再編
リアルの季節は秋。
十月に入ったパンドラの各地の世界は、紅葉が目立ち始めていた。
季節を感じられる仮想世界。
ただし、憤怒の世界だけはまだ未攻略。
荒れ果てた大地が広がり、木々は枯れて葉を付けていない。
そんな憤怒の世界を浮島から眺めているポン助は、時間の流れが遅いと思うようになってきた。
現実世界の一ヶ月……仮想世界も合わせると体感では一年以上になる。
二時間のログインで、仮想世界では二週間も過ごしているのだ。
感覚がおかしくなっても仕方がない。
振り返ってアルカディアを見上げる。
ボロボロになったアルカディアは、以前よりも大きく――そして更に頑丈に生まれ変わった。
手に入れたギルドの財宝により、浮島は広がり飛行船の数も百隻近い数を手に入れてしまった。
小さかったギルドのはずなのに、人は増え続ける。
手に入れたギルドアイテム。
そのシリーズを二つもコンプしてしまった事も影響している。
ポン助たちの受ける恩恵は、一般プレイヤーと比べると大きすぎた。
攻略を目指すプレイヤーにも、楽しみたいプレイヤーにも非常に魅力的になってしまったのだ。
「……いったいどうなるのかな」
ポン助たちの一件から、ギルド同士の戦いは激化傾向にある。ギルドの財宝を奪って大きくなる。
そんな方法で成り上がろう、更に上に行こうとするギルドが出てきた。
小さなギルドも関係ない。
プレイヤー同士の戦いが続いていた。
新しいギルドが立ち上がり、そして消えて行く……まるで戦国時代のようになってきてしまった。
ポン助はこれから先に不安を覚えるのだった。
◇
パンドラの運営会社。
ビルの一室には、卵形の浮かんでいる乗り物に乗り込んだ情報屋が、顔色を悪くしながらジャンクフードを食べていた。
点滴を行っており、明らかに健康的ではない。
情報屋は周囲に映し出されている画面を見ながら、力なく笑うのだった。
「もうすぐだ。もうすぐ、パンドラは理想郷になる。パンドラが現実になる時が来た」
プレイヤー同士で争い合っている状況。
それは情報屋たちにとって必要なことだった。
画面の一つには黄金の女神像が映し出され、その姿に情報屋が近付く。
肉で膨れた手を伸ばすも、触れることができない映像は掴むこともできない。
「……本当に女神様は気まぐれだよ。こんなにも愛しているのに、選ぶのはオーク……ポン助だなんて」
情報屋は笑っている。
「でも、もうすぐだ。女神の用意した憤怒の世界は必ず攻略するよ」
運営が用意していたと思われていた憤怒の世界。
だが、そのほとんどはパンドラの人工知能が用意していた。
情報屋たちにとっては、早く攻略されるのが望ましい。
本来なら適当な世界を用意して計画を進めたかった。
だが、パンドラは自ら攻略するべき世界を用意し、運営の前に立ちはだかっていた。
運営が規制を取り払い、関係各所に働きかけログイン時間――ゲーム内での体感時間を増やしていたのは攻略を急ぐため。
ギルド同士を戦わせたのは、攻略できるギルドを作り上げるため。
「もうすぐだ。もうすぐだよ、パンドラ……彼は絶対に仮想世界を選ぶ。全てを手に入れた人間が、それを手放せるものか」
大手ギルドのギルドマスター。
美少女や美女に囲まれ、プレイヤーとしても有名になったポン助。
現実の明人は、才能もないただの学生。
選ぶのがどちらかなど決まりきっている。
「ぐふ、ぐふふふ。これからは現実が仮想世界のオマケになる。ポン助――明人は人生の春を迎えるね」
不気味に笑う情報屋は、明人の今後を思い浮かべて笑うのだった。
現実世界と仮想世界。
現実世界よりも、仮想世界に重きを置くプレイヤーが増え始めた。
「理想郷の完成までの一時の夢。存分に楽しんでくれ、ポン助君」
情報屋は一部のプレイヤーに明人の情報を流すのだった。
「……嘘だろ」
明人はアルバイトから戻ると、アパートの部屋の前に立つ女性を見て驚く。
そこにいたのは梓だった。
流石に夜は肌寒くなってきた季節。
明人はどうしたら良いのか分からなくなった。
(なんで芸能人がここにいるんだよ)
明らかに明人の部屋の前で待っている。
手には何か持っており、部屋に入ろうとした男子生徒が梓の姿を見て驚いていた。格好は普通だが、梓がここにいる事に驚いていた。
「何をしてくれるんだ」
変な噂になったらどうしよう。
そんな事を思いながら明人は梓に声をかけた。
「あの――」
梓は明人の顔を見ると、大きく頭を下げてきた。
「ご、ごめんなさい!」
「え?」
急に謝罪をしてくる梓に明人は言葉を続けられなかった。梓は、どうやら以前の事を謝りたかったらしい。
涙目で明人に袋を渡してくる。
「この間は本当にごめんなさい。貴方の気持ちも考えずに急に……あ、あの、これお詫びです」
「あ、はい」
明人が受け取ると、梓はまた頭を下げた。
顔を上げると微笑んでいた。
「お仕事の途中で抜けてきたので、今日は帰ります。あの……本当にごめんなさい」
そう言ってさって行く梓を見送り、明人は受け取った袋を見た。
「……お菓子かな?」
困りつつも袋を持って部屋の中に入る。
すると、ドアについたポストには大量の手紙は入っていた。
手に取って見ると「ポン助」宛てだった。
「……はぁ?」
流石の明人もこれは以上だと気が付き、すぐに誰かに相談しようとして――手が止まった。
いったい誰に相談すれば良いのか判断に迷ったのだ。
「誰かが僕の情報を流した? ギルドメンバーか? いや、流石にそれは……」
情報屋に相談するのも躊躇われる。
だが、しないのも不自然かも知れない。
明人は考えた末に情報屋に電話をかけた。
『……やぁ、待っていたよ』
「待っていた?」
『身元の件だろう? どうしても、って頼まれてね。悪用しないことを条件に彼女たちに教えたのさ』
彼女“たち”。
手紙を出してきたのは、明人でも名前を知っているアイドルや女優――他には、ファンレターに入っていた写真を見ると美少女に美女が多い。
「どうしてそんな事を?」
『嬉しくないのかい?』
明人は返答に困る。
ここで疑って情報屋に何か悟られるわけにはいかなかった。
「う、嬉しいというか困惑するというか――」
『あぁ、大丈夫。彼女たちはそれこそ君のファンだ。どんな扱いをしても、彼女たちは喜んでくれるよ』
情報屋の声には力がない。
それに苦しそうな呼吸をしていた。
「あの、大丈夫ですか? 苦しそうですけど」
『色々と忙しくてね。それより、誰か気になる子がいるなら連絡を取ろうか? 今のポン助君ならきっと誰だって喜んで会いに来るよ』
明人は思う。
(……そんなのは望んでいないんだ)
何も知らなければ喜んでいたかも知れないが、明人は困惑を装いつつ話を切り上げて電話を切った。
「攻略を急がないと」
明人は気持ちを新たにするのだった。
◇
希望の都。
イナホがアンリを連れてやってきた理由は、地元の友人たちに会うためだった。
友人たちが手を振る。
「あ、奏帆」
「もう、リアルの名前は止めてよ。今はイナホだよ」
「ごめん、ごめん。それより、ネットでニュースを見たよ。大会で良い成績を出したみたいじゃない。地元の高校、悔しがっていたかもね」
「そうかな?」
久しぶりの友人同士の会話。
しばらくすると、イナホが本題に入った。
「それより、なんでこの時間帯にログインしたの? 前は違う時間帯で活動していたよね?」
友人たちは歯切れの悪い言葉で濁していた。
ただ――。
「色々とあったのよ。ねぇ、イナホの所属しているギルドって……凄く有名なギルドだよね?」
イナホは「またか」と思いつつも頷いた。
地元の友人に誘われることが多くなった理由は、イナホが所属しているギルド名を彼女たちが知っているからだ。
イナホを拝むように頼んでくる。
「お願い! 私たちも入れて!」
「急にどうしたの?」
友人が肩を落として説明する。
「前に所属していたところは潰されたの。結構稼げたんだけどね」
稼げたという言葉に、アンリがピクリと反応を示した。
友人たちが加入させてくれと頼んでくるのを、アンリが止める。
冷たい雰囲気を出して、だ。
「悪いんだけど、この子に決定権とかないから。募集はかけているし、条件を見て出直して来なよ。あんたらだと募集条件を満たさないだろうけど」
ポン助と愉快な仲間たちにそこまで厳しい加入条件はない。
ただ、急激に希望者が増えたので、絞り込むために条件を付けたのだ。
ポン助が面談をする前に、駄目そうなプレイヤーは主立った面々が加入を拒否していた。
イナホはアンリに心の中で謝罪をする。
(アンリさん、ごめんなさい)
友人枠で加入しようとするプレイヤーたちを拒否するため、誰かが代わりに冷たく突き放す役割を担うのだ。
アンリを友人たちが睨む。
「……ねぇ、イナホ。ギルマスにお願いできないの?」
「ご、ごめんね。ギルマス、忙しいから」
忙しいのは本当だ。
ポン助は、最近になって攻略を急ぎ始めていた。ソレを察して、イナホたちもなるべく不安をかけないようにしている。
友人がイナホに耳打ちする。
「ねぇ、お願い。個人とか弱小ギルドで活動すると足下を見られるのよ。ギルマスとか幹部なら、無料でサービスをしても良いからさ」
サービス……仮想世界で、自分の体は汚さずに管理対象外エリアで違法行為をする事だ。
イナホは苛立つ。
「……そういう事は止めて。ギルマス、そういうのは嫌いだから」
「え? 中身は女の人? だったら余計に誘いなよ。女の人がアバターで男になると、結構過激になるから」
アンリも苛立ち、イナホの手を引いて希望の都を去って行く。
「イナホ、行くよ」
「う、うん」
二人が去って行くと、友人たちは何やら騒ぐのだった。
アルカディア。
その本部である大きな建物に戻ったイナホとアンリは、疲れた顔をしていた。
「ただいま~」
「もうこれで何組目よ」
ギルドが大きくなったために色々と問題も出てくる。
できることは多くなるのだが、それだけ厄介な問題が後を絶たない。
ギルドの外の問題は、加入したいプレイヤーや、有名ギルドのプレイヤーに勝って名を上げたいプレイヤーの決闘申請。
そして、自分たちこそが最強だとギルド戦を挑んでくる、などだ。
内部の問題も増えてきていた。
その問題というのが――。
「ブレイズ様よ! 今日も輝いているわ~!」
黄色い声援を受けているのは、今日もノルマの素材集めに向かうブレイズだった。
見た目や態度、何より高いプレイヤースキルと本人の優しさもあって動画で人気が出てきたのだ。
男女問わず、ブレイズを囲んで騒いでいる。
ブレイズはプレイヤーに囲まれていた。
「君たち待って! 待ってよ! あ、そこに触らないで!」
もみくちゃにされるブレイズ。
違う場所ではライターが囲まれていた。
こちらはプラカードを持ったプレイヤーたちが、抗議のためにライターを囲んでいる。
「俺たちは社畜じゃないぞ!」
「仮想世界にも労働法を適応しろ!」
「ブラック体質反対!」
ライターは忌々しそうに顔を歪め、それから何か思いついたのか笑みを作った。
「労働法? 仮想世界に労働基準法なんかありませ~ん。お前らを酷使して使い潰すのが私の夢だ、ば~か!」
そう言ってダッシュで逃げるライターを、プラカードを持ったプレイヤーたちが追いかけていく。
「待てこら!」
「あの外道を倒せ!」
「あの野郎は俺がぶっ飛ばしてやる!」
こちらは新人以外にも、ギルド立ち上げ時から参加しているプレイヤーも加わっていた。
違う方を見れば、ギルドの規模が大きくなったためにできた神殿の派出所だ。
そこにはオークが一列に並んでいる。
「神官様、今日もお願いしま――おふっ!」
金髪で巨乳。おっとりした美人さんは、眼鏡をかけて普段ニコニコしているNPCだった。
出現した際からこの姿で、普段は本当に優しいのだが――。
「私の前から消えろ、モンスター! 裁きの杖を食らえぇぇぇ!」
杖を大きく振り上げ、全力でオークの頭部に振り下ろしていた。
それも何度も、何度も……オークに対しての態度は、これでもかと言うほどに悪かった。
出現したNPCが大当たりだったと、オークたちは毎日のようにNPCのためにアイテムや素材を供物として捧げて殴られていた。
NPCが頬を赤く染め、恍惚とした表情で杖を抱きしめている。
オークは倒れながら。
「あ、ありがとうございました」
神官は深呼吸をして表情を改めると、
「はい、次の方」
「はい! お願いします!」
オークが前に出ると、杖を両手で持ってフルスイング。頬を杖で殴られ吹き飛んでいく。
「誰が口を開けと言った!」
「ありがとうございます!」
吹き飛びながら喜んでいるのは、オークをまとめているリーダーのプライだった。
アンリが頭を抱えていた。
「どうしてうちにはこんな連中しか集まらないのよ! 寄ってきても寄生目的の連中ばかりだし……はぁ」
イナホも苦笑いだ。
「あはは……前よりも賑やかになったよね」
二人が更に賑やかになったギルド拠点でそんな話をしていると、ポン助が現れた。
「あれ? 二人とも用事は?」
アンリが一瞬で跳んでポン助に抱きつく。
「終わった。それよりポン助、今日はこのままクエストに行こうよ」
イナホは出遅れたが、一瞬で近付くとポン助の腕に抱きつく。
「ポン助さん、今日の予定がなかったら一緒に出かけましょうよ」
二人に抱きつかれ、ポン助は困っていた。
それを見ていたギルドメンバーが肩をすくめている。
「あの子ら、いつもあんな感じだな」
「ギルマスも大変だよな。修羅場とか想像するだけで怖いぜ」
「なんでうちにはあんな子しか集まらないんだろうな」
二人を見て肩を落とすギルドメンバーだった。
ギルドがつぶし合いをしていくと、残ったギルドはこれまで以上に大きくなっていた。
加えて、ギルド同士が戦ったことでギルドアイテムがまとまり始める。
ポン助たちのように、より大きな恩恵を持つギルドがいくつも誕生したのだ。
仮想世界……情報屋は再編されたギルドの顔ぶれを見て笑っていた。
現実世界とは違い、体はスマートで美男子に分類される顔立ちだ。
「そうだ。つぶし合って大きくなれ。憤怒の世界を攻略するために、お前たちには頑張って貰うんだからな」
情報屋たち運営にしてみれば、ここまで自分たちがお膳立てをしてやったのだ。
ようやく準備が整ったことに嬉しさもあった。
そして、一つのギルドがようやく憤怒の都を発見する。
攻略を進める中、クエストに憤怒の都へ導く物があるのを発見したのだ。
情報屋が狂気に染まった顔をしていた。
「もうすぐだ。もうすぐ会えるよ――パンドラ」