攻略の日々
憤怒の世界の攻略は――普通に難しい。
難易度で言えば当然過去最高。パンドラではラストの世界であると噂されているだけあって、攻略難易度は高い。
モンスターの強さもそうだが、基本的にマップが広いのだ。
ポン助たちが発見した小さな街には、攻略を急ぐプレイヤーたちが集まるようになっていた。
AI管理により、プレイヤーが集まり街で金を使えば使うほどに発展していく。
ポン助たちが訪れると、街の周辺には飛行船も多く見かけた。
「攻略組の飛行船かな?」
見上げる空には五隻の飛行船。
プレイヤーたちが飛行船から下りて街で補給を行い、そして出発していく。
攻略組はとにかく都市攻略戦に参加するための参加権欲しさに、砦を探し回る日々を過ごしているという。
運良く見つけても攻略できない場合もあるが、それよりも多いのは横取りだ。
隣を歩くマリエラがすれ違うプレイヤーたちを見ながら、
「ここは最前線の拠点扱いだから人も多いわね。それにしても、飛行船を持つギルドが増えたわよね」
原因はポン助たちにある。
攻略難易度の高い砦を、浮島で攻略したために真似をし始めたのだ。だが、浮島を手に入れて拠点にするまでには時間も投資する金額も馬鹿にならない。
資金や素材ならどうにでもなる攻略組も、砦攻略の奪い合いに焦って手を出したのが飛行船だった。
飛行船であれば手に入れるのに苦労せず、維持費も攻略組なら簡単だ。
そのため、多くのギルドが飛行船を手に入れていた。
街に降りていたライターも、そんな他のギルドが気になるらしい。
「まだ憤怒の都市は見つかっていないし、どこも探し回っている段階だよね。うちも飛行船を揃えて探す?」
ポン助は首を横に振った。
「人がいないんで無理ですね」
「だよね~。うちの欠点は人員不足だよ」
ポン助が笑っていた。
「違います。浮島の飛行戦艦化で人員を使い切ったからですよ」
悪乗りしたライターたちが、浮島を守るために壁を作った。鉄板で色々としている内に――誰かが言ったのだ。
戦艦にしようぜ! って。
アルフィーが不満そうにしている。
「おかげで外観が気に入りません。ポン助、もっと幻想的な感じに作り直しましょうよ。野郎共の趣味に染まりすぎです」
ライターが苦笑いをしていた。
「いや~、楽しくなって我を忘れてね。それに、NPC作成の大会も盛り上がったし、最近は人も増えてやれることが増えたから」
NPCのカスタマイズとレベル上げ。
その結果、他のギルドも参加した大会ではポン助と愉快な仲間たちが優勝した。
優勝したNPCは、拠点配置のメイドNPCだ。
赤いドレスに白いエプロン。
輝くような金髪はツインテールで……プレイヤーたちの欲望にクリーンヒットしていた。
アレからギルドに加入したいというプレイヤーが増え、ポン助が面接を担当。
人数が増えて、弱小ギルドどころか大手のギルドに手が届く規模になりつつある。
(まぁ、一つはこちら側の仲間を増やしたい思惑もあるんだけどね)
セレクターは良くも悪くも影響を与えてしまう。
逆を言えば、仲間を増やすことも可能だった。
プライたちと練った計画により、どんなプレイヤーを加入させるかそれこそリアルの状況も調べ上げ仲間に入れている。
ライターに通信が入ったらしい。
指でこめかみを押さえて立ち止まっていた。
「あ、ブレイズ君? ……うん、なら戻ってきてくれるかな。一度休んだら次は節制の都ね。え? 節制の世界は嫌だ? おいおい、あの世界でしか手に入らないドロップアイテムが必要だって説明したよね? それに、新人教育は君の仕事じゃないか。大事なしゃち……仲間を育ててね」
通信を終えると、ライターはニコニコしていた。
アルフィーがドン引きしながらポン助の腕に抱きついている。
「ライターは最低ですね。社畜って言いかけましたよ」
マリエラも引いている。
「あんた本当にリアルで経営者なの? 私、あんたトップの会社なんて絶対入りたくないわ」
「何を! 頼んだって入社させてやらないぞ! 言っておくけど、結構な優良企業だからね!」
マリエラは信じていなかった。
ポン助の大きな指を握りつつ、屋台が見えたので手を引く。
「あ、クレープ。ポン助、食べていきましょうよ」
「……そうだね。それから、ライターさんももう少し自重しましょうか。後で僕がブレイズさんと交代しますから」
「駄目だよ。だってポン助君にはアレをやって貰わないと――」
アレ。
狂化をコントロールできるようになったポン助たちにやらせるのは――砦への強襲だった。
「ヒャッハー! カチコミだぁぁぁ!」
ライターが喜びに震え、アルカディアの艦橋から砦を見ていた。
浮島に配置された大砲が一斉に火を噴き、砦に襲いかかる。
拠点を移動させ、発見した砦を即座に攻略。
これにより、ポン助のギルドは大量に資金と素材を集めていた。
攻略組が真似しようとするはずだ。
ただ、真似をしているギルドは、未だに準備不足。事実上、ポン助たちによる独占が出来る期間が発生していた。
ライターの嬉しそうな声を聞きながら、島の底辺部に位置する部屋で待機しているポン助たちは呆れていた。
「本当に元気ですよね」
プライも笑っている。
「稼ぎ時だからね。運営が対応するのが先か、それとも他のギルドが真似をするのか先かの違いさ」
どちらにしても、短い間だけ。
オンラインゲームでこんな状況は長く続かない。
真似するプレイヤーもいれば、運営だって対応する。
「……我々にとっても好機だよ。仲間を増やし、ゲーム内で強くなれるからね」
「外部から操作をするのは無理ですか?」
「無理だ。パンドラはその辺りはシビアでね。無理矢理レベルを上げようと干渉すれば、一気にレベルを一にするらしい」
パンドラの内部は運営が握っており、外部からの違法アクセスでアバターの強さを変更しようものならパンドラが激怒する。
プライがニヤリとする。
「だが、それは運営も同じだ。彼らがやっているのはパンドラのご機嫌取りに過ぎないよ」
「……そう願いたいですね」
しばらくそうやって話をしていると、通信が入った。
ライターからだ。
『みんな~、準備は良いかな?』
ポン助たちが立ち上がり、装備を脱いで褌スタイル――ポン助のみ赤いパンツ姿になると、それぞれ背伸びは準備運動を始めた。
「いつでもどうぞ」
ゆっくりと床が開いて、地上には砦が見えた。砲撃され煙を出している砦は、見るも無惨な状況だ。
攻略難易度――六。
十分に攻略できる砦だった。
「お先!」
プライが我先にと飛び降りると、そのまま空中で狂化を実行。地面に着地するときには、もうモンスターの姿になっていた。
暴れ回るプライに続き、次々にオークたちが飛び降りていく。
そう……砦を砲撃してズタボロにした後は、狂化したオークを降下させて制圧だ。
「これを考えたライターは絶対に鬼だな」
急激に大きくなったギルド。
その理由がとにかく砦を見つけたら攻略。発見次第攻略するため、ポン助たちがログインしている時間帯は砦の奪い合いが激化していた。
ポン助も飛び降りると空中で強化を行う。
地面に着地すると、他のオークたちが暴れ回っておりモンスターの姿がない。
そのまま砦の中央に向かうと、建物の中からボスらしいモンスターが出てきた。
魔法タイプ。
骸骨がローブをまとったその姿は不気味だった。
「魔法タイプか」
杖を掲げ、黒い煙を発生させるボスに対してポン助は地面を蹴ると一気に距離を詰める。相手が行ったのはバッドステータスが複数発生する魔法だ。
だが、そんな事を無視してポン助はボスを殴りつけた。
ボスが吹き飛ぶ。
アンデッド――中でも物理攻撃が効果のない敵も多い。
しかし、ポン助は自分の拳を見た。
「光っているとなんか良いな。必殺技みたいだ」
物理無効の敵を殴るための拳。
ボスが起き上がろうとすると、モンスターを倒し終わった仲間たちが集まってくる。
オークに囲まれるボスは魔法を放とうとするが、オークたちに囲まれボコボコにされると赤い光になり消えるのだった。
◇
二学期に入った学園。
教室では、明人が陸と向かい合って座っていた。
話題はパンドラ関連だ。
「お前ら暴れ回りすぎだ。俺の所にも苦情が来たぞ」
「嘘?」
「本当だ。お前らが砦を攻略して回るから探しても見つからない、ってさ。あんまり派手に暴れると恨まれるぞ」
明人は流石にやり過ぎたと後悔する。
だが――。
「もう少ししたら落ち着くから待ってよ」
「まだ続けるのか?」
「いや、他の攻略組も浮島に手を出すと思うから」
「それまで待てるかよ。本格的に奪い合いになって、ギルド同士の戦争になるぞ」
明人たちと同じように砦を奪うように攻略するギルドも多く、中には時間を変えてログインする攻略組も出てきたらしい。
「俺たちがログインしている時間帯はお行儀が良いからな。舐めている連中も多い。お前、そいつらに狙われるぞ」
それについては頭が痛かった。
「そうなの?」
「お前は俺たちがログインする時間帯だと有名人だからな。もっとちゃんと意識した方が良いぞ」
陸に注意され、明人が頷くと男子数人が集まってきた。
クラスメイトではなく、同じ学年の生徒たちだった。
「鳴瀬、青葉。少し聞きたいんだけど」
「ん?」
陸が男子たちの方を見る。
明人は面子を見て違和感があった。
(優等生に不良、それに部活動をしている男子? みんなグループが違うような気がするけど)
普段話をしないようなタイプが違う男子たち。
だが、三人は中が良さそうだった。
「お前らもパンドラをプレイしているよな? 青葉は結構な古参だって聞いたけど」
明人は頷く。
「僕は一年と少しだよ」
優等生の男子が嬉しそうにしていた。
「凄いな。僕たちは半年だからね。ようやく慈愛の都に入ったところだよ」
チャラチャラした男子が提案してくる。
「俺たちと一緒にギルドを作らないか? 学年の男子に声をかけて、もう十八人も集まったんだ。お前らもどう?」
そんな提案に明人も陸も拒否した。
「ごめん。もうギルドに所属しているから」
「俺もこいつもギルドマスターだから無理だな」
部活をしている丸坊主頭の男子がそれでも誘ってくる。
「どうせ弱小ギルドだろ? なら俺たちに合流しようぜ。お前らの仲間も誘えば良いじゃないか」
陸は呆れつつも答えた。
「思い入れがあるし、そんなの仲間が認めるわけがないだろ。大体、お前らギルドをつくってどうするんだよ?」
優等生の男子が胸を張る。
「攻略組を目指すんだ」
明人は感心する。
「凄いね」
すると、不良の男子が――。
「攻略組はとにかく人気だからな。攻略組だって言えば女と簡単に付き合えるからよ。それに、あっちで威張れるぜ」
その理由に呆れるというか……。
(気持ちは理解できるけど)
そこまでパンドラの影響があるのかと思うと、本当に呆れるしかなかった。
丸坊主の男子が頼み込んでくる。
「他の学校もギルドとか作っているから、縄張り争いとか起きるんだよ。とにかく戦力が足りないんだって。女子にも声をかけているから、結構な人数になるぜ。どうだ?」
その後も、明人と陸は無理だと断るのに大変だった。
(パンドラの影響は強くなるばかりか)
学校のヒエラルキーや、クラスのカーストなどにも関わってきていた。
放課後。
明人は教師との面談が終わって教室に戻るところだった。
夏休みの成果を話すのだが、アルバイト先からの評価と目標を達成していたために特に問題もなく終わった。
次回はもっと難しい資格を取得してはどうか、などとアドバイスを貰ったくらいだ。
教室へ向かいながら背伸びをしていると――。
「あの、鳴瀬先輩ですよね?」
――声がかかったので振り返った。
そこには女子二人の姿があった。
「え?」
どうやら一年生の女子らしい。一人が声をかけてきた女子の背中を押しており、何やら雰囲気がおかしい。
「え、えっと……付き合ってください!」
割と可愛い女子が明人に告白してきた。
あまりの事に驚いていると、もう一人の女子が明人を責めるような目で見てくる。
「先輩、返事はまだですか?」
「あ、いや……どうして僕に? 話したこともないのに」
急なことに狼狽えていると。
可愛い女子が頭を上げて本当に言い笑顔を向けてくる。夕日でオレンジ色が差し込む廊下は――女子の笑顔もあって幻想的だった。
「聞いたんです。鳴瀬先輩が、有名ギルドの所属だって。私、有名ギルドに所属している人と付き合いたくて」
明人は一歩引いてしまった。
(たったそれだけの理由で?)
普通ならあり得ない理由だが、女子は本気の顔だった。可愛くスタイルも良い。普通に考えれば、付き合う男子に困らないだろう。
なのに、明人に声をかけてきたのはパンドラが理由だった。
明人は首を横に振る。
嬉しい気持ちがないかと言えば嘘になる。だが、ここで付き合うのは駄目だった。
「ごめん。付き合えないよ」
「そ、そんな」
「それに誰から聞いたの? それ、デマだよ」
「え? でも、知り合いの子が……」
話を聞くと、奏帆と顔見知りらしい。
奏帆が話の中で明人の名前を出したようだ。ハッキリと言ってはいないが、女子二人は明人が有名ギルドのメンバーであるかも知れないと勘違いしたらしい。
「……勘違いだよ」
そう言うと、二人の女子が怒ったように離れていく。
「なんだ。やっぱり違うじゃない」
「私もおかしいと思ったわ。だって冴えない先輩だし」
二人がそう言って離れていく。
明人は苦笑いをしつつ、奏帆に注意しておこうと思った。
(奏帆ちゃん、いったい何て言ったのかな?)
アパートの一室。
時間は夜。
奏帆は枕を抱いて杏里と話をしていた。
「聞いてくださいよ、アンリさん!」
『イナホちゃん、どうしたの?』
「私の話を盗み聞きしていた女子がポン助さんに告白したんです」
告白した女子二人は、奏帆の会話を偶然聞いてしまったらしい。二人とは面識もあるし、話もしたことはあるが――それだけの関係だ。
『……それマジ?』
「ポン助さん、勘違いだって言って断ったんです」
『流石はポン助!』
「……でも、その二人が告白したのに騙されたって騒いで」
奏帆が枕を強く抱きしめる。
枕が変な音を立てていた。そして――中身が弾ける。
電話の向こうで何かが壊れた音が聞こえてきた。
『そいつら誰よ? パンドラのネームとリアルの情報は?』
奏帆はタブレット端末を操作していた。
「うちの学園、最近になって生徒が集まってギルドを作っているんです。そこに所属したって今日は騒いでいましたよ」
奏帆が相手ギルドの名前を教えると、杏里がすぐに調べたのだろう。
『あ~、弱小ギルドじゃない。慈愛の都で結成式をするとかあるわね。最近、こういうノリのギルドが多いわよね』
笑っている杏里だが、怒っているのは奏帆も分かっていた。
奏帆も笑っている。
「ですよね~……どうしましょうか?」
『……暴れるとポン助が怒るよね? 流石に潰すのはまずいけど、うちのギルマスを馬鹿にしておいて放置もないわよね』
そのまま話を続け、今後相談することにして電話を切る。
奏帆は自分の周囲を見た。
飛び散った枕の中身を見て――。
「掃除しないと」
立ち上がって掃除道具を持ってくるのだった。