ギルド戦
その日はいつもと変わらない一日になるはずだった。
希望の都。
新参のプレイヤーたちが、ノンビリと仲間を探していた広場。
プレイヤーの一人が異変に気が付く。
「あれ? 希望の都にあんな人たちいたかな?」
自分が持っている装備よりも明らかに質が良い。
加えて、希望の都では入手出来ない装備も多数。
気になってレベルを見てみれば、百を超えているプレイヤーたち希望の都にやって来ていた。
仲間の一人が不安そうに見ていた。
「あの人たちおかしくないか? いや、何て言えば良いのか分からないんだけど……俺たちと雰囲気が違うような気がしないか?」
攻撃的な装備の数々。
割と真面目なプレイヤーたちが多い時間帯に、毛色の違うプレイヤーたちが続々と集まってきていた。
そんな彼らの会話の内容は、
「なんかどいつもこいつも平和ボケしてない?」
「装備ダセェ!」
「おい、それより早く集合しようぜ」
周囲に罵声を浴びせるプレイヤーもいた。
続々と流れ込んできた彼らと一緒に、希望の都の空を多くの飛行船と浮遊島が覆い尽くしていた。
普段からログインしているプレイヤーたちも気味が悪い。
一人が勇気を出して聞いてみた。
「ちょっと良いか? 今から何か始まるのか?」
声をかけられたプレイヤーたちは、ニヤニヤしながら言うのだ。
「あぁ、始まるぜ……狩りの時間だ。ガチ勢が、お前ら弱小が遊ぶ時間に乗り込んできてやったんだよ」
ギルドの拠点。
執務室で仕事をしていたポン助は、今日の予定を確認する。
明日には憤怒の世界に殴り込みをかける日々が始まる。
流石に悪いと思ったのか、ルークから注意を受けると他のギルドの手伝いを行うことになった。
砦を攻略したいが、自分たちだけでは厳しい……そんなギルドは“ポン助と愉快な仲間たち”にお任せ!
貴方の砦攻略を全力で支援いたします、という具合だ。
ライターなど「砦を見つけて報告してくれるなんて良いギルドだよね!」などと、助けると言うよりも利用する気でいるのが気になるポン助だった。
「ライターは素なのか? パンドラの影響かな? う~ん、どっちかな?」
オークたちはドMの件をパンドラにログインする前からと言っており、全てをパンドラのせいにすることも出来ない。
ただ、パンドラのせいで酷くなっている可能性も否定できず……。
「……はぁ、あの鬼畜はどうしたら良いのかな?」
ポリポリと頭をかく仕草は――ポン助でいる時の癖になっていた。
「さて、足りない素材があるし、誰かを誘って集めに行こうかな」
ギルドが問題なく運営されるように頑張るポン助には、ギルドメンバーへの罪滅ぼしという意味合いもあった。
そんなポン助の部屋に金髪に赤いメイド服を着用した――NPCがやってくる。
「ぎゃぁぁぁ!」
「敵発見。排除します~」
驚いて椅子から飛び退くと、お茶を持って来たNPCがポン助に向かって全力投擲を行ったために椅子にカップやらお茶がかかり、粉々に砕けていた。
ギルドメンバーが悪乗りし、本気で作ったNPCのレベルは二百五十五――カンストしていた。
現在、パンドラのプレイヤーとNPCの基本レベル上限は【255】である。
NPC作成で頑張りすぎた結果が、目の前のNPCだった。
部屋の隅に移動したポン助を見て、NPCは持って来たお菓子の乗った皿を持って近付いてくる。
「ご主人様、お茶をお持ちしました」
じりじりと近付いてくるメイドに、ポン助もじりじりと後退していた。
「もうお茶はないけどね。分かったから、お菓子はテーブルに置こうか。良い子だから命令には従ってくれるよね?」
メイドは眩しいほどの笑顔を向けて、
「それは出来ません。私はプライ様たちオークの夢を叶えるために――オークには徹底的に厳しくするように命令されています。お覚悟!」
「どいつもこいつもろくな事をしないよ!」
執務室の中、お菓子や皿を次々に投げられるポン助は部屋から脱出してギルド拠点の庭に出た。
花壇の手入れは行き届き、蝶が飛んでいる光景。
空は青く澄み切っていた。
ノンビリと背伸びをするポン助だったのだが――。
「ポン助君!」
慌てた様子のブレイズが、ソロリを連れて駆け寄ってきた。
「どうしました? あ、またライターとかオークが問題を? それとも……女性陣が?」
ブレイズは慌てながらも状況を説明する。
「それはいつも問題を超している面子だよ。大抵のことでは慌てはしないさ。ただ、今回は別件だ。普段別の時間帯にログインしているプレイヤーたちが乗り込んできた」
ソロリが補足する。
「どうもギルド狩りをやっているみたいだよ」
「ギルド狩り?」
「うん。ギルド同士の決闘だよ。色々と賭けられるけど、なんか無理矢理勝負を挑んでくるみたい。拒否しても嫌がらせをするから、受けたらギルドの財産を根こそぎ奪っていくんだって」
普段ログインしている競争率の激しい時間よりも、比較的温和な時間帯にログインして荒らし回るプレイヤーはいる。
だが、それがギルド規模となると前例は少ない。
競争率が激しすぎて嫌になり、この時間帯にギルドごと逃げてくるプレイヤーもいるのだが……話からすると違うらしい。
「酷いですね」
「荒らし回って、都市攻略戦の参加権も奪っていくらしいよ。攻略のためにそこまでするなんて呆れるよ」
ソロリが呆れていた。
真面目にすれば準備だって出来るのに、ソレが嫌で他のギルドが貯めていた資金や素材、アイテムなどを根こそぎ奪ってギルドを強化しているらしい。
真面目にやるよりも時間も手間もかからない……効率的ではあるが、マナーとしては最悪だろう。
ブレイズは書き込みを確認していた。
既に、いくつものギルドが襲撃され、全てを奪われ解散にまで追い込まれているらしい。
「結構大規模だよ。百人とか二百人じゃない……数千人が動いているみたいだ」
ソロリが掲示板を見て、
「うわ~、荒らされているね」
書き込みには、
『雑魚共のおかげで攻略に必要なアイテムが簡単に揃うわwww』
『おい、次はどこを狙うw』
『こんな時間帯で粋がって攻略組を名乗る馬鹿たちを狩ろうずwww』
やはり人間なので、家に帰ってノンビリ出来る時間帯にログインしたくなる。
そのため、人が多くなるのは二十時から二時までの間でピークとなる。
そういった時間帯では、想像以上にプレイヤーも荒れているらしい。
「僕たちの所にも来ますかね?」
ブレイズは顎に手を当てて考え込んでいた。
「……来るね。書き込みを見ると、こちらも対象になりそうだ。この時間帯で今はうちより稼いでいるギルドはいないだろうし」
浮島とオークのコンボ。
これで砦を攻略し続けたおかげだろうが、そのために狙われることになった。
ソロリがポン助を見る。
「どうするのかな、ギルマス?」
ポン助は少しだけ考え――。
「……助けに行きます」
分別の都。
ギルドを立ち上げたばかりのプレイヤーたちが十人。
ギルドとしては多くはないが、仲良くやって来た彼らはレアアイテムを手に入れていた。
それを都で取引しようとやって来ると、暴れ回っているプレイヤーたちの姿が見えて――。
「お、おい、止めろよ!」
レベルが百を超え、これから更に面白くなってくる段階のプレイヤーが前に出る。
すると、レベルが二百を超えたプレイヤーたちに決闘を挑まれた。
「俺たちが楽しく遊んでやろうって言っているんだよ」
「さっさと決闘しようぜ」
「負けたら身ぐるみ剥ぐけどな」
ゲラゲラ笑っている彼らは、多くのギルドが一斉に動くのを知って紛れ込むように乗り込んできたプレイヤーたちだった。
レベル差で相手をボコボコにして楽しんでいた。
前に出たプレイヤーが奥歯をかみしめる。
どう考えても勝てる条件で決闘を相手するとは思えない。
しかし、逃げようにも囲んで嫌がらせまでしてくる。
通報はしているが、随分と負荷がかかっている様子だった。
「無駄だぜ。今はお祭り騒ぎで大勢乗り込んできているからな。それに、通報したって同じだよ。俺たちは決闘しようって提案しているだけ。決闘が嫌なら持っている物を全部渡せ」
「なんで強盗みたいな真似をしているんだよ!」
「楽しいからに決まっているだろうが!」
ギルドマスターであるプレイヤーが吹き飛ばされる。
蹴った方は愉快なのか手を広げて笑っていた。
「楽しいよな! 変な規制なんか取り払ったパンドラは最高だぜ! この程度なら許してくれるんだからよ」
困っていると、そこに新撰組が駆けつけてくる。
「お前たち何をしている!」
振り返る悪質プレイヤーたちは、舌打ちをするのだった。
「ここでも新撰組かよ。自治厨はどこにでもわいてきてゴキブリみたいだ」
「でもこいつらレベル百五十前後だぜ。まぁ、こんな弱小の時間帯とこの程度でも威張れるんだろうけどさ」
強いプレイヤーたちは、それこそ過激な連中が多い時間帯に配置されていた。
駆けつけた彼らも、目の前の相手が自分たちより強いと分かって悔しそうにしている。
「どうした? 相手になってやるぜ。かかって――」
すると、大股でわざと足音を立ててやってくるプレイヤーが一人。
「――そうか。なら、相手をして貰おうじゃないか」
悪質プレイヤーたちが振り返ると、そこにはオークが四人……全員、悪質プレイヤーたちよりもレベルが上だった。
「……え? あ、えっと」
急に腰が引ける悪質プレイヤーたちに対して、プライが顔を近づける。
「ルール無用の決闘かな? 全てを賭けるとは潔い良いじゃないか。我々が相手をしよう」
囲んで逃げられないようにすると、悪質プレイヤーたちは先程よりも声が小さくなっていた。
「いや、俺たちは別に――」
「レアアイテムが欲しくて」
「あ、あんたらには関係ないだろ!」
プライは笑顔を向ける。
「何、彼らが持っているレアアイテムは我々も持っている。それなら問題あるまい? さぁ、ダメージレベル最大で殴り合おうじゃないか!」
笑っているオークたちを見て、震えている悪質プレイヤーたち。
「じょ、冗談です。帰りますから」
プライは真剣な声で、
「我々の大事な場所を滅茶苦茶にしてタダで帰すとでも?」
大事な――という部分を聞いて、助けられたプレイヤーたちは感動していた。それだけパンドラを愛しているのだと思ったから。
だが、新撰組だけはなんとも複雑な心境だったことだろう。
……自分たちが追い回すために、分別の都をオークたちが気に入っているのだから。
しかし、助けに来てくれたのも事実。
新撰組の心境は複雑としか言いようがなかった。
「……少し、お仕置きが必要なようだ」
プライたちが悪質プレイヤーに近付く。
慈愛の都に拠点を構えているギルド。
彼らの拠点は都の外にあり、城になっていた。
そんな場所に飛行船が十隻も集まり、包囲して攻撃を続けている。
「や、止めてくれ! ようやく手に入れた拠点なんだ!」
ギルマスの言葉に、相手は笑って返答した。
飛行船から拡声器で音声が聞こえてくる。
『さっさと負けを認めろよ。お前らの全財産を渡せば見逃してやるって言っているだろうが』
「それだと拠点を放棄しないといけないじゃないか!」
『それがどうした? 雑魚は小さな拠点で分相応にチマチマやっていれば良いんだよ!』
ギルド同士の決闘を申請してくるが、その前に攻撃を仕掛けてくる。
拠点の耐久値が減り続けていた。
ギルマスがどうするべきか決断を迫られていると、相手側にギルド同士の決闘が申請された。
『どこの馬鹿だ?』
『ギルマス、どうします?』
『受けてやれよ。囲んで叩こうぜ。もちろん、全財産を賭けて、だ!』
海賊旗を掲げる飛行船が、決闘の申請を受けて城から離れて隊列を組み直すと――。
城の中から顔を出したプレイヤーたちが見た光景は、想像とは違うものだった。
空の中から出てくる浮島は大きく、まるで要塞が浮いているようだった。
船艦にも見えるが、とにかく次々に大砲から弾を撃ち込み飛行船が沈んでいく。
逆に、飛行船の砲撃はたいしたダメージを与えていなかった。
城の持ち主であるギルマスが、浮島を見て目を輝かせる。
「そうか! あいつらが来てくれたのか!」
飛行船に体当たりを行い破壊し、そして残った一隻が浮島の上に回り込み砲撃を行おうとすると一体の大きなモンスターが飛行船に飛び付いた。
両手に大剣を持ったその姿は、ボスと言われても納得するが意見をしている。
大剣を何度も振り下ろし、飛行船を破壊していくと海賊たちが泣き言を口にする。
『わ、悪かった。もうしないから――』
モンスターが海賊の格好をしたギルマスに、大剣を振り下ろした。
その瞬間、ギルド同士の戦闘の勝利者は――ポン助と愉快な仲間たち。
手に入れたのは壊れた飛行船に、海賊たちが持っていた全財産。
浮島の拡声器から声が聞こえてくる。
『うはっ! ギルドを倒すと砦より洒落にならないくらい稼げるね!』
『おい、誰かライターを縛り付けろ。こいつ、このままギルド狩りをするとか言い出すぞ』
『相手から攻めてくるビッグチャンスを無駄に出来ないよ! ポン助君、次の相手を探そうよ』
聞いているとかなり酷いが、自分たちには攻め込んでこないらしい。
化け物が城にいるギルマスを見て頭を下げてきた。
ギルマスも頭を下げると、モンスターは浮島に回収される。
そしてどこかへと向かっていった。
仲間の一人が――。
「どっちが悪質なのか分からなかったな」
だが、顔は笑顔だ。
ギルマスも笑顔で、
「酷い奴らだ。けど、こっちには頭のおかしい攻略組“トップギルド”のあいつらがいる。攻めてきた連中も馬鹿だよな」
それぞれ活動している時間帯があるため、どこが最強というのは分からない。
だが……多くのプレイヤーの認識では、ポン助たちはこの時間帯で最強のトップギルドという認識だった。