ギルドアイテム
ガチ勢が起こした爆発に巻き込まれたポン助は、自身の盾や鎧が耐久限界を超えて砕けながらも立っていた。
多くの仲間が赤い光になり消えたが、爆発の中心地にいたガチ勢はまだ無事だ。
「――建物が吹き飛んだぞ」
ポン助が静かに怒りを貯めていく。
知らず知らずの内に、自信も愛着を持っていたのだと気づかされた。
一発ではなく、複数の爆弾を同時に爆発させて周囲を吹き飛ばしたガチ勢。
アイテムで自分たちを回復させると、ポン助たちに襲いかかってくる。
ガチ勢も数名が消えていた。
キャシーの攻撃を素手で弾くポン助は、前に出る。
「ポン助!」
マリエラが投げつけたアイテムが背中に当たり、砕けるとポン助のヒットポイントなどが回復していく。
それはキャシーたちも同じだが、双方共に装備を使い果たしていた。
持っているのは予備の予備――。
ガチ勢にしてみれば、ポン助たちを攻略するために用意した武器が尽きている。
ポン助たちは、元からそこまで予備の武器を持たない。
互いにギリギリの状態で戦うことになる。
「このぉぉぉ!」
ポン助がキャシーにカウンターを叩き込むと、他のガチ勢が間に入ってポン助の相手をする。
その間に、キャシーはアイテムで回復だ。
互いに所持アイテムが尽きるまで殴り合っていた。
みっともなくあがくガチ勢。
ここまでくれば、もはや勝負は決まっているようなものだった。
拠点を失ったキャシーたちとは違い、ポン助たちは拠点が――浮島が残っている。
復活できるが、キャシーたちに復活はない。
「いい加減に諦めろ!」
ポン助の一撃がクリティカルを叩き出し、前に出たガチ勢の一人が赤い光になって消えて行く。
キャシーが歯を食いしばっていた。
「私たちは――俺たちがここで諦める訳にはいかないんだよ!」
キャシーの短剣がポン助の頬をかすめた。
(動きは槍を持っていたドラゴニアより劣る。いける!)
ポン助が大きく踏み込み放った拳は、キャシーを庇ったプレイヤーを赤い光に変えた。
残っている前衛のプレイヤーも少なく、後衛のプレイヤーが前に出ている。
プレイヤースキルで対応するも、ポン助たちの方が数は多く前衛も多い。
ナイアが戦斧を振り抜いてプレイヤーを倒すと、もうキャシーたちは囲まれていた。
魔法を放つ暇もなく、次々に攻撃を浴びせられ倒れていく。
瓦礫の山で、最後にポン助たちとキャシーだけが残った。
「降参しろ。もう終わりだ」
「終わり? 終わらない。俺たちにはここしかないんだ。ここしか……なのに、エンジョイ勢でふざけているお前たちに負けるなんて嫌だ!」
人生のためのゲームではなく、ゲームのための人生。
ガチ勢のキャシーは、まさに本物の廃人だった。
ポン助はキャシーの白く伸びた足に蹴られ少し吹き飛ぶ。
「初めて認められた! 初めて仲間が出来た! パンドラで俺は……認められたんだ。なのに、お前らみたいな奴らに負けるなんて認められるか!」
程々にゲームを楽しんでいるポン助たちの姿は、キャシーにとって複雑な心境だったのだろう。
それはポン助も同じだった。
(……この人は、パンドラがなくなったら)
いったいどうなってしまうのか?
そんな事が頭をよぎってしまったために、ポン助はキャシーに殴られ倒れる。
そんなキャシーに囲んでいた八人――丁度、ポン助と結婚していた八人が襲いかかり赤い粒子の光に変えていく。
キャシーは消えながら泣いていた。
「みんな……ごめん。また、一からやり直しだ」
全てを賭けたギルド戦。
終わってみれば、ポン助は晴れやかな気分にはならなかった。
座り込んでいると、アルフィーがポン助の背中に抱きつく。
「ポン助、やりましたよ! 私たち、勝ったんですよ!」
ポン助たちを囲んでいたフィールドの空に、勝者の名前が浮かんでいた。
ギルドの規模から、ほぼ十倍の敵に勝利したポン助たちには――女神からの報酬として【女神の箱】が送られると書かれている。
復活したギルドメンバーたちが、空を見て喜んで声を上げていた。
獲得条件の秘匿されていたギルドアイテムの登場に喜ぶ声もあるのだが――。
(……これはどう考えれば良いのかな)
――ポン助だけは冷めていた。
まるで、最初から仕組まれていたような気分だ。
女神の像を持つポン助たちに、他の女神のギルドアイテムを持つガチ勢が攻め込んでくる……そして、勝利して手に入れた報酬が女神――“パンドラの箱”だ。
ポン助は力なく座り込み、周囲を心配させるのだった。
分別の都。
ルークはポン助と通信を行っていた。
「そうか。お前も大変だったな」
『……うん、少し疲れたよ』
落ち込んでいる友人を励ますルークは、近くにいるミラを見た。
暴れていたプレイヤーたちを捕らえたようで、新撰組が引き取りに来ている。
「こっちも乗り込んできた馬鹿共は倒したよ。流石に大手が来たときは冷や汗が出たけどな」
『こっちも焦ったよ』
「良いじゃないか。ガチ勢込みのギルド連合を相手に勝利したんだ。お前、明日からパンドラで有名人になれるよ」
時間帯限定、一部のプレイヤーに人気――そんな小さな人気ではなく、パンドラを代表するプレイヤーになったのだ。
落ち込んでいるポン助を励ますルークは、同時に書き込みを見ていた。
(誰かが煽ったな。情報屋か?)
ルークはポン助に確認を取る。
「それで、だ。“パンドラの箱”はお前が手に入れたんだな?」
『あぁ、ギルドアイテムだからみんなの物だけどね』
(……ポン助、ソレは違うぞ。お前が選ばれたんだ。お前はパンドラに選ばれた)
「そっか。まぁ、他の世界は大丈夫だ。こっちにも攻略組はいるし、ガチ勢も参加して追い払ってくれたよ。“あっち”のネットニュースは期待して良いぜ」
普段威張っている時間帯の連中が、見下していたプレイヤーたちに負ける。
これほど爽快なニュースもない。
ただ、ポン助の声は暗く沈んでいた。
『あんまり期待したくないな。だって、いつも微妙だし』
「違いない」
ルークは笑って通信を切るのだった。
◇
目を覚ました明人は、そのままボンヤリと天井を見上げていた。
ヘッドセットをしたまま動かずにいた。
しばらくして、顔だけ動かしてモニターをつけると。
『いや~、先程の時間は大騒ぎでしたね』
『普段違う時間帯にログインするプレイヤー同士が戦う訳ですからね』
『速報では、なんとトップギルドが敗北したという情報も入っていますからね』
『浮島を使った総力戦の映像が入っています』
ニュース動画はすぐにあの戦いの映像を流用していた。
まだ、動画が投稿され一時間も経っていないのに再生回数が凄い勢いで増え続けている。
まるで自分たちとは関係ないように明人は眺めていた。
『凄い迫力ですね!』
『これは、もしかすると映画化しますかね!』
『速報です! 乗り込んだギルドのほとんどが撤退したようです。これは意外な展開でしたね。一番プレイヤーが多い時間帯で活動するギルドが負けるなんて――』
コメンテーターがなんの根拠もないことを得意気に話していた。
『プレイヤー同士の競争で忙しく、余裕のある時間帯と違って大変でしょう。これは最初から勝負が決まっていましたよ』
その意見に他の共演者たちが少し引いていた。
こいつまた考えなしに発言しているな、という顔だ。
ただ、明人だけはその言葉が胸に刺さる。
「……どう考えても出来レースだよな」
セレクターだから優遇されている。
それが明人には辛かった。
◇
翌日のログインでは、ボロボロになった浮島を前にライターが泣いていた。
「……私の城が」
そんなライターの後頭部を平手で良い音を立てて叩くのは、アルフィーだった。
「私“たち”ですよ。それにしても、ガチ勢もやってくれましたね。再建にはどれだけの時間がかかることか」
ライターはニヤリと笑みを浮かべる。
「実は前の時に課金した素材は余っているんだよね」
「ライター、まさか貴方は――」
「だって、ポン助君は課金を制限するから仕方がないじゃない。あのタイミングを逃すと、次はいつ気持ちよく課金できるか分からないし」
アルフィーも呆れていたが、素材が余っているなら自分たちのノルマは少ないだろうと納得することにした。
しかし――。
「それにしても私たちの浮島……ちょっと大きくなっていませんか?」
ライターはアルフィーに説明する。
「あぁ、それね。実は倒したギルドから浮島を譲って貰ったじゃない」
後から返して欲しいと連絡を受けたが、ライターは笑顔で拒否している。
喧嘩を売ってきた相手に容赦はしないのだ。
「……繋げちゃった」
「流石はライターです! では、早速観光エリアの再現を!」
「いや、先に工房を作ろうよ。それはそうと、素材を集めてきてよ」
「……ちょっと厳しくないですか? 私、中身はおじさまの娘のように可愛い摩耶ですよ」
ライターが鼻で笑った。
「ごめんね。これからは厳しくすることにしたんだ。ほら、アルフィーは分別の都でレアアイテムを十個集めてきて。はい、これリストね」
アルフィーが銃を抜いてライターを撃ち抜こうか悩んでいると、生産職のプレイヤーたちがライターに走り寄ってきた。
「――これは凄いね」
ライターが感激している理由は、瓦礫の中に出現した二体の像にある。
一つはエルフの女王【シェーラ】によく似た像で、色を塗られまるで今にも動き出しそうな像だ。
女王の像。
女王の冠。
女王の盾と杖。
それらが揃い、神々しくその場に存在している。
女王シリーズをコンプしたことで、一つにまとまったようだ。
「エルフの女王ですね。でも、どうしてここに?」
ライターがリストを見ながら納得していた。
「どうやら、私たちが倒したギルドが持っていたらしいね。それで、こっちも報酬で全て揃ってコンプリートした、と」
アルフィーとライターの視線の先には、黄金に輝く女神――パンドラの像があった。
女神は両手で箱を大事そうに持っている。
ギルドアイテムをコンプリートしたことで、ポン助たちのギルドは大きな恩恵を得られることになった。
ライターは涎を垂らしている。
「これ、凄いよ。レアドロップの輩出率も優遇されるみたい。経験値や資金も――」
効果を確認してライターは大喜びだ。
アルフィーは少々腹立たしい。
何しろ、ポン助と関わりのあったNPCの像がギルドに出現したのだ。
「まったく、迷惑な話ですよ。でも、運良くコンプできたのは良いことですね。私たち、基本的に集めて回りませんし」
シリーズを揃えるためにギルドに戦いを挑むなど、ポン助たちはしない。
ライターがノリノリで宣言する。
「よし! このままアルカディアを不落の浮島に大改造だ! ギルド連合を追い払った私たちなら、きっと凄い浮島を作れるぞ!」
生産職のプレイヤーたちもノリノリだった。
だが、一人が気づく。
「あれ? それよりギルマスは?」
「ひぃぃぃ! 嫌だぁぁぁ!」
分別の都を走らされている新人オークは、刀を持って追いかけてくる美少女剣士から本気で逃げていた。
相手が鬼気迫る表情で追いかけてくるからだ。
「またお前らかぁぁぁ! この前は少し感動したというのに、どうしていつも、いつも!」
プライたちは笑いながら逃げている。
「ふははは、やはり新撰組はこうではなくては!」
ドMなオークたちも大喜びだ。
「おい、新人! もっとペースを落として背中を切られるんだ。いいか、ギリギリのラインで逃げるのがコツだぞ」
「痛いのは嫌だぁぁぁ!」
前回の戦いで調子に乗った新人オークへの教育。
そのために分別の都に乗り込み、いつものように新撰組をからかい逃げ回るオークたち。
斬られて牢屋に連行されるまでがセットだ。
今では分別の都でよく見る光景だった。
プライが逃げながら周囲を見る。
(ふむ、何やら普段よりもプレイヤーの数が多いな)
日頃から数えているわけではないが、目に見えて増えている。それに、オークを探しているような目だ。
(これはいよいよ、危険な領域に足を踏み入れたかも知れないな)
真面目に考えるプライだったが、そのために速度が落ちて――。
「この、変態共がぁぁぁ!」
美少女剣士の見事の一撃を背中に受ける。
「あふん!」
そう言って倒れ、美少女剣士に足を掴まれ連行されていく。
「お前らのリーダーは預かった。返して欲しければ、反省文を書いて持って来い! 以前の使い回しは認めないからな!」
泣きそうになりながら、プライを引きずっていく美少女剣士。
新人オークは助かったとその場に座り込むのだが――。
「……野郎、今日は俺の番だったのに」
「もっと分別の都を走り回ってから斬られる予定だったのに」
「くそ! 幸せそうな笑顔で連れて行かれやがって……羨ましい」
新人オークは真剣にアバターの変更を考えるのだった。