う?」


 プライが持って来た情報は、元運営の幹部が持ち込んだものだった。


「……レベル上限【255】の先だそうだ。レベル【255+20】という表記だったらしい」


 レベル差が十も開けば勝つのは難しい。


 それが、モブであるポップするモンスターですらそのレベルだ。


「壁を越えたプレイヤーたちは絶望したでしょうね」


「ようやく超えたと思えば、障害がまた出てくるわけだからね。さて、私たちはどうする? 攻略に女神の像が必要だと噂が広がり、それを試したいプレイヤーたちも多い。参加するかい?」


 ポン助は出現したモンスターに向かって構えた。


「情報屋が流した噂ですよね?」


「当然だ。彼らは焦っているらしい。この前は、無理矢理にでもログイン時間の規制を撤廃しようと圧力をかけてきたよ」


 なりふり構っていられない情報屋たち新運営の面々。


「……レベルがカンストしたら、試してみようと思います」


 ポン助の言葉にプライも頷く。


「そうだね。もう外野が五月蠅くていけないよ」


 ポン助は思った。


(それにしても、パンドラは何でそんな攻略できそうにない都市を用意したんだろう?)


 まるで攻略させるつもりがないような印象すらあった。











 クリスマスイブ。


 明人はサンタの帽子をかぶってアルバイトをしていた。


 八雲も同じように帽子をかぶっている。


「ねぇ、ポ……明人」


 明人が振り返り、ポン助呼びをしようとした八雲に注意をした。


「先輩、リアルでは――」


「ちゃんと言い直したから許してよ」


 甘える声で謝罪してくる八雲に、明人は呆れつつ髪をかく。


「それで、どうしました?」


「今日はクリスマスじゃない? 別にホテルに行かなくても、二人でどこかに――」


 八雲がそう言うと、店内に摩耶が入ってきた。


 息を切らしている。


「はぁ、はぁ……迎えに来たわよ!」


 八雲が舌打ちをしていた。


「まだ仕事時間よ」


「残り十五分よね? あぁ、外で車を待たせているから、すぐにホテルに行けるわよ。みんな待っているから」


 誰かとクリスマスを過ごすのは無理だった。


 一人で過ごせば、家に誰かがたずねてくる可能性が高く、明人はホテルでクリスマスを祝うという摩耶の提案を聞き入れたのだ。


(またこのパターンだよ)


 内心で辟易している。


 八雲や摩耶と過ごせるのは良いのだが、これが純粋な彼女たち好意ではないと思うとやるせない気持ちになるのだ。


(……憤怒の都に行く日も近い。気を引き締めないと)


 気を引き締める明人。


 だが、夜になると気が付けば眠っていたのだった。











 仮想世界で話題となった日は、クリスマスだった。


 大手ギルドが攻略の鍵となる女神像を持ち出し、威力偵察を開始すると聞いてパンドラ内は盛り上がっていた。


 希望の都ではプレイヤーたちが実況映像の前に集まり、まるで映画でも見るように屋台で買った食べ物を食べながら観戦していた。


 希望の都だけではなく、多くの世界でそんな光景が広がっている。


 それを確認した大手ギルドのプレイヤーになりすましたNPCが、帽子の縁で目元を隠してニヤニヤしていた。


 口元は手で隠している。


 自分たちの拠点である浮島から見えるアルカディアには、女神像が見えるように配置されて光っていた。


「ようやくお披露目ですよ、女神様」


 憤怒の都に乗り込む浮島に飛行船の数は――数千にも膨れ上がっていた。


 偵察するのが目的だったのだが、確認するために多くのギルドが集まった結果である。


 憤怒の都からモンスターたちが舞い上がってくると、浮島や飛行船が砲撃を開始。


 ここで砲撃をものともせず突き進んでくるモンスターたちだったが、女神像が黄金の輝きを放つと吹き飛ばされ赤い光に変わっていく。


 女神像は両手で箱を持った姿。


 その箱が七色に光を放っていた。


「何と神々しい輝きか! そのまま全てを箱の中に閉じ込めましょう! かつて解き放った全てを箱の中に戻し、全てをやり直しましょう!」


 興奮するピエロ。


 プレイヤーたちは目の前の光景に興奮しており、誰もピエロの奇声に耳を傾けていなかった。






 アルカディア内部。


 その光景を見ていたポン助は、腕組みをしてギルマスの座る椅子に腰掛けていた。


(噂通りか)


 次々に連絡が入ってきており、それらは参加したギルドマスターたちからだった。


 女神像をかけて戦争しろと言ってくるギルドもいれば、共闘を持ちかけてくるギルドもいた。


 話し合おうとするギルドマスターたちが多い中、ブレイズが叫ぶ。


「おい、様子がおかしいぞ!」


 周囲に浮かんだ投影された画面をポン助は手で払いのけ、立ち上がると窓まで走った。


 窓の縁に手を置いてみた光景は、赤い光に包まれる憤怒の都だった。


「な、なんだ?」


 モンスターだけではない。


 外壁が赤い粒子の光になり消え去り、都市内部が丸裸にされている。


 モンスターたちも小さくなり、レベルも大幅にダウンしていくと消え去っていく。


 全ての赤い光が流れ込む先は、女神像が持つ箱だった。


 プライが女神像を拡大表示すると渋い表情になる。


「……箱が開いているだと」


 これまで多くのプレイヤーたちが攻略に失敗してきた壁も、都市内部のモンスターも女神像の前では無意味。


 ポン助が窓の縁に拳を叩き付ける。


「こんなのありかよ。誰がこんなことを認めると――」


 しかし、その部屋にいたオーク以外がその光景に見とれていた。


 マリエラが呟く。


「……綺麗」


 アルフィーが両手を広げていた。


「見てください。城まで消えて赤い光になっていきますよ」


 うっとりしているのはナイアだった。


「見惚れちゃうわね」


 アンリは持っていた槍を落とす。


「……見てよ、ポン助。もう憤怒の都が消えて行くよ」


 イナホは前のめりになって、窓の縁に手をかけている。


「これで全部終わるんですね。七つの都は攻略されたんですよね?」


 振り返るイナホに、ポン助は唖然とした。


「何を言っているんだ、イナホちゃん。こんなのおかしいよ。こんなのゲームじゃない」


 リリィが肩をすくめていた。


「あら、良いじゃない。こんな終わりあっても」


 フランも同意していた。


「都の攻略は骨が折れるからな。それに、これまで砦をいくつ落としてきたと思う?」


 ノインはポン助の腕にしがみつく。


「そうだよ。これまでが大変だったと思えば良いんだよ。実際、ここまで来るのに色々とあったじゃない」


 砦攻略にギルド同士の戦争。


 確かに色々とあった。


 ポン助は首を横に振る。


「違う。そんなの駄目だ。都市は攻略しないと――」


 パンドラの箱に全てが吸い込まれると、蓋が閉じる。


 部屋にいる全員が、都市攻略が行われたと文字が空に描かれるのを見て、興奮して声を張り上げていた。


 それは送られてくるメッセージやコメントも同じだった。


 ポン助は頭を押さえると、プライが肩に手を置く。


「ポン助君、悪いがすぐにログアウトをして欲しい」


 ポン助は頷いた。


 パンドラ中が、このあり得ない光景に歓声を上げていた。


 ゲームとして、プレイヤーとして納得できない終わりに、誰も文句を言わない。


 それは狂った光景だった。










 明人は目を覚ますと、大きなベッドの上にいた。


 周囲の女性陣は下着姿でヘッドセットをしている。


 今はパンドラの中に意識があるのだろうが、冬場の格好ではない。


「……空調で管理されているけど、見た目が寒いな」


 立ち上がって服を手に取ると、ドアがノックされた。


 ノックの仕方が特徴的で、すぐにドアを開けるとそこには見知った顔が揃っている。


「警戒していて正解だったね」

「うおっ! なんて羨ましい光景」

「下着姿かよ」


 オークプレイヤーたちの一部が、ホテルでログインしていたのだ。


 明人はドアを閉めて鍵をかける。


「覗くと怒られますよ」


「う~ん、そっちの方が嬉しいな」

「変態と蔑んでくれるかな?」

「ご褒美じゃないか!」


 やはりオークプレイヤーは駄目だと思いながら、明人たちは歩くスピードを上げてエレベーターを目指した。

 

 一人が他の仲間と連絡を取っている。


「あぁ、合流した。ホテルの前に頼む。え?」


 だが、様子がおかしい。


 明人も感づいていた。


「……なんだ?」


 エレベーターで降りたのだが、ロビーには誰もいなかった。


 確かに五時過ぎでは朝も早い時間帯だ。


 しかし、静かすぎる。


 ホテルなら客への対応のために数人のスタッフがいてもおかしくないはずだ。それだけの大きなホテルだった。


 スマホを取り出すと、明人はネットニュースをチェックする。


「更新されていない?」


 普段なら更新されているはずの動画が、全て更新されていなかった。


 流れているニュースは、最後の都市が攻略されたというもの。


 それもPVのような作りだ。


『全ての都市が攻略された……だが、まだ戦いは終わっていない』


 第二弾が始まるようなPVは、きっと前から作成されていたのだろう。


 攻略と同時に公開される設定になっていたようだ。


『各世界に襲いかかる新たなる敵! レジェンドクラスのモンスターたちが、プレイヤーの前に立ちはだかる!』


 レベル三百超えのドラゴンは、黄金の体に赤い角を持っていた。


 プレイヤーらしき人たちを吹き飛ばしていく映像に続き、シルエットになっているモンスターたち。


 登場したのは、名前未定のレジェンドドラゴンと書かれたドラゴンだけだった。


 今度はこいつらが登場するのか、などと単純に考えていられない。


 オークプレイヤーの一人が、カウンターで倒れているホテルの従業員を見つける。


「おい、しっかりしろ! な、なんだ? こいつ、新型のVRマシンを頭に付けていやがる。仕事中に何を――」


 よく見れば、ソファーに横になっている従業員もいた。


 その従業員も最新型のVRマシンを頭部にセットしていた。


『次々に迫るモンスターたち。そして、新たなる試練がプレイヤーを待っている!』


 PVの台詞がむなしくホテルのロビーに響いた。


 その映像を見ている間に、車がホテルの前にやってくる。


 車から出てきたのは、完全装備の女性だった。


「全員いるな? 急いだ方が良い。想像以上にまずい事になった」


 明人たちは駆け出すと、車に飛び込むのだった。


 PVの音声が最後に――


『パンドラの戦いは――まだ、終わらない。ここからが、本当の戦いだ!』


 ――そう告げたのが、明人には違う意味に聞こえた。


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