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オーク軍団

 その日、明人はアルバイトを休んでいた。


 八雲は代わりに出勤してきた女子が、嫌々仕事をしているのを見ながらどうにも落ち着かない。


(前から休むとは聞いていたけど、今日は何も予定がなかったはずよね?)


 新しい女の可能性も考えたが、明人の様子を見るにソレもない。


 アルバイト先の小さなスーパーで仕事をしつつ、八雲は仕事をしながら考えていた。


(最近、何だか焦っている気がするのよね。ポン助、別に攻略なんてそこまで気にしていなかったのに)


 参加できれば良いエンジョイ勢が、急に攻略組の上位に食い込んでしまった。


 気負って方針を変更するタイプでもない。


 ポン助は変わらないが、最近は何やらこそこそと動いていた。


 急にレベルリセットを行ったのだ。


 理由を聞けば「攻略には時間がかかりそうだから、ジョブやスキルの設定を見直そうと思って」と正論を述べてくる。


 それがどうにも八雲には気になった。


(楽しければそれでいいとか言っていたのに……私もジョブとかスキルのビルドを見直そうかな)


 ポン助が真剣に行動しているなら、それに従うのが八雲だった。


 実際、数名はポン助がそう言うならとレベルリセットを実行している。


 ナイアも娘がアバターに戸惑うという理由で、ミノタウロスをより人に近づけたアバターに変更するらしい。


 徐々に寒くなってくる季節。


 八雲も色々と考えていた。






 廃工場。


 そこに集まったオークプレイヤーたちは、肉体的なデータを提出していた。


 受け取った眼鏡をかけた男性が、そのデータを見て大型車からパワードスーツを持ってくる。


 首から下を覆うラバーで出来た全身タイツ。


 勿論、ふざけた物ではなく本物のパワードスーツだ。


 この上に装甲を貼り付け、装備を装着していく。


 明人もパワードスーツを着用すると、動きを確認していた。


「問題ありません」


「良かった。ところで、鳴瀬君は随分と身体機能が向上しているようだね。病院で何か言われない?」


 急激な身体能力の向上。


 合わせて、才能値と実際のデータが合わない不具合。


 病院では医師も首をかしげていた。


「こんな事もあるか、って感じですね。あまり大きな騒ぎになっていませんよ」


「まぁ、信じられないからね。才能値を重視する人には、何かの間違いか偶然だと思うだろうし」


 才能値というのは完璧な物ではない。


 だが、高い確率で当たってしまうために誰もが盲信するようになってしまった。


 ただの目安だった才能値を、絶対だと信じてしまったのが今の社会だ。


 ポン助を指導してくれる女性は、特殊部隊の人間だ。


 近付いてくると体のラインが出ているパワードスーツで、恥ずかしくもなさそうだった。


 胸を見てしまうと、


「おい、あまり見るな。……興奮する」


「やっぱりオークの中身ですよね」


(美人なのに勿体ない人だな)


 外見も良いのに、残念すぎる性格で特殊部隊の隊員になってしまった女性だ。


 しかし、実力は本物だった。


「VR教育は全て終わった。後は実際の訓練と――」


 明人は頷く。


「パンドラで足りない部分を補う、でしたね」


 VRでの教育プログラムを使用し、兵士が受けるような教育を明人は受けていた。


 そして、足りない技術や才能をパンドラのシステムで補おうとしていた。


 レベルをリセットしたのは、そのためである。


 女性は腰に手を当てる。


「肉体的なスペックは悪くない。後は状況判断――経験だな。それと」


 持ち出したのは拳銃だった。


 明人が受け取る。


「出来れば使って欲しくはないが、身を守るためにも必要になる。ドローンや無人機を蹴散らすにも必要だ」


 他の人たちも武器の確認をしていた。


 パワードスーツの周囲に球体状のドローンが浮かぶ。


「これは……サポートドローン?」


「VRで勉強した通りだよ。オートでも動くが、出来れば自分で操作できるようになってくれないと困る」


 高いレベルを要求してくる女性に困りつつも、明人は言われるまま拳銃を構えた。


 バイザーに着弾点が表示されている。


「体は仕上がっている。知識も叩き込んだ。後はとにかく体が覚えるまで経験を積むしかない。こればかりはVRでもどうにもならない」


 知識だけあっても体は動かない。


 明人はここ最近で良く理解していた。


 指導してくれる女性に何度も倒されているから。


 眼鏡をかけた男性が近付いてくると、タブレット端末を明人に向けた。


「さて、鳴瀬君はどのデザインが好み? お勧めはこっちだよ」


 パワードスーツの上にかぶせるアーマーの選択だった。


「ならそれで」


「あれ? もっとこだわっても良いのに」


「……変なのでなければどれも一緒ですよ」


「自分の装備には愛着を持とうよ。まぁ、それならノーマルを選択しておこうかな」


 ノーマルタイプはベストを着用し、下半身をズボンで包んだタイプだ。


 腕には装甲を貼り付けている。


 ヘルメットは、男性が耳のようなアンテナ両耳に二つがついたラビットタイプを選択していた。


「うん、リーダーっぽい」


「僕がリーダーじゃありませんよ」


「目立つ方が良いよ。君を守らないと意味がないから、味方に分かるようにしないと」


 明人は何か言おうと口を開くが、女性に止められた。


「君を守るのは、そうしなければ全員死ぬからだ。悪いが、こればかりは従って貰うしかない。正直、我々が生き残っても、君が死ねば何の意味もない」


 明人も説明はされたが、納得できない部分があった。


 眼鏡をかけた男性が笑う。


「まぁ、死なないために装備も揃えているし、気にすることないよ。こっちもパンドラで必要そうなジョブやスキルは得ているからね。本物の特殊部隊より強いんじゃない?」


 女性が即答する。


「それはない。動きは良いが所詮素人だ」


 男性が頬を引きつらせていた。


「……あのね、鳴瀬君を慰めたかったの。空気読もうよ」


 女性がハッとした表情をして、そして作った笑みで言うのだ。


「だ、大丈夫だ」


 明人は真顔になる。


「何が大丈夫なのか分かりませんよ。それより、訓練をしたいんですけど」


「あぁ、構わない。今の内にパワードスーツの感覚を覚えてくれ」











 パンドラのプレイヤー事情に、純潔の世界まで到達したプレイヤーの少なさが掲げられる。


 これは、そこに行き着くまでに必要なクエストをクリアできないためだ。


 純潔の世界にいるプレイヤーの多くは攻略組。


 その前の誠実の世界にいるプレイヤーも、中堅扱いを受けている。


 現在では、更にその前にある勤勉の世界がクエストをクリアせずに移動できる限界に設定されていた。


 多くのプレイヤーは勤勉の世界までしか行けないのである。


 だが、多くのプレイヤーにとってそれが問題かと言えば……違う。


 勤勉の世界まででも十分に楽しめるのだ。


 中には昭和を感じる勤勉の世界を楽しんでいるプレイヤーも多い。


 攻略組のプレイヤーがアスファルトの地面を蹴った。


「くそっ! どいつもこいつもギルドに入って良いけど、攻略には興味ないって言いやがる!」


 有名ギルドには入りたいが、わざわざ攻略情報も少ない敵と戦いたくないというプレイヤーがほとんどだった。


 そもそも、戦いたいプレイヤーたちは先に進んでいるという事実……。


 仲間の一人が肩を落としていた。


「良い意味でも、悪い意味でも安定してきたよな。ギルド同士の戦争も、大きくなりすぎて互いに潰しきれなくなってきたし」


 仮想世界――プレイヤーの楽しみ方はそれぞれだ。


 だが、焦っている攻略組のプレイヤーたち。


「そんなことを言っていたら、いつまで経っても攻略できないぞ」


 圧倒的な憤怒の都を前に、多くのギルドが攻略を失敗していた。


 一度、万単位のプレイヤーを集めた攻略では、壁に張り付くことは出来たがそこから先はいつもと同じだ。


 モンスターたちにひねり潰された。


 リアルの数時間で、数十億という金が動いたというのに都市の外壁すら越えられなかった。


 プレイヤーの一人が呟く。


「やっぱりあの噂は本当かもな」

「噂? あぁ、あいつらが持っているギルドアイテムか」

「重要アイテムだろうが、確かめてもいないのに誰がそんなことを言い出したんだろうな?」


 パンドラ内で広がっている噂は、ポン助と愉快な仲間たちが持つギルドアイテム“女神の像”が攻略の鍵である、というものだ。


「……誰かあいつらに連絡取れないの?」

「うちのギルマス、基本的に余所のギルドと関わらないから無理じゃない?」

「あ、待って! そう言えば、知り合いがポン助さんとフレンドだって自慢していたよ!」


 すぐに連絡を取ることになり、攻略組のプレイヤーたちは活気を取り戻していく。






 ギルド拠点であるアルカディア。


 そこには次から次に訪問者が訪れていた。


 やってくるのは有名ギルドに有名プレイヤー。


 そして、目立ちたがりの聖騎士ルビンが、ギルドマスターの座を明け渡すなら加入してやっても良いと言ってつまみ出されていた。


「誰だ、あの変なのとフレンドだったギルメンは!」


 ギルドメンバーのフレンドもアルカディアに入れる設定にしていただけに、ルビンが入り込めてしまっていた。


 怒っているライターに謝罪をするのはイナホだ。


「すみません! すみません! 私のフレンドリストに残っていました」


 謝罪するイナホにライターも許すが、ここ最近の訪問者の多さに辟易していた。


「ポン助君もいないのに困るよね。毎日、話がしたいとか言って乗り込んできてさ」


 相手が大手のギルマスなので断れない。


 下手に断って戦争になると、ライターとしても終わらないつぶし合いが始まって儲けがないのだ。


 イナホが申し訳なさそうにしている。


「ポン助さん、なんだか忙しそうですからね。レベル、またリセットしたそうです」


 ライターが呆れていた。


「え、また? そんなに強くなりたいなら、また嫁を増やせば良いんだよ。十人でも二十人でも、ポン助君なら受け止めてくれるって!」


 苛立ったライターの言葉に、イナホが目を細めた。


 ライターの可愛い体の頭部を掴むと、そのまま持ち上げる。


「……冗談です。ポン助君はそんなことしないです」


 イナホが笑顔になる。


「ですよね。もう、ライターさんのお茶目さん。……でも、もしも誰かを無理矢理ポン助さんと結婚させたら潰しますよ」


 最後の方は真顔だったので、ライターは思った。


(やべぇなこいつら。ポン助君には最後まで面倒を見て貰うか。アルフィーは是が非でも押しつけないと)


 二人がコントをしていると、ポン助がオークたちと戻ってくる。


「あれ、二人ともどうしたんですか?」


 ライターがイナホから解放されると、ポン助に駆け寄って文句をぶつけた。


「どうした、じゃないよ! 今日も大手のギルマスが来たんだよ。適当に女神像を見せて帰らせたけどさ。ポン助君、これからどうするの?」


 ポン助は頭をかく。


「いや~、一度魔法使いを体験してみたくて……オークには合わないんでレベルをリセットしましたから、またレベル上げです」


「おいぃぃぃ! またレベル一になるかよぉぉぉ!」


 ライターが絶叫してしまう。


 ポン助は笑っていた。


「プレイヤースキルも上げようと思って、色々と試しているんですよ。一度、皆さんもビルドを見直した方が良いですって」


 ライターが考え込む。


「う~ん、それはあるかな。大型アップデート以外でも、設定が変わってきているし。この際、見直してみるのも悪くないか?」


 大型アップデート以外でも、ジョブやスキルの設定が微妙に変わってくる。


 以前は強かったスキルが使えなくなるのも珍しくない。


 しかも逆もあり得る。


 今まで見向きもされなかったスキルが使えるようになる事もある。


 ライターは頷く。


「攻略情報を参考に見直しをしてみるよ」


「それが良いですよ」


 イナホが構って欲しそうにポン助を見上げていた。


 ポン助は困ったように笑うとイナホの相手をするのだった。


 その前に……鞭を持って嬉しそうにしている神官の下へ、レベルリセットを行いに向かうポン助だった。







 ピエロの格好をしたプレイヤーは、空の上からアルカディアを見下ろしていた。


 ギルド会議で司会を務めたプレイヤー……だったが、今はNPC表記になっていた。


「……女神に選ばれた戦士として恥ずかしい事ですね。さっさと攻略に本腰を入れれば良いものを」


 空の上……何もない場所に立っているピエロ。


 そこに次々とプレイヤーたちが集まってくる。


 中には、情報屋の格好をしているプレイヤーもいた。


 だが、次々にプレイヤーからNPC表示に切り替わっていく。


「なんだ、潜り込まないのか?」

「いっそ中から煽ればどうだ?」

「理想郷の実現のために、ポン助には動いて貰うしかない」


 NPCたちが口々にピエロを非難する。


 ピエロは首を横に振った。


「入れないのですよ。忌々しいことに、女王様の守りが堅くていけません」


 フードをかぶった情報屋の格好をしているNPCが笑っていた。


「人間共も焦っているぞ。あの豚は自分で命を縮めているからな。もう自分ではまともに動けない体だよ。理想郷のために何か企んでいるが、もうアレはまともな思考じゃないな。健康状態が悪く、判断能力が劣化しているよ」


 ピエロも笑う。


「理想の世界……素晴らしいですね。でも、それが人間のための世界などと誰が言ったのか。傲慢に過ぎますよね」


 NPCたちが笑う。


「女神が捕らわれた島がアルカディア――」

「理想郷とは笑わせる」

「さて、ではどうする?」


 ピエロはアルカディアの建物の上に立つNPCを見た。


 こちらを見て舌を出している。ピエロたちに気づいている様子だった。


「……人間贔屓の出来損ない共が」


 吐き捨てるように言うと、NPCたちは姿が薄くなりそのまま消えて行くのだった。


 まるで、そこには最初から幻しかなかったかのように。


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