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再編

 リアルの季節は秋。


 十月に入ったパンドラの各地の世界は、紅葉が目立ち始めていた。


 季節を感じられる仮想世界。


 ただし、憤怒の世界だけはまだ未攻略。


 荒れ果てた大地が広がり、木々は枯れて葉を付けていない。


 そんな憤怒の世界を浮島から眺めているポン助は、時間の流れが遅いと思うようになってきた。


 現実世界の一ヶ月……仮想世界も合わせると体感では一年以上になる。


 二時間のログインで、仮想世界では二週間も過ごしているのだ。


 感覚がおかしくなっても仕方がない。


 振り返ってアルカディアを見上げる。


 ボロボロになったアルカディアは、以前よりも大きく――そして更に頑丈に生まれ変わった。


 手に入れたギルドの財宝により、浮島は広がり飛行船の数も百隻近い数を手に入れてしまった。


 小さかったギルドのはずなのに、人は増え続ける。


 手に入れたギルドアイテム。


 そのシリーズを二つもコンプしてしまった事も影響している。


 ポン助たちの受ける恩恵は、一般プレイヤーと比べると大きすぎた。


 攻略を目指すプレイヤーにも、楽しみたいプレイヤーにも非常に魅力的になってしまったのだ。


「……いったいどうなるのかな」


 ポン助たちの一件から、ギルド同士の戦いは激化傾向にある。ギルドの財宝を奪って大きくなる。


 そんな方法で成り上がろう、更に上に行こうとするギルドが出てきた。


 小さなギルドも関係ない。


 プレイヤー同士の戦いが続いていた。


 新しいギルドが立ち上がり、そして消えて行く……まるで戦国時代のようになってきてしまった。


 ポン助はこれから先に不安を覚えるのだった。











 パンドラの運営会社。


 ビルの一室には、卵形の浮かんでいる乗り物に乗り込んだ情報屋が、顔色を悪くしながらジャンクフードを食べていた。


 点滴を行っており、明らかに健康的ではない。


 情報屋は周囲に映し出されている画面を見ながら、力なく笑うのだった。


「もうすぐだ。もうすぐ、パンドラは理想郷になる。パンドラが現実になる時が来た」


 プレイヤー同士で争い合っている状況。


 それは情報屋たちにとって必要なことだった。


 画面の一つには黄金の女神像が映し出され、その姿に情報屋が近付く。


 肉で膨れた手を伸ばすも、触れることができない映像は掴むこともできない。


「……本当に女神様は気まぐれだよ。こんなにも愛しているのに、選ぶのはオーク……ポン助だなんて」


 情報屋は笑っている。


「でも、もうすぐだ。女神の用意した憤怒の世界は必ず攻略するよ」


 運営が用意していたと思われていた憤怒の世界。


 だが、そのほとんどはパンドラの人工知能が用意していた。


 情報屋たちにとっては、早く攻略されるのが望ましい。


 本来なら適当な世界を用意して計画を進めたかった。


 だが、パンドラは自ら攻略するべき世界を用意し、運営の前に立ちはだかっていた。


 運営が規制を取り払い、関係各所に働きかけログイン時間――ゲーム内での体感時間を増やしていたのは攻略を急ぐため。


 ギルド同士を戦わせたのは、攻略できるギルドを作り上げるため。


「もうすぐだ。もうすぐだよ、パンドラ……彼は絶対に仮想世界を選ぶ。全てを手に入れた人間が、それを手放せるものか」


 大手ギルドのギルドマスター。


 美少女や美女に囲まれ、プレイヤーとしても有名になったポン助。


 現実の明人は、才能もないただの学生。


 選ぶのがどちらかなど決まりきっている。


「ぐふ、ぐふふふ。これからは現実が仮想世界のオマケになる。ポン助――明人は人生の春を迎えるね」


 不気味に笑う情報屋は、明人の今後を思い浮かべて笑うのだった。


 現実世界と仮想世界。


 現実世界よりも、仮想世界に重きを置くプレイヤーが増え始めた。


「理想郷の完成までの一時の夢。存分に楽しんでくれ、ポン助君」


 情報屋は一部のプレイヤーに明人の情報を流すのだった。






「……嘘だろ」


 明人はアルバイトから戻ると、アパートの部屋の前に立つ女性を見て驚く。


 そこにいたのは梓だった。


 流石に夜は肌寒くなってきた季節。


 明人はどうしたら良いのか分からなくなった。


(なんで芸能人がここにいるんだよ)


 明らかに明人の部屋の前で待っている。


 手には何か持っており、部屋に入ろうとした男子生徒が梓の姿を見て驚いていた。格好は普通だが、梓がここにいる事に驚いていた。


「何をしてくれるんだ」


 変な噂になったらどうしよう。


 そんな事を思いながら明人は梓に声をかけた。


「あの――」


 梓は明人の顔を見ると、大きく頭を下げてきた。


「ご、ごめんなさい!」


「え?」


 急に謝罪をしてくる梓に明人は言葉を続けられなかった。梓は、どうやら以前の事を謝りたかったらしい。


 涙目で明人に袋を渡してくる。


「この間は本当にごめんなさい。貴方の気持ちも考えずに急に……あ、あの、これお詫びです」


「あ、はい」


 明人が受け取ると、梓はまた頭を下げた。


 顔を上げると微笑んでいた。


「お仕事の途中で抜けてきたので、今日は帰ります。あの……本当にごめんなさい」


 そう言ってさって行く梓を見送り、明人は受け取った袋を見た。


「……お菓子かな?」


 困りつつも袋を持って部屋の中に入る。


 すると、ドアについたポストには大量の手紙は入っていた。


 手に取って見ると「ポン助」宛てだった。


「……はぁ?」


 流石の明人もこれは以上だと気が付き、すぐに誰かに相談しようとして――手が止まった。


 いったい誰に相談すれば良いのか判断に迷ったのだ。


「誰かが僕の情報を流した? ギルドメンバーか? いや、流石にそれは……」


 情報屋に相談するのも躊躇われる。


 だが、しないのも不自然かも知れない。


 明人は考えた末に情報屋に電話をかけた。


『……やぁ、待っていたよ』


「待っていた?」


『身元の件だろう? どうしても、って頼まれてね。悪用しないことを条件に彼女たちに教えたのさ』


 彼女“たち”。


 手紙を出してきたのは、明人でも名前を知っているアイドルや女優――他には、ファンレターに入っていた写真を見ると美少女に美女が多い。


「どうしてそんな事を?」


『嬉しくないのかい?』


 明人は返答に困る。


 ここで疑って情報屋に何か悟られるわけにはいかなかった。


「う、嬉しいというか困惑するというか――」


『あぁ、大丈夫。彼女たちはそれこそ君のファンだ。どんな扱いをしても、彼女たちは喜んでくれるよ』


 情報屋の声には力がない。


 それに苦しそうな呼吸をしていた。


「あの、大丈夫ですか? 苦しそうですけど」


『色々と忙しくてね。それより、誰か気になる子がいるなら連絡を取ろうか? 今のポン助君ならきっと誰だって喜んで会いに来るよ』


 明人は思う。


(……そんなのは望んでいないんだ)


 何も知らなければ喜んでいたかも知れないが、明人は困惑を装いつつ話を切り上げて電話を切った。


「攻略を急がないと」


 明人は気持ちを新たにするのだった。











 希望の都。


 イナホがアンリを連れてやってきた理由は、地元の友人たちに会うためだった。


 友人たちが手を振る。


「あ、奏帆」


「もう、リアルの名前は止めてよ。今はイナホだよ」


「ごめん、ごめん。それより、ネットでニュースを見たよ。大会で良い成績を出したみたいじゃない。地元の高校、悔しがっていたかもね」


「そうかな?」


 久しぶりの友人同士の会話。


 しばらくすると、イナホが本題に入った。


「それより、なんでこの時間帯にログインしたの? 前は違う時間帯で活動していたよね?」


 友人たちは歯切れの悪い言葉で濁していた。


 ただ――。


「色々とあったのよ。ねぇ、イナホの所属しているギルドって……凄く有名なギルドだよね?」


 イナホは「またか」と思いつつも頷いた。


 地元の友人に誘われることが多くなった理由は、イナホが所属しているギルド名を彼女たちが知っているからだ。


 イナホを拝むように頼んでくる。


「お願い! 私たちも入れて!」


「急にどうしたの?」


 友人が肩を落として説明する。


「前に所属していたところは潰されたの。結構稼げたんだけどね」


 稼げたという言葉に、アンリがピクリと反応を示した。


 友人たちが加入させてくれと頼んでくるのを、アンリが止める。


 冷たい雰囲気を出して、だ。


「悪いんだけど、この子に決定権とかないから。募集はかけているし、条件を見て出直して来なよ。あんたらだと募集条件を満たさないだろうけど」


 ポン助と愉快な仲間たちにそこまで厳しい加入条件はない。


 ただ、急激に希望者が増えたので、絞り込むために条件を付けたのだ。


 ポン助が面談をする前に、駄目そうなプレイヤーは主立った面々が加入を拒否していた。


 イナホはアンリに心の中で謝罪をする。


(アンリさん、ごめんなさい)


 友人枠で加入しようとするプレイヤーたちを拒否するため、誰かが代わりに冷たく突き放す役割を担うのだ。


 アンリを友人たちが睨む。


「……ねぇ、イナホ。ギルマスにお願いできないの?」


「ご、ごめんね。ギルマス、忙しいから」


 忙しいのは本当だ。


 ポン助は、最近になって攻略を急ぎ始めていた。ソレを察して、イナホたちもなるべく不安をかけないようにしている。


 友人がイナホに耳打ちする。


「ねぇ、お願い。個人とか弱小ギルドで活動すると足下を見られるのよ。ギルマスとか幹部なら、無料でサービスをしても良いからさ」


 サービス……仮想世界で、自分の体は汚さずに管理対象外エリアで違法行為をする事だ。


 イナホは苛立つ。


「……そういう事は止めて。ギルマス、そういうのは嫌いだから」


「え? 中身は女の人? だったら余計に誘いなよ。女の人がアバターで男になると、結構過激になるから」


 アンリも苛立ち、イナホの手を引いて希望の都を去って行く。


「イナホ、行くよ」


「う、うん」


 二人が去って行くと、友人たちは何やら騒ぐのだった。






 アルカディア。


 その本部である大きな建物に戻ったイナホとアンリは、疲れた顔をしていた。


「ただいま~」


「もうこれで何組目よ」


 ギルドが大きくなったために色々と問題も出てくる。


 できることは多くなるのだが、それだけ厄介な問題が後を絶たない。


 ギルドの外の問題は、加入したいプレイヤーや、有名ギルドのプレイヤーに勝って名を上げたいプレイヤーの決闘申請。


 そして、自分たちこそが最強だとギルド戦を挑んでくる、などだ。


 内部の問題も増えてきていた。


 その問題というのが――。


「ブレイズ様よ! 今日も輝いているわ~!」


 黄色い声援を受けているのは、今日もノルマの素材集めに向かうブレイズだった。


 見た目や態度、何より高いプレイヤースキルと本人の優しさもあって動画で人気が出てきたのだ。


 男女問わず、ブレイズを囲んで騒いでいる。


 ブレイズはプレイヤーに囲まれていた。


「君たち待って! 待ってよ! あ、そこに触らないで!」


 もみくちゃにされるブレイズ。


 違う場所ではライターが囲まれていた。


 こちらはプラカードを持ったプレイヤーたちが、抗議のためにライターを囲んでいる。


「俺たちは社畜じゃないぞ!」

「仮想世界にも労働法を適応しろ!」

「ブラック体質反対!」


 ライターは忌々しそうに顔を歪め、それから何か思いついたのか笑みを作った。


「労働法? 仮想世界に労働基準法なんかありませ~ん。お前らを酷使して使い潰すのが私の夢だ、ば~か!」


 そう言ってダッシュで逃げるライターを、プラカードを持ったプレイヤーたちが追いかけていく。


「待てこら!」

「あの外道を倒せ!」

「あの野郎は俺がぶっ飛ばしてやる!」


 こちらは新人以外にも、ギルド立ち上げ時から参加しているプレイヤーも加わっていた。


 違う方を見れば、ギルドの規模が大きくなったためにできた神殿の派出所だ。


 そこにはオークが一列に並んでいる。


「神官様、今日もお願いしま――おふっ!」


 金髪で巨乳。おっとりした美人さんは、眼鏡をかけて普段ニコニコしているNPCだった。


 出現した際からこの姿で、普段は本当に優しいのだが――。


「私の前から消えろ、モンスター! 裁きの杖を食らえぇぇぇ!」


 杖を大きく振り上げ、全力でオークの頭部に振り下ろしていた。


 それも何度も、何度も……オークに対しての態度は、これでもかと言うほどに悪かった。


 出現したNPCが大当たりだったと、オークたちは毎日のようにNPCのためにアイテムや素材を供物として捧げて殴られていた。


 NPCが頬を赤く染め、恍惚とした表情で杖を抱きしめている。


 オークは倒れながら。


「あ、ありがとうございました」


 神官は深呼吸をして表情を改めると、


「はい、次の方」


「はい! お願いします!」


 オークが前に出ると、杖を両手で持ってフルスイング。頬を杖で殴られ吹き飛んでいく。


「誰が口を開けと言った!」


「ありがとうございます!」


 吹き飛びながら喜んでいるのは、オークをまとめているリーダーのプライだった。


 アンリが頭を抱えていた。


「どうしてうちにはこんな連中しか集まらないのよ! 寄ってきても寄生目的の連中ばかりだし……はぁ」


 イナホも苦笑いだ。


「あはは……前よりも賑やかになったよね」


 二人が更に賑やかになったギルド拠点でそんな話をしていると、ポン助が現れた。


「あれ? 二人とも用事は?」


 アンリが一瞬で跳んでポン助に抱きつく。


「終わった。それよりポン助、今日はこのままクエストに行こうよ」


 イナホは出遅れたが、一瞬で近付くとポン助の腕に抱きつく。


「ポン助さん、今日の予定がなかったら一緒に出かけましょうよ」


 二人に抱きつかれ、ポン助は困っていた。


 それを見ていたギルドメンバーが肩をすくめている。


「あの子ら、いつもあんな感じだな」

「ギルマスも大変だよな。修羅場とか想像するだけで怖いぜ」

「なんでうちにはあんな子しか集まらないんだろうな」


 二人を見て肩を落とすギルドメンバーだった。






 ギルドがつぶし合いをしていくと、残ったギルドはこれまで以上に大きくなっていた。


 加えて、ギルド同士が戦ったことでギルドアイテムがまとまり始める。


 ポン助たちのように、より大きな恩恵を持つギルドがいくつも誕生したのだ。


 仮想世界……情報屋は再編されたギルドの顔ぶれを見て笑っていた。


 現実世界とは違い、体はスマートで美男子に分類される顔立ちだ。


「そうだ。つぶし合って大きくなれ。憤怒の世界を攻略するために、お前たちには頑張って貰うんだからな」


 情報屋たち運営にしてみれば、ここまで自分たちがお膳立てをしてやったのだ。


 ようやく準備が整ったことに嬉しさもあった。


 そして、一つのギルドがようやく憤怒の都を発見する。


 攻略を進める中、クエストに憤怒の都へ導く物があるのを発見したのだ。


 情報屋が狂気に染まった顔をしていた。


「もうすぐだ。もうすぐ会えるよ――パンドラ」


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