鉄壁
攻略組が見つけた憤怒の都。
その情報はすぐにパンドラに広がった。
情報を隠していたのだが、誰かに広められてしまったのだ。
そうして、攻略組は我先にと憤怒の都に挑んでいくのだが――。
「……嘘だろ」
パンドラ内で起きた再編で、大きく躍進したギルドのマスターが膝から崩れ落ちる。
見上げるのは自分たちが作り上げた城――浮島に作った拠点だった。
ポン助たちが台頭してからは、攻略組も積極的に浮島に拠点を置くようになっている。
ゆっくりと破壊され、落ちていく浮島には憤怒の都から次々に現れるモンスターたちが群がり攻撃を繰り返していた。
破壊されていく自分たちの拠点。
そればかりか、地上で戦っていたプレイヤーたちの多くもモンスターたちに負けて赤い光になって消えて行く。
ギルドマスターが頭を抱えていた。
「こっちはレベルだってカンストしているんだぞ。課金アイテムも揃えて――ギルドアイテムだってシリーズを一つコンプリートしているのに」
攻略組として新たに台頭したギルドは、憤怒の都を前に手も足も出ずに負けてしまうのだった。
ギルドメンバーが一千人を超える大きなギルドが、手も足も出なかったという情報もパンドラに広まっていた。
「……こんなの、どうやって攻略すれば良いんだよ」
絶望したギルドマスターが、巨大なモンスターたちに囲まれ攻撃を受けて赤い光となり消えていくのだった。
◇
学園。
明人は休憩時間に次の授業の準備をしていた。
ただ、周囲から聞こえてくるのはパンドラの話だった。
「見たか?」
「あぁ、新興ギルドの【ぱぴぷぺぽん】が負けた奴だろ。あんなの絶望的だよな」
「ギルドマスターが解散を決めたって言うけど本当かな?」
男子に交ざって女子も会話に加わっている。
「嘘! ギルドアイテムは? あれ、トレードできないよね?」
「解散すると消えるって噂だよね」
「え~、私たちに譲ってから解散してよ~」
今ではこれが日常だ。
誰も違和感などない。
明人は小さく溜息を吐くと、陸が声をかけてきた。
「最近元気がないな。何か問題か?」
「……うん。まぁ、色々とね」
「女絡みか?」
「それ以外に何があるのさ」
笑ってみせる明人に、陸は同情するような視線を向けていた。
「情報屋も酷いことをするよな」
明人は陸に事情を話している。
情報屋が特定の人に自分の情報を売った事を、だ。
普通は許されない行為だが、抗議をしてややこしくしている暇は明人にはなかった。
「ねぇ、それより憤怒の都だけど――」
明人が話題を変えると、陸は難しい表情をする。
「あんなのどうやってクリアするのか想像できないよな。浮島で乗り込むのも難しいし、地上戦力を揃えてもモンスターにボコボコにされて終わりだ。とんでもない都市が出てきたな」
あり得ないほどに難易度の高そうな憤怒の都。
明人は攻略について考える。
(……このまま攻略されないのもまずい。というか、なんで運営はもっと簡単に攻略できるようにしないのかな?)
自分が運営側なら、さっさと攻略できるようにして計画を進めるところだ。
何か理由があるのかと気になっていると、陸が明人に提案してくる。
「なぁ、向こうで時間を作れないか? ギルドマスター同士で集まって会議をするんだが、お前も呼んでくれって言われているんだ」
「僕を?」
「そうだよ。何しろポン助は有名人だからな。お前の所、もうギルドの規模だとパンドラ全体でも指折りだって分かっているか?」
パンドラでも屈指のギルドを率いている。
それは今の世の中でとても価値のあることだった。
明人は曖昧に笑みを作ってごまかした。
「そ、そうかな? でも、会議には参加したいかも。攻略関係だよね?」
「当然。他に何かあるとでも? あ、それから時間帯だけど……二十四時から一時で調整してくれないか」
陸に頼まれ、明人は頷いた。
「分かったよ。みんなには連絡を入れておくかな」
去年とは大きく変わってしまったクラス内の状況。
明人が少し不安を覚えていると摩耶がやってくる。
「また二人で会話? 仲が良すぎると疑われるわよ」
陸が嫌そうな顔をして摩耶に言い返した。
「生徒会役員様が、そんな趣味をお持ちとは思わなかった。何でもそっち系みたいに言わないでくれるかな」
摩耶はそんな陸に勝ち誇った顔をしていた。
明人の肩に手を置く。
「あら、残念でした。私はノーマルよ。別に男同士が悪いとは言わないけど、ポン助は巻き込まないでね。巻き込んだら……」
威圧のため目を細めたところで、明人は摩耶の手を握った。摩耶が一瞬で驚いた表情に代わり、頬を染めて可愛らしくなる。
「摩耶、怒らないでよ。陸とは友人。そこに恋愛感情はないからさ」
先程の威勢がない摩耶は、視線を泳がせ嬉しそうに頷いていた。
「ご、ごめんね。あ、授業が始まるからもう席に着くね」
陸は摩耶の様子を見て肩をすくめる。
「お前、女の扱いが上手くなってきたよな」
「……上手くならないとやっていけないんだよ。ギルマスとしての必須技能だと思うけどね」
そんな必須技能は嫌だ、そう言って陸は笑うのだった。
◇
パンドラで攻略組と呼ばれるギルドマスターたちが集まったのは、攻略組の古参ギルドの拠点だった。
大きな会議室には、時間帯に関係なく大勢のギルドマスターたちが顔を揃えている。
それだけ、今回の都市攻略は難しいと全員が理解していた。
司会を務めるのは、攻略組のギルドマスターの一人だ。
ピエロのような格好をしている。
「紳士淑女の皆さん、お集まりいただきありがとうございます。普段は全力でつぶし合っていますが、今日だけは我慢してね」
顔を合わせたギルドマスターたちの中には、当然だが勢力拡大を狙って争っているギルド同士も存在する。
雰囲気は和やかとは言えない。
互いに相手を出し抜こうとするライバルたちだ。
攻略組もガチ勢から、ギリギリ参加できるだけのエンジョイ勢まで様々。
方針も違えば考えも違う。
仲良く出来るわけがないのだ。
「さて、ギルド【ぱぴぷぺぽん】が敗北してしまったわけですが、皆さんのお考えを聞く前に招集をかけた私たちの意見から――『ぶっちゃけ、俺たちだけで勝てなくね?』っという感じですね。あぁ、俺たち、っていうのは同じ時間帯で活動するプレイヤーやギルドですよ」
憤怒の都の戦力を計算し、そしてその後も挑んだ攻略組の情報をまとめたのかピエロは難しい表情をしていた。
「正直、お手上げです。どれだけ頑張って戦力を集めても、それぞれの時間帯だけでは戦力が足りない。傭兵NPCに加え、臨時でギルドメンバーを増やしたとしても足りません。億単位の課金を考えましたけど、それで勝てるなら苦労しませんよね」
実際、憤怒の都に挑んだギルドの中には、課金額を総合すると数億円に上ったという。
それでも攻略できないなど鬼としか言いようがなかった。
ポン助は膝の上に手を載せて真面目に話を聞いていた。
隣では、机に肘をついて話を聞いているギルドマスターのピンキーが呆れている。
「数千人で一人十万近い課金をしても駄目なら、もう無理だよね」
ポン助も頷く。
「あまりリアルマネーに頼りすぎるのは良くないですからね」
「いや、そういう意味じゃなくてね。もう、限界まで課金をしても今の戦力じゃ勝てないって分かったことだよ」
人を増やせば良い。なんていうのは誰でも考えつくが、いったいどれだけの人数を揃え、どれだけ課金すれば攻略できるのか?
わざわざポン助たちを集めたのだ。
答えは出ている。
ピエロが咳払いをしながら、
「え~、そういう訳でして……ここは皆さんで協力しませんか?」
会議室は荒れた。
「ふざけるな! なんでお前らと協力する必要がある!」
「まだ攻略に必要な情報が足りていないだけだ!」
「あいつらと仲良く攻略? ふざけるな!」
罵声が飛び交うようになると、ピンキーは耳を押さえて溜息を吐いていた。
「まぁ、こうなるよね。みんなで仲良く出来るなら苦労はないよ。連合を組もうとしたって、裏切りとか当然あるのに」
普段仲が良くても利益次第で裏切る。
ポン助にも経験があった。
(なら、どうやってこの状況をまとめるんだ?)
ピエロはこの状況を前に静観していた。
ピンキーが少し考えてから、
「どうやら、あのピエロたちはこの場を設けただけみたいだね。いや、これで目標は達成したのかも知れないね」
「どういう事ですか?」
「互いに協力するしかないと提案しても、無理だって分かっていたのさ。どうせまとまらない。……だけど、こうして一回でも集まれたのは大きいよね。これから攻略失敗が続くだろうし、冷静になったら誰もが『やっぱり協力するべきだったかな』って思うよ」
そのためにわざわざ集めたのだろうと、ピンキーは分析していた。
ただ、本人は「そうだったら良いよね」などと自分の予想が当たれば良いのにとか冗談で言っている。
(いずれまとまる、か)
ポン助は会議を見つつ、今の自分たちに何が出来るのかを考えるのだった。
エアスポット。
運営の管理外エリアに集まったオークたちは、ポン助とプライを中心にして話をしていた。
プライが顎を撫でている。
「つまり、攻略には大きな問題がいくつもある、と」
ポン助は頷く。
「はい。このまま攻略失敗が続くのを待つそうです。僕たちはどうしましょう?」
「提案は出来るが、決めるのはポン助組んだよ。君のギルドだ。好きにしたら良い」
「分からないから困っているんですけどね」
肩を落とすポン助にプライは提案するのだった。
「いくつか提案があるのだが、聞いてくれるかな?」
「えぇ」
「一つ目は憤怒の都の調査だ。実際に戦ってみようじゃないか。勿論、偵察にとどめる程度でね。二つ目は攻略情報をもう一度だけ調べる。見落としがないかの確認だ」
当然だと思いつつポン助は頷く。
「三つ目は来るべき日のために戦力を整えておく。これが鉄板だね。備蓄もそうだが、プレイヤーのレベル上げと同時にプレイヤースキルも磨こうじゃないか。後は、勧誘してギルドメンバーを増やすことかな?」
どれも当然と言えば当然だ。
だが、それ以外に方法がないのも事実。
プライがわざとらしい咳払いをしてから、真剣な顔つきになった。
「それからこれは重要な提案になるのだが」
「な、何か?」
ポン助も緊張してくる。
「実はギルド内で神官NPCの設定変更を考えている不埒な輩がいる。神官はツルペタロリにして、クールなキャラが良いとか言い出している連中だ。我々の神官様を弄り倒そうなどという愚か者共にギルドマスターとしてポン助君からもガツンと言ってやってくれ! 神官様は今のままで最高なのだ! 我々が日々、どれだけの供物を捧げてレベルをカンストさせ最高の装備を付けて貰っているのか分からない外道には裁きの鉄槌を!」
「鉄槌を!」
「眼鏡おっとり巨乳は正義!」
「外見じゃない。今の神官様じゃないと駄目なのだ!」
「麻呂はクール系よりツンデレの方がいいでおじゃる! ロリは賛成でおじゃるよ」
「おい、今ツンデレと言った奴を吊せ!」
オークたちが一斉に片腕を上げて叫ぶと、ポン助は一人しらけていた。
「……僕の権限で神官NPCはオークにも優しい設定にします。もう、凄く優しい設定にします」
プライがポン助の足にしがみつく。
「何故だ! ポン助君、どうして君がそんなことをするんだ! 我々は同士ではなかったのか!」
プライを引き離し、本気で焦っているオークに追われながらもポン助はギルド拠点に戻って神官NPCの設定を変更するのだった。
神殿の派出所。
女神の像が置かれている前で、神官NPCが慈愛に満ちた顔をオークたちに向けていた。
「……こうして欲しかったんだろ?」
だが、持っているのは鞭だ。
プライが跪き、頬を染めていた。
「神官様!」
神官NPCが笑顔で鞭を振り下ろす。
その一撃は容赦なく、同時にオークたちの望みを叶えるご褒美だった。
「きゃんっ!」
プライが鳴くと、神官NPCは頬を染めて身震いしていた。
「良い声で鳴いたご褒美よ! ほら、もう一発!」
ゆったりとした神官服から、綺麗な足を伸ばしてピンヒールでプライを踏みつけていた。
神官服で見えなかったが、どうやら脚には網タイツを装備しているらしい。
オークたちに極度に優しくなったNPCは、極度に嫌っていたときよりもオークたちの要望に応えようと頑張っていた。
「もっと良い声で鳴いてご覧なさい!」
……どちらの設定にしてもやっている事は同じである。むしろ、悪い方に傾いたような気がしてくる。
ポン助はそんな神官NPCを見て膝から崩れ落ちる。
「何にも変わってない! むしろ悪化しているじゃないか!」
オークたちがポン助を見て、
「ギルマスはやっぱり同士だったんだね」
「あぁ、鞭に愛を感じる。これだ。俺たちが欲しかったのはこれだ!」
「私たち、ギルマスに一生ついていきます!」
ポン助はもう訳が分からなかった。
「もう好きにしてくれ」
プライはポン助を見ると、サムズアップで幸せそうな顔を向けてきた。
それから現実世界で二週間が過ぎても――憤怒の都の攻略は進まなかった。
壁を越えることさえ出来ず、中には壁に触れることも出来ないギルドもあった。
多くのプレイヤーたちが諦めかけたとき……ギルドアイテムである女神の像が、攻略の鍵であるという情報が広まるのだった。